軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第49話:トーグ村防衛戦 その5

「村人の収容を完了しました!」

「全兵士の準備が完了、指示通り防衛につきます!」

「物資の移動が完了しました。そちらにも兵士を配置済みです」

俺は矢継ぎ早にもたらされる報告に頷きつつ、現在のトーグ村の地図を睨むように見る。

村人は一部を除いて代官屋敷とその敷地内に詰め込んだ。老人や子供や女性を優先して屋内に、体力がある男性は敷地内に雨除けの布で作った天幕の中にそれぞれ移動させている。冒険者や村人の中でも比較的荒事に慣れている若い衆は代官屋敷周辺で警戒を頼んだ。

ついでにポーションや食料等の物資を村内の建物に分散させ、何かあっても物資を全て失うことだけは避けるようにした。代官屋敷にも物資を運び込んでいるが、万が一防衛網を突破されて火属性魔法を撃ち込まれたらと思うと分散させざるを得なかったのだ。

俺がいるのは代官屋敷の正面に作った指揮所である。大き目の天幕を設営して机や椅子を並べただけの簡素なものだが、篝火を設置しているため周囲と比べると非常に明るい。

(思ったより雨が強い……こりゃ厳しいか?)

降りしきる雨の音を聞きながらそんなことを思う。

雨雲で月明りはなく真っ暗で、篝火を焚いても雨で視界が遮られ、なおかつ雨音で遠くの音が掻き消されてしまうこの状況。索敵がほとんどできず、人海戦術で見回るとしても雨に濡れれば体力を消耗するし体調を崩しかねない。

(俺もさすがに眠気が……でも今の状況で寝てもいられないし……)

眠気覚ましの効果がある葉っぱ――錬金術で眠気覚ましのポーションを作る材料となるミントみたいな植物をそのまま噛みつつ、あくびを噛み殺す。

昨晩から徹夜で指揮を執り、夜が明けたから寝ようと思ったら散発的なモンスターの襲撃が発生し、そこにきてこの雨である。モンスターがどれぐらい襲ってくるかを確認し、代官の屋敷に詰め込んだ村人達に問題がなさそうなら仮眠を取りたいところだ。

「雨とは……それも夜に降るのは運がない、と言うべきでしょうか?」

「天候ばっかりはどうにもならんさ。事前に準備ができていただけ良かったと考えよう」

モリオンとゲラルドの会話を聞きつつ、葉っぱを噛み噛み。指揮所には他にも伝令や護衛として兵士が十人、それと元冒険者の男性がいるが、他の騎士や兵士は村の各地に分散させている。

雨をしのぐために大きめの家屋を拠点にして指揮官として騎士を置き、指揮下に兵士を配置しているが巡回とモンスターが攻めてきた時の対処もあるためどこまで体力の消耗を防げるか。

クリフや生き残っているキドニア侯爵家の面々は村人の護衛兼兵士が傍にいるってことで安心させるため、代官屋敷の敷地内に配置してある。

「大雨なら普通の生き物は行動しないと思うけど、モンスターはどうなんだろうな?」

眠気覚ましがてら話を振ると、俺と同じように眠気覚ましの葉っぱを噛んでいた元冒険者の男性が顔をしかめた。

「俺が知る限りだとモンスターによる、としか言えませんぜ。火属性のモンスターなら動かないでしょうが、雨が降っても平気なやつ、水気が多い方が活発に動くやつ、色々でさぁ」

「まあ、そんなもんだよな。死霊系モンスターは?」

「あー……気にせず動くんじゃねえかと。大将、死んでるやつが雨を気にすると思いやすか?」

そりゃそうか。というか大将ってなんだろ? 総指揮官だからあながち間違いじゃないけど。

「何かあれば鐘を鳴らすように言ってあるけど、この雨だし見落としは出るよな。屋敷の周辺には多めに兵士を配置したけどどこまで防げるかね……」

おっと、いかん。眠気のせいか弱音っぽいことを呟いてしまった。悪天候プラス睡眠不足でどうしても前向きに考えることができないな。

「眠気覚ましに屋敷の様子を見てくる。報告の兵士が来たら対応を頼む」

このまま椅子に座っていたらそのまま眠りそうだと判断した俺は、軽く体を動かすべく立ち上がる。そして油脂を塗り込んだ雨除けの外套を羽織ると代官屋敷へと足を向けた。

代官屋敷は元々周囲を石壁で囲まれているが、防衛戦ができるほどの厚みも高さもない。そのためもしもの場合に備えて村の外壁と同じように土で壁を作ったり、障害物を設けたりしたが、いざ そ(・) の(・) 時(・) がきてみるとなんとも心許なかった。

土壁は押し固める余裕がなかったため雨で崩れないか心配だし、雨が降っている状態では崩れた時の補修も困難だ。鳴子をぶら下げたロープも張ってあるが、これ以上の備えは現状では難しかった。

(最低限備えられただけでも良しとしないとな……壁は高さが二メートルもないし、獣系モンスターが飛び越えるのを躊躇してくれれば御の字って感じだけど)

あとは雨に打たれて風邪をひいたり、病気が蔓延したりしないように注意しないとなぁ、なんて取り留めない思考をしながら代官屋敷の入口を潜る。見張りの兵士がいたけど周囲の警戒を疎かにしておらず、油断は見られなかった。

代官屋敷はトーグの村が人口五百人程度ということもあってそこまで大きくない。村の中では立派といえるが、庭の広さも村の規模相応といった感じだ。

比較すれば遥かに狭いもののサンデューク辺境伯家の屋敷みたいに正門を潜ったら庭があり、その先に屋敷が作られている。庭には天幕が並んでいるが、壁の傍で柱を立ててロープを張り、その上に布をかぶせるだけのシンプルなものだ。

頑丈さや居住性よりも収容人数を優先したため、短期間ならともかく長期間過ごすのは無理がある作りである。さすがにこの状況で眠れる村人は少ないようで、いるとしても緊張と疲れが限界にきた者が体育座りで眠っているだけのようだ。

屋敷の中なら安心感も違うし、雨と風が完全にしのげるから多少は違うだろう。体調がやばそうな村人がいたら屋敷に移すことも検討しなければならない。

「ミナト様っ!」

色々と考えながら見回っていると、俺と同じように外套を羽織ったカリンが駆け寄ってきた。なんで屋敷の外にいるのかと思ったが、不安そうな村人に声をかけて回っていたらしい。

「この雨ですし、カリン殿は屋敷の中にいてくだされば……」

風邪をひかれたら困るし、さすがに危ない。そう思って屋敷の中に戻るよう促す俺だったが、カリンは首を横に振る。

貴族の令嬢であるカリンには屋敷の中に小さいながらも個室を用意してあった。村人から不満が出そうだが、 よ(・) か(・) ら(・) ぬ(・) こ(・) と(・) を村人にやられたらそれはそれで俺の責任になるからである。

もちろんキドニア侯爵家の兵士がいるし、カリンへの隔意が見えるけどクリフもいる。だから大丈夫だとは思うけど、不安の芽は少しでも摘んでおきたかった。

「お恥ずかしい話ですが寝付けなくて……それなら何かできれば、と」

だが、個室だからと眠れるかは別なようで。カリンは申し訳なさそうに眉を寄せているが、今の状況で眠れるぐらい肝が太い者は少ないから仕方ない。

「村人への声かけは俺もやりますし、巡回の兵士もいます。カリン殿はほどほどのところで切り上げてください。横になって目を瞑るだけでも全然違いますから」

すぐにやめさせるのもどうかと思った俺は苦笑しながらそう伝える。疲れが溜まっているだろうし、目を瞑っていれば案外あっさりと眠れるかもしれない。風呂にでも入ってリラックスできれば寝付きも良さそうだが、今の状況で風呂は贅沢品だ。

「ミナト様もお疲れでは? その、顔色が少々優れないようですが……」

「ははは、暗いからそう見えるんでしょう。様子を見て問題なさそうなら仮眠を……?」

不意に、雨が止んだ。

雨音はするのに雨が降ってこないことに違和感を覚えた俺は視線を上げ、頭上には覆いかぶさるように体を薄く広げた大きなスライムが――。

「っ!?」

驚くよりも先に体が動く。外套を羽織っているし、剣を抜く暇もないため咄嗟にカリンを庇うように押し倒す。

「きゃっ!?」

俺の突然の行動に驚いたのかカリンが悲鳴を上げるが、それに構っている暇はない。

カリンを押し倒すようにして避けたことで全身をスライムに覆われることはなかったが、左半身にべっとりと粘着質の 液体(スライム) が付着したからだ。それと同時に羽織っていた外套からジュッ、と焼けるような、溶けるような音が響く。

(ただのスライムじゃない!? アシッドスライムか!?)

咄嗟にカリンを庇ったが正解だったようだ。アシッドスライムは『花コン』に登場するモンスターの一種だが、物理攻撃を加えると武器が酸で腐食して攻撃力が下がるという、面倒な特性を持つ。武器でさえ腐食するようなものが人体に付着すればただでは済まないだろう。

俺は地面を転がるようにしてカリンを横へと押し出すと、右手に魔力を集中させる。そして強引に『火球』を発現して自爆覚悟で左半身へとそのまま叩きつけた。

「づぅっ!?」

俺の下手な魔法でも『火球』であることに変わりはない。アシッドスライムを爆散させることに成功したものの、自爆した熱さで思わず声が漏れてしまった。

それでも地面を転がって雨と泥で消火すると、すぐさま体を起こす。

「スライムが降ってきたぞ! 頭上や壁を警戒しろ!」

「はっ!」

俺の命令に対し、即座に兵士達が動き出す。地面を這うスライムは足音がしないし、雨が降っている状態では見落とすのも仕方がないが、鳴子を掻い潜ってきたのなら面倒だ。

「っと、いきなり押し倒してすまなかったな。怪我はないか? 服の汚れは……」

地面はぬかるんでいるから外套を着ていても汚れてしまっただろう。それを詫びながら手を差し出すが、カリンは何が起きたのか飲み込めていない様子で目を瞬かせている。

「え、と……わたしは、その、大丈夫ですが……今、何が……ミナト様が自分に炎を……」

「スライムが上から降ってきたんだよ。さすがに自分ごと斬るわけにはいかないし、雨が降ってて消火しやすいから焼いた。カリンに火が届かないよう気を付けたつもりだけど……」

もしかして火傷した? いや、悲しいけど俺の魔法ってそこまで威力はないはず……つまり突然のことで思考が追い付いてないだけか。

俺が差し出した手を掴んでカリンが立ち上がる――が、足に力が入らなかったのかそのまま俺の方へと倒れ込んできた。

「っと……大丈夫か? やっぱりどこか痛めたか?」

抱き留めて顔を覗き込んでみるが、カリンの反応は鈍い。いきなりスライムに襲われて気が動転しているのだろうか。

「まずは屋内に移動しよう。ここだとまたスライムが降ってくるかもしれないし……んん?」

俺はカリンを落ち着かせるべく言葉をかけ、再び頭上からの襲撃がないかを確認するために視線を上げて疑問を覚えた。

代官屋敷は二階建てだが、高さはそれほどでもない。屋根を含めても十メートルはないだろう。

(……今のスライム、どこから降ってきたんだ?)

そんな疑問を抱き、小さく首を傾げる。

これがサンデューク辺境伯家の屋敷なら三階建てだから相応の高さがあるし、各階共に天井が高く作られているからスライムが屋根に登って跳躍すれば十分届き得る。だが、代官屋敷にスライムが登って飛んできたにしては距離があった。

ダンジョンに取り込まれているとはいえ、死者がゾンビや死霊系モンスターになる以外で町や村の中にモンスターが 出現(ポップ) するなんて話は聞いたことがない。そうなるとどこかから侵入してきたのだろうが――。

(モンスターだし、俺が思うよりも高く、遠くに飛べた……のか?)

少し大きめのスライムだったし、そういうこともあるのかもしれない。俺は自分をそう納得させたが、どうにも腑に落ちないものを感じながらカリンを抱きかかえ、代官の屋敷に連れて行くのだった。