軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第32話:王都ラクティ その1

『花コン』の世界における移動手段というのは、基本的に徒歩である。

貴族や騎士、騎兵は馬に乗るし、商人もある程度規模が大きくなれば荷物を運ぶために荷馬車を使うが、現代の地球のように飛行機や新幹線、車やバイクは存在しない。竜騎士と呼ばれる存在がドラゴンに乗って空を飛ぶことがあるものの、希少性が高くて例外と考えて良いだろう。

民間人が馬に乗らない理由は簡単である。購入費もそうだが飼育する場所、毎日の餌代、訓練する時間を確保できないからだ。

徒歩が基本のため、その辺の村人だろうと足腰が達者な者が多い。当然ながら兵士はそれ以上に鍛えているし、長距離を行軍する訓練も積んでいる。

そのため合間合間に休憩を挟むとしても一日の移動距離がかなり長い。早朝から日が沈む一時間前まで歩くと相当な距離を進めるのだ。

それでも、サンデューク辺境伯家の領地から王都までは遠い。街道だからと斥候による索敵を必要最小限に減らしても、最短で二十日ほどかかる道程になる。その道中で何か問題が起きれば更に日数がかかるし、何百人と動かせば大金が必要となる。

それだけの金と時間をかけて王都に行き、軍役として何をするのかといえば行ってみないとわからないのが面倒さを加速させた。

大抵は王家が領有する王領の治安維持だったり、野盗の討伐だったり、王都や王領に近い場所にあるダンジョンの調査や破壊だったり、問題事を解決できない貴族から助けを求められた際に解決したりするらしいが、他の家に割り振られる軍役との兼ね合いから毎年変わるのが常だ。

場合によっては小規模な仕事が複数あり、連れてきた兵士を分けて騎士を指揮官に据えて対処させることもある。まあ、今回はモリオン達みたいに寄り子が一緒で兵士を連れてきているし、仕事が小規模な場合はそっちに割り振ればいいだろう。

「今日中に王都につきそうですね」

そうやって俺が軍役について考えているとモリオンが話を振ってくる。モリオンはどことなくほっとした様子で、その雰囲気は初対面の時と比べていくらか柔らかい。

劇的に仲が良くなったわけではないが、共に旅をする内に自然とこうなったのだ。出会った初日の夜以降、毎晩チェスや将棋で遊んでいるのが功を奏したのかもしれない。

元々ルールぐらいしか知らなかったチェスは全敗。チェスより得意な将棋でも勝率は三割程度と大きく負け越している俺だが、十二歳の男同士、何でもいいから一緒に遊べばそれなりに打ち解けることができる。

これで俺が 本(・) 物(・) の(・) ミ(・) ナ(・) ト(・) ならとっくに怒り狂っていただろうけど、モリオンが抱く感情も置かれた立場も知っている身としては容易に受け流せる。嫌味も慇懃無礼な態度も温かい目をしながら受け流していると、自然とモリオンも態度を改め始めていた。

ゲラルドとは相変わらず口喧嘩をしているが、それも一つのコミュニケーションだろう。

俺としてもウィリアムの後継者であるゲラルドには様々な性格の人間を知り、上手く使うなりやり過ごすなりできるようになってもらわないと困る。ウィリアムもそう思っているのか余計な口出しはせず、強く咎めることもしなかった。

そんなわけで時折騒がしかった旅路も、遠目に王都が見え始めたことから終わりが近い。

(あれが王都……)

『花コン』の舞台である王立ペオノール学園が隣接された、この世界でも屈指の大都市。正式名称は王都ラクティだったはずだが、『花コン』では王都としか呼ばれていない場所である。

元々は小さかったのか王都中心部を囲うように城壁が築かれ、その周囲に町ができ、再び城壁で囲い、更に町ができ、その周囲を城壁で囲ってと三重の城壁が築かれる形になっている。

全体的な面積はラレーテの町の何倍になるだろうか。王都の周辺には畑や作業小屋が作られて遠目にも、いや、遠目だからこそその巨大さが理解できた。

(んー……ここからは見えないけど、学園とか王立図書館とかは王都のすぐ傍にあるんだよな。時間があれば一度見ておきたいけど……)

王立ペオノール学園は『花コン』の舞台であり、俺にとっては決戦の場でもある。入学まで既に三年を切っていると考えると心臓が縮みそうになるな。

「若様? どうかされましたか?」

「……いや、なんでもない。王都が見えてきたとはいえ、気が抜けないと思っただけさ」

怪訝そうに尋ねてくるゲラルドにそう返し、俺は手綱を操って馬を進めるのだった。

ようやく到着した王都だったが、到着してすぐに入れるものではない。使者を出して城門の門兵にこちらの素性を明かし、軍役で王都に来たことを伝えて待たされることしばし。

王都に入る許可が出てから城門を潜るが、そこにあったのは豪華絢爛な街並み――なんてことはなかった。

王都の中心部から外側に向かって町が作られていった結果、王城や貴族の邸宅が並ぶ第一層、商人や比較的裕福な者が住まう第二層、そして俺達が足を踏み入れたばかりの第三層とわかれており、第三層は貧民街や兵士の駐屯施設、訓練場があるぐらいで殺風景なのだ。

王都の守備兵や外部から訪れた軍隊が駐屯できるよう、大人数が寝泊りできる大きさの兵舎がいくつも造られ、兵士目当てに商店や酒場、露店や屋台、娼館などが集まっているが、 お(・) 上(・) 品(・) とは言えない雑多な空気が漂っている。

それでも兵士にとっては金を出せば好きに飲み食いできるし色事にも事欠かないだけで上等だろう。王都らしい雰囲気を味わいたいなら第二層の方に足を延ばしても良いのだ。

「ウィリアム、俺はお爺様のところに顔を出してくる。兵士達を任せても構わないか?」

「もちろんでございます。先代様や大奥様によろしくお伝えください。ゲラルド」

「なんでしょうか?」

まだ日が沈むまで時間があるし、今日中に祖父のジョージさんを訪ねよう。そう思って話を振った俺だったが、ウィリアムは何やら険しい顔をしながらゲラルドを呼んだ。

「伝令と護衛の兵を連れて若様につけ。俺はこちらで兵士の面倒を見なければならんからな」

王都は広いし、ジョージさんがいる第一層からこの第三層までは距離があるしなぁ……伝令の兵士も必須か。

「モリオンはどうする?」

「……当家の兵もいますし、今日のところはこちらに残ろうと思います」

モリオンに話を振ってみるが、どうやらこの場に残るようだ。他の寄り子もそれぞれ自分の家の兵士を管理するために残るし、そちらに合わせたのかもしれない。

問題や相談事があれば寄り親として対応するが、さすがに全ての面倒を見る必要はない。そのため俺はこの場をウィリアムに託すと、ゲラルドや兵士を連れて王都の中心部に向かう。

馬に乗ったまま石畳が敷かれた道をかっぽかっぽと進んで行くと、第二層の城壁と城門が見えてきた。外部につながる第三層と違い、門兵に素性を告げるとあっさりと通されて城門を潜る。

「おっ……」

そして第二層に足を踏み入れた俺は、思わずそんな声を漏らしていた。

第三層以上に多くの人が行き交い、石材やコンクリートを使用した建物がところ狭しと建ち並び、門を一つ潜っただけで熱気と喧騒が桁違いに溢れている。

防衛を重視したラレーテの町と違って門から真っすぐに道が伸び、その大通りとでも呼ぶべき道を挟んで三階建て、四階建ての建物がずらりと並ぶ。

おそらくは王都で商売することを許された商人――大商人と呼ぶべき者達の本拠地にして牙城で、大通りから遠ざかるにつれて王都の人々が住んでいると思しき家屋が建ち並んでいる。

「これは……なんとも、すごい……ですね」

ゲラルドが目を丸くしてそんなことを呟き、王都に来たことがない兵士も一様に周囲を見回しているのが見えた。

「たしかにすごいな……おっと、あまり周囲を見ていると田舎者だと思われるか?」

俺は苦笑しながらそう言って、止まっていた馬を前へと進めていく。

王都はラレーテの町と比べても 都(・) 会(・) だと言えるが、前世で知る日本の大都市と比べればさすがに人数で劣る。それでもこのパエオニア王国で一番の都市だろう。

『花コン』での情報によると王都に住む人間は二十万人を超え、一時的に滞在する者を含めればその数は更に増える。訪問者の中には他国の人間も含まれているが、キッカの国の人間のように一見してわかるほど外見が異なる者はいなかった。

(『花コン』でもこの国以外の国についてはあまり触れなかったしなぁ……精々ランドウ先生がいたキッカの国の描写があるぐらいで、他の国は……あー、エンディングによっては『魔王』を倒した後に少し出るぐらいか)

せっかく『魔王』を長期間『封印』できたのに、『魔王』が消え去って平和が訪れたと 勘(・) 違(・) い(・) し(・) た(・) 他国が連合を組んで宣戦布告してきて、一気に負の感情が溜まって『魔王』が数年と経たずに発生して人類が滅ぼされた、なんて表示された時の脱力感よ。

まあ、そのルートは特殊なバッドエンドで、周回プレイをしないと到達できないぐらい難易度が高い。なにせ攻略対象キャラ全員の好感度をルートに入らない程度にしか上げず、なおかつ主人公に特定条件を満たさせた状態で『魔王』を倒さなければ到達できないのだ。

言うなれば、周回プレイで主人公が最初から強いため、ゲームに登場するアイテムやモンスターの図鑑を埋めるトロフィーコンプリート――やり込み要素を達成しようとプレイしていたらうっかりミスして突入するルートの一つである。

それ以外だとキッカの国を除いて他国は絡まず、基本的にパエオニア王国の中だけで『花コン』の物語が完結すると考えていい。そのため現状気にするべきは、『花コン』に登場するキャラの中でも王都で会える可能性が高い者達に関してだ。

(王都にいるのはヒロイン一人にサブヒロイン二人、ヒーロー二人、学園に行ければ隠しヒロインとサブヒーロー……あとは役職的にヒーローの一人に会える可能性があるか?)

表面上は真面目な顔をして第一層に向かいつつ、頭の中では記憶を探る。

王都には王族にして『花コン』のメインヒロインであるアイリスが王城にいるだろう。

あとはサブヒロインとして二人。一人は錬金術の大家として有名な一族の出身だから会おうと思えば会えるけど、もう一人は一般家庭の出身だ。さすがに住所まではわからない。

ヒーローに関しては身元がはっきりとしているため、こちらも会おうと思えば会える。一人は王国騎士団の副団長の次男で、もう一人は王都に居を構える大商会の跡取り息子だ。理由さえ作ればどちらも会えるだろう。

そして王都傍にある王立ペオノール学園。そこの学園長がサブヒーローの一人で、あとは学園の敷地内にある王立図書館に隠しヒロインがいる……はずだ。前者はともかく後者に関してはゲームの主人公じゃないと会えないから、確認しようがないが。

最後に一人、実家の役職上王都にいる可能性があるヒーローがいる。それも『花コン』通りの姿なら一目でわかるため、会うことができれば儲けものだろう。

だがしかし、今は。

「ここが当家の別邸、か……」

第二層を通り、第三層の城壁並に門兵が厳しい雰囲気で城門を守る第一層。その城門を潜って進んでいけば、サンデューク辺境伯家の家紋が掲げられた邸宅があった。

ちなみに家紋はシンプルで、右向きに描かれた盾の上に剣と槍が交差した形になっている。これはサンデューク辺境伯家が国の右側――すなわち東側に対する盾であり武器であるという覚悟を初代のサンデューク辺境伯が示したもので、代々継承されているものだ。

今回の旅でも家紋を描いた旗を携行してきたが、当然ながら家紋が描かれた旗を使える人間は限られている。家紋は身分証みたいなもので、サンデューク辺境伯家の人間や家臣に全権を委ねた場合を除いて使用することはできない。使ったり騙ったりしたら? 死刑である。

さて、そんな家紋が掲げられた邸宅だが、ラレーテの町にある本邸と比べるとさすがに小さい。庭が狭くて兵士用の練兵場はないし、邸宅の裏手に家庭菜園が作られているようにも見えない。建物も二階建てだ。

しかし、だ。王都の第一層という限られた土地に建てられたにしては大きい。付近には他の貴族の別邸もあるが、その中でも指折りの大きさだ。家の周りを石塀で囲み、門兵や巡回の兵が油断なく周囲を見回っている。

それでも先触れの使者を出していたため、俺達が到着すると門兵がこちらの素性を確認してから門を開けてくれる。

そうしてようやく辿り着いた王都の別邸――だったんだけど。

「まあまあまあ! あんなに小さかった赤ちゃんがこんなに大きくなって! レオンにそっくりだわ! 今日という日をずっと待っていたのよ!」

滅茶苦茶ハイテンションな祖母と思しき女性にすぐさま捕まる俺がいた。