作品タイトル不明
第210話:飛竜の塒 その5
透輝が思った以上にあっさりと、拍子抜けするほど簡単に壁を越えてみせた。
それを見た俺の感想は、やっぱり才能の差ってズルいなぁ、なんて羨望とも愚痴ともつかないものである。
弟子が壁を乗り越えた、殻を破ったことは素直に喜ばしい。だが、それはそれとして一人の剣士としては羨む気持ちがあるわけで。
(それほどの才能があるってことで、前向きに捉えておくかぁ……そんな透輝でも倒せるようになるかわからない『魔王』……いや、『魔王の影』の時点で強いか。それらとぶつかるまでにどこまで強くできるか……)
主人公が小規模ダンジョンを攻略すると『魔王の影』が主人公を認識し、中規模ダンジョンを攻略すると厄介な人類としてちょっかいをかけ始める。
小規模ダンジョンを攻略した段階では多くいるそれなりに強い人間の一人、程度の認識だが、中規模ダンジョンまで攻略すると名前をしっかりと覚える感じだ。
ただ、それはあくまで『花コン』というゲームでの話である。その基準で言えば『王国北部ダンジョン異常成長事件』で中規模ダンジョンを破壊し、『王国東部の若き英雄』なんて呼ばれている俺も目をつけられているわけで……って、だからリンネが目をつけたのか。
(わからんな……この場合、透輝が小規模ダンジョンを破壊したら『魔王の影』に認識されて、中規模ダンジョンを破壊したら手を出してくるのか。それとも一緒に破壊するだけでも対象になる? あるいは別の条件か?)
仮にそうなら透輝にダンジョンを破壊させず、『魔王の影』に認識させない状態で可能な限り鍛え上げるんだが。
(でも『魔王』を倒すためには主人公が 段階(フラグ) を踏んでいく必要があるし……どの道『魔王』は発生するんだから、鍛えるだけでもいいのか? いや、『魔王の影』は邪魔になる。どこかで排除したい。できるならランドウ先生がいる来年度からが無難か?)
ランドウ先生抜きで『魔王の影』を倒すのは難しいだろう。『花コン』では味方として存在しなかった 俺(ミナト) を戦力として数えたとしても、『魔王の影』に勝てるかどうか。
透輝を含めて戦闘に向いたメンバーで固めればなんとかなるか? メリアが力を貸してくれるなら余裕だが、あの子の力は使い方を誤ればメリア自身を消滅させてしまう。言い方は悪いが『魔王の影』程度に引っ張り出す存在じゃない。
(『魔王の影』の強さが全員、リンネと同じぐらいならどうにかなるが……いや、それは楽観だな。俺が一対一で戦って勝負になるぐらいじゃ話にならねえ。『花コン』に出てきた『魔王の影』はもっと強いはずだ)
なにせ最上級魔法すら使えるのが『魔王の影』なのだ。大規模ダンジョンに出現するボスモンスターよりも更に強く、それぞれが持つ能力も厄介である。
ぶつかった壁を早々に乗り越えた透輝を見る限り、育成は順調。しかし将来のことを考えると安心はできず、と。
「ミナト? 難しい顔をしてどうしたんだ?」
「……いや、お前さんがあっさりとワイルドベアを倒したから、次はどんな壁にぶつけようかな、なんて思っていただけさ」
「俺の師匠が厳しすぎる……え? それってランドウ……大師匠? 大先生でいいのか? あの人からの伝統なの? 弟子はとりあえず苦労させておけってこと? 俺も将来弟子を取るようなことがあったら同じことをした方がいいの?」
少し眉を寄せていたからか透輝に疑問をぶつけられたが、ランドウ先生は基本的に放任主義というか、それなりに面倒見は良いけど剣に関しては厳しいからな。
弟子を信じている、と言えば聞こえはいいが、うっかり死んだらその時はその時、みたいな死生観をしていると思う。
だから透輝? 将来弟子を取ることがあったら優しく育ててもいいんだぞ? そ(・) ん(・) な(・) 未(・) 来(・) が訪れているなら、『魔王』の『消滅』なり長期間の『封印』なりが出来ていて平和ってことだからな。
「……っと、この気配は」
そうやって言葉を交わしていると、比較的大きな気配が近付いてくるのを感じ取った。こちらの存在に気付いているのか一直線に、地響きを立てるようにして何かが近付いてくる。
「透輝、向こうから壁が来てくれたぞ」
「えぇ……嘘だろ……移動式の壁? それともホーミング? 勘弁してほしいんだけど……」
透輝が心底嫌そうな声を漏らした瞬間、視界の先で木々の奥から巨体が姿を表す。それは翼がなく、トカゲを十メートルほどに巨大化させて外皮をゴツゴツと頑丈そうな外見にしたモンスター……中級のドラゴン系モンスター、地竜である。
「ほぉ……こりゃ中々良いサイズだ。透輝」
「いやいや! 無理っすししょー! 熊の何倍デカいんだよ!?」
「仕方ないな……」
無理だと言いながらも『鋭業廻器』を構える透輝を見て、俺は手本を見せるべきだと判断した。『瞬伐悠剣』を抜いて地竜の注意を引くように、ゆっくりと歩いていく。
「モリオンとナズナは周囲の警戒を頼む。追加でモンスターが来たら片付けてくれ」
「お任せください若様!」
「テンカワの練習相手に丁度良さそうなら取っておきますね」
素直に頷くナズナと、透輝のことを考えて答えるモリオン。両者のスタンスの違いというか、性格の違いを感じる返答である。
「さて、こういうデカブツが相手の場合、一撃で仕留められないならまずはしっかりと見ることだ。物理攻撃主体なのか、魔法攻撃主体なのか。物理攻撃だとすればその間合いは? どんな攻撃方法か? 魔法なら属性と威力は?」
そう言いつつ踏み込んでみれば、地竜は巨木のように太い前肢を振るって俺を殴り殺そうとしてくる。そのため軽く後方に、すり足のように跳んで攻撃を避けると、空ぶった前肢が風を起こして俺の髪を揺らした。
「俺が遭遇した範疇での話だが、不自然に腕や足が伸びて間合いがいきなり変化するモンスターはいなかった。つまり、相手の位置と踏み込み、腕や爪の長さを目視で見切ることができれば攻撃は当たらん。ああ、関節で少し腕が伸びるから紙一重で避けようとするなよ? 当たるぞ」
まあ、ランドウ先生クラスの達人になるとそれすらも見切って紙一重で回避するんだが、俺には無理だ。一流の域に達すると、この差が本当にデカい。いわば一流と超一流をわける差だ。
「次に、相手が連続で殴りかかってきた時だが、なるべく地面から足を離すな。上に跳ぶとそこから先の回避方法が限定されるからな。それを考慮した上で相手の攻撃パターンを見切れ」
モンスターも生き物である以上、身体的構造から腕を振り下ろす、横に薙ぎ払うなど、攻撃のパターンは限定される。
腕を横から薙いだ場合、続けて振り下ろそうとすれば腕を持ち上げる必要がある。そうなったら次は振り下ろしだと簡単にわかるし、そこから再び薙ぎ払おうとすれば腕の動きが不自然になるからこちらもわかる。
もっとも、地竜のようにデカいモンスター相手にこれらを実践するには高い身体能力が必要で、本の『召喚器』で強化されている俺、『鋭業廻器』によって強化されている透輝など、一部の人間向けの戦闘方法でもあった。
「攻撃が回避できるなら後は簡単だ。隙を見て斬る」
振り下ろされた巨腕を前に出ながら回避し、胴体を軽く斬る。本当は首を刎ねるなり心臓を貫いても良かったのだが、 せ(・) っ(・) か(・) く(・) の(・) 教(・) 材(・) だ。
「うん……硬いは硬いけど、透輝の『召喚器』なら斬れるな。というわけで透輝」
「はい」
「斬れ」
「……はい」
真顔で頷く透輝だが……なあに、ワイルドベアが十メートルサイズになったと思えば大丈夫さ。大きさで考えれば三倍程度だよ。体積で考えると三倍どころじゃないけどね?
そうやって透輝と交代する俺だが、もちろん何かあったらすぐに助けられるよう身構えておく。普段よりも少し前の方で待機だ。
(さてさて、透輝は 気(・) 付(・) く(・) かな?)
お手本は見せたが、敢えて伝えていないことが一つあった。それは魔法に関する情報で、地竜は中級モンスターのため中級魔法を使ってくる。それも地竜というだけあって土属性の魔法を得意とし、『 土轟震(どごうしん) 』という中級魔法を使えるのだ。
効果は敵全体へのダメージだが、現実だとどんな感じになるのやら。下級魔法の『土槍』が地面から土の槍を突き出す魔法だし、それの全体攻撃バージョンかな?
そんなことを考えながら透輝の戦いぶりを見守るが――。
(うん……ちょっと大袈裟に避けているけど、初めて戦う敵だしあんなもんか。斬るのはまだ無理かな? 避けるだけで精一杯か)
透輝は俺と比べると大きく動いて地竜の攻撃を回避している。俺が拳二つ分程度の距離で回避していたのに比べ、透輝は五十センチほど距離を空けていた。それでいて回避するだけで限界らしく、俺が伝えた通りなるべく上に跳ばないよう注意しつつ立ち回っている。
(……ん?)
そうやって透輝が回避しているのを眺めていたら、地竜の右前肢に魔力が集中していくのが感じ取れた。
そして五秒とかけずに魔力の集中が終わり、透輝を叩き潰さんばかりに右前肢が振り下ろされ、透輝はそれを見て回避し――俺はすかさず『一の払い』で魔力の刃を飛ばす。
地竜が地面を叩き、次の瞬間には大きく地面が揺れると同時に『土槍』のように土の槍が大量に発生。轟くような音と共に透輝を貫こうとした土の槍を根元から両断すると、当の透輝は地面の揺れに足を取られたのかゴロゴロと転がるようにして地竜から距離を離す。
「なんっ……えっ!? 何事!?」
それでもすぐさま飛び起きて再び剣を構えるが、その顔には困惑の色が濃く浮かんでいた。
「土属性の中級魔法、『土轟震』だ。今、魔法を使う前に地竜の手に魔力が集中していたが気付いたか?」
「……避けるのに精いっぱいで気付かなかった」
「そうか。敢えて伝えなかったが、今みたいに殴りかかって相手を回避させている間に魔力を集中する、なんてこともモンスターはしてくる。だから目で見るだけでなく、常に魔力を感じ取るよう注意しろ。いいな?」
「おうっ!」
うん、良い返事だ。普通なら注意しろって言われてもできるようになるまで時間がかかるもんだが、透輝ならすぐに身に着けるだろ。
(敢えて伝えなかったけど、今みたいにすぐに頷ける素直さも透輝の強味だよなぁ……師匠としては育てやすくて助かるよ、本当に)
意図があるなら何をしても良い、なんてことはないが、透輝はその辺り寛容というか、 自(・) 分(・) の(・) た(・) め(・) に(・) 相手がしたことは素直に受け入れる傾向にある。その辺りの純粋さ、前向きさは剣を教える側として非常にありがたい。
(というか、ワイルドベアを倒せたからって地竜はさすがに厳しいかと思ったのに、案外あっさりと対応してるな……避けるだけで攻撃は難しいみたいだけど、ワイルドベア相手に経験したことを上手く応用できているってことか?)
地竜もワイルドベアも四足で動き、攻撃の際も前肢で殴ったり噛み付いたりとパターンが決まっている。地竜の場合はそこに尻尾での薙ぎ払いが加わるが、動作が大きくて丸わかりのため回避は容易だ。それに後ろを向くから追撃もないし、むしろ避けやすいといえるだろう。
それでも地竜とワイルドベアでは体格差が大きいため、上手く対応できるか不安だったが……なんというか、透輝の動きにはこれまでになかった 慎(・) 重(・) さ(・) が加わっているように見えた。
相手の動きを冷静に見極め、安全かつ確実に攻撃を回避するよう心がけているのだ。しっかりと目で見て、恐怖を抑え込み、思い通りに体を動かす。言葉にすれば簡単だが、実際に行うには難しいことができるようになっていた。
地竜の相手は割と無茶ぶりだと思ったんだが、防戦に徹するだけなら上手くやれている。攻撃に転じる余裕はさすがにないようだが……このまま放置していれば案外すぐに攻撃まで手が回るようになるか?
(いや、そうやって急激な成長を促そうとしたら昨日みたいなことになるかもしれん……ここは一歩一歩前進していくべきだな)
モンスターの間引きということで、透輝に戦わせる機会はいくらでもあるのだ。あとはタイミングを見てドラゴンの卵を探しにいくとしよう。
透輝の訓練もそこそこに、そろそろ地竜を仕留めるか、なんて思いながら剣を握り締め、不意を突くようにして俺は距離を詰めていくのだった。