軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第212話:魔王の影 その1

『魔王の影』の一人――バリスシア。

『花コン』においては『魔王の影』の中でもダンジョンの操作に長けた個体として描写され、主人公が魔王に認識されてからはあれやこれやとちょっかいをかけてくる存在だ。

『魔王の影』達を統率するリーダー格のスイレン、性別可変にして外見も可変のアスター、かつて人類とオレア教に大打撃を与えた参謀役のスファレライト。

そして眼前のバリスシアこそが、俺が『花コン』で知る『魔王の影』である。

『魔王の影』の内、男性体は二人。

アスターは性別が可変のため眼前の男性に化けている可能性もあるが、その能力から人間に化けて人間社会に潜り込んでスパイ活動をするのが主な役割だ。

スファレライトは男性体だが参謀役のため表には中々出てこず、こうしてわざわざダンジョンを破壊するために動く可能性は低い。

リーダーのスイレンは女性体のため除外して、消去法ではあるが眼前の個体がダンジョンの操作が得意なバリスシアだと結論付けたわけだが――。

(これ、が、『魔王の影』……チッ、リンネとは比べ物にならねえ……)

俺は強がるように内心で舌打ちするが、全身に襲い掛かってくるプレッシャーがそんな強がりを嘲笑うかのように重苦しく感じられる。

空気が帯電でもしているかのようにビリビリとしているし、気を抜けば足が後ろに下がりそうになってしまう。冬の山道だというのに背中に冷や汗が浮かび、指先から一気に体温が抜けて体が震えそうだ。

(指は……動く。俺の意思通り動かせる。 そ(・) れ(・) な(・) ら(・) 動(・) け(・) る(・) )

それでも自分の体に問いかけ、意思通りに動かせることを確認。握った『瞬伐悠剣』の柄がかつてないほど頼りなく感じられるが、それは錯覚だと自分に言い聞かせる。

「仕事、か……はは、そいつは大変だな。しかも中規模ダンジョンの破壊が仕事とは……それが可能な貴殿には、是非とも名前をうかがいたいところだ」

俺は極力友好的な笑みを浮かべ、同時に言葉を投げかけつつ背後に左手を回して兵士達に退くようハンドサインを送る。だが、兵士達が動く気配はない。おそらくはバリスシアが放つ威圧感に飲まれているのだろう。

その事実に舌打ちしたいところだが、これほどの威圧感を前にすれば茫然自失となるのも仕方がない。そう思えるほどに圧力がすさまじい。

「名前……名前、か……まあ、知る者もいないだろうが、名乗ってやろう。バリスシアだ」

「っ! 兵士共! 呆けてるんじゃねえ! 即座に撤退! 陛下とオレア教の教主へ伝令! 影(・) と(・) 遭(・) 遇(・) し(・) た(・) と伝えろ! それだけでわかる!」

「は、はいっ!」

バリスシアの威圧感を掻き消すように俺が怒声を上げれば、ようやく兵士達から反応が返ってきた。慌てた様子で駆け出す兵士達を背中に剣を構え、バリスシアが何かしても迎撃できるよう注意する――が、予想に反してバリスシアは何もする気配がない。

いや、何もしていないというのは語弊があるか。俺に対してほんの僅かに、興味を抱いたような視線を向けてくる。

「ほう……我々のことを知っているのか。オレア教の女狐も人間の指導者共も、我々のことは伏せていたはずだが……ん?」

バリスシアだと確定したが、この場で仕留められるかどうか。その可否を検討する俺を、バリスシアがじっと見てくる。

「その若さと外見、それに我を見ても揺らがぬ胆力……『王国東部の若き英雄』と呼ばれているミナト=ラレーテ=サンデュークか?」

「……おいおい、こりゃまさかだ……『魔王の影』にその名前が知られているとはね。光栄だって言うべきかい?」

俺は思わず苦笑してしまった。まさか『魔王の影』にしっかりと認識されているとは思わなかったのだ。

こうなると、『魔王の影』を名乗るリンネは 本(・) 物(・) だったか? こちらの情報を流したか、あるいはスパイ専門のアスターが集めた情報に俺のことが含まれていたか?

「今のところ脅威度は低いが、要注意リストに入っているぞ。つまらぬ仕事だと思ったが、少しは楽しめるかもしれん」

「ハッ……要注意リスト、ね」

『魔王の影』の間じゃあそんなもんが出回ってるのかよ。しかも脅威度が低いって評価ながらも、俺はそのリストにギリギリでも載っているような存在ってことか。まったく、 悪役(ミナト) も出世したってもんだ。

(こっちは盾役のナズナに火力のモリオン、そこに主人公の透輝……くそ、足りねえ! せめてあと一年後なら透輝がもっと育っていたっていうのに!)

『魔王の影』と戦うにはこちらの戦力が足りないというのが俺の見立てだ。いや、戦うだけなら可能でも、防戦の末に磨り潰されるというべきか。

特に透輝が下級の光属性魔法しか使えないというのが痛い。『魔王の影』が相手でも効果はあるだろうが、仕留めるには足りないだろう。

つまり、ここで透輝という手札は晒せない。光属性魔法という『魔王』や『魔王の影』にとって特効となり得る攻撃手段を持つ透輝は、俺なんかよりもっと脅威度が高い存在だ。中途半端に戦わせてその能力を晒すぐらいなら、最初から隠し通した方がマシだろう。

せめてアレクが同行していれば僅かでも勝ち目があったし、来年度でランドウ先生がいればここで嬉々として仕留めたんだが。

「いやぁ、脅威度が低いのなら放っておいてもいいだろ? そういうわけで、ここらで失礼しても?」

無理だろうな、と思いながらも俺はへらりと笑って提案した。それと同時に先ほどから背中へと回している左手でモリオンへ向かってハンドサインを送り、魔法の準備をさせる。

「優先順位は低かったが、せっかくの機会だ。邪魔者は排除するとしよう」

「ハハッ、聞く耳持たねえやつだな! モリオン!」

「はっ!」

俺の呼びかけに即座に応じ、モリオンが発現していた杖の『召喚器』を振り下ろす。それによって放たれるのはモリオンの得意魔法、『風食轟雷』だ。

並のモンスターなら一撃で殺し得る威力の範囲攻撃で、回避も防御も不可能な一撃である。

「今の内に撤退を――」

仕留めるのは無理で、手傷を負わせることができたとしてもほんの僅か。それなら魔法を目隠しにして撤退するしかない。

そう判断して背中を向けようとしたが、剣士としての直感が俺の足を止める。

「ふむ……誰かは知らんが、その若さで上級魔法とはな」

そんな呟きが聞こえたかと思うと、モリオンが放った『風食轟雷』が真っ向から相殺された。同じ威力の『風食轟雷』で打ち消したかと思うと、観察するような視線をこちらへ向けてくる。

「背中を向けるのはお勧めしないぞ? 我がどんな存在かを知っているならなおさらな」

「……そう、みたいだな」

バリスシアが魔力を溜めている様子はなかった。つまり、俺の指示で魔力を溜めたモリオンを超える速度で魔力を溜めたか、溜めずともモリオンを上回る魔力を持っているのか。

(後者かな……ははっ、それがわかってもどうしようもねえな)

素直に退かせてはくれない。こちらの最大火力であるモリオンが得意な魔法を撃ち込んでも相殺された。それでいて義務感程度だが俺を脅威と見做してここで排除するつもり、と。

(……『花コン』のことを考えるなら、俺が殿に残って透輝達を逃がすしかない、か。で、逃がした後に俺も退く……可能かどうかは別として、それぐらいしかないな)

『魔王の影』はモンスターとして分類するなら最上級――つまり、最上級魔法を使える存在だ。おそらくは人類の中でも見たことがある者はごく僅か。いわば魔法の極致と言えるのが最上級魔法だ。

そんな魔法を使える相手から撤退するには、誰かが殿を務めるしかない。全員同時に退こうにも、まとめて薙ぎ払える以上は無理だ。そうなると単独で遠近両方の戦闘をこなせて、上級魔法も斬れる俺が残るのが無難だろう。

味方を逃がした後に自分も逃げること、バリスシアの興味の対象であることを考えると俺以外に選択肢がないのだが。

(モリオンじゃあ足止めはできてもその後が逃げられねえ……ナズナは上級以上の魔法を連射されたら詰む……透輝は腕が足りん。そうなるとやっぱり俺か)

問題は、俺が殿になると言ってモリオン達が素直に退いてくれるとは思えないって点か。いや、モリオンは可能性があるけど、ナズナは退いてくれないだろう。多分、透輝もそうだ。

むしろこの場に残って死ぬまで戦う、なんて言いそうだ。そうなった場合、説得している暇などありはしないだろう。

(退いてくれないならこの場の戦力でバリスシアを倒すってのは……どうだ? いけるか?)

こちらを観察するように見てくるバリスシアの姿に、そんなことを検討する。可能性がゼロとは言わないが、非常に困難だろう。

しかし、この場で倒すことができれば後々楽になる。『魔王の影』という人類にとっての脅威を一つ取り除くことができれば、それは非常に大きい。ダンジョンの操作が得意なバリスシアを倒せれば、今後ダンジョンに赴いた際に余計な心配をしなくて良くなるかもしれない。

問題は、バリスシアを倒せるかどうか。『花コン』を基準にして考えるなら、早くても二年目の中盤以降に戦う相手だ。俺というイレギュラーがいたとしても敵うかどうか。

自分達の状況、相手の強さ、今後の展望。それらを秤にかけて、賭けに出るべきか迷う。リスクは相応、リターンは大きい。

こちらが賭けるのは俺の命と、透輝達『花コン』のメインキャラという死んだら世界が詰みかねない代物で――。

「……撤退だ」

「えっ? わ、若様?」

バリスシアを睨みながら呟いた俺の言葉に、ナズナが困惑したような反応を返す。

今、このタイミングで。『魔王』ですらない、『魔王の影』を相手に透輝達の命を賭けるのは愚策だ。

倒せば『魔王』が『消滅』して平和になるというのなら、命を賭けてもらうし俺も命を捨てる。だが、相手は『魔王の影』。敵側にとってはまだ 替(・) え(・) が(・) 利(・) く(・) 存在だ。

バリスシアから感じ取れる威圧感。それによって味方が気圧されているという事実から、実力差も大きくて勝ち目はほとんどない。実力不足と準備不足を覆せると思うほど、自惚れてはいない。

「俺が殿に残る。ナズナが先導、真ん中に透輝、モリオンが最後尾で撤退。急げ」

「若様、何を……」

「いいから急げ! アイツの目的は俺だ! 今の戦力じゃ勝てん! お前達が逃げ切らないと俺も逃げられないんだよ! モリオン、最優先で透輝を逃がせ! わ(・) か(・) る(・) な? 俺に何かあれば後は頼んだぞ!」

この場で『魔王の影』に関して察しているのはモリオンのみ。そして俺の目的を察しているのもモリオンだけだ。そのためもしもの時に備えて後事を託し、『瞬伐悠剣』を構えてバリスシアと対峙する。

「い、いやっ、わ、わかさ――」

「主君としての命令だ! 二度言わせるな! 今すぐ撤退しろ! 俺を助けたいなら一秒でも早く逃げろ!」

こちらのやり取りを興味深そうな顔で眺めるバリスシアを睨みながら、俺は命令を下す。頼むから逃げてくれ。残られると全員死ぬしかなくなるんだ。

「ナズナ殿退くぞ! ミナト様、ご武運を! テンカワも来い!」

「えっ!? ミナトを置いていくのかよ!?」

「我々が邪魔なんだ! いいから退くぞ! ミナト様を殺したいのか!?」

俺の命令に対し、最も的確に動いてくれたのはモリオンだった。ナズナと透輝の腕を引き、すぐさまこの場からの離脱を始める。

「正確な判断だが……すまないな。こちらも逃がすつもりはないんだ」

だが、それを見たバリスシアが指を弾く。すると禍々しい、黒い霧のようなものが集まり、急速に形作っていく。

モリオン達の進路を塞ぐように現れたのは、二体の地竜だ。既にダンジョンが崩壊を始めているというのにモンスターを出現させることが可能らしい。まったく、面倒なことだ。

スギイシ流――『一の払い』。

だから、斬った。斬撃を飛ばして地竜の首を刎ね、バリスシアを睨みつける。

「逃がすと言ったぞ」

「逃がすつもりはないと言った」

俺の言葉に、どこか楽しそうに応じるバリスシア。

そんな俺の背後、駆けて遠ざかっていくモリオン達の足音を聞きながら、俺は『瞬伐悠剣』をしっかりと握り直すのだった。