軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第397話:救援の途 その8

さて、ランドウ先生が押し黙っているからといって、俺まで黙っているわけにはいかない。場の流れでうやむやにしたが、いくら同盟国の人間といっても勝手に国境を跨いでダンジョンに突入して良いわけではないからだ。

キッカの国に来るまででもいくつかの国を通過してきたが、それはそれ。バレないようにしていた部分もあるが、一応、怪しい動きをしなければ他国を通るだけなら咎められることはない。

パエオニア王国でも他国の商人や旅人が街道を行き来しているし、その中にはスパイも混ざっているだろう。しかしそれは お(・) 互(・) い(・) 様(・) のため、余程怪しくない限りは捕まえるところまでは発展しないのだ。

しかしながら、今回は領土に侵入するどころかそのままダンジョンに突入しているし、さすがに曖昧にしたまま流すわけにはいかない。

「本当は央島のキョウに赴き、こちらの外交官と共にご挨拶してからダンジョンに挑むつもりだったのですが……勝手に足を踏み入れる形になったこと、申し訳なく」

そう言って俺は頭を下げる。悪天候でルートが逸れ、北島の方へ到着してしまったのは手痛い事故だった。いやまあ、イチジョウ達の助けになったと思えば事故というのも憚られるが。

「助けられたこちら側が文句をつけるのは筋が通らんだろう。だが、不法入国をしたと言われればそれもまた事実。問題といえば問題かもしれんが……」

イチジョウは腕組みをして悩ましげに眉を寄せる。うん、助けたのは事実だけど、不法入国の形になったのも事実なんだよな。その辺り、北島の指揮を預かる者としてないがしろにはできないだろう。

イチジョウはしばらく悩んだが、やがて結論が出たのか真剣な表情で頷く。

「私の権限が及ぶ範囲では問題がなかったとする。しかし、キョウに行かれるのなら手紙を用意するとしよう。今回の避難に関して報告の使者を出す必要もあるし、そちらにも言い含めておく。陛下ならば上手く取り計らってくださるはずだ」

「ありがたく」

現場の人間としては問題がありませんでした、なんて手紙を書いてくれるらしい。あとはそれを持ってキョウまで行き、正式に許しを得られれば問題ないだろう。報告の使者もキョウに行くというのなら、大きな問題にはならない……と思いたい。

(その辺り、柔軟な人で助かったな……さすがに問題にはならないと思うが……)

事故なら不法入国して良いのかと言われると答えはノーだが、こちらとしても悪意はなく、本当に事故だったためどうにかなると思いたい。正確に言えば ど(・) う(・) に(・) か(・) す(・) る(・) のが俺の役割か。

あとは一足先にキョウに向かっているパエオニア王国の外交官、今回は王城に仕える文官の中でも東部派閥の政治的な旗頭である伯爵――ターラント伯爵が派遣されているため、そちらにも頼ることになるだろう。

ターラント伯爵は外交官達の責任者として抜擢され、実務は外交官達が、相手側との折衝等はターラント伯爵が行う形で派遣されたらしい。

(また伯爵さんには 怒(・) ら(・) れ(・) る(・) かなぁ……まあ、今回ばかりは仕方ないと割り切るか……)

昔、初めて王都を訪れた際、 社交界(パーティ) の招待状をもらったもののスグリの母親が馬車に轢かれる場面に遭遇し、社交界に遅刻して怒られたことを思い出す。

今回は他国が絡むことのためどんなお叱りを受けるやら、と少しばかり憂鬱だ。

しかしながらイチジョウの前でそんな感情を表に出すわけにもいかず、表向きは笑顔で会談を乗り切る俺だった。

イチジョウと話をした後、相手の厚意で天幕の一つを借り受けた俺達は雨に濡れた衣服を着替え、人心地ついていた。

モリオンに魔法で水を出してもらい、これまたモリオンに火で温めてもらって白湯にし、雨に濡れた体を温める。いくら夏に近い時期とはいえ、雨に濡れて長時間経てば体も冷えるのだ。

そうやってほっと一息吐いていると、何やら天幕に一人の鎧武者がやってくる。そして仰々しく地面に膝を突いたかと思うと、主に俺とランドウ先生に視線を向けながら口を開いた。

「ミナト=ラレーテ=サンデューク様。ランドウ=スギイシ様。我が主イチジョウより、 私(・) 的(・) な(・) 会(・) 談(・) を設けたいとの申し出でございます」

もしよろしければ、なんて言葉を続ける鎧武者の男性だが、この土地における最上位者からの申し出だ。断ることはできないだろう。

(さっきの会談が公的なものだとして、今度は一体……というか、ランドウ先生だけならわかるけど、なんで俺も?)

その点が気になったものの、意味もなく呼び出すことはしないだろう。そう判断した俺はランドウ先生に視線を向けるが、『ついてくるならついてこい』と言わんばかりの視線が返ってきただけだ。

(調子が狂うなぁ……ついていって良いのならついていくけどさ)

どうせ俺も呼び出されているのだ。俺は使者の鎧武者が用意してくれた傘を使い、ランドウ先生と共に先ほど訪れた大きい天幕へと足を向ける。

「再度の呼び出しになり、申し訳ないな」

そう言って出迎えたイチジョウは、先ほどまでと比べると格好が変わっていた。甲冑の類を全て脱ぎ、動きやすそうな藍色の着物に着替えて水気を払っている。天幕の中には複数の人間が控えており、何やら書類仕事を片付けていたと思しき跡があった。

(俺達と会談をして、その後すぐに他の仕事をして、やっと時間ができたから私的な会話をってところか? 指揮官は大変だな)

相手の事情を大まかに読み取り、俺は薄く微笑みを浮かべる。

「いえ、イチジョウ様もお忙しいでしょうし、お気になさらず。それで、御用件とは?」

相手も忙しいだろうし、と単刀直入に尋ねる。するとイチジョウは周りにいた配下へ目配せをしたかと思うと、護衛と思しき二人の鎧武者を除いて天幕から退出させた。

「こっちの二人は気にしないでくれ。本当は外したいのだが、立場上そうもいかなくてな」

「お気になさらず。こちらの武器も預けましょうか?」

そう言いつつ、俺は腰元の剣へ少しだけ視線を向けた。抜く気はないが、 お(・) 偉(・) い(・) さ(・) ん(・) の前で武器を携帯するのはあまりよろしくない。もっとも、『召喚器』が存在するため武器を預けても危険がなくなるかは微妙なところだが。

「構わないとも。ここで剣を抜くほど愚かではないだろう?」

そう言って笑うイチジョウに俺も笑って返す。中々どうして、大した肝の据わりっぷりだ。この世界の重職に就いている人は何故、ここまで豪胆だったり優秀だったりするんだろうなぁ……だからこそ重職に就くことができるという、逆説的な話か。

そんな会話を軽く交わした俺が視線で促すと、イチジョウは笑みを苦笑へと変える。

「といっても、だ。失礼かつ申し訳ないが、サンデューク殿にも用があると言えばあるんだが、どちらかというとランドウと話をしたくてな」

「ランドウ先生と……ですか?」

どうやら俺は つ(・) い(・) で(・) に呼ばれたらしい。それに腹を立てるほど青くも若くもないが、それならメインのランドウ先生に何の用だろうか、という疑問は残る。

そんな俺の疑問が伝わったのか、イチジョウはランドウ先生をじっと見た。ランドウ先生もまた、その視線を受けて真っすぐに見返す。

「改めて……久しいな、ランドウ。元気そうで何よりだ」

「お久しぶりで御座います、イチジョウ様。御壮健のようで何よりでございます」

驚くことに、というべきか、ある意味当然というべきか。ランドウ先生は改めての挨拶ということでイチジョウに向かって片膝を突き、頭を下げる。

そんなランドウ先生の姿に内心で少しだけ驚いていると、イチジョウは苦笑を浮かべた。

「ふふふ……あの腕白だった子どもが、今では立派になりおって……お主が職を辞して二十年近くか。時の流れは早いものよ」

「……まことに」

どこか緊張をはらんだランドウ先生の、僅かに硬い声色。それを聞きながら、俺は二人の様子を窺う。

(オウカ姫の父親って割に、ランドウ先生への態度は悪くない……むしろランドウ先生の方が過剰に畏まっている感じがするな。そりゃまあ、オウカ姫を守れなかったんだから仕方ないといえば仕方ないんだが……)

俺がそんなことを考えていると、イチジョウの視線が俺へと向けられる。

「その反応を見るに、ランドウが当家に仕えていた時の話は知っているようだが……不思議かね?」

「正直に言えば」

「ははっ、本当に正直なことだ。貴族の生まれのようだが、ランドウの弟子らしい」

そう言ってどこか楽しげに笑うイチジョウ。立場上腹芸もできるはずだが、それをしないのは敢えてなのか、素の性格なのか。イチジョウは俺から視線を外してランドウ先生を見ると、言い含めるようにして言葉を紡いでいく。

「当時、ランドウはたしかに私の娘の護衛だった。だが、あくまで 護(・) 衛(・) の(・) 一(・) 人(・) でしかなかった。他にも多くの護衛がいたし、護衛を統率する責任者は別にいたのだよ」

「それは……当然でしょうね」

当時のランドウ先生は十代の半ばに届かない程度の年齢だったはずだ。それでも並の武士より強かったらしいが、その年齢で責任者を務めるのはさすがに無理があるだろう。

どちらかというと俺とナズナみたいな、護衛兼学友といった気安い間柄だったはずだ。気安いといっても、互いに異性として意識し合って大切に想い合っていたようだが。

「私もあの子の親だ。あの子の死に関して何も思うところがないと言えば嘘になる。だが、あの子と共にダンジョンの発生に巻き込まれ、一人生き延びた…… 生(・) き(・) 延(・) び(・) て(・) し(・) ま(・) っ(・) た(・) と自らを責める子どもを恨むことはどうしてもできなかった」

「…………」

そんなイチジョウの言葉に対し、頭を下げたままで沈黙するランドウ先生。イチジョウの言葉は柔らかく、本心からのものだろう。そう思えるほどに真剣かつ思い遣りに満ちていた。

―― だ(・) か(・) ら(・) こ(・) そ(・) ランドウ先生にとっては辛いのだろうが。

(先生……)

ランドウ先生にとってはきっと、許されるよりも責められた方が気が楽なのだ。何故娘を守れなかったのかと面罵され、怒りをぶつけられた方が良かったのだろう。

俺が初めて会った時、ランドウ先生は殺気の塊かと思うほどに荒々しい気配があった。己に対する怒り、オウカ姫を守れなかった自分への殺意を滾らせ、触れた者を全て斬り捨てるような鋭さがあった。

今でもその鋭さが完全になくなったわけではない。それでも昔と比べるとだいぶ 柔(・) ら(・) か(・) く(・) な(・) っ(・) た(・) のは、自惚れるなら 弟子(おれ) の存在も多少なり影響があるのだと思う。あるいは時間の経過がそれを成したのか。

そう感じたからこそ、イチジョウも今回、俺を同席させたのではないか。

「自分を許せとは言わん。だが、あの子もお前がそうして苦しむのを良しとはせんだろう。少しで良い。前を向いて歩き出してくれ……二十年近く前に言えなかった、馬鹿な男の頼みだ」

それはかつての主君からの、それ以上苦しむことはないという 許(・) し(・) の(・) 言(・) 葉(・) だった。少なくとも、俺にはそう聞こえた。ランドウ先生にとってもきっとそうだろう。

「……お言葉、ありがたく」

それでも、イチジョウの言葉がランドウ先生の心に届いたかは――わからなかった。