軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第216話:娘 その1

――お父さん。

そう呼びかけてきたリンネに対し、俺は返す言葉を持たなかった。というか、何の反応も返すことができなかった。

俺がこの世界に生まれ変わってから――いや、前世を含めた今までで、おそらくは一番の衝撃を伴う驚愕。普段から可能な限り思考を打ち切らないよう努めている脳味噌がフリーズし、無意味に何度も瞬きをしてしまう。

(お父さん……お父さん? おと、お、おとうさん? おとう……さん……父? この世界独特の言語? 何か特別な意味が? お父さん……お父さん?)

脳内で『お父さん』という単語が飛び交うが、徐々に意味がわからなくなっていく。多分、これがゲシュタルト崩壊ってやつなのだろう。

「まっ……そ、ま、待って、待ってくれ……え? ま、まー……うん、えっ? お父さん? 誰が……え、俺が?」

「うん……やっと、やっと呼べる……お父さんっ!」

混乱の極致にある俺だったが、リンネはそれに構わず、涙を零しながら抱き着いてくる。待って、お願い、待って、待ってくれ。

だが、混乱する俺に構わずリンネは言う。

「どうしてわたしを置いていっちゃったの? どうしてあんなことを……どうして?」

「どうして、と言われても……ええ? オウカ姫じゃ……ない、のか?」

どうしてと言われても、どうもこうも答えようがない。リンネが俺の娘? いや、外見だけで判断するなら既に十歳を超えて十二、三歳ぐらいだろうか? 俺が三歳ぐらいの頃にできた娘なら可能性はっていやねえよ。今世じゃあまだ 清(・) い(・) 体(・) だよ。

思考が混乱する。リンネが俺の娘だなんてあり得ない。いや、この世界は『花コン』の世界だ。そのあり得ないがあり得るのかもしれないが。あるいは義理の娘か?

(嘘? 狂言? 妄想? そんなことをして何になる? 俺の娘ならサンデューク辺境伯家の相続権があるからそれを狙って? いやあり得んだろ。そんな迂遠な……)

こんな時、どうすれば良いのかわからない。こんなことは貴族教育の中でも習わなかった。いや、見知らぬ子どもに突然『あなたの子どもです』なんて言われるパターンを想定しろっていうのが……貴族であちこちに 種(・) ま(・) き(・) している奔放な人間ならあり得るのか。

だが、しかしだ。当然ながら俺はそこまで性に奔放ではなく、思い当たる節もない。『魔王』をどうにかして世界を救うまではそんなこと、やる気も起きない。そんなことは――。

(……あれ? 仮に……仮にこの子が俺の娘だとして……そんな子が こ(・) こ(・) に(・) い(・) る(・) ってことは……)

俺はリンネの両肩を掴み、がばっと引き剥がす。そして涙を流すその顔を改めて、マジマジと見た。

(可能性は低いけど、外見を急成長させる何らかの手段がないのなら見た目通り十歳以上……多分中学生になるかならないか? 実はアスターが人間に化けていて、俺を嵌めようとして……いや、そんな意味あるか? ない……よな?)

オレア教の教主であるオリヴィアや、人類屈指の強者であるランドウ先生、あるいはパエオニア王国でも一、二を争う腕を持つネフライト男爵が相手なら、何かしらの姦計を仕掛ける意味もあるだろう。

だが、辺境伯家の嫡男という立場はあれど、強さという点ではランドウ先生達と比べれば大きく劣る俺を罠に嵌める理由も必要性も見当たらない。そもそも何かあるとしても俺を殺して 外見(ガワ) を真似ればそれで済む話だろう。

(つまり……真実? この世界にDNA鑑定なんてないし、この子の証言しかないけど……俺の娘? この場に存在する方法や理由はわからないけど、未来では 俺(・) の(・) 娘(・) が(・) 存(・) 在(・) し(・) て(・) い(・) る(・) ?)

それは、つまり。

『花コン』の通りに進むなら二年と三ヶ月ほど先の未来になるだろうが、『魔王』が発生してもそれを乗り越えて、俺と誰かの間に娘が生まれるという未来が待っている――?

(この子の外見通り、十年以上経っても『魔王』が再発生していない未来……つまり『魔王』を『消滅』させたか、長期間の『封印』に成功した? おい……おいおい! マジかよ!? そんな未来が来るっていうのか!? 俺は や(・) れ(・) た(・) のか!? そんなことを本当……に……)

内心で歓喜が爆発し――その途中で再度リンネを見る。

(いや……待て……それならなんでこの子はここにいる? この子の発言が全部本当だとしてだ……この子がここにいる理由は? 未来で何があった? まさか……)

両手で涙を拭うリンネを見ながら、俺はただでさえ足りない血が一気に引いていくのを感じた。

(何か理由があって『魔王』の発生が十年以上後ろ倒しになった? あるいは予定通り発生したけど『封印』して十年かそこらで『魔王』が再度発生した? 『花コン』ではそんなルートはなかったはずだが……俺か、あるいは何か他の影響が? それをどうにかするためにここにいる? 前世でそういう映画があったな……タイムトラベルだったか?)

全ては俺の推測に過ぎないが、リンネがここにいる理由はそれぐらいしか思い浮かばない。未来で何か致命的な出来事が発生し、その原因となる出来事を過去に飛んでどうにかしようとしたのではないか。

(さっき、間に合ったって言ってたな……つまり、間に合わなかった……俺が死んでいたら何かが起きていた? いや待て、俺がさっきの状況で死んでたらそもそもリンネが生まれないだろ。今の俺には子どもがいないし、生まれるようなこともしてないんだ)

ヒックヒックとしゃくりを上げるリンネを見ながら、俺は必死に混乱を抑えつけて思考を進める。

(手段は……今は横に置こう。とにかく、どうにかやって過去に来たリンネが俺を庇ってバリスシアから逃がした……てことはやっぱりさっきのタイミングで死んだわけだ。で、どうにか俺は生き返った? いくら俺が転生した身だっていっても、さすがに死んだらそのまま死ぬだろ……)

試すつもりはないが、俺に死んでも生き返るような能力はないはずだ。『花コン』でも回復アイテムこそあれど、そういった蘇生アイテムは――。

「あ」

思わず声が出た。そして、 現(・) 状(・) に(・) 到(・) 達(・) し(・) 得(・) る(・) 可(・) 能(・) 性(・) に思い至り、愕然とする。

(蘇生するためのアイテムは錬金術でも作れないが、『花コン』の主人公なら持ってたな……『召喚器』の『 宝玉(ほうぎょく) 』……全回復してコンティニューする代物が)

しかも、一度でも使用すれば『魔王』を『消滅』させることができなくなる。グランドエンドには入れなくなり、良くても長期間『魔王』を『封印』するのが限界になってしまう、『魔王』対策において最重要な存在だ。

全てが尽きればコンティニューが出来なくなり、バッドエンドの『ダンジョン死亡エンド』になってしまうほどで、『宝玉』を使って死んだ俺を蘇生させた……なんて可能性が脳裏に過ぎった。

(ゲーム上の演出だが、使えば主人公が蘇生するだけじゃなく、 味(・) 方(・) も(・) 全(・) 員(・) 全回復する。それなら一応話も通る……か? 前提とか過去に来た方法とかその他諸々をすっ飛ばした妄想みたいな話だけど……)

まだリンネから話を聞けていないため、合っているかもわからない。そのためまずは泣き止ませようとするが、このぐらいの大きさの子どもはどうやって泣き止ませれば良いのか。

(俺がこの子を置いていった……物理的な意味で置いていったか、死に別れて置いていったかはわからんが……この様子だと死に別れたか? 『魔王』をどうにかできても結局未来で死ぬのか……)

ちょっと、いや、かなり落ち込む予想だが、いくらこの世界にポーションや回復魔法があるといっても病気や事故で死ぬことまでは避けられない。

『魔王』をどうにかした後に辺境伯を継いだのなら近隣諸国に攻め込まれて戦死したとか、ないとは思うが痴情の縺れで刺されて死んだとか……やっぱり病気や事故で死んだか?

でもそれならリンネも『置いていった』なんて言わないだろう。いや、子どもからすれば親がいきなり死ねば置いていかれたと思う……か? たしかに、俺も前世では早くに親を亡くしていたから、その気持ちもわからないではないが。

「あー……その、なんだ。まずは泣き止んでくれると助かる……うん、本当に……」

駄目だ、相手が自分の娘――かもしれない、なんて思うだけで反応に困ってしまう。いつもならハンカチの一枚も差し出して涙を拭ってやれるが、今は服がボロボロでハンカチの一枚もないのだ。かといって指で拭ってやろうにも、炭化した状態から治っている途中である。血が付くわ。

「えーっと……ほら、良い子だ、良い子……泣き止んで……えっと……」

妹であるモモカをあやしたことはあるが、娘をあやしたことなどない。いや、そりゃ娘がいないからそれも当然なんだが、今は目の前にいるわけで。

コハクやモモカが赤ちゃんの頃から抱き上げてあやして面倒を見て、とこの世界の貴族としては育児に携わってきたつもりだが、リンネぐらいの子のあやし方はわからない。コハクやモモカがこれぐらいの年齢の時は、割と素直に話を聞いてくれたし。

(小さい子どもじゃないんだし、抱っこしたり頭を撫でたりしてあやすのは間違ってるよな? そうなると……このまま泣き止むのを待つ?)

それはいつになるのか。いや、恩人でもあるから待つのは構わないが、あまり時間をかけすぎるとそれはそれで困ることになりかねない。

(モリオン達を逃がしたけど、『木竜ノ嵐霹』を見てあの場に戻ったりしてないだろうな……モリオンなら上手く止めてくれると思うけど……)

バリスシアが立ち去っていれば良いが、俺達が撤退した直後に戻っていたら出くわす可能性がある。そのためなるべく早くモリオン達の元へ戻り、無事を知らせたいのだが。

「……これも聞いておきたいんだが……君のお母さんの、名前は?」

泣き止ませるためと、疑問と興味を込めて尋ねる。母親の名前を聞いてしまえば今後付き合い方が変わってリンネが生まれなくなる可能性があるが、 俺(・) を(・) 助(・) け(・) た(・) 時点でそれは今更だと思う。既に未来は変わっているだろうから。

あと、会話に意識を向けられればリンネも落ち着いてくれるんじゃないか、なんて思ったのだ。

リンネの外見から判断する限りだと、黒系統の髪の女性が母親だろうか。俺が赤褐色だから近いといえば近いが、黒色と比べるとだいぶ異なる。

(俺が結婚する女性となるとカリンか? でも髪の色だけで考えると、近いのはスグリ? でもスグリは黒に近いけど茶髪だし……今はまだ出会っていないけど、後々黒髪の女性と結婚するのか? いや、あるいは結婚はせずに子どもだけ作った可能性も……俺が? マジで?)

自分で考えておきながら、思い浮かんだ可能性に愕然とする。まだリンネが実の娘ではなく、義理の娘という可能性も残されてはいるが……だが、不思議と自分の娘なんだろうな、なんて納得する気持ちもあるのだ。理屈ではなく、感覚での話だが。

そんな俺の疑問に答えてくれる気になったのか、涙を拭ってリンネが顔を上げる。そして涙で濡れた瞳で俺を見上げながら、言う。

「……お母さんの名前は、メリア……メリア=アルストロ」

その返答を聞いた俺は、未来で一体何があった、と背中を預けていた岩に後頭部を叩きつけるのだった。