作品タイトル不明
第24話:初陣を終えて
それは、 俺(・) にとって不可思議な光景だった。
着ている服がボロボロになって、疲労困憊といった有様で膝を突く俺――ミナトの姿が見える。それも今より大人で、高校生ぐらいの見た目だ。
まるで罪人のように後ろ手に手枷を嵌められ、許しを請うように、あるいは項垂れるようにして頭を前へと倒している。
そんなミナトの前に立つのは、同じように成長したモモカだった。普段の元気いっぱいな腕白ぶりが嘘のように冷たい、能面のような無表情でミナトを見下ろしている。
モモカの手には一本の剣があった。なんの変哲もない、業物というわけでもない普通の剣が。
俺はその光景を困惑しながら眺める。まるで映画でも見ているように勝手に進んでいくその光景は、どこか既視感がある。
モモカとミナトがいくつか言葉を交わすが、俺には聞こえない。ただ、顔を上げたミナトが泣きそうな、媚びるような顔でモモカに何かを言っているのが見えた。しかしモモカは首を横に振り、持っていた剣を振りかぶる。
「――サヨナラ、お兄様」
そう言って、モモカは持っていた剣を振り下ろし――。
「あああああああああああぁぁぁっ!?」
俺(・) の首が飛んだところで、そんな悲鳴を上げながら飛び起きた。慌てて首を触るが斬れてない。血も出てないし飛んでもいない。デュラハンみたいにもなってない。
「何事ですか!?」
スポン、と取れたりしないだろうな。なんて思いながら頭を引っ張っていると、扉を蹴破る勢いでナズナが部屋に入ってきた。大人じゃない、十二歳のナズナだ。
それを見た俺は大量に噴き出ていた冷や汗を拭い、周囲を見回す。見慣れているわけじゃないが、見たことがある間取りと調度品を確認してから大きく息を吐いた。
ここは野盗の討伐に向かった際、初日に泊まった村の村長宅だ。討伐を終えてここまで帰ってきた……?
(んん? なんか記憶が飛んでいるような……あれ? ランドウ先生の指示で一対一で戦って……そこからどうしたっけ?)
まさか夢だった? 野盗の討伐も、頭目との戦いも、勝ったこと――殺したことも。
(いや、違う。夢じゃない)
野盗の頭目を斬った感触を、今でも鮮明に思い出せる。緊張で大量に汗を掻いたことも、必死に考えて打開策を見つけたことも、振り下ろした剣を避けられて驚愕する頭目の顔も、全てが。
「若様っ! 大丈夫ですか!?」
俺の様子がおかしいと思ったのか、ナズナが肩を掴んで揺らしてくる。その顔には心配の色がありありと浮かんでおり、同時に、泣きそうなほど不安がっているようにも見えた。
「あ、ああ……大丈夫だ。少し……そう、少し、夢見が悪くてな」
「若様……それほどまでに初陣が……」
俺の言葉を聞いたナズナが痛ましそうに眉を寄せる。
いや、待ってくれ。誤解を招くようなことを言った俺が悪いけど、夢に出たのは野盗の頭目じゃなくて俺とモモカなんだ。違う、ミナトとモモカなんだ。
そして夢で見たアレは、『花コン』でのコハクルートで『魔王の影』の口車に乗って主人公と敵対し、人類とも敵対する形になったミナトが断罪されるシーンだ。家督を継ぐことになったコハクが兄殺しという悪名を背負わなくて良いよう、モモカがミナトを殺すシーンだった。
貴族としての務めを放棄して私怨に走ったミナトを、貴族の義務として妹のモモカが殺す。そんなお兄ちゃんとしては妹が成長して嬉しく思えるようなイベントで……いや、殺されるの 俺(ミナト) だったわ。喜ぶところじゃないわ。
「起きたか」
しかしなんであんな夢を見たんだろう? なんて首を傾げていると、ナズナ以外の人物の声が聞こえた。視線を向けてみると、いつの間に来たのか部屋の入口にランドウ先生が立っている。
「あー……先生、おはようございます?」
「夜明けには少しばかり早いがな……フン、ようやく 正(・) 気(・) に(・) 戻(・) っ(・) た(・) か」
そんなことを言いながらランドウ先生が部屋に入ってきた。そして部屋にあった椅子に腰を下ろすと、状況をいまいち理解できない俺に呆れたような視線を向けてくる。
「スギイシ様、正気に戻ったとは……」
ナズナが不思議そうな顔でランドウ先生に問いかけた。その問いかけにランドウ先生は小さく目を見開くと、ため息を吐く。
「言葉通りだ、小娘。こいつは今まで正気じゃなかった……そうだな?」
「……えっと、多分? 一対一で戦ったところはバッチリ覚えているんですが、勝ってからの記憶が曖昧といいますか……俺、勝ちましたよね?」
やばい、殺し合いとは違う緊張感で背中から冷や汗が出てくる。
必死に記憶を探ると、戦いが終わった後に頭目の首を取って魔法で出した氷で保管して、他の遺体は魔法で焼いてから埋めて、生き残った野盗は抵抗できないよう雁字搦めに縛り上げて荷台に乗せて、ラレーテの町まで連れて帰って民衆の前で首を斬るよう指示を出した……ような?
一応隠れ家の跡地を捜索させたり、他に仲間がいないか情報を吐かせたり、何もないことを確認してからここまで帰ってきた、と思う。
その間も何かと指示を出していた気がするけど、どれもこれも実感がない。
「ちゃんと勝ったぞ。その後も的確に指示を出していたが、どう見ても正気じゃなかったな」
ウィリアム殿と兵士の大半が気付いていたぞ、とランドウ先生が言う。それでも指揮官としてきちんと指示を出すし、話しかければ返事をしていたから放っておいたらしい。一度ランドウ先生が正気に戻そうと軽く殴ったそうだが、全く記憶になかった。
「ま、初陣を乗り越えた奴にはよくあることだ。ここまで長引くのは珍しかったが、正気に戻ったからいいだろ」
いいのかな? いや、いいのか。長い眠りから覚めたような気分だが、ランドウ先生がいいって言うのなら大丈夫だろう、多分。
そんな感じで正気に戻った俺は、ひとまず自分を納得させるのだった。
さて、結果として無事に終わった初陣だが、ラレーテの町に戻ると何故か民衆にも知れ渡っていた。城門を潜り、ようやく帰ってこれたわー、なんて思った途端に大歓声が出迎えたのである。
その大歓声で乗っていた馬が驚いて棹立ちになりかけたため慌てて抑え、なんとか事なきを得たが本当に心臓に悪い。どこから漏れたの? というかなんで俺が帰ってくるよりも先に情報が流れてるの? まあ、理由はわからないでもないけどさ。
要はサンデューク辺境伯家の嫡男であり、将来の領主になる可能性が非常に高い俺の認知度を上げると共に、野盗討伐で活躍したって宣伝して名前を売るつもりなんだろう。
領民からすれば、将来の領主は強ければ強い方が良い。なにせ強い方が死ににくいからお家騒動に発展しにくいのだ。
俺は街路に詰めかけるラレーテの住民達に手を振りつつ、余所行きの笑顔を振り撒きつつ、サンデュークの屋敷へ向かう。なるべくゆっくりと、少しでも歓声に応えるようにして。
「おかえりなさい、お兄様っ!」
そうして屋敷に戻ると、真っ先にモモカが駆けてきた。少しは落ち着きを持ってほしいけど、無邪気に慕われるとしばらくはこのままでもいいかな、なんて思ってしまう兄心よ。
俺は下馬して手綱をナズナに任せると、突撃してきたモモカを受け止める。モモカが生まれてから毎日一緒だったし、十日ほどとはいえ顔を合わせないのは初めてだった。だからこそここまで大袈裟にはしゃいでいるのだろう。
「ああ……ただいま、モモカ……っ!?」
いつも通りモモカの頭を撫でようとして――昨晩見た夢がフラッシュバックする。
そのあまりの衝撃に体がビクリと跳ね、撫でようとした腕ごと体が固まった。
「お兄様?」
撫でようとして動きを止めた俺を見て、モモカが不思議そうな顔をする。そんなモモカの反応に俺は目線を泳がせると、持ち上げた右手をそっと下ろした。
「……いや、すごく、久しぶりに思えちゃってな。ただいま」
「そうなの? とにかくおかえりなさい、ですわ!」
雑に付け足された『ですわ』という言葉に、俺は小さく噴き出す。そして本当に帰ってきたんだなぁ、なんて思った。
「おかえりなさい、兄上。ご無事で何よりです」
モモカとは対照的に、コハクは落ち着いた様子で労ってくれる。コハクはモモカと違い、きちんと成長してくれて嬉しいよ。いや、モモカが成長してないわけじゃないんだけどね? ただ、身内の前だと猫を被らないだけなんだけどね?
「ただいま、コハク。俺の留守中に何か変わったことはあったか?」
モモカは少し……うん、『花コン』で描かれた性格から逸脱して育っているけど、コハクは真面目かつ優秀、しかも家族思いで優しい立派な子に育っている。いや、モモカの育ち方が悪いわけじゃない。お転婆だけどちゃんとした場所では相応の態度も取れるし。
そんなわけでコハクの育ちぶりに安堵している俺だけど、コハクからの返事がない。何事かと思ってコハクを見ると、何故か驚いたような顔をしている。
「ん? どうした? 俺の顔になにかついてるか?」
貴族の嗜みとしてそのあたりはきちんとしたつもりだったんだが。そう思って首を傾げていると、コハクは言葉に迷った様子で曖昧に微笑む。
「いえ、雰囲気が大きく変わったといいますか……別人かと思うほど大人びたような……」
「雰囲気が変わった? あー……一応、初陣を乗り越えたからな。そりゃ雰囲気も変わるって」
思い当たる節がそれぐらいしかないため苦笑すると、コハクは何故かナズナへと視線を向けた。
「しかし……いえ、初陣を終えていない僕ではわからないこともあるのでしょう。とにかくお疲れ様でした、兄上」
「固い固い。昔みたいに軽い感じでいいんだぞ?」
モモカみたいに礼儀を放り投げるのもまずいけど、弟に畏まられて敬語を使われるとお兄ちゃん悲しいわ。
そんな俺の言葉をどう受け取ったのか、コハクは嬉しそうに笑う。
「ははっ……おかえり、兄さん。お疲れ様」
「おう。ただいま、コハク」
そう言って、俺もようやく心から笑うことができた。思わぬ初陣、初の実戦だったけど、無事に帰ってこれたという実感が湧いてくる。
『花コン』でもミナトは初陣を乗り越えてから王立学園に通い始めたが、俺と違って十五歳になる間際の話だ。それも街道に現れる数人の野盗を捕らえるべく五十人もの兵士を動員し、安全に安全を重ねた上での初陣だった。
たとえそんな初陣だろうと、乗り越えた以上は『俺は実戦経験者だ』と威張っても嘘ではない。箔をつけるために初陣を体験させたレオンさんだったが、それによって増長させるだけの結果に終わったのが『花コン』でのミナトだった。
だが、今回俺が乗り越えた初陣はミナトのものとは大きく異なる。相手の質こそ低かったが、率いた兵士の数は同程度。きちんと指揮を執り、なおかつ最後には敵の頭目と一騎打ちをして勝ったのだ。これは割と偉業というか、異常な事態である。
……いや、なんで辺境伯家の嫡男で、なおかつ十二歳の子どもが初陣で一騎打ちをしているんだろう? ランドウ先生のせいか? うん、普通にランドウ先生のせいだったわ。
兎にも角にも、これから先のことを思えば悪い話じゃない。死ぬ危険性が高いから普通はやらない、という正論からは目を逸らすが、同年代では一歩どころか何十先も先に進んだといえる。
少なくとも王立学園で『花コン』みたいに失態を演じたとしても、周囲から露骨に軽んじられることはないはずだ。むしろそうでないと困る。
三年後に『花コン』の舞台が幕を上げた時、俺が死なないためにもある程度の知名度はあった方が良い。問題事を頻発させて評判も何もかもボロボロになったミナトは殺されても仕方がないとゲームでも考えられていたし、それを躊躇させるぐらいには実績を積んでおきたい。
手を抜いたりサボったりした覚えはないけど、『花コン』が始まるまでの残り期間、これまで以上に努力して励む必要がある。
一度とはいえ死線を乗り越えたことで、俺はそう強く思った。
――ハッピーエンドの 未来(さき) を目指して。
俺はそのために、これまでよりも命がけで、本気で足掻いていこうと思ったのだ。
そして、初陣から帰ってきた日の夜は 色(・) 々(・) と(・) あり、更に次の日になると驚愕すべき事態が俺を待っていた。
「……すまん、ウィリアム。もう一度言ってくれるか?」
「はい、若様。本日よりナズナを若様の傍付きから外し、ブルサの町へと送りました」
真顔でそんなことを告げるウィリアムに、俺は思わず天井を仰ぎ見た。
――ハッピーエンドを目指す以前に、『花コン』が始まらないかもしれない。