作品タイトル不明
第193話:ダンジョン調査 その5
死霊系の中級モンスターであるリッチ。
よくよく思い返してみると、俺が初めて遭遇した中級モンスターである。『王国北部ダンジョン異常成長事件』の際、ダンジョン内に取り残されたカリン達を救出するべく出撃し、戦うこととなったモンスターだ。
『一の払い』を覚えていたからこそなんとかなったが、普通に戦うには闇属性魔法の存在が恐ろしい相手だ。半面、中級モンスターの中ではステータスが低く、ボスモンスターと化しても普通のデュラハンの方がステータスだけを見れば強いんじゃないか、なんて思える。
デュラハンは中級モンスターの中でも強い方である。ステータスが全体的に高いし、近接戦闘も可能だし、魔法も使えるというハイスペックぶりだからだ。
リッチが中級モンスターの中でも弱い方というのは、偏見でも油断でもなく事実だ。ステータスだけで見れば下級モンスターの中にはリッチを上回るモンスターもいるだろう。
それでも、たとえステータスは低くともリッチが 厄(・) 介(・) な(・) の(・) は(・) 『暗殺唱』を使うからだ。
範囲攻撃かつ、二割の確率で即死するというのは本当に厄介だ。無視するには確率が高く、相手が集団ならその効果は絶大である。運が良ければ誰も死なないが、運が悪ければ大勢が死ぬ。細かい話を除けば単純に十人中二人が死に、百人中二十人が死ぬのだから。
そんなリッチ――というより死霊系モンスターの対処方法は簡単だ。
撃(・) た(・) れ(・) る(・) 前(・) に(・) 仕(・) 留(・) め(・) る(・) という、実行できれば何が相手でも通じる素敵な対処方法である。
まあ、俺やランドウ先生みたいに剣で斬るのは例外として、魔法を撃って相殺する、遮蔽物に隠れてやり過ごすといった対処方法もあるため、厄介ではあるが倒せない相手ではない、という評価に落ち着くのだが。
あとは透輝に伝えていないものの、回復ポーションをかけてダメージを与えるという手段もあるが……自力で倒してほしいから伝えてないけど、倒したら後々伝えるとしよう。
(さて、透輝はどう出るかなっと……)
いつでも『一の払い』で援護できるようにしつつも、透輝の邪魔をしないよう斜め後ろに控える。リッチはこちらも警戒しているが、より近い場所にいる透輝に意識の大半を割いているようで、その視線は透輝へと向けられていた。
そんなリッチと相対する透輝はといえば既に意識を切り替えたのか、『鋭業廻器』を握ってリッチとの間合いを冷静に測っているのが見えた。ただし、『鋭業廻器』を握る手に違和感がある。魔法を撃たれたら相殺するべく、すぐに手を離せるよう柄を軽く握っているのだろう。
(撃つ方向に手を向けないと難しいか。モリオンみたいにはいかないわな……それでもすぐに魔法を撃てるよう、軽く握れるだけ上等か)
初めてボスモンスターと戦うということもあり、もっと緊張していてもおかしくなさそうなものだが、透輝は冷静にリッチを観察している。まあ、リッチもこちらに気付いている割に行動が大人しいから、今は冷静でいられるだけかもしれないが。
(近付くことができれば透輝の勝ちだろうが、近付くまでが大変だな。『光弾』が使えれば近付けなくても勝てるけどさ)
いくらボスモンスターとしてステータスが強化されているとしても、『鋭業廻器』で斬り付ければリッチも痛手を負う。直撃すれば一太刀で勝負が決まるかもしれない、なんて思えるほどだ。
ただ、と俺は一つだけ懸念を抱く。普通の雑魚モンスターならまだしも、ボスと化したモンスターが相手だとどんな行動に出てくるかわからない、という懸念だ。
俺が『王国北部ダンジョン異常成長事件』の際に戦ったデュラハンは、上級魔法である『致死暗澹』で周囲を薙ぎ払いつつ、魔法を盾にして接近。俺が魔法を相殺している間に近付いてきて大剣で真っ二つにしようとするなど、巧みな戦闘術を持っていた。
ゲームみたいにプログラムに従って行動するわけではないため、当然と言えば当然だろう。モンスターも相手を倒すべく的確な行動を取ったり、逆にこちらが理解できない意味不明な行動を取ったりすることもある。
その点から考えると、ボスモンスターと化したリッチはどんな行動に出てくるか。
(……透輝の教育に丁度良い相手じゃなかったら、俺が挑むところだったな)
俺もまだまだ上を目指して腕を磨いている真っ最中だ。そのため強者や戦闘巧者との戦いは望むところで、少しばかり惜しいと思ってしまう。
それでも優先すべきは 主人公(とうき) の強化だ。将来のため、透輝には頑張ってもらわないといけない。
「いくぞっ!」
透輝は気合いを入れるように声を上げ、剣を右脇に構えながら駆け出す。走りながらではあるが隙が少ない良い構えだ。魔法を撃たれたら相殺できるよう、左腕を前に構えているのも良い。相殺したら右手一本でも斬りかかれる。
そんな透輝を見たリッチは、緩やかな動作で指先を透輝へと向けた。そして魔力が集中し……おっと、これは……。
「うおおぉっ!?」
リッチが透輝目掛けて放ったのは、下級魔法の『黒弾』だ。ただし、連射である。
透輝は『火球』で相殺してから突っ込むつもりだったようだが、驚いたように声を上げて即座に進路を変えた。透輝は『火球』を単発で使うことはできても連射ができないため、それも当然の反応だろう。真横に跳んで『黒弾』を回避するが……あー、あのリッチ、戦いが上手いタイプか。
強引に進路を変えたことで体勢を崩しかけた透輝だが、それ以上に俺が注目したのはリッチが透輝を 移(・) 動(・) さ(・) せ(・) た(・) 方(・) 向(・) だ。透輝が回避した方向には木々が――すなわち遮蔽物がなかった。
『――――――――』
リッチから『暗殺唱』が放たれる。人間の可聴域を超えた不自然かつ怖気を誘うような声が響き渡り、周囲一帯を巻き込むように魔力の波が広がっていく。
透輝に助太刀をするかと剣を振ろうとしたが、透輝の瞳がしっかりと魔力の波を捉えていることを確認し、俺は行動を中断。こちらにも飛んできた『暗殺唱』をそのまま両断し、霧散させる。
『ッ!?』
リッチが驚愕したように俺を見てくるが、そんなに悠長にしていていいのか?
「そこだぁっ!」
透輝が『火球』を放ち、自身に迫る『暗殺唱』を相殺する。戦闘中でもしっかりと魔力を感じ取り、狙った場所に『火球』を撃って相殺できるだけの威力を発揮させることができたようだ。
(良い勘……いや、良い目と感覚をしているな。純粋な魔法使いのモリオンなら魔力の動きにも敏感だから同じことができるだろうけど、透輝は剣と魔法の 二(・) 刀(・) 流(・) だ。『火球』でピンポイントに相殺できるとは……)
俺が予想した以上に魔法に関する才能も優れているらしい。これなら女性主人公だった場合はどれだけ魔法が上手いのやら、なんてことを苦笑しながら思う。
透輝は『暗殺唱』を『火球』で相殺できたことで自信を深めたのか、力強い表情へと変わってリッチとの距離を詰めていく。あとは『黒弾』を連射された時の対処さえどうにかできれば倒せるだろう、なんて思った時だった。
(お?)
リッチが前に出た。魔法は得意でも近接戦闘は苦手なはずのリッチが、何故か透輝との距離を詰めたのだ。
「っ!?」
透輝の驚きは俺以上で、踏み込むタイミングが狂ったため慌てた様子で歩幅を調節している。その間にリッチは更に距離を詰め、透輝相手に格闘戦を挑む。
「……なるほどな」
そして、格闘戦を行いながら超至近距離で『黒弾』を撃ち始めた。殴りかかったついでに『黒弾』を撃ち、透輝が踏み込んでくれば後方に跳びつつ引き撃ちをする。
それでいて時折『暗殺唱』を撃つように魔力を集中させてフェイントとし、透輝が防御を固めたら再び攻め込んで殴るついでに『黒弾』を撃つ。
(ふむ……このダンジョンはついさっきできたばかりなのに、戦い方が巧みだな。格闘はいまいちだけど、その点は魔法を使うことで補えている……ボスモンスターになると戦闘が上手くなるのか?)
そんなことを考えることで、 飛(・) び(・) 出(・) し(・) て(・) リ(・) ッ(・) チ(・) を(・) 斬(・) り(・) た(・) い(・) という感情を抑えた。
普通に戦うリッチが相手ならボスだろうと透輝にとって丁度良い相手だと思ったが、想像以上に厄介な手合いだ。今のところは透輝が上手く『黒弾』を回避しているが、一手ミスれば直撃を許しかねない。
だが、そんな状況だからこそ透輝の集中力が研ぎ澄まされているが見て取れた。低確率とはいえ直撃すれば即死するかもしれない、という状況にもかかわらず、透輝の動きが鋭く、速くなっていく。
(……アレが本物の天才か)
これまで何度も思ったことだが、透輝の才能を目の当たりにして俺は苦笑することしかできない。羨ましいという思いすらかすみそうなほど、異質な才能だ。
一度のミスで即死しかねないにもかかわらず平然と動くことができ、なおかつ相手が格闘術に魔法を組み込んだような動きをしていても短時間で対応し、的確な動きを取り始めている。
俺があのリッチと戦う場合、過去の経験や鍛錬をもとに対応する。それが普通だろう。だが、透輝は そ(・) の(・) 場(・) で(・) 対応策を編み出し、実行しているのだ。
リッチもそれを感じ取っているのだろう。それまでは俺のことを意識しながら動いていたというのに、徐々にその余裕がなくなり、透輝だけに意識を向けていく。
今、俺が気配を消して近付き、背後を取って斬りかかればリッチは何の反応もできないだろう。そう思えるほどに透輝がリッチにとって脅威になっていく。瞬く間に、時間を追うごとに成長していく。最初は回避するだけで精いっぱいだったというのに、透輝の動きに余裕が生まれていく。
「ハアッ!」
そしてついに、透輝の刃がリッチを捉えた。攻撃の隙間を縫うようにして反撃し、袈裟懸けにリッチを両断しようとする――が、リッチもただではやられない。骨の左腕を差し込んで斬撃を受け止め、腕を斬らせたかと思うと、切断された腕を弾いて透輝の目を潰そうとした。
「っと!」
だが、今の透輝に簡単な目潰しは通じない。頭を振って飛んできた腕を弾くと、無理はせず後方に跳んで仕切り直す。それを見たリッチもまた、後方に跳んで透輝から距離を取った。
透輝は切断した骨を額で弾いた際に切ったのか、眉間を流れるようにして一筋の血が滴り落ちていく。しかし目には入らないからか、あるいは集中していて気付いていないのか、血を拭う素振りも見せずにリッチをじっと見ている。
そんな透輝の様子に警戒したのか、リッチは更に距離を離していく。逃げるわけではないが、今の透輝に近接戦闘を挑むのは危険だと判断したのだろう。
リッチはまるで覚悟を決めるかのように一つ頷くと、魔力を集中させ始める。それを見た俺は剣を握る手に力を込めた。
(この魔力量は……『致死暗澹』か? ボスモンスターだから撃てるのか?)
上級魔法を撃てるということは、分類上は中級ではなく上級モンスターになる。あるいは 主人公(とうき) のようにこれまで使えなかった魔法を土壇場で成功させるつもりなのか。
(……ここまで、か)
さすがに『致死暗澹』を撃たれたら今の透輝には対処できないだろう。そうなると三分の一で即死してしまうため、このまま戦わせるわけにはいかない。
そう判断した俺が前に出る――それよりも早く、透輝が左手をリッチへ向けた。
「『火球』じゃ無理……中級魔法……いや、闇属性の魔法が相手なら……」
そして集中したままぶつぶつと呟き、左手に魔力を集中させていく。それを見た俺は咄嗟に動きを止め、代わりに対処することをやめてしまった。
(まさか……)
驚きと期待を込めて透輝を見る。本当に、俺の予想と期待に応えてくれるというのか。そこまで 突(・) き(・) 抜(・) け(・) て(・) く(・) れ(・) る(・) のか。
リッチも透輝の様子にただならぬものを感じたのか、一気に魔力を集中させていく。続いて放たれるのは、黒い光の大波だ。こちらを飲み込むようにして『致死暗澹』が放たれる。
「そう、か……こうかっ!」
そんな『致死暗澹』を前に、透輝は 何(・) か(・) を(・) 掴(・) ん(・) だ(・) ようだった。突き出した左手が白い光を放ち、迫りくる『致死暗澹』目掛けて眩い光の弾を発射する。
光属性の下級魔法、『光弾』だ。不完全な上級魔法が相手でも下級の魔法で相殺を狙うのは難しいはずだというのに、『光弾』は黒い光の大波を貫通し、そのまま直進してリッチへと命中する。
『ッ!?』
『魔王』や『魔王の影』に対して絶大な威力を発揮する光属性魔法は、死霊系モンスターに対しても特に有効だった。抵抗すら許さないと言わんばかりにリッチの胴体に穴を開け、その穴からボロボロとリッチの肉体が崩れていくのが見える。
俺はこちらも巻き込もうとしていた『致死暗澹』を『一の払い』で斬りつつ、その様を見ていた。
「……ははっ」
そして、思わず笑ってしまった。透輝が『光弾』を使えるようになればいいな、とは思ったが、 本(・) 当(・) に(・) 使(・) っ(・) た(・) ことに対して笑っていた。笑うことしか、できなかった。
――この程度の窮地で、本当によく育つ。
そう思って、頼もしさを覚えると同時に空恐ろしさも覚えるのだった。