作品タイトル不明
第208話:飛竜の塒 その3
中規模ダンジョンに出現するモンスターは下級もしくは中級であり、ボスモンスターも基本的に中級から選ばれる。
ボスモンスターの場合は中級だろうと大規模ダンジョンの雑魚モンスターよりも強いレベルで強化されるが、ボス以外のモンスターが強化されることはない。
そのため『飛竜の塒』に到着した日の翌日、ダンジョンに挑んでモンスターを探したところ、ワイルドベアを見つけた時は透輝にとって丁度良い相手がいた、と俺は思った。
ワイルドベアはHPこそ中級モンスターの中でもトップクラスだが、それ以外のステータスは平均レベルである。援護魔法の『金剛力』は使えても攻撃魔法は使えないし、今の透輝なら多少苦戦はしても十分に倒せる相手だと判断した。
「っ……くっ! このっ!」
だが、普段と比べて透輝の動きが鈍い。『鋭業廻器』を発現して身体能力が上がっているはずだというのに、ワイルドベアが繰り出す攻撃をギリギリのところで回避し、時折かすらせてすらいた。
(昨日の慣らしだけじゃ足りなかったか? 相手がワイルドベア……熊だから外見でビビってるってのもありそうだが……)
そ(・) れ(・) ら(・) し(・) い(・) 外見のモンスターなら諦めもつくだろうが、外見が三メートル近い体躯の熊となると前世でも遭遇し得るため逆に恐ろしいのかもしれない。
そんな巨体の熊に剣一本で立ち向かえというのも、中々難易度が高いといえばそうなのだろう。慣れるとそうでもないんだが、透輝が慣れるにはこの世界で過ごした年月が短いからな。
まあ、それでも死にそうな攻撃が直撃するようならいつでも助けられるよう、注意して透輝の戦いを見続ける。モリオンも同じ考えなのか右手をワイルドベアに向けているし、周囲を警戒しているナズナもチラチラと透輝の戦いぶりを見ていた。
――それでも、何事にも絶対はない、というべきなのか。
『ガアアアアアアァァッ!』
ワイルドベアが咆哮し、薙ぎ払うように右の前肢を振るう。丸太のような豪腕は人間と比べれば太く、直撃すれば骨など容易く折れるだろう。
透輝はそんなワイルドベアの薙ぐような一撃を避けようとした。実際、 普(・) 段(・) の(・) 透(・) 輝(・) な(・) ら(・) 余裕を持って回避できただろう。
俺の目から見ても危険だとは思えない一撃で、間合いの取り方も適切なもので、あとは回避するだけで。
問題は、透輝の体が普段と比べて動きが鈍かったことだった。
「っ!?」
退いて回避しようとした透輝の左側面からワイルドベアの腕が直撃する。その拍子に生木を圧し折ったような湿った鈍い音が鳴り、体重差と勢いで透輝の体が浮き、地面から足が離れる。
「がぁっ!?」
「――――」
絞り出すような透輝の声。その声を聞くよりも先に俺は動き出しており、人形のように宙を舞う透輝を空中で捕まえ、なるべく衝撃を与えないように着地する。戦闘を続行できそうなら助けなかったが、明らかに受け身も取れない様子だったからだ。
「モリオン!」
「お任せを」
着地ついでに名前を呼べば、即座にモリオンが応じた。透輝を殴り飛ばして五秒と経たない内に『雷撃槍』が撃ち込まれ、断末魔を上げる暇すらなく一撃で即死させられる。
「ぐっ……ミス、った、いっ……う、腕……どう、なって……る?」
「つながってるから安心しろ。まあ、折れてはいるみたいだけどな」
うーん、油断したというか、透輝の動きがあれほどまでに硬くなるとは思わなかった。
パッと見で確認したところ、左腕が骨折、左側の肋骨にもいくつかヒビが入っていそうだ。透輝は歯を食いしばるようにして耐えているが、かなりの痛みがあるだろう。脂汗を額に滲ませながら顔をしかめている。
「ぁ……か、はっ……い、てぇ……」
「治療するから口を開け。これを噛んでろ。まずは腕からだ」
そう言って俺は止血用の清潔な布を取り出し、丸めて透輝の口に突っ込む。左腕にポーションをかけようにも、腕まくりをして患部を見て直接かけなければ効果が薄くなるからだ。
痛みで歯を食いしばった際、強く噛み過ぎて歯が割れることがあるためそれを防止するための布である。それでも割れる時は割れるんだけどな。
「袖をめくるぞ。痛むが我慢しろ」
そう促しつつ、袖をめくって患部を露出させる。まだそこまで腫れていないから簡単にめくれたが、あと数分経ったら服を切り裂かないといけなかっただろう。
「ヴゥッ……」
「我慢だ、男の子だろう? 中品質の回復ポーションを使うからすぐに落ち着く」
幸いにも単純骨折で済んでおり、折れた場所も目視で見当がついたためすぐに骨を 接(つ) ぐ。そして中品質の回復ポーションをかければ目に見えて透輝の表情が和らぎ始め、三十秒と経たない内に完全に骨がつながった。
「あとは残ったポーションを飲んでおけ。そうすれば肋骨も治るはずだ」
三分の一ほど残ったポーションを飲ませると、痛みとは違った理由で透輝が顔をしかめた。うん、ポーションは美味しいものじゃないからな……。
「ぶはぁ……ま、不味い……怪我が治るのは嬉しいけど、不味い……」
脂汗を拭いつつ、透輝が呟く。そして治ったばかりの左腕を上下させて感覚を確かめると、驚くように目を見開いた。
「話には聞いていたけど、重傷でも本当に治るんだなぁ。打撲に低品質の回復ポーションを使ったことはあるけど、こんなに効果があるなんて……」
左腕と肋骨の調子を確認しつつ、透輝が言う。そんな透輝の様子を観察するが、疑問を込めて俺は尋ねる。
「ずいぶんと動きが鈍かったが、そんなに戦い難かったか?」
「あーっと……相手が熊にしか見えないのも怖かったけど、このダンジョンの空気がな……避けたつもりだったけど殴られたし、その後は痛みで頭が真っ白だったし……」
そう言って視線を逸らす透輝。どうやらすぐさま助けて正解だったらしい。
(訓練をする時に木剣で殴って痛みに慣れさせたつもりだったけど、さすがに骨折みたいな重傷となると話は別か。透輝の性格から考えると耐えきれると思ったが……いきなりすぎて頭が真っ白になったか)
受け身すら取れなさそうだったから助けたものの、攻撃を受けた際の対応はまだまだということだろう。そう考えると、初手で俺の腕を折ってきたランドウ先生は最適解だった……?
「すまんな……やっぱり俺が事前に腕を折って慣れさせておけば良かったか……」
「えぇ……なんで謝るんだよ、なんて言おうと思ったらとんでもなく恐ろしいことを言われた……こわ……」
透輝が頬を引きつらせるが、冗談だと思ったのだろう。口元が少しばかり笑っている。
「…………」
だが、そんな表情と比べて体が少し震えていた。激痛で全身から噴き出した汗が冷えてしまったのか、あるいは 別(・) の(・) 理(・) 由(・) からか。
「立てるか? 動けないような今日のところは先に帰ってもいいが……」
「い、いや、大丈夫だって! 傷の痛みもひいたし、全然大丈夫さ!」
そう言って先ほどまで折れていた左腕を持ち上げてみせる透輝だが……ここはとりあえず様子を見るべきか。
「わかった。ただし無理はするなよ?」
俺がそう言うと透輝は大きく頷くのだった――が。
「っ!?」
その後、再びワイルドベアを発見したため透輝に戦わせてみると、これまでと比べて明らかに動きがおかしくなっていた。
動きが硬かった先ほどと比べてもなお、ワイルドベアに踏み込むことができず、向こうが攻撃の素振りを見せると大きく跳んで距離を空けてしまう。そしてそんな自分自身に気付いては前に出ようとして踏み込みが中途半端になって、と悪循環だった。
「ミナト様」
「ああ」
俺とモリオンは先ほどより距離を詰めていつでも助けられるようにしていたが、モリオンが気遣わしげな声を上げる。おそらくは同じことを考えているのだろう。
(さっきの一発が効いてるな……明らかに動きが悪いし、ビビってる。体が激痛を覚えているからな。その状態で 安(・) 定(・) す(・) る(・) とまずいから戦わせたが、裏目に出たか)
すぐにワイルドベアを倒すことでトラウマになることを防げるかと思ったが、そう甘くはないようだ。焦った様子で剣を振り、ワイルドベアが近付かないように牽制する透輝の姿を見て小さくため息を吐く。
(こんなことなら本当に腕を折っておくべきだったか……俺の指導者としての腕のなさが響いてきたな)
ランドウ先生に教わったことを俺なりに解釈して透輝に教えてきたが、こんなことなら腕の一本でも折っておくべきだった、なんて思う。 主人公(とうき) の才能を見て不要だと思ったが、一人の剣士としては痛みに弱いというのは大きなマイナスだ。
(腕が折れたからって受け身も取れないぐらい頭が真っ白になったんじゃあ、強敵相手には勝てん。腕一本を犠牲にしてでも勝つぐらいの意識じゃないと剣士なんてやれないしな)
正確に言えば剣士というより戦いが そ(・) う(・) い(・) う(・) も(・) の(・) だって話だ。首を刎ねられても相手に噛みついて殺す、ぐらいの気迫がなければ厳しいものがある。
俺はその点、透輝に破格の才能があるから不要かもしれない、なんて判断をした。だが、それは師として甘えだったのだろう。もっと厳しく教え込むべきだったと今更になって後悔する。
透輝は透輝で、それまでできていた動きが急にできなくなったことに焦り、余計に動きが悪くなっている。表情と動きからもそれは明らかで、これまで剣士として積み重ねてきたものがたったの一撃で崩れてしまったようだった。
(積み重ねてきたものといっても、剣を振り始めてまだ半年ちょっとだ。崩れる時はこうして崩れるか……剣を教える、育てるって難しいな)
いくら優れた才能があるといっても、なんだかんだでかけた時間が物を言うことがある。
透輝がこれまで剣術にかけた時間は短く、その割にはどんどん成長して一端の剣士になっていたが、その土台は細く、脆い。ちょっとした衝撃で揺らぎ、崩れそうになるほどに。
(……いや、崩れそうだからこそ、俺が支えないといけないのか)
それが剣の師としての役目だろう。
怯えるように剣を振るう透輝の姿を見て、そう思った。
その日の夜。
夕食を取り、日も落ちて明日に向けて休もうかという時間帯になると、俺は借りている兵舎から外へと出た。すると兵舎を利用する兵達が訓練をするための空き地で、透輝がアイリスから贈られた剣を振っているのが見える。
おそらくは実戦で動きが鈍り、訓練ではできたことが何故できなくなったのかを透輝なりに考えようとしているのだろう。
訓練用の木剣がないため真剣を振るっているが、俺が近付いていることに気付かないほど素振りに集中しているのが見て取れる。
(良い集中力だが……悪くもあるな)
俺は透輝が剣を振り上げた瞬間に両手を打ち合わせ、鋭く音を鳴らした。すると透輝がビクリと体を震わせ、振り上げた剣がそのまますっぽ抜けてしまう。
「集中するのは良いが、他人の接近に気付けないとうっかり斬っちまうぞ?」
そう注意をしつつ、くるくると回転しながら飛んできた剣の柄を掴んで止める。集中するにしても周囲に気を配ってないと巻き込むし、不意打ちを受けたら死ぬからな。
透輝はそんな俺の指摘にどこか気まずそうな、困ったような顔で頬を掻いた。
「いや……悪い。集中してて気付かなかった……」
「今までできていた動きができなくなったからか?」
誤魔化しても仕方がないし、直球で尋ねる。すると透輝は気まずそうに目を逸らした。
「ミナト……俺は……」
「透輝、少し話をしようか」
「え?」
何かを言おうとした透輝を遮るようにして、俺は言う。
「これまで剣について色々と教えてきたけど、心構えというか、俺の経験を伝えてこなかったなって思ってさ。つまらん話だろうけど、聞いてくれないか?」
かつてランドウ先生から 失(・) 敗(・) 談(・) を聞いたように、己のことを話して少しでも透輝の剣士としての土台が補強されればいいな、なんて思いながら。
透輝を誘った俺は、夜空の下で話を始めるのだった。