軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第213話:魔王の影 その2

――逃がすつもりはないと言った。

そんなバリスシアの言葉に続き、先ほどよりも更に大きく黒い霧が集まってくる。その大きさは地竜を超え、数秒と経たずにモンスターとして形成されていく。

『ガアアアアアアァァァ……』

そうして現れたのは、火竜だ。どうやら上級モンスターも呼び出せるらしい。

『クカカ……カカ……』

『…………』

更に、リッチやデュラハンまで姿を見せる。黒い霧から続々とモンスターが生み出され、軍隊のように隊列を組む――その直前に、撤退を始めていたモリオンから放たれた『風食轟雷』が直撃した。

「おおおおおおぉぉっ!」

それと同時に踏み込み、一番近い場所にいたリッチの首を刎ね飛ばす。一体、二体と斬り、三体目を仕留めようとしたタイミングでデュラハンが放ってきた斬撃を弾き、そちらへターゲットを変更。乗っていた馬の足を両断して体勢を崩させる。

『ガアアァッ!』

そうやって体勢を崩したデュラハンごと薙ぎ払うべく、火竜が巨腕を振るうのが見えた。バリスシアが操っているのか、元々味方という概念がないのか、背後から殴られる形となったデュラハンがそのまま俺の方へと飛んでくる。

「チィッ!」

相手はボスモンスターではない、普通のデュラハンだ。そのため『二の太刀』で胴体を両断すると、斬った勢いに任せて膝を折り、火竜の前肢をしゃがむ形で回避する。

頭上、ギリギリのところを火竜の前肢がかすめていく。風圧で体勢が崩れそうになるが堪え、やり過ごした火竜の前肢を斬り飛ばそうとした。

だが、斬るよりも先に視界の端に黒い光が映る。いつの間にか追加で出現していたリッチが俺を狙い、『黒弾』を撃ってきたのだ。

そのため火竜への攻撃を中断し。『一の払い』で『黒弾』を切り裂いていく。当たれば五パーセントの確率とはいえ即死するのだ。ダメージもあるため無視はできない攻撃である。

「ほう……魔法を斬れるのか。人間の個体の中でも滅多に見ない特技だな。アスターが報告してくるわけだ」

どこか感心したように呟くバリスシア。そちらへ視線を向ける余裕はほとんどないが、次から次へとモンスターを出現させつつ俺の戦いを観察しているようだ。

(くっそ! リッチがうぜえ! どんな種類のモンスターでも出せるのかよ! 前衛と後衛をわけて波状攻撃を仕掛けやがって!)

火竜を筆頭に近接戦闘を挑んでくるモンスター達と、その背後から『黒弾』を撃ってくるリッチ達。

魔力を温存するために『一の払い』を使わずに回避に徹することもあれば、回避すると逃げ場がなくなるため魔法を斬って強引に突破することもある。

それでいて次から次へとモンスターが襲い掛かってくるため、リッチの魔法を警戒しつつ近場のモンスターを捌いてと体力と集中力がガリガリ削られていく。

(バリスシアが動かないからまだどうにかなってるが……逃げるための体力も最低限残しておかないとまずいな。モリオン達が安全な場所まで逃げるのに何分稼げばいい?)

時に駆け、時に足を止め。そして時にモンスターを斬り伏せながら思考する。

火竜は片手間では殺し切れない難敵で、仕留めるには一対一に持ち込みたい。しかしながら俺に少しでも傷を負わせるためか、あるいは体力を消耗させるためか、下級モンスターが次から次へと押し寄せてくる。

(ダンジョンは自分で破壊して、『魔王』が発生したわけでもないのにここまでモンスターを繰り出せるのかよっ!)

左右から飛び掛かってきたファングウルフを瞬時に二枚に卸し、飛び散る血で視界を潰されないようすぐにその場から飛び退く。しかし追うようにしてキラーバードが突っ込んできたため嘴が刺さるよりも先に首を掴んで圧し折り、俺に噛み付こうとしていたゾンビの口へと叩き込む。

(逃げる前に一撃でも良いからアイツに叩き込みたかったが……さすがに厳しいか? モンスターの群れを突破して、火竜も斬って、その上で一撃……届くか?)

あるいは火竜を避けて一撃叩き込む。『瞬伐悠剣』の力を使えば一度きりのチャンスが生まれるかもしれないが――。

「ええい! 鬱陶しい!」

飛んできた『黒弾』を両断し、掴みかかってきたゾンビを蹴り飛ばすことでその背後にいたキマイラの視界を奪い、『三の突き』でまとめて穿ち抜く。

斬ったモンスターの数は既に三十を超えた。それでも経過した時間は二分に満たず、モリオン達が安全な場所まで逃げるには時間を稼ぐ必要がある。

「――ふっ!」

鋭く息を吐きながら踏み込み、手近な場所にいたワイルドベアの首を刎ね飛ばす。続いて馬上から斬りかかってきたデュラハンの斬撃を受け流し、体勢を崩してから『二の太刀』で縦に両断した。

「ぐっ!?」

両断したその先で、火竜が放った『火球』が炸裂して炎が押し寄せる。俺はすかさず『一の払い』で打ち消そうとしたが、嫌な予感を感じて即座に横へと逃れた。

俺が両断したデュラハンごと押し潰すようにして、炸裂した『火球』越しに火竜の腕が降ってくる。避けなかったら刃が途中で止まり、体格差と体重差で一息に潰されるところだった。

『――――――――』

「邪魔だリッチ共!」

『暗殺唱』による形容しがたい怖気を誘う声を斬り払いつつ、左手を腰元に伸ばして低品質の回復ポーションを抜き取る。そして親指でコルクを飛ばすと、リッチ達が集まっている場所目掛けて投擲した。

「む? 何を……ほう、リッチにはポーションが効くのか。知らなかったぞ」

「そりゃ良かったな! 御代はテメエの――チィッ!」

不意を突くようにバリスシア目掛けて斬撃を飛ばそうとしたが、それを妨げるように新たなデュラハンが現れたため中断する。その代わりにポーションをばら撒いたおかげでダメージを負っているリッチを狙い、『一の払い』で魔力の刃を飛ばして三匹まとめて両断した。

(モンスターの壁が邪魔でバリスシアまでが遠い! 種類も色々呼び出しやがって……ああくそっ! このままじゃジリ貧だっ!)

次から次へとモンスターを斬っていくが、こちらも無傷では済まない。少しずつでもいいから傷を負わせ、体力を奪い、戦闘能力を削いでいこうという腹なのだろう。重傷はゼロだが切り傷が体のあちらこちらに刻まれ始めている。

(ポーションはまだあるが……これ以上は投げて使うのはナシだな)

ほんの僅かな合間に低品質の回復ポーションを全身に振りかけて傷を塞ぎ、残った空瓶をバリスシア目掛けて投げつける。しかしそれに気付いたのか火竜が前肢で打ち払うが……空瓶一つ対処するのに火竜を使うとは豪勢なことだ。

(大物は火竜一匹……他は下級か中級の雑魚ばかり……それでも数で押してくるし、闇属性魔法は対処しないと即死しかねない……)

やっぱりモリオンには残ってもらうべきだったか。範囲攻撃が欲しい。いや、弱気になるな。モリオンに残ってもらっても死なれたら意味がないし、広範囲を薙ぎ払えるとなるとモリオンが狙われる。そうなるとモリオンを守る形で戦う必要があるだろう。

俺が単独で、自由に動き回れるからこそ時間を稼げるのだ。誰かを守るために足を止めていたらとっくにモンスターの群れに飲み込まれている。

(あとは……アイツがこっちを観察しているから無事なんだろうけどな)

まるでこちらの戦力を確認するように、次から次へとモンスターをぶつけてくるバリスシア。その眼差しは実験の成果を観察する科学者のようで、それでいて瞳には人間らしい熱も情も宿っていない。

ここで出会ったのが偶然だとして、たまたま要注意リストに載っている人間がいたから排除もしておこう、なんてやる気が感じられない動機で戦っているように見える。

いや、バリスシアからすればこれは戦いですらないのか。モンスターを生み出してぶつけ続ければやがて力尽きると判断し、とりあえずそうしてみようって感じか。

「ハハッ――舐めるなよ」

囲まれることを承知で、歩法を駆使してモンスターをすり抜け、一気に火竜との間合いを詰めていく。それに気付いた火竜が前肢を振り上げるが、既に遅い。そこは俺の間合いの中だ。

スギイシ流奥義――『閃刃』。

火竜を一撃で仕留めるにはコレしかない。消耗覚悟で刃を繰り出し、振り下ろされた前肢ごと逆袈裟に斬り上げて火竜を大きく切り裂く。

それによって火竜の巨体が激しく揺れた。体を斜めに、ざっくりと斬られたんだ。即死はしなかったとはいえいくら火竜でも踏ん張ってはいられない。

「剣よ。 悠(とおい) 敵を 瞬(またた) く間に 伐(き) るための力をこの身に宿せ」

続いて、火竜が体を揺らがせて俺とバリスシアの間で 目(・) 隠(・) し(・) になった瞬間、『瞬伐悠剣』の力を解放した。これまで隠しておいたとっておきだ。

体の骨が軋みそうになるほどの速度で地を駆け、火竜の体越しにバリスシアからの視線を外す。同時に行き掛けの駄賃とばかりに進路上のモンスターを片っ端から切り裂き、一秒とかけずにバリスシアの背後を取った。

絶好の 機会(チャンス) 。バリスシアが振り向くよりも早く、剣を振りかぶって踏み込む。

放つは、俺が繰り出せる最強最大の一撃。相手が実体ではない可能性を考慮し、剣に魔力を込めて『閃刃』を『一の払い』に乗せ、そのまま ま(・) と(・) め(・) て(・) 繰り出す。

以前、武闘祭でゲラルドの『水操天流』を撃ち破った一撃を余すところなく、僅かな威力のロスすらなくバリスシアの首へと叩き込む。

「なっ」

叩き込んだ――はずだった。

バリスシアが右腕を差し込み、防御態勢を取ったかと思うと、必殺を期して繰り出した刃が腕の半ばまでめり込んだところで止まってしまう。

「驚いたぞ」

声と同時、バリスシアが振り返って左拳が繰り出された。

斬れたと思ったのに斬れなかったという事態を前に僅かに硬直した思考が感じたのは、濃厚な死の気配。なんの変哲もない拳だが、直撃すれば死ぬと直感が全力で訴えかけてくる。

俺は咄嗟に剣から手を離し、腕を折り畳んで防御する――が、べきりと、二の腕から圧し折れる音と共に激痛が伝わり、両足が地面から離れて体が宙を舞う。

「ぎっ! っ! が、はっ!?」

一本、二本、と生えていた木をぶち抜き、一際太い木の幹に叩きつけられてようやく体が止まった。折れたのは腕だけでなく肋骨や胸骨も同様らしく、呼吸に合わせて激痛が全身を襲い、喉の奥から血がせり上がってくる。

(い、ちげ、き、で……これ、か……)

しくじった、と内心で声を漏らす。仕留められるかもしれないと欲を掻いてしまった。あまりにも絶好の機会で、理想的な間合いだった。

(まさ、か……刃が、通らん、とはな……)

斬りつけたバリスシアの体は、単純に硬かった。それでも並の硬さなら両断できるつもりだったが、硬質なゴムを更に圧縮して固めたような、不可思議な斬り心地だった。

俺は中品質の回復ポーションをすぐに飲み干し、もう一本コルクを飛ばして体にかける。そうすることで体の内外から一気に治すと、喉に残った血と共に大きく息を吐いた。

「ごほっ! はぁ……はぁ……ずいぶん、頑丈な体じゃないか……」

そう言いつつ、腰裏につけた鞘から短剣を引き抜く。『瞬伐悠剣』でさえ斬れなかったというのに予備武器の短剣ではどうしようもないが、ないよりはマシだ。

「いや……驚いた。実に驚かされたとも。それなりに長く生きてきたが、これほどの傷を負わされたのは初めてだ」

バリスシアは半ばまで斬れている右腕を掲げ、興味深そうに傷口を見る。傷口からは黒い、コールタールのような粘性の液体が溢れ出ているが、アレが『魔王の影』の血液だとでもいうのか。

これほどの傷とはいうが、俺からすれば重傷一歩手前、低品質の回復ポーションでも治せそうな傷だ。つまり、俺の全身全霊の一撃でもその程度。仮に首に直撃していても刎ね飛ばすことはできなかったかもしれない。

(これが『魔王の影』……能力もそうだが、そもそも生き物としてのスペックが違うのか……)

俺は落ち着いてきた痛みと呼吸に安堵するが、状況は絶望的だ。逃げ出そうにも『瞬伐悠剣』が手元にないため、走って逃げても追いつかれてしまうだろう。かといって剣を手放さずに拳を受けていたら今頃胴体が真っ二つになっていたか。

どうやってこの場から撤退するか必死に考える俺を尻目に、バリスシアはまるで拍手でもするように両手を打ち合わせる。そして、それに合わせて魔力がどんどん高まっていくのを感じ取った。

(まずい――!)

それは魔法の発動の予兆だ。最上級モンスターである『魔王の影』が使う、 魔(・) 力(・) を(・) 溜(・) め(・) る(・) 必(・) 要(・) が(・) あ(・) る(・) 魔法の準備だ。

巻き込まれるからか、他のモンスターが近付いてくることはない。ただ、大気が震えんばかりに魔力が高まり、モンスターの多くは恐怖を堪えるかのようにその場に伏せていく。

「このまま嬲り殺しにしても良いが、この腕の傷に敬意を表して見せてやろう。これが最上級魔法の一つ――『 木竜(もくりゅう) ノ 嵐霹(らんへき) 』だ」

そう言って、木属性の最上級魔法が放たれるのだった。