軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第219話:娘 その4

『王国北部ダンジョン異常成長事件』――それは俺、ミナト=ラレーテ=サンデュークという存在を世に広く知らしめた出来事だった。

今でこそ『王国東部の若き英雄』なんて呼ばれている俺だが、あの一件がなければ『サンデュークの神童』って呼び名が精々だっただろう。いや、そっちもそっちで嫌だな。

「火竜……火竜か……それもボスモンスターとは……」

俺は思わずそう呟きながら椅子に背中を預けた。

ボスモンスター化すると、そのモンスターは軒並みステータスがアップするから単純に強くなる。下級モンスターなら中規模ダンジョンの雑魚モンスターよりも強く、中級モンスターなら大規模ダンジョンの雑魚モンスターよりも強い程度に強化されるのだ。

――その基準でいくと、上級モンスターがボス化すればどうなるか?

(大規模ダンジョンのボス並に強そうだな……)

ゲーム的に言えば中ボスぐらいの強さはありそうだ。そして、そんな相手と戦ったとなると。

「……俺、よく生きてたな」

素直な感想としては、それが一番最初に出てくる。普通の火竜ならともかく、ボスモンスター化した火竜が相手となると今の俺でさえ手に余るだろう。十二歳の頃の俺では勝つどころか逃げることさえ困難だったはずだ。

そんな感想を漏らす俺を、リリィが複雑そうな顔で見てくる。

「えっと、ね? わたしも名前でしか知らないんだけど、騎士団長のウィリアムさんが町や村の防衛は無理だって判断して放棄して、町の人達を逃がす間に火竜と戦ったって……お父さんもそこに合流して戦ったって話だけど、その……たくさん、死んだって」

「それは……そう、だろうな」

無辜の民を逃がしたとしても、ダンジョンから脱出する間にどれほど死んだか。

ボスモンスター化した火竜と戦うとして、どれだけの兵士が死んだか。

「ボスモンスターの出現地点が町の近くだったから戦うしかなくて、ウィリアムさん、ゲラルドさん、百八十三人の兵士……それだけの人が死んで、お父さんも死にかけて、そこまでやってなんとか倒せたって聞いてる」

「……俺が体験したことと全然違うな。よく倒せたもんだ」

俺としてはそう言う他ない。おそらくはウィリアムがいたからこそ倒せたんだろう。それでも息子であるゲラルド共々命を落とすほどの激戦だった、と。

兵士の死者も考えると、ほぼ全滅だ。一割程度しか生き残らなかったとなると、むしろよく生き残ったな、俺。

(固定ダンジョンはボスも固定だが、ランダムダンジョンはローグライクゲームとしてボスモンスターも出現モンスターもランダムになる……ダンジョンが異常成長して中規模ダンジョンになって、運悪く火竜がボスモンスターに選ばれた、か……)

運が悪いにもほどがあるだろう。名前が出ていないということはモリオンも生き延びたのだろうが、あの頃の俺程度の腕でよく生き残れたな、なんて繰り返し思う。

「その後はね、壊滅的な被害を受けた騎士団を立て直すために時間がかかって……レオンさん……会ったことないけど、お爺様と一緒に頑張ったって」

「そうなると……大規模ダンジョンに行ってランドウ先生に鍛えてもらってないのか。全然違うな……って、そんな被害を受けたってことはカリンはどうなった? モリオンは無事だろうけど、カリンも巻き込まれたんだろ?」

モリオンの才覚ならボスモンスター化した火竜との戦いでも生き延びているはずだが、『王国北部ダンジョン異常成長事件』の時はカリンも一緒だった。そのため尋ねると、リリィは何故か苦虫を盛大に嚙み潰したような顔になる。

「ああ……あの女」

「あの女て」

リリィ――リンネの格好の時に王都で襲ってきた時もそうだったが、なんかカリンに対して当たりがきつくない?

そんな疑問を込めてリリィを見ると、リリィは頬を膨らませて視線を逸らす。

「お父さんが火竜から守り抜いて、向こう側からの強い希望で婚約者になったってさ」

「……婚約者候補じゃなくて、婚約者?」

「うん。ベタ惚れ? っていうの? お父さんのこと、すごく好きになったみたいで……後々お父さんが破談にして発狂? するのにね」

「待って、待ってくれ……衝撃的な情報を連続で叩きつけるのは待ってくれ……」

良い子だからちょっと待ってくれ、リリィ。

婚約者候補を飛び越えて婚約者になっているのは、多分、サンデューク騎士団が壊滅的な被害を受けたからだろう。金銭的、人的な支援、つながりを求めてのことだろうと思う。

で、カリンが俺にベタ惚れしたというのも、ボスモンスター化した火竜なんて化け物を倒したのなら納得ができる。

だけどその後の破談にして発狂って何? 何が起きてそんなことに? あっ、もしかしてメリアと『契約』するから関係を解消したのか? 婚約した状態だと不誠実だと思ったのか? そんな未来が起こり得る可能性があった、と聞くだけで胃が痛むんだが。

「だって……あの女、お父さんに縋るだけで……学園でもお父さんに近付く女性がいたら嫌がらせして、お母さんも大変だったって……お父さんとお母さんが周りの人達に認識されなくなってからも、ずっと 誰(・) と(・) も(・) わ(・) か(・) ら(・) な(・) い(・) 誰(・) か(・) を探してたもん」

婚約者という関係だったのなら、俺に他の異性が近付くことを嫌がるのもわからないではない。ただ、リリィの言葉を全て信じるなら、中々に過激なことをしていたようだが。

(その辺りを 母親(メリア) から聞いていたからカリンに対して怒りを向けていたのか……話に聞いた感じだと、この世界のカリンとは別人なんだが……)

そこまで毛嫌いするようなことじゃないと感じてしまうのは、俺が知っているカリンと別人にしか思えないからか。あるいは、カリンとは婚約者候補として相応に良い関係を築いているからか。

「ちなみに、アレクを警戒していたのは……」

「あの人、お父さんとお母さんが消えたのに、 誰(・) か(・) が(・) い(・) て(・) 何(・) か(・) が(・) あ(・) っ(・) た(・) って推測してたから」

「ああ……やっぱりか」

さすがアレクだ、と心中で賞賛する。アレク相手にリリィがあまり喋らないようにしていたのは、ボロが出ないようにと警戒してのことだったのだろう。

そこまで考えた俺は、ふと、引っかかるものを覚えた。

「そういえばリリィ、俺の勘違いでなければ何かしらの能力で俺に干渉してたよな? 何度か違和感があったんだが……」

カリンとの婚約者云々で思い出した。『王国北部ダンジョン異常成長事件』の後、ことあるごとに違和感というか、思考や判断が曖昧になることがあったのだが。

「っ……」

俺の言葉に思い当たる節があったのか、リリィは体をビクリと震わせて俯いてしまう。

「それ、は……その……えっと……ご、ごめんなさい、お父さん……」

「いや、謝らなくてもいい。何か目的があってしたことなんだろ? できればそれを知りたいんだが……」

これまでのリリィの行動から判断する限り、意味もなくそんなことはしないだろう。それに、先ほどのカリンへの態度から考えると腑に落ちない部分もある。

「そんなにカリンのことが嫌いなのに、俺が婚約者候補になろうと動いた時は 後(・) 押(・) し(・) していたよな? 俺が父さんに疑われた時もだ。自分で言うのもなんだが、普段ならもう少し慎重に動くから……多分……」

途中から少し自信がなくなってしまったが、軍役の後に王都にいた時は色々とおかしなことがあった。そのため確認すると、リリィはますます俯いてしまう。

「だって……お父さんがそっちの方がいいって判断したのなら、そうした方がいいって思ったから……わたしはあの人が嫌いだけど、お父さんはこの世界のためにがんばってるんだもん……だから……」

そう言いつつ、リリィが右手をかざして何かを――小さな鏡を発現させた。

「わたしの『召喚器』……『 相埋模個(あいまいもこ) 』を使ったの」

(あいまいもこ……曖昧模糊? 名前通りの能力か?)

なんというか、外見は小さい手鏡だが強い力を感じる。鏡の『召喚器』というとアイリスの『鏡天導地』を思い出すが……まさか最上級の『召喚器』か?

「この『召喚器』を使えばね、色々と曖昧にできるの。わたしがここにいるのもこの『召喚器』……だけじゃないんだけど、大部分はこれのおかげ。ダンジョンの規模を曖昧にして火竜を召喚したり、わたしの存在を曖昧にして隠れたり……火竜の召喚はきつかったけど……」

「ああ……だからあの時はすぐに撤退したのか」

納得の声を漏らす。そして曖昧に、という部分から、一つ思い至ることがあった。

「『王国北部ダンジョン異常成長事件』の時、カリンがいきなり領地に帰るって言い出して、その時の記憶が曖昧らしいが……それもリリィが?」

「……うん……わたしが 遡(・) れ(・) た(・) のがそのタイミングまでだったから、そこからは色々と……」

そう言ってこちらを窺うように見てくるリリィ。

「ちなみにだが、カリンが領地にいきなり帰ろうとしなかった……リリィが知っている歴史だとどうなってたんだ?」

「ダンジョンが異常成長して、ダンジョンに取り込まれるところまでは一緒だよ? でもダンジョンの端に近いところで取り込まれて、どこに向かって進めば良いかわからなくなって、トーグ村の方に進むの。そこでモンスターに襲われて、お父さんが駆け付けて助けたんだって」

「そうなると、カリン達の人的被害は減っているのか?」

「ううん。その後火竜との戦いに巻き込まれて、あの女……カリン、さん……の、従者も騎士も兵士もみんな死んじゃったってお父さんが言ってた。守れたのはカリン……さん、だけで、命懸けで、身を挺して守ったのが惚れられた理由だろうって」

うーん……娘からその辺りの事情を聞く複雑さよ。そして今の俺とカリンの関係とは違い、だいぶ偏っているというか……。

(ん? 待てよ? そういえば『王国北部ダンジョン異常成長事件』の時は何度か妙なことがあったな……リッチが何故か死んでたり、途中から出なくなったり……死んでたのはモリオンの魔法に巻き込まれたからだと思ったが……)

あの辺りからリリィが活動していた、と聞いてまさか、と思う。

「……もしかしてだけど、以前から俺を助けてくれていたのか?」

「えっ……あ、う、うん……その、余計なことかなって思ったけど、お父さん、大変そうだったから……」

照れたように頷くリリィだが、それならそれで新たな疑問が生まれる。

「そうか、村人に被害を出さずに乗り切れたから助かったよ……でも、それならなんで王都で襲ってきたんだ? その後もだ」

リリィが『魔王の影』と名乗ったからこそ、俺は自分自身の名声の高まりに首を絞められると判断し、ランドウ先生に再び鍛えてもらおうと思ったのだ。強くならなければ周囲からの期待に押し潰される、評判に見合った実力がなければ危険だ、と。

強くなったことに後悔はないが、この辺りも狙ってやったことなのだろうか?

そんな俺の疑問に対し、リリィは真剣な表情を浮かべる。

「だってお父さん、ずっと後悔してたもん。もっと自分が強ければって……自分にもっと強さと名声があれば、『魔王』をもっと長期間『封印』できたって」

「……それで、『魔王の影』って名乗って襲ってきたのか?」

「うん……『魔王の影』について知ってる人って限られてるんだよね? それなら自分から名乗れば本物っぽいかなって……バレないよう変装したらお父さん、勘違いしてくれるんじゃないかなって思って」

やばい、まんまと娘に嵌められたってわけだ。それも実に的確に、俺が勘違いするであろうオウカ姫を連想させる髪の色とキッカ風の格好をして……っと?

「待ってくれ。リリィは俺がオウカ姫だと勘違いするようあの格好をしたんだよな?」

「え? うん」

「……未来の俺は、 そ(・) ん(・) な(・) こ(・) と(・) まで話したのか?」

ランドウ先生のことも知っているようだが、それならあの人にとって古傷となるオウカ姫のことを俺が話すとは思えない。そう思って問いかける俺に対し、リリィは納得した様子で頷いた。

「あ、そっか……その辺りは話してなかったね? えっとね、わたし、お父さんがいなくなってからランドウ先生を探して斬りかかったことがあってね」

「待ってくれ。衝撃的な情報をいきなり渡すのは頼むから待ってくれ。なんで生きてるの?」

思わず素で尋ねてしまったが、ランドウ先生に斬りかかるまでの過程が抜けている。というか、俺がいなくなった……つまり死んだんだろうけど、その辺りのこともきちんと聞いていない。

「話が散らかったが、とりあえず未来のことを聞きたい。俺は学園に通ったんだよな? それで今みたいに透輝を鍛えて、最終的には発生した『魔王』を透輝やランドウ先生、それと力を借りたメリアと一緒に『封印』した……そうだな?」

「うん、そうだよ」

「よし……大体の流れはわかったから詳しいことは後で聞くとして、だ。そこから何がどうなってリリィがこの世界……いや、今の時代に来ることになったのか。それを教えてほしい」

過去(いま) の時代にやってきて、色々とやっていたというのも理解した。だが、そこに至る過程はまだ聞いていない。

おそらくは、俺の死に関連する何かがある。

それを自ら聞くことに恐怖を覚えつつも、聞かない方が怖いと俺はリリィに話の続きを促すのだった。