作品タイトル不明
第33話:王都ラクティ その2
「今年の軍役はミナトが行います、なんて手紙がレオンから来てね? さすがに無理だと思ったけど、あなたを見てビックリしちゃったわ。こんなに立派に育って……覚えているかしら? あなたが生まれてすぐの頃、一度だけサンデュークの屋敷に行ったのよ?」
別邸に到着して祖母と思しき女性に滅茶苦茶構われている俺である。別邸の扉の前で出迎えてくれたと思ったらすごい勢いで喋るし、こちらを可愛がろうとしてくるし、距離感がすごく近い。
年齢は五十前後といったところか。しかしながら外見が若々しく、金糸のような色合いで真っすぐ伸びたロングヘアが美しい女性だった。それでいてテンションが高い割に所作の一つ一つが洗練されている。ちょっとした動きでも指先まで意識されているのだ。
「……生まれたばかりの赤子がそんなことを覚えているはずがないだろう」
女性の言葉に苦笑混じりでツッコミを入れたのは、女性と並んで出迎えてくれた男性である。
こちらも五十歳前後だと思うものの、隣に立つ女性と違って少し老けている印象を受けた。
「旅装での挨拶、礼を失することをお許しください。サンデューク辺境伯の長男、ミナト=ラレーテ=サンデュークでございます」
「まあ、ご丁寧な挨拶痛み入るわ。あなたの祖母のアイヴィ=ラレーズ=サンデュークよ。でも、気軽におばあちゃんって呼んでくれていいんだからね?」
そう言って女性――アイヴィさんが親しみのある笑顔を浮かべる。
「最初の挨拶ぐらいはきちんとするべきだろう……名乗るのが遅れたな。ミナト、お前の祖父のジョージ=ラレーズ=サンデューク男爵だ。此度の訪問、心より歓迎する」
男性――ジョージさんは威厳漂う口調でそう返してくれた。
ジョージさんは百八十センチ近い長身ながら服の上からでも鍛えているのがわかるほど、がっしりとした体をしている。現役を退いたものの時折軍役の代表者として動くからか、あるいは本人の性格によるものか、今でもしっかりと体を鍛えているらしい。
顔立ちは……うん、俺はジョージさんに似たんじゃないだろうか。厳めしいというか、強面な感じである。それでいて丁寧に撫で付けられた、燃えるような赤い髪が印象的だった。
そんなジョージさんの隣でニコニコと笑うアイヴィさんは、貴婦人って呼ぶべき華がある。
それもそのはず、アイヴィさんはなんと元王族だ。俺がアイリスとはとこの間柄なのも、アイヴィさんがジョージさんに嫁いだからだ。
アイヴィさんは先代国王の妹である。そのため先代国王の孫にあたるアイリスと先代国王の妹の孫にあたる俺は一応、はとこになるのだ。アイリスとは今のところ会ったことないし、六親等離れているから身内って感じはしないけどね。
それにアイヴィさんは降嫁した形になる。アイリスを 一(・) 応(・) はとこの間柄、なんて呼ぶのもその辺りが原因だ。公的にはアイヴィさんは元王族で、今はサンデューク辺境伯家の人間なのだから。
王家から見て、家臣のところに嫁いだアイヴィさんも家臣みたいなものである。もちろん私的な場所での扱いは違うかもしれないけども。
なお、ミドルネームがラレーズなのはうちの領地にあるラレーズという町を領有しているからだ。王都で活動する親族用の爵位として用意しているのがラレーズ男爵位で、領地の運営は代官に任せているらしい。
面倒な話だが、サンデューク辺境伯であるレオンさんと俺を含む妻子が家名のサンデュークで呼ばれ、他の親族はミドルネームで呼ばれることが多い。俺が本家、他の親族が本家に属する分家、みたいな感覚だろうか。
「後ろの兵はこちらの者に案内させよう。そちらの従者は……ウィリアムの息子か?」
「は、はいっ! お初にお目にかかります先代様! パストリス子爵の長男、ゲラルド=ブルサ=パストリスでございます!」
ジョージさんは兵士に関して手配しつつ、ゲラルドの顔を見てすぐさま素性を看破する。ウィリアムとゲラルドは顔が似ているからすぐに気付けたのだろう。
「ウィリアムが同行するなら安心だと思ったが、嫡男まで連れてきたのか……そういえばミナト、お前の従者はナズナという女性ではなかったかね?」
「そうなのですが、色々とありまして。今は一時的に離れております」
うーん、ナズナのことも伝わっているのか。レオンさんが定期的に情報のやり取りをしているし、その辺りのことも知っているのだろう。
「あらあら……ミナト、女の子には優しくしないと駄目よ?」
アイヴィさんは自分の頬に手を当て、おっとりと注意してくる。
「いいえ、大奥様。悪いのは若様ではなくうちの妹でして……目をかけていただいたというのにあの体たらく。兄として深く謝罪いたします」
俺が反応するよりも先に、ゲラルドが申し訳なさそうな顔をしながら頭を下げた。それを見た俺はジョージさんにアイコンタクトを送り、軽く手を打つ。
「ゲラルド、そこまでにしておけ。初対面の挨拶に相応しい話題ではないだろう?」
「うむ。つい尋ねてしまったが、こちらの話題選びがまずかったな。まずは旅装を解いて軽く休みなさい。そのあと歓迎の場を設けるとしよう」
とりあえずナズナの件は流し、別邸へと足を踏み入れる。すると綺麗に整列した執事やメイドさん達に出迎えられ、俺は二階にある客間へと通された。
どこの貴族の家も似通った作りになるのか、一階は大きなフロアや食堂、応接間や執務室、図書室や兵士の詰め所などが作られ、二階はジョージさんとアイヴィさん、それに執事やメイドさん達の部屋、それと客間になっているようだ。
一階が外部向け、二階が内部向けの作りになっていると思えば間違いはないだろう。領地の運営がほとんどないため、外部向けの仕事は一階の部屋で十分賄えるらしい。
俺は身に着けていた外套や部分鎧、鎖帷子を脱ぎ、ズボンにシャツと楽な服装になる。楽といっても貴族用の服らしくしっかりとした作りで、なおかつ最低限礼服として機能する代物だ。
そして、せっかくだからとすぐにジョージさん達のもとへと足を向ける。体力的には余裕があるし、預かり物もあるからだ。
部屋付きのメイドさんに案内を頼むと、もうじき夕食ということで一階の食堂へと通される。そこには既にジョージさんとアイヴィさんが揃っており、俺の顔を見て目を丸くした。
「早かったな、ミナト。もう少し休んでからでいいんだぞ?」
「いえ、そこまで疲れていませんので。それにせっかくお爺様とお婆様に会えたんです。少しでも早く話をしたいな、なんて思いまして」
「まあ……」
俺の言葉を聞いたアイヴィさんは嬉しそうに口元を両手で隠し、すぐさま着席を促してきた。
食堂に置かれたテーブルは巨大な長方形だが、別邸の主であるジョージさんが上座に座っている。しかしその右隣が空けてあり、食器類が用意されているため俺はそこに腰を下ろす。
するとすぐさまメイドさんが紅茶を淹れてくれるが……うーん、手慣れてますねぇ。とりあえず軽く口を湿らせて、雑談をしながらお互いに少しずつ距離を縮めていくか。
「そういえば、俺が生まれた直後に顔を見に来てくださったと仰っていましたが、長旅は大変ではなかったですか?」
「そうでもないのよ。 知(・) 人(・) にお願いしたら竜騎士を借りられたから、一日で行けたもの」
空の旅は素敵だったわ、なんて答えるアイヴィさん。その知人ってもしかして、先代の国王陛下じゃないですよね?
軽い雑談のつもりが、やばそうな返事が来た。そのため俺は曖昧に微笑んで流し、もう少し場を温めてから渡すつもりだった物を取り出す。
「お爺様、ランドウ先生から手紙を預かっているのですが」
「ランドウから? そういえば師事しているんだったな。あの子は元気にやってるか?」
「あ、あの子……いえ、先生はお元気です。俺が軍役に出立するのに合わせて東の大規模ダンジョンに挑みに行きましたよ」
まさかの『あの子』呼びに思わず動揺するが、すぐさま気を取り直して答える。ジョージさんの年齢から考えるとランドウ先生も息子ぐらいの年齢だし、間違ってはいないだろう。
「そうか……相変わらずのようだな。手紙の内容は……」
ジョージさんは手紙を開封すると、ざっと目を通して口元に笑みを浮かべる。
「先生は何と?」
「顔を出せない不義理への詫びと、弟子をよろしく頼む、とのことだ。心配していたが、どうやらあの子も少しは変わっているようだな」
そう言ってどことなく嬉しそうに笑う。そんなジョージさんの様子に俺は首を傾げた。
「ランドウ先生とはどんな関係なんですか?」
『花コン』でもランドウ先生はレオンさんとジョージさんに対して義理があり、それをきっかけとしてミナトに剣の手解きをしたことがあるという描写があった。しかし、具体的にどんな義理があるかまでは詳しく明かされず、せっかくの機会だからと尋ねてみる。
「そう大したことはしてないとも。以前……もう、十年ほど前になるか。レオンの代行として軍役を行っていた際、行き倒れたあの子を見つけてな」
十年前……その頃だとランドウ先生はキッカの国のめぼしいダンジョンを探索し終わって、アーノルド大陸に渡っていたか。しかし、ランドウ先生が行き倒れ? 想像できないな。
「聞けば、単独で中規模ダンジョンに挑んでいたら複数のドラゴンに襲われたそうだ。ドラゴンは倒したものの、戦っている最中に手持ちの食料やポーションを失ってしまったらしくてな。酷い怪我で動けなくなっていたんだ」
中規模ダンジョンで……ドラゴン? 聞き覚えがあるというか、それって『一の払い』を教わった時の話? というか、複数のドラゴン?
(『花コン』でもドラゴンは強いけど、複数で出現することはなかったような……)
ドラゴンは非常に巨体で、なおかつファンタジーものの代名詞といえる存在だからか『花コン』でもかなり強めに設定されていた。しかしゲーム的に他のモンスターを表示するスペースがなかったのか、あるいはゲームバランスを考慮したのか、出てくる時は単体だったのだ。
小規模ダンジョンでは登場せず、中規模ダンジョンならボスモンスター、大規模ダンジョンでも強い雑魚モンスターとして登場し、猛威を振るったのがドラゴンだ。
(中規模ダンジョンならボスとして単体で出るだろうし、それが複数……いや、この世界はゲームじゃないし、そういうこともあり得るのか)
自分がミナトらしからぬ行動をしているように、全てが『花コン』と同一ということはない。そのため納得するが、同時に思うことがある。
(ランドウ先生、どんな義理があるのかと思ったら行き倒れたところを助けてもらったのか。そりゃミナトに戦い方を教えるよう頼まれたら忙しくても引き受けるわ)
思ったよりも重い義理があったようだ。俺は『花コン』で描写されなかった 裏(・) 側(・) に触れた気分になる。
「介抱した後、レオンに対して紹介状を書いてな。あの子の目的に協力するよう頼んだら恩に感じたらしい。時折手紙やダンジョンで入手した道具を送ってくるようになった」
そこまで恩に感じなくて良いんだが、とジョージさんは呟く。
なるほど、ランドウ先生はそんなことがあったからジョージさんに対しては礼儀正しく、レオンさんに対しては友人として接しているのか。レオンさんだけでなく、ジョージさんにもポーションなどのアイテムを送っていたのは初耳だが。
しかし、俺は最初の試験で腕を折られたし、原作のミナトはあっさりと見切りをつけられてるんだよな……でもミナトが一番弟子を名乗っても黙認していたし、ランドウ先生なりに義理は通していたのか。
なにはともあれ、興味深い話を聞けた。そう思った俺はもう一通手紙を取り出す。
「それと、こちらは父上からの手紙でして……あー、俺の婚約者候補に関してです」
順番的にはこちらの方を先に渡すべきだっただろう。だが、内容が内容だけにランドウ先生からの手紙を先に出してしまった。後回しにしたかったのである。
「まあ! 婚約者候補ですって?」
案の定というべきか、アイヴィさんが目をキラキラとさせ始めた。レオンさんも言っていたけど、孫の婚約者候補を世話することに大変乗り気らしい。
「それで? 好きな女性のタイプとかあるのかしら? おばあちゃん、これでも顔が広いから頑張って素敵なお嫁さんを探してくるわよ?」
そりゃ元王族なら顔も広いでしょうよ。先代辺境伯の奥さんってだけでも大概だけど、そこに先代国王の妹なんて要素まで足したらどんな家でも話を聞くところまでは確実にできそうだ。
実際に婚約者候補として決められるかは条件次第だろうけど……俺の場合、候補に挙げるべき相手が決まっているわけで。
「顔や性格にはこだわりません。当家にとって最も利益がある家の女性を望みます。学園のこともあるので、できれば同い年で……あとは当家は錬金術関連が弱いのでそこを補える家で、なおかつこちらにも取引材料があれば最適かと」
「ふむ……錬金術関連、か……」
「ミナトちゃん? 学園に通えば素敵な異性がたくさんいるんだから、無理して今すぐに婚約者候補を決めなくてもいいのよ?」
真剣な様子で考え始めるジョージさんと、俺の返答を聞いて何故かちゃん付けしつつ真顔になるアイヴィさん。それまでのウキウキぶりはどこに行ったんだろうか? 婚約者候補を探す気満々だったのに、もっとよく考えろと言わんばかりの顔をしている。
「立場上、婚約者候補がいない方がまずいですから。それに錬金術の材料を他家に輸出できて、なおかつ質が良い物を望める家となると限られるでしょう? 早いうちに婚約者候補として関係を結んでおくべきだと思っています」
カリンの実家以外にも錬金術の素材が採れる家は多くある。しかし質が良くて量も採れて、なおかつ俺と同い年っていう条件までつけるとほぼ狙い撃ちのようなものだ。
それでも俺はカリンとの面識がないため、条件を出して誘導しなければならない。アイヴィさんはともかく、先代のサンデューク辺境伯だったジョージさんは領主として領地に何が足りないかを知っているため、反対もしないだろう。
俺はそう思っていたんだが。
「たしかに、サンデュークの領地は錬金術に使える材料があまり産出されない……だが、それなら交易を行えばいいだろう。ミナトが領地のことを考えてくれているのは嬉しいが、無理をしてまで婚約者候補を決めなくてもいいんだぞ? それは 誰(・) の(・) た(・) め(・) に(・) も(・) な(・) ら(・) な(・) い(・) からな」
くっ……反論しにくい提案が飛んできた。たしかにうちの領地なら金銭的に余裕があるし、錬金術の材料が必要なら買えば良いっていうのも正論だ。
それにジョージさんは言葉をぼかしたけど、負の感情が生まれにくいよう、家の利益だけでなく結婚相手との相性を優先するっていうのも大事だろう。『花コン』だとミナトも相性の悪さが原因でカリンに謀殺されまくったしな。
「節約できるのならそれに越したことはないでしょう? それに、俺も幼い頃から貴族として教育を受けています。領地と領民のためなら誰だろうと、どんな相手だろうと愛してみせます」
そもそも結婚するためには『花コン』の舞台を乗り切らないといけないし、空手形ならいくらでも切れる。だからこそ断言してみたが、ジョージさんもアイヴィさんも反応が渋い。
まあ、今日会ったばかりとはいえ、自分の孫が『家のためならどんな相手とでも結婚する』なんて言い出したんだ。二人の反応も仕方ないだろう。
(『花コン』の世界でなければ、当然のことだって受け入れてもらえたんだろうけどな……)
家のことが最優先で結婚相手を決めるなんて、前世でも現代に近い時代まで普通にあったことだ。俺の周りではなかったけど、現代でもあるところではあっただろう。
しかし『魔王』の発生という危機的状況を回避しなければならない、というのは王族や領主にとって共通の考えだ。家の利益を追求しつつも、可能な限り不和を避けるようジョージさんやアイヴィさんが考えるのも当然だろう。
「……まあ、今日明日にでも決めなければいけない話でもない。お前がこの王都に滞在している間、パーティの誘いもあるだろう。そこで気が合う御令嬢を見つけてみてはどうだ?」
「そうね。ミナトちゃんが王都に来るって聞いて、既にいくつか打診がきてるのよ?」
ジョージさんもアイヴィさんもそう言って俺の翻意を促す。たしかにすぐさま軍役に出発するわけでもないし、パーティの一回や二回ぐらいは出席する余裕もあるだろうけど……なんだろう、俺の提案を受け入れ難いという思いが伝わってくる。
(ジョージさんはうちの先代だし、錬金術関係を強化するメリットはよく知っているはず……反対する理由はないと思うんだけど)
良質な素材を手に入れても、それを活用できる人材がいないと思っているんだろうか? しかし質の良い魔力石を安定して入手できた場合、品質にこだわらないのなら治療用のポーションを大量生産することぐらいはできる。
そうなったら兵士はもちろん、領民用として各町村に配ることができる見込みだ。ポーションがあるなら鉱夫のように危険な仕事に就いている者も安心して仕事に取り組めるだろう。
回復魔法の使い手は数が少ないし、そのほとんどが領軍に所属している。ポーションの類はいくつあっても困るものじゃない。
もっとも、サンデューク辺境伯家は錬金術に必要となる素材がそこまで産出しないだけで、錬金術師自体は複数人雇っているためまだマシな方だったりする。
錬金術は金食い虫のため、財政に余裕がある家じゃないとポーションは他所から買うかダンジョンからの入手品で賄うしかないのだ。うちは自分のところで製造できるだけ良い方である。
(もしかして、他に優先した方が良いものがあるとか? うちは兵士が多くて強いし、商業や工業も盛んだし、あちこちと交易もしているし……他に何かあったっけ?)
わからないが、ジョージさん達の手前とりあえず頷いておこう。婚約者候補の希望は伝えたし、あとは賽の目が出るのを待つだけだ。