軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第215話:魔王の影 その4

それは、俺にとって予想外の助けだった。

相も変わらず巫女服に似たデザインの服に身を包み、使い込まれた外見の剣を携え、俺を背中に庇うように立つリンネのその姿。

俺が動けない、攻撃されることはないとわかっているのか、完全に背中を晒す形で俺とバリスシアの間に立っている。

「……何者だ?」

リンネを見て眉を寄せたバリスシアが尋ねた。それは演技をしているわけではなく、本心からリンネの素性がわからないと言わんばかりの声だった。

(何者かって尋ねるってことは……やっぱり、か……)

薄々と感じてはいたが。どうにも『魔王の影』らしくないと思っていたが、リンネは 別(・) 口(・) だったらしい。

「…………」

リンネはバリスシアの言葉に何も答えず、それでいて背中越しに感じるのは濃厚な怒りと殺気だ。今、リンネは明らかに、バリスシアに対して怒りと殺意を覚えている。ボロボロな体と感覚でもわかるほどに、だ。

「ぃ、んぇ……ごぼっ! が、はぁ……」

リンネの名を呼ぼうとしたが、その拍子に濁った咳が口から漏れる。そのついでに喉からせり上がってきた血を吐き出し、むせてしまう。

「…………」

するとどうしたのか、リンネが放つ殺気と怒気が強まった。それでいてバリスシアから視線を外すことなく俺の傍に移動したかと思うと、まるで肩を貸すように俺の腕を持ち上げて担ぐ。

「……できるなら斬ってしまいたいところですが、時間もかかるでしょう。ここは退かせてもらいます」

「面白いことを言う。退かせると思うか?」

「『疾風迅雷』」

バリスシアへのリンネの返答は、有無を言わさぬ離脱だった。瞬時に剣を納めて俺を担ぎ上げたかと思うと、上級の援護魔法を使って目にも留まらぬ速度でバリスシアから遠ざかっていく。

さすがにその行動は予想外だったのか、あるいはリンネの速度が予想以上だったのか、バリスシアはこちらを追うこともなく、モンスターをけしかけることも、魔法を撃つようなこともなかった。おそらくはリンネの動きと速度から、魔法を撃っても当たらないと判断したのだろう。

「逃げ切るまで我慢してください! 口は開かないで! 舌を噛みます!」

手足が折れた俺を労わるように、横抱きに持ち上げて逃げるリンネだが、走る際の衝撃だけで全身に激痛が駆け巡る。それでも俺は必死に痛みを噛み殺し、リンネの成すがまま荷物に徹した。

自分でも、不思議な感覚だが。

リンネが俺を本心から助け、怒りや殺意を押し殺してでも俺を助けることを優先していると嘘偽りなく感じ取ることができた。ボロボロすぎてポンコツになりかけている体と感覚でも、不思議とそれが伝わってきたのだ。

そうしてリンネがバリスシアの追撃を振り切るべく、時にジグザグに、時に真っすぐ駆けること三分余り。途中で効果が切れそうになる度に『疾風迅雷』を使い、『飛竜の塒』だった山から駆け下り、そのまま平野を駆けていく。

「ふぅ……ここまで逃げれば大丈夫でしょう」

そう言ってリンネが足を止めたのは、平野を逸れて木々が生い茂り、大きな岩があちらこちらにあって視線が通りにくい場所だった。街道はおろか周囲の平野からも見えにくい場所で、バリスシアと戦った場所からは五キロは離れただろうか。

リンネは俺を丁寧な手付きで岩にもたれさせ、その後は岩陰に手を突っ込んだかと思うと使い古したリュックサックを引き出し、手を突っ込んで中身がポーションと思しき瓶を二本取り出す。

「口を開けられますか? はい、ゆっくりでいいから飲んでください。高品質の回復ポーションですからすぐに治りますよ。腕や足にもかけますね?」

こんなボロ雑巾みたいな俺を罠に嵌める意味もないだろう、と素直に従う。俺が口を開けてポーションを飲んでいると、折れ曲がった手足の骨を接いでからポーションをかけてくれる。

文句は言えないが、何も言わないでいきなり骨を接ぐのはやめてくれると嬉しい。滅茶苦茶痛い。思わずポーションの瓶を噛み砕くかと思った。

「酷い怪我……でも、良かった…… 間(・) に(・) 合(・) っ(・) た(・) ……」

そう言いつつ、追加でポーションをもう一本取り出して俺の両手にかけてくれる。おそらくは全部高品質の回復ポーションなのだろう。普通の治療ではどうしようもなかったと思しき炭化した指が少しずつ治り、痛覚その他の感覚も戻ってくる。

「あっ……どうしよ、服もボロボロ……さすがに用意してない……えっと、とりあえず水で濡らして、手拭いで拭く……?」

俺の怪我が徐々に治っていくのを見て安堵したようなため息を吐くリンネだったが、俺の姿を見て困ったような声を上げる。

『木竜ノ嵐霹』に飲み込まれた影響で服がボロボロで、若干とはいえ形を保っているだけ奇跡と言えただろう。少し強く引っ張ればそれだけで千切れてしまいそうだ。

「お水もあるから飲んでください。はい、あーん」

「…………」

言われるがままに口を開け、水を飲む。まるで介護だな、なんて思うがまだ体が治っていないため間違いではない。現在進行形で骨がくっ付き始めているが、動けば激痛と共に再び折れてしまいそうだ。

それでもほぼ死にかけだった体が治るのなら文句は言えない。惜しむらくは、長年使ってきた『瞬伐悠剣』が手元にないことか。さすがのリンネでも回収はできなかったようだ。

(手元に武器がないなんて、いつぶりだろうな……武器があってもどうしようもないけどさ)

痛覚込みで様々な感覚が戻りつつあるが、剣を握って戦うことはまだできそうにない。というか傷は塞がってきているが今も全身が激痛で支配されているのだ。

痛みで気絶しないだけ大したものだろう、と自画自賛する。それぐらい痛い。痛みの強さだけでいえば前世で刺殺された時よりも痛いぐらいだ。あの時は心臓付近を刺されたけど、今は全身いたるところで骨が折れ、切り傷も数えきれないほどあるのだから。

「色々と……そう、色々と言いたいこと、聞きたいことがあるんだが……まずは、ありがとう。助かった」

俺は痛みから意識を逸らすように、リンネへとお礼の言葉を伝える。リンネの助けがなければ間違いなくあの場で死んでいた。命を助けられた恩義は抱えきれないほどに大きいのだ。

「っ……う、ううん……いい、よ、別に……」

そんな俺の言葉に、リンネの声が大きく震える。仮面をつけているため表情はわからないが、俺の言葉に声を震わせるような要素はなかったはずだが……。

「それで……あー、聞いていいのかわからないが、なんで俺を助けた? いや、助けてくれたことには感謝しているんだ。文句なんて一つもない。これは本心だ、ありがとう。でも、さすがに腑に落ちなくてな」

俺はリンネの反応に戸惑いながら、探るようにして尋ねる。命の恩人だし、言いたくないのなら聞かないぐらいの分別はあるつもりだ。それでも一応は尋ねてみる。

「……助けたかったから……だよ?」

「うん……そっか。ありがとう」

普通に聞けば、はぐらかしているように思えただろう。しかし不思議とそれ以外の意図はないと、本心からの発言だと感じた。

同時に、内心で疑問を覚える。

(なんか、どこかで会ったことがある……いや、何度か戦っているから会ってるんだけど、どこかで見た……話した? こうしていると親近感というか、不思議な既視感が……)

はて、と内心だけで首を傾げる。言葉にしにくいが、敵対せずに言葉を交わしてみると妙な違和感があった。なんだろう、コレ。落ち着く? 和らぐ? なんて表現すればいいんだ?

(『花コン』でオウカ姫の性格なんかを知っているから、勝手に親近感を抱いている……のか? もしくは死にかけたところを助けてもらったから、安心感というか、好意を持ったか?)

命の恩人に対して悪い感情を抱く者はいないのだろう。いるとすればそれは余程のひねくれものか。少なくとも自分がその ひ(・) ね(・) く(・) れ(・) も(・) の(・) だという意識はない。

そうやって言葉を交わす内に少しずつ傷が塞がり、折れた骨もつながっていく。完治まであと二、三分といったところか。高品質の回復ポーションでもそれだけ時間がかかるということは、本当に瀕死ギリギリだったのだろう。

(うーん……血が足りないのか? リンネに対するこの感覚も、普段と状態が違うからなのか?)

傷や骨折は治っても、失った血まではさすがに補填されない。そのため貧血にでもなっているのだろうか、と疑問を覚える。

「なんで『魔王の影』って名乗っていたのか、気になるところではあるんだが……その前に一つ、聞きたい。貴女はキッカの国のオウカ姫……で間違いないだろうか?」

せっかくの機会だからと俺は以前から気になっていたことを尋ねる。それすらも隠すというのなら俺も引き下がるし、 恩人(リンネ) が望むのならランドウ先生が相手でもここで知ったことは伝えないつもりだ。

そう思って問いかけたが、リンネは不自然に動きを止めた。右を見て、左を見て、下を見て。両手を持ち上げようとしてはゆっくりと下ろし、再び視線を彷徨わせるように仮面が右へ左へと行ったり来たりする。

そうやって不思議な動きを繰り返すこと一分あまり。何をしたいのかはわからないが、悩んでいるんだろうか? とりあえず傷が塞がるのを待つついでに動きを観察しているが、やがて、リンネは意気込むように大きく頷いた。

「…………」

リンネが震える手を仮面にかけ、ゆっくりと外す。まるで戸惑うような、怯えるような仕草だ。

そうして仮面の下から出てきたのは、外見の小柄さ相応に幼さを感じる顔立ちである。

客観的に見るならば十二分に整った顔立ちをしており、可愛いか綺麗かでいえばその両方といったところか。どんな感情が渦巻いているのか、揺れる赤い瞳で俺をじっと見つめてくるが――?

(……なんだ? 何か違和感が……いや、リンネの能力じゃなくて、単純に妙な感じが……)

リンネの顔を見た俺は、どうしようもない違和感を覚える。何か見落としているというか、かけたボタンがズレているというか。

(あれ……オウカ姫の割に、顔立ちが……)

リンネの黒髪はキッカの国でよく見る髪色だ。ランドウ先生もそうで、逆にこちらの大陸ではあまり見ない髪色である。

それだというのに、その顔立ちはキッカ風ではない。明らかにアーノルド大陸風の顔立ちをしており、髪色との若干のギャップがあった。いや、俺が見慣れていないだけか。

(というか、オウカ姫って瞳の色が赤色だったか? 昔のことだから自信がないけど、ここまで目立つような色じゃなかった……ような……)

遠い記憶との齟齬が脳裏をかすめ、痒いような違和感が過ぎる。俺がじっと顔を見詰めると、リンネもまた、俺をじっと見つめ返してきた。

「まさか、ここまで 時(・) 期(・) が(・) ズ(・) レ(・) る(・) とは思わなかったから焦ったけど……なんとか……なん、とか……なっ……た……」

言葉の途中で声を震わせ、口元に手を当てるリンネ。相変わらず揺れる瞳の端には何故か涙が浮かんでおり、瞬きもせずに俺をじっと見つめてくる。

「あ、と……えー……」

リンネの反応を見た俺は言葉に困ってしまった。喉でつかえたように言葉が出てこない。何かを言うべきだと思うが、肝心の言葉が思い浮かばない。

「もう、隠さなくてもいいんだよね? 大丈夫……だよね? だって、 そ(・) う(・) 言(・) っ(・) て(・) た(・) もん……」

まるで自分自身に言い聞かせるように呟く。

そして、声を震わせながらリンネが言った。

切ないような、焦がれるような、慕うような、そんな、様々な感情を込めて。

「そうだよね――お父さん」