作品タイトル不明
第178話:武闘祭 その9
番狂わせ――というには実力差がなかったが、前年度の学年不問条件不問部門での優勝を裏付けるようなゲラルドの勝利に、俺は内心で沸き立つ。
(学園に入学してから今までで、そこまで強くなったのか……ゲラルド本人の実力もあるだろうけど、『召喚器』の能力もあるか? カトレア先輩の動きが鈍ったし、能力は……重力? 電気で感電? 攻撃対象の速度を下げる? それらの複合……は強すぎるか)
いいね、実にいい。バトルジャンキーのつもりはないけれど、腕を磨けるチャンスは大歓迎だ。『魔王』の復活が迫る今、少しでも 上(・) を(・) 目(・) 指(・) せ(・) る(・) きっかけになるなら喜ばしいことこの上ない。
現状、俺自身の成長に関しては頭打ちというか、ランドウ先生のような強者に鍛えてもらうか、野外実習の時のように火竜といった強敵と命懸けで戦うかの二択でしか大きな成長が望めない。
普段から時間があれば剣を振っているが、あれも腕が落ちないようにしているだけで、技術の向上に関してはほとんど意味がない。長年かけてじわじわと成長するためのものだ。
だから、強者と戦う機会は本当に貴重で、嬉しいのだ。
「あ、あのー……ミナト? なんか滅茶苦茶怖い空気が出てるんだけど、今、大丈夫か?」
そうやって俺がゲラルドとの戦いに思いを馳せていると、恐る恐るといった様子で透輝が声をかけてきた。いやいや、そんな空気は出してないよ?
「出てたよっ!? 見ろよ! お前の周りの席、空いちゃってるじゃん!」
言われて確認すると、ぽっかりと円状に観客席が空いている。殺気を撒き散らしたわけではないが、なんかやばい人がいる、程度には思われたのかもしれない。
「ああ、こりゃ申し訳ないな。ちょいと思うところがね」
そう言いつつ席から立ち上がり、透輝を促して歩き出す。あの場所でそのまま話し続けるわけにもいかないだろう。
「それで? 何か用か?」
「ああ、うん、用というかなんというか……」
そろそろ一年生の剣術部門の決勝が始まるだろうに、何故こんなところにいるのか。それを疑問に思いつつ、少しでもアリーナに近い方が良いだろうとそちらへ足を向ける。
「今更なんだけど、ほら、俺ってバリーとか東部派閥? の生徒にも勝っただろ? ミナトとしては問題ないのかな、なんて……」
「なるほど、そういう用件か」
どうやら剣の師匠ではなく東部派閥の長としての俺に疑問をぶつけにきたらしい。それを聞いた俺は真顔になると、透輝の肩に手を置く。
「そうだな……我が東部派閥に泥を塗った仕返しは、武闘祭の後の決闘で返させてもらおうか」
「嘘だろっ!? やめてっ! 勝てないって!」
「ああ、嘘だとも」
心底慌てたように首を横に振る透輝に対し、俺は表情を一変させて笑いかける。
「やめてくれよ……試合前に心臓が止まるかと思ったって……」
「その場合はナズナの不戦勝か。決勝戦が棄権で終われば観客からのブーイング間違いなしだな」
長い学園の歴史の中でも、武闘祭の決勝戦で棄権した生徒はいないはずだ。予選では俺の対戦相手が棄権したけど、決勝トーナメントでの棄権もなかったはずである。
そんなことを考えつつ、俺は苦笑を浮かべて握った透輝の肩を軽く叩く。
「気にすることはない。正々堂々、真っ向からの試合だ。それに負けたから逆恨みするっていうのはな、恥の上塗りってもんさ」
「そう、か……それならいいんだけど」
どうやら透輝なりに貴族社会のことを気にした結果の質問らしい。
まあ、こう言っては何だが、逆恨みするやつはするとしか言いようがない。現在の東部派閥のトップは俺……つまり武闘派といえる人間が音頭を取っているから、負けたやつが悪いと突っぱねても問題はないんだが。
「おや、まだ決勝の前なのに既にナズナを倒した後のことを心配しているのか? 更に東部派閥の人を倒しちゃったらどうしようって?」
「うっ……い、いや、ふと気になっただけで、そんな油断は……」
油断しないよう俺がいつも戒めているからか、透輝は怯えたように目を逸らす。うんうん、油断したら死ぬからな。今回は武闘祭だから大丈夫だけど、油断して死んで『宝玉』を消耗したらさすがに俺も怒るよ? いや、『魔王』対策が詰むから怒るより先に絶望するか。
「透輝」
「……うっす」
俺が透輝の名前を呼ぶと、透輝はこちらの声色から真剣な話題だと察したのか表情を引き締める。
今いる場所はアリーナにつながる廊下で、決勝に出場する者以外は通らないため話すにはうってつけの場所だ。
「君はこの五ヶ月ほどで剣士として大きく成長した。今の君を見れば五ヶ月前は全くの素人だったと言っても信じる者はいないだろう。それぐらいの成長だ」
「…………」
透輝は無言で頷くが、素直に喜んでいいのか迷っているように見える。それでも口の端が微妙にピクピクと動いており、笑顔になるのを堪えているようにも見えた。
「こうして決勝まで来れたことがその成長の証だ。ただ、決勝の相手はナズナ……俺と同じで、小さな頃から剣を振ってきた子だ。防御に向いた剣を使うけど、大規模ダンジョンで修行をした経験もある」
「……はい」
「経験、鍛錬の量、そのどちらも君を大きく上回るだろう。準決勝で戦ったバリーもそうだったが、君にとっては明確な格上の相手になる」
ナズナとバリーが剣術勝負をした場合、十中八九ナズナが勝つだろう。ナズナは防御に特化しているが、相手の攻撃を凌ぎ続けて隙を作り出し、できた隙を突けるだけの技量は持っているのだ。
「だからこれまで通り、しっかりと学んでくるといい。実戦ならまだしも、剣だけの勝負ならすぐに勝負がつくほどの差はない。相手の動き、剣の振り、足捌き……学べるものはいくらでもある。余計なことは考えず、戦って勝つことだけを意識しろ。いいな?」
「はいっ!」
「よおし、良い返事だ! それじゃあいってこい!」
俺は透輝の背中を叩いて送り出す。先ほどまであった迷いは消えており、気合十分といった顔付きだ。これならナズナが相手でも良い勝負ができるだろう。
そうして透輝を送り出し、その背中が見えなくなる――と、俺は背後に視線を向けた。
「ナズナ」
「はい、若様」
す、と音を立てずにナズナが姿を見せる。アリーナに向かう途中で俺と透輝が話していることに気付き、通路の曲がり角で待機していたのだ。
「細かいことは言わん。我が従者にして盾よ、剣だけではあるが全力で透輝と戦って叩き潰してこい」
「よろしいのですか?」
「ああ。それで潰れるのならそれまでだ」
透輝のためというより、俺が透輝の成長を望んだ結果、俺の希望を汲んで一年生の剣術部門に出てくれたんだ。そんなナズナに決勝で手を抜いて負けろなんて言うつもりはなく、むしろ全力で戦って透輝の壁になってほしいと願う。
(これすらも乗り越えられるなら、きっと……)
透輝にとっては負けても糧になるが、勝つことができればきっと、自信につながる。
俺はナズナにも応援の言葉をかけると、二人の試合を見届けるべく観客席へと戻るのだった。
「それではこれより! 一年生の剣術部門の決勝、貴族科のトウキ=テンカワ君対ナズナ=ブルサ=パストリス君の試合を行います! 両者構えて……試合開始っ!」
透輝とナズナは互いに一礼してから木剣を構える。その構えは鏡写しのように正眼の構えで、どこか似ているように見えた。俺が見ることができない場合はナズナが透輝の指導をしてくれたから、その辺りも影響しているのだろう。
普段は右手に盾の『召喚器』を、左手に剣を持つナズナだが、元々はサンデューク辺境伯家の騎士や兵士から正統派の剣術を学んでいた。そのため両手で剣を握って構える姿も堂に入っており、透輝も隙を見出せないように動きが止まっている。
だが、不意にナズナが隙を晒すように剣先を僅かに下ろす。俺から見ればやや大袈裟な 誘(・) い(・) だったが、眼前で対峙する透輝にとってはそうではなかったのだろう。隙を見て即座に反応して踏み込む――踏み込んでしまう。
「釣られましたね」
「ああ」
相変わらずというか、いつの間にか俺の隣の席を陣取るモリオンが呟いたためそれに応じる。
決勝戦ということで観客のボルテージも鰻登りであり、その熱気に押されたっていうのもあるのだろう。即座に動いてしまった透輝の剣を冷静にナズナが受け止め、続いて繰り出される斬撃も全てを弾いていく。
(なるほど……ナズナは本気で透輝の相手をしてくれるのか)
透輝はこれまで相手の攻撃を防ぎ、相手の動きを学んで逆転してきた。しかしナズナが初手で攻撃を誘ったことでそれが崩れ、攻める側に回っている。
対するナズナは盾がなくても防御に長けた剣を使う。元々俺の身を守るため、防御に特化する形で剣を学んでいたからだ。
(さて、透輝が冷静になれるかが肝だが……)
ここでナズナを攻め続けても崩すことはできない。それに気付いて仕切り直せれば良いのだが。
「……っ!」
二度、三度とナズナに斬りかかり、その全てを防がれた透輝が大きく距離を取った。その動きから今のままでは駄目だと理解したんだな、なんて思う。
(そうだ、透輝。握っているのが『鋭業廻器』なら攻め続けて崩すこともできるかもしれないが、お前が握っているのは木剣だ。冷静になって攻め方を変えなきゃナズナは崩せんぞ?)
『鋭業廻器』の優れた切れ味と身体能力の強化。その二つがあれば多少の技量差は覆せるし、攻撃に回れば相当なプレッシャーを与えることができるだろう。
だが、剣術部門で使っているのは木剣だ。武器の優劣はなく、互いの技量差がモロに出る。
そんな状況で防御に長けたナズナを倒すにはどうするか? 常人ならそんな手段はない、と切って捨てるところだが、戦っているのは 主人公(とうき) だ。この状況を覆してこそだ。
(ま、今回ばかりはそれも厳しいかもしれんがね……期待半分、不安半分ってところか)
透輝がナズナを倒すという期待。それと同時に感じるのは、主人公だから誰が相手だろうと逆転できると考えるのは 甘(・) え(・) ではないかという不安。
将来、『魔王』と戦うことを考えれば学生の武闘祭ぐらい優勝してほしい。しかし、現状でさえ僅か五ヶ月程度の鍛錬で成長したとは思えないほど強くなっている。 こ(・) れ(・) 以(・) 上(・) を求めるのはさすがに無理なのではないか、と剣士としての冷静な思考が訴えてくる。
既に剣士として大まかながらに基礎を固めたのだ。仮に負けたとしても今度はモリオンから魔法に関して学ばせれば総合的な実力はもっと伸びるだろう。
(魔法も錬金術も駄目で、剣しか 縋(・) る(・) も(・) の(・) がなかった俺とは違うんだ。ナズナに勝てなかったとしても――)
そう、自分に言い聞かせるように心中で呟いた瞬間だった。透輝の表情が決意を固めたように変わり、真剣さを増す。
そして剣の構えを僅かに変化させたが、アレは――。
(……俺の? いや、スギイシ流の構え……か?)
剣の構え方は上段や中段、その他いくつかあるが、流派によっては細部が異なることも多い。透輝が取った構えはスギイシ流のもので、その構えを前にしたナズナも僅かに表情を変化させたのが見えた。
「……ハッ……ははは……おいおい、マジか、お前本気か? いや、正気かよオイ」
透輝の構えを見ながら俺は呟く。呆れと称賛を等分に込めながら、心底から言葉を絞り出す。
ナズナが防御に徹したため、これまでと違って相手の動きから学んで逆転することが難しくなった。それはいい。ナズナが選ぶのも当然の戦法だ。学習能力が高い相手なら学習させなければいいのだ。
そんなナズナの戦法に対し、透輝が取ったのはある意味単純というか、発想がおかしいというか。
おそらくだが、 ナ(・) ズ(・) ナ(・) に(・) 勝(・) て(・) る(・) 戦(・) い(・) 方(・) を導き出したのだ。そしてそれは、普段から剣を教えている俺から見て学んだもので。
身長や体格が異なるため若干歪さがあるが、明らかに俺の動きを真似たものだった。
透輝が動く。固さがあるが、これまでと違う、ぬるりとした動きで前へと踏み込む。そうして繰り出された一閃は、俺が見間違えるはずがない。きっと、ナズナにとっても既知のものだっただろう。
だが、突然繰り出されればさすがのナズナでも驚く剣技だった。
スギイシ流――『二の太刀』。
五ヶ月間という、俺からすれば短い期間。その全てを込めたような一太刀は、咄嗟に防ごうとしたナズナの木剣を圧し折って半ばから先を消失させる。
あくまで模倣。あくまで再現。しかしたしかにスギイシ流の動きを取り込んだ一閃だった。『二の太刀』は魔力を使わずとも技術だけで放てるが、俺とてランドウ先生指導の下、時間をかけて覚えた技だ。覚えて実戦で使って完成させた技だ。
透輝も同じことをもう一度やれと言われれば二度はできないかもしれない。だがたしかに、この場で成功させてみせた。
実戦ならナズナの盾で防がれていただろうが、剣だけに限った勝負ならばナズナを超えてみせたのだ。
「そこまで! 勝者! トウキ=テンカワ君!」
この瞬間、透輝の剣術部門での優勝が決まったのだった。