作品タイトル不明
第52話:ボスモンスター その1
――ボスモンスター。
それはゲームにおいて古今東西様々な形で描かれてきた存在だ。
中ボス、ラスボス、裏ボス等々、強さや立ち位置で呼び方が変わる存在でもある。ゲームによっては雑魚モンスターよりも弱かったり、条件を満たすと弱くなったりするが、『花コン』におけるボスモンスターは弱いなんてことはなく、雑魚モンスターと比べると遥かに強い。
ラスボスである『魔王』、中ボスである『魔王の影』、大規模ダンジョンや特定のダンジョンに登場するボスモンスターは固定だが、それ以外のランダムダンジョンに登場するボスモンスターはダンジョンの傾向に合わせつつもランダムに決まる。
ランダムなら弱くなることもあるのではないか、という疑問も浮かぶが、そんなことはない。見た目や名前こそ普通のモンスターを流用する形になるが、ボスモンスターは挑んでいるものよりも格上のダンジョンの雑魚モンスターより強いレベル、ステータスで登場する。
つまり小規模ダンジョンのボスモンスターなら中規模ダンジョンの雑魚モンスターより強く、中規模ダンジョンのボスモンスターなら大規模ダンジョンの雑魚モンスターより強いのだ。
この情報は『花コン』だけではなく、この世界でも広く知られている。過去にいくつものダンジョンが破壊されているため、ボスモンスターの強さに関しては広く知られているのだ。
それを踏まえて言うなら、あくまでゲームとして段階を踏んだ形でボスモンスターが強いというのなら納得できる。弱いボスモンスターを倒しても達成感は薄く、ある程度歯応えがなければ面白くないからだ。
もちろん、ゲームを遊ぶ人のスタンスによってはボスモンスターを一蹴できるまで強くしてから挑む、なんてこともあり得るのだろうが――。
(『花コン』を基準にして考えるなら、アレは大規模ダンジョンの雑魚モンスターよりも強い……ここが中規模ダンジョンって保証はないけどな)
今いる場所が中規模ダンジョンで あ(・) っ(・) て(・) く(・) れ(・) る(・) な(・) ら(・) まだ良い。これまで戦ったモンスターの種類や強さ、ダンジョンの広さで判断するなら中規模ダンジョンで間違いないとは思う。
だが、ここは異常成長したダンジョンだ。現状ではあのデュラハンの強さがどの程度か保証するものは何もない。
(こうして考え込んでも実際に戦ってみないと強さはわからない、か……ああ、嫌になる)
俺はこれでも既に初陣を乗り越え、ここ一週間でモンスターと何度も殺し合ってきた身だ。あのランドウ先生が鍛えてくれた剣士だ。
だ(・) か(・) ら(・) こ(・) そ(・) 、己の感覚に従うならば。距離があるにもかかわらず肌を震わせるようなこの威圧感から推察するならば。
(俺より強くて、その上でどれぐらい強いかがわからねぇ……)
一対一なら間違いなく俺が負ける。正面から斬り合えば十秒もつかどうか。ひたすら防御に徹して三十秒、小細工を弄しても一分間しのげれば奇跡と呼べるぐらいに差がある。
そして、それ以上に問題なのはデュラハンの方から出向いてきたという点だ。推定とはいえボスモンスターだと叫んだものの、『花コン』ならボスモンスターは動かない。主人公を操作してボスモンスターがいる場所まで到達しなければ戦うことはなかった。
その点だけを考えるならば、あのデュラハンは普通の雑魚モンスターということになる。しかしこれまで戦ったモンスターとは一線を画す威圧感が雑魚などとは呼ばせない。むしろアレが雑魚モンスターなら防衛戦はもう無理だ。犠牲覚悟で村人を逃がすしかないだろう。
だが、あのデュラハンがこのダンジョンのボスモンスターだというのなら。
(逆に考えよう。アレを倒せればダンジョンが破壊できる。つまり……これはチャンスだ)
実際に立ち会ったことはないが、ボスモンスターを倒すか基点を破壊すればダンジョンが崩壊する。これ以上モンスターが現れることはなく、先が見えない耐久戦は終わりになるのだ。
既に出現しているモンスターは残るが、 お(・) か(・) わ(・) り(・) がないのなら耐久戦ではなく掃討戦になる。残っている兵力で考えると厳しいものの、終わりが見えれば士気も上がるだろう。
(無理矢理いいところ探しをしているみたいで嫌になるな。問題はアレに勝てるかどうかだってのに)
俺は思考をしつつ、額に浮かんでいた冷や汗を拭う。ボスモンスターを倒せるのか、倒せるとしてもどうやって倒すのか、倒すための作戦はどうするのか。
「ミナト様!」
数十秒に満たない思考と葛藤を打ち切ったのはモリオンの声だった。屋根に登った俺を見上げるその姿に、指揮官としての思考が打開策を捻り出そうとする。それと並行して『花コン』でのデュラハンの情報を脳内で引っ張り出す。
ボスモンスターではない普通のデュラハンは中級モンスターで主に中規模ダンジョンに出現するが、その強さは上級に近い。死霊系モンスターでありながら、リッチと違って近接格闘も可能でステータスが満遍なく高いからだ。
死霊系モンスターかつ中級ということはリッチ同様『暗殺唱』を使えるわけで……広範囲に確率で即死させる魔法をばら撒きつつ、乗っている馬ごと突っ込んでこられたら厄介だろう。馬上で振るうに足る、二メートル近い大剣まで装備している。
そう―― 普(・) 通(・) の(・) デ(・) ュ(・) ラ(・) ハ(・) ン(・) でさえ厄介な相手なのだ。
(ボスだったら上級相当……闇属性の上級魔法『 致死暗澹(ちしあんたん) 』を使ってくる可能性がある。ステータスも高いはずだし、どうすれば……)
『致死暗澹』は『暗殺唱』と同様に確率で即死させるが、その確率は33%。それに加えてダメージがあるため即死しなくても広範囲攻撃になる。
ダメージ自体は上級魔法の中でも最低で中級魔法並だった。ただし、この世界の感覚でいえば中級魔法は防御しなければ兵士だろうと死ぬぐらい威力が高い。
(『致死暗澹』は消費MPが二十。普通のデュラハンだと一回撃てばMPが足りなくなるはず……ボスでステータスが上がっているなら何回使える? 三回……多くて五回ってところか?)
ボスモンスターになった場合の具体的なステータスは『花コン』でも開示されなかったため、おおよその推測になる。それでも情報が何もないよりはマシだと自分に言い聞かせた。
そんなデュラハンに対して、こちらは戦力が乏しい。ただでさえ他のモンスターの対処で手一杯だったところにボスモンスターの襲来だ。
チラリと視線を向けてみるが、ゲラルドや他の兵士の表情には絶望の色が漂い始めている。モリオンだけはこちらをじっと見上げてきているが――。
(『花コン』だけを考えるならモリオンとカリンをここから逃がして……いや、二人を逃がしても意味ないか。デュラハンに蹂躙されたら負の感情が増えて『魔王』の復活が早まるから……ああ、くそっ、なんだよ。 や(・) る(・) べ(・) き(・) こ(・) と(・) は決まってるじゃないか)
グダグダ、ウダウダと悩んでいたが結論は一つしか出てこない。既に負の感情が溜まって『魔王』の復活が早まっているだろうけど、これ以上は駄目だ。許容できない。早急にデュラハンを倒すしかない。
ただ、ボスモンスターが相手だと勝てない可能性が高い。仮に勝てても五体満足ではいられないかもしれない。いくら抗っても結局は全滅するかもしれない。
―― だ(・) か(・) ら(・) な(・) ん(・) だ(・) ?(・)
諦めて座して死ぬか、抗って生を掴むか。その二択なら抗うしかないだろう。『魔王』の発生を少しでも先延ばしにしたいというのもあるが、単純に死にたくないという欲求が腹の底にあった。
それでも、恐怖と緊張で足が震えそうになる。脳みその端っこからじわじわと痺れるような感覚が広がって、思考が真っ白になっていく。思わず唾を飲みこもうとしたけれど、いつの間にか口の中がカラカラに乾いていた。
初陣で野盗の頭目と戦った時よりも緊張感があって、恐怖感があって。それはきっと、あの時と違って俺の選択に部下達とこの村の全滅がかかっているからで。
「…………」
危険を承知で目を閉じ、胸に手を当てながら意識して深呼吸を三回する。そうして僅かなりとも緊張を抑えつけると目を開き、先ほど手入れをしていた剣を抜いた。
「各自、騎士の元へ伝令に走れ。人数が足りないからゲラルドも伝令を頼む。指揮下の兵士から魔法が得意な者、遠距離攻撃が可能な『召喚器』を使える者がいれば村の北部へ送れ、とな。伝令を行ったらそのまま騎士の指揮下に入れ」
「わ、若様? 一体何を……」
ゲラルドが困惑したように見上げてくる。他の兵士達も同様で、モリオンだけが冒険者達を呼び寄せているのが見えた。
「何を? 決まってるだろ――デュラハンを討つ」
俺はそう宣言する。むしろ討てなければ終わりだ。このまま押し切られて全滅する。遠距離攻撃が可能な者達を集めつつ、デュラハンが現れた方角にいるはずの騎士や兵士と協力して倒すしかない。
「ミナト様、万が一に備えて冒険者達に重要書類を託しましょう。それと、我々が中央での指揮と遊撃から外れるのなら下がっていた負傷者の中から軽傷者を選び出し、クリフ殿に屋敷の防衛も含めて指揮をお願いするべきかと」
「他に指揮を執れる騎士がいないし、それが妥当か……カリン殿はどうするべきだと思う?」
カリンは火属性魔法が得意だが、いきなり実戦に放り込んでまともに戦えるとは思えなかった。その辺りは以前の問答で確認してあるし、火力に期待してボスモンスターの前に連れて行くのは正気の沙汰ではない。
そう思ってモリオンにカリンの扱いに関して尋ねると、モリオンは珍しく、にやりと笑った。
「今のままで良いかと。もしもの備えは別として……我々が勝てば問題はないでしょう?」
「ハハッ、言うようになったじゃないか」
心からの言葉なのか、あるいは虚勢か。不敵に笑うモリオンに俺も笑って返すが、怯えるよりはマシだろう。
「それじゃあモリオン、悪いけどついてきてくれるか? あのデュラハンを倒すには君の力が必要なんだ。危険だし、命懸けになる。それでも」
「ミナト様」
俺の言葉を遮り、モリオンが笑う。疲労や恐怖を意志の力でねじ伏せた、力強い笑みだった。
「主君たる者、臣下に言うべきことは一つでしょう?」
そんなモリオンの言葉に思わず小さく笑ってしまう。いつの間に臣下になったんだ、なんて、場違いなほど笑って肩の一つも叩いてやりたくなる。少しばかり肩の力も抜けた。
「俺に力を貸してくれ」
「御意」
俺の言葉に真面目な表情で返すモリオン。その仰々しい反応にもう一度だけ――今度は意識して余裕のある笑みを口元に浮かべると、固まっていたゲラルドや他の兵士達を見回して手を叩く。
「よし……行動開始!」
俺は発破をかけるように叫ぶと、民家の屋根を蹴ってデュラハンのもとへと向かうのだった。
遠くのデュラハンを視界に収めつつ、俺は敢えて村に建ち並ぶ民家の屋根の上を移動し続ける。その理由は単純で、村に入り込んだモンスターからの攻撃を避けるため、デュラハンの行動を見落とさないため、そして何よりもデュラハンからの攻撃を 誘(・) 発(・) す(・) る(・) ためだ。
「はぁ……はぁ……っ……」
そんな俺を追うようにしてモリオンがついてきているが、防具を身に着けた状態で走っている俺よりもきつそうだ。そのあたりは純粋に身体能力の差が出ているのだろう。それでも文句の一つも言わずについてきていることが嬉しく、頼もしい。
(さあて……どう出る?)
モリオンを置き去りにしないように注意しつつも、意識はデュラハンに向ける。目立つように屋根の上を走っているのはデュラハンによる被害を抑えるため――魔法を撃たせて相殺し、MPを消耗させたいからだ。
MPがなければ『暗殺唱』も『致死暗澹』も撃てない。『黒弾』でも5%の確率で即死するが、中級以上の範囲攻撃可能な魔法と比べれば遥かにマシだ。できれば『黒弾』すら撃てないようMPを使い切らせたいが、それは高望みが過ぎるだろう。
(……? 既に交戦しているかと思ったけど、こっちの方角に配置したはずの騎士達は……いない? 他のモンスターの対処をしている内に移動しちまったのか?)
デュラハンを警戒しつつ、少しでも戦力を集めなければと視線を飛ばしてみるが騎士や兵士が見当たらない。既に防衛網は崩壊しているが、こちらの兵力まで全滅したわけではないのだが。
騎士達を呼び寄せるのなら足を止めて大声でも出せば良いが、他のモンスターまで寄ってきたら困る。さすがにデュラハンを警戒しながら戦うのは厳しい。そのため俺は内心で首を傾げながらデュラハンへと接近していく。
目測で残り三百メートル――悠々と馬を進めるデュラハンに大きな反応はない。
目測で残り二百メートル――首から上がないためこちらを見ているのかすらわからない。
目測で残り百メートル――不思議と、首から上がないはずのデュラハンに視線を向けられた気がした。
「っ! モリオン!」
「お任せを!」
まだ距離があるためモリオンの名を呼ぶと、モリオンは即座に屋根に登って右手から紫電を迸らせる。そして数秒とかけずに『雷撃槍』を発現し、デュラハンの巨体目掛けて発射した。
『花コン』では魔法を使えば必ず命中し、敵が回避することはない。しかしこの世界では回避しようとするし、俺やランドウ先生みたいに魔法を斬ったりする者もいる。
だからこそモリオンは速度に優れ、多少回避されようと着弾点で弾けて周囲を巻き込む『雷撃槍』を選んだのだろう。良い判断だと俺は思った。
『――――』
だが、デュラハンはこちらの考えを あ(・) る(・) 意(・) 味(・) で(・) 凌駕する。飛来する『雷撃槍』を前に身構えることも迎撃することもなく、棒立ちでの直撃を許したのだ。
『雷撃槍』が弾け、雷が落ちたような轟音と閃光が発生する。並の人間やモンスターならそのまま即死させるような魔法の直撃に、俺は思わず呆気に取られた。
「……当たったな、おい」
避ける素振りぐらいは見せると思ったが、まさかの直撃である。そのため小さく呟いてしまったが、『雷撃槍』の消失と共に途絶えた閃光の先に見えた光景に言葉を失う。
そこには、先ほどと全く変わらない姿のデュラハンがいた。『雷撃槍』が直撃した全身鎧の一部が焦げているように見えるが、それだけである。あとは乗っている馬が不機嫌そうに蹄で地面を掻いているぐらいだ。
(魔法で相殺された? いや、間違いなく直撃したよな……デュラハンは魔法防御力もそれなりに高めだったから、ボスとしてのステータスの高さで耐えきった? それともHPを少し削ったぐらいのダメージしか与えられなかった?)
今のデュラハンの行動でわかったのは、中級魔法でも容易には致命傷にならないぐらいHPか魔法防御力、あるいはその両方が高いこと。そしてそれは普通のデュラハンにはないもので、あのデュラハンがボスモンスターだと確定したこと。
(なるほど……アレが中規模ダンジョンのボス…… あ(・) の(・) 強(・) さ(・) で(・) も(・) 『魔王』や『魔王の影』、大規模ダンジョンのボスより弱い、と)
その事実を噛み締め、震えそうになった頬を無理矢理笑みの形に吊り上げる。強者との戦いを楽しむ精神も余裕も持ち合わせていないが、指揮官として見栄を張ることぐらいはできた。
「若様!」
俺がデュラハンの頑強さを確認していると、トーグ村のあちらこちらから駆けてくる兵士の姿が見えた。伝令の話を聞き、近場の者から順に駆け付けたのだろう。まとまった戦力とは言えないが、少なくとも遠距離からの攻撃手段は確保できそうだ。
「上級魔法を撃ってくる可能性があるからできる限り距離を取れ! 遮蔽物を盾にしながら遠距離から攻撃しろ! 接近戦はもっとダメージを与えてからだ!」
指示を出しつつ、次の一手を模索する。中級魔法の直撃でも決定打にならないのなら地道に削るしかないだろう。問題は、魔法と遠距離攻撃でどこまで削れるかだが。
(HPゲージが表示されれば少しは楽なんだが……いや、逆にきついか? 全然減らないゲージを見たら心が折れそうだな)
ゲームと違って相手のステータスが見えるなんてことはない。そのため外見や挙動で判断するしかないが、死霊系モンスターが痛みで動きを鈍らせるとも思えなかった。
倒すための難易度が上がるばかりで嫌になるが、それを顔に出さないよう注意しながらデュラハンを睨む。注意を引くために屋根に登ったままだが、攻撃するために配置につく兵士達を気にした素振りも見せないのは余裕の表れか。
「――撃て!」
配置についた兵士達が向けてきた視線とハンドサインを横目で確認し、即座に指示を出す。それに合わせて『火球』や『水弾』、『召喚器』による矢などが左右から集中砲火となってデュラハンへと直撃していく。
威力はともかく狙いは正確で、兵士達は互いの射線が重ならないよう注意した上での攻撃だ。それでいて攻撃を仕掛けたら即座にその場から離脱し、他の遮蔽物へと迅速に移動していくのが見える。
それは屋根に登っている俺やモリオンだからこそ見えるもので、デュラハンから見れば全体の把握は不可能なはずだ。
そもそも把握する気はなさそうだが。
「……動かんな」
デュラハンは動かず、またしてもこちらの攻撃の直撃を許す。モリオンが撃った『雷撃槍』と比べれば威力は低いだろうが、それを補える数の攻撃が命中したはずだ。
いくらステータスが高かろうと、『花コン』では『魔王』ですら最低でも一ダメージが通る。ゲームではなく現実だからノーダメージとはいかないだろう。そっちの方が現実離れしているし、やはり死霊系モンスターらしく痛みを気にしていないと考えるべきか。
それでも、仮に一ダメージしか通っていないとしても、回数を重ねていけばいずれは倒せる。『魔王』みたいにHPが四桁なんてことはないはずだ。三桁はあるだろうから、果てしなく遠い道程ではあるけどさ。
デュラハンが動かない理由は見当がつかないけど――なんて思った時、背後のモリオンから焦ったような声が響く。
「敵の魔力が集中しています! 強力な魔法の」
そして、モリオンの言葉を遮るようにして、デュラハンから膨大な黒い光が溢れ出すのだった。