作品タイトル不明
第130話:攻略開始 その2
久しぶり――それこそ三年弱ぶりに会ったオリヴィアだったが、成長期らしくガタイがでかくなった俺と比べ、これといった外見の変化はなかった。
女性にこういっては失礼というか、全力で殴り倒されても文句は言えないが、本当に微塵も老けていないのだ。目元や口元のしわが増えているようなこともなく、身長や体形が変わった様子もない。
「以前、あなたの予言じみた話が気になったからここ数日は図書館に詰めていたけど……あの子が そ(・) う(・) な(・) の(・) ね?」
必要以上の前置きもなく、オリヴィアが尋ねる。それを聞いた俺は大きく頷いた。
「そうです。あの天河透輝こそが俺が待ち望んだ存在です。『魔王』を倒し得る可能性を持つ、異世界の人間です」
「ふうん……」
断言する俺と異なり、オリヴィアの反応は静かだ。図書館の奥へと進んでいく透輝を冷たい眼差しで見ながら、小さく眉を寄せている。
「正直なところ、にわかには信じ難いわね。足運びから推察した限り、強さという点では貴方よりも大きく劣っている……いえ、むしろ素人ね、アレは。貴方とは比べ物にならないほど弱い。そんな存在が『魔王』を倒す? 冗談にしか聞こえないわ」
「まあ、そうですよね。俺としても冗談を言っている気分になりますよ」
オリヴィアの正直な反応に思わず苦笑を浮かべる。うん、今の透輝はただの素人だ。そのため俺は指で自分の目を指さす。
「教主殿にお会いできたなら、その目で見ていただければ、と思いましてね」
「……自信はある、と」
俺の言葉を聞き、片眼鏡型の『召喚器』を発現するオリヴィア。彼女が持つ『 巧視魂動(こうしこんどう) 』なら様々な情報を得ることができるだろう。
「っ……なるほど……光属性の才能に、特殊な『召喚器』……現時点の身体能力は並だけど、伸びしろが大きい……多芸の才? 剣も魔法も使える……」
周囲を楽しそうに観察しながら歩く透輝を見詰め、オリヴィアが呟く。へぇ……多芸なのか。たしかに『花コン』だと剣術だけでなく魔法も普通に使えるし、多芸といえば多芸か。
オリヴィアのいう通り、透輝は現時点では弱いだろう。百回戦えば俺が百回勝つし、それが千回、万回になっても一度も負けはない。万が一すらあり得ないほど実力差がある。
だが、それが今後も続く保証はない。一年後、二年後と時間が経つにつれて実力差が縮まり、追い越される日が来る――はずだ。というか来てくれないと困る。俺ぐらいは軽々と追い越してくれないと、『魔王』どころか『魔王の影』すら対処ができないだろう。
オリヴィアは一通り透輝の観察が終わったのか、片眼鏡型の『召喚器』を消す。そして一度だけ大きく息を吐くと、感情が見えない目を俺へと向けた。
「それで? そんな『魔王』を倒し得る可能性を持つ人間を連れて、わざわざこの場所を訪れた理由は?」
オレア教の教主という仮面を脱いだままで、単刀直入に尋ねてくる。そこにちょっとした焦りを感じつつも、俺はこの場所を訪れた理由を話す。
「以前会った時、俺が色々と 話(・) を(・) し(・) た(・) のは覚えていますよね? あの件に関して、教主殿やオレア教の協力を求めてここに来ました」
「ふむ……協力……」
「ええ。俺が望む、より良い未来を掴むために。俺の持つ知識が合っているなら、透輝が進む先……図書館の一番奥に 彼(・) 女(・) が(・) い(・) ま(・) す(・) よね?」
これでいなかったら困るんだが、それを表に出さないよう注意しながら尋ねる。透輝が進んだ先の休憩スペースには、本を読むメリアが座っているはずだ。
「……なるほど。 そ(・) れ(・) が(・) 必(・) 要(・) だ(・) か(・) ら(・) あの少年をここに連れてきた、と」
「ええ。ただ、こう言っては失礼かもしれませんが、本命に対する保険ぐらいの感覚ですけどね」
「保険……そう。つまり、あの子では 確(・) 実(・) 性(・) が(・) な(・) い(・) ということ、か……」
うわ、さすが頭の回転が速い。ちょっと情報を渡しただけでコレだよ。
『花コン』通りメリアに『魔王』の対処をしてもらうのはあくまでサブプランで、グランドエンドより確実性がないことをあっさり見抜かれた。だからこそ 手(・) を(・) 加(・) え(・) る(・) 必要があるんだが。
更に予備のプランであるアイリスルートと並行して進められるからここに来たんだけど……ルートがどうこうって、他人の人生を弄んでいるようなものだ。俺、死んだら確実に地獄行きだな。
ま、俺が地獄に行くだけで家族が助かり、世界が救えるならお釣りが返ってくるどころか大儲けだけどさ。
「ちなみに、貴方の知識だとあの子を使うと何が問題なの? 倒せない? あの子自身? 周辺国家?」
「全部です。倒せることもあれば倒せないこともありますし、あの子の力が引き金になって周辺国家から袋叩きにされることもあります」
『魔王』という単語をぼかして尋ねてくるオリヴィアに対し、俺もそれを踏まえて答える。
「その中で最高と最悪は?」
「最高の場合は周辺国家が攻めてくることもなく、アレを『消滅』させることができます。最低の場合は短期間の『封印』しかできず、それで平和が訪れたと勘違いした周辺国家が殴りかかってきます。その結果再度発生して……って感じですね」
「……どの道、確実性はないわね」
うん、透輝の行動次第だからどうやっても確実性はないんだ。それがすぐに伝わるあたり、話していて楽である。
「あなたの 本(・) 命(・) ……その実現性は?」
「……正直なところ、見えません。一割から二割あれば良い方かと」
俺が目指すグランドエンドはそれぐらい難しい。なにせメインヒロインとメインヒーローの全員が透輝と仲良くなり、親友と呼べる水準まで親しくなる必要があるのだ。
ゲームなら実現性があるが、現実でそこまで多くの人間とそこまで仲を深めることが可能か? 普通に考えれば無理だが、透輝はゲームと同じようにアイリスに召喚され、 俺(ミナト) と戦ったら軽く追い込むだけであれほどの覚醒を見せた。
もしかするとゲームのように、強制的に仲良くなるイベントが発生して仲が深まる可能性もゼロではない。だからこその一割から二割という、希望的観測をもとにした数値を口にした。俺の願望込みの数値である。
「話半分に聞いて、実現性は一割あるかないかといったところかしら……それで、 本(・) 当(・) の(・) 本(・) 命(・) は?」
「――――」
オリヴィアの言葉に思わず無言になる。いや、ビックリだ。『花コン』のことを知らないはずなのに、俺の考えが見透かされているみたいだ。
「アイリス殿下と仲を深めると長期間の『封印』ができると以前言っていたわよね? それが貴方の本当の本命……違うかしら?」
「……ええ。複数人と仲を深めるより、一人と仲を深める方が簡単で確実ですからね」
アイリスルートのグッドエンドの場合、『魔王』を百年近く『封印』することができる。百年もあれば俺は人生を全うして死んでいるだろうし、あとはその世代の若い者に託す――なんて、他人任せな考えではない。
『魔王』を百年近く『封印』できるというのは、簡単にいえば『魔王』と戦ってそれだけのダメージを与えられるということである。
負の感情の塊である『魔王』に対し、天敵である光属性の主人公がダメージを与えることで負の感情を消滅させ、『魔王』という存在を維持できなくするのだ。
つまり――『魔王』に与えるダメージを更に増やせばどうなるか?
『魔王』が『封印』できる期間が更に伸びるかもしれないし、上手くやればそのまま『消滅』させることさえできるかもしれない。
透輝が魔王に与えるダメージを増やす――それだけ透輝を強くして、『魔王』と戦う際は露払いをして、更にはルートによっては『魔王』を倒し得るランドウ先生やメリアもまとめて『魔王』にぶつける。
そうすれば、グランドエンドに入れずとも『魔王』を『消滅』させることができるのではないか、と俺は睨んでいた。
もちろん、この世界の根本的な部分がゲームと同じように動くようになっている可能性もある。その場合に備えてグランドエンドを最優先に目指しつつ、メリアによる『魔王』の対処能力を期待しつつ、アイリスルートに進ませてから俺が手を加えた 改(・) 造(・) エ(・) ン(・) ド(・) に辿り着かせる。
目標を一つだけに絞って進めた場合、失敗した時のリカバリーが利かない。そのため途中まで並行して進められて、失敗が見えたら切り替えられるように備えたのがこれらのルートだ。
そして、これらのルートを実現させるには透輝を鍛えつつ、各メインキャラと交流をさせて仲を深めさせる必要がある。
(『花コン』だと俺も一応名前ありのキャラだし、俺と仲を深めたら『絆石』が光ったりしないかな……それならもうとっくに光ってるか)
友情というか、救世主に縋る気持ちは山ほどあるぞ、俺は。つまり透輝に向ける感情の大きさでいえば現時点で俺がトップのはずだ。
しかしこの間の決闘で『召喚器』を発現した際、『絆石』は一つも光っていなかった。つまり俺の感情が足りないか、『花コン』のメインヒロインやメインヒーロー以外は駄目ってことだろう。
(最悪、俺の『召喚器』を砕かせて吸収させればブーストできないか? そういう裏技みたいな抜け道があればいいんだが……)
俺(ミナト) の『召喚器』は『宝玉』が砕けた際の予備になるんだし、自分から『召喚器』を捧げたら透輝の『召喚器』が強化されたりしないだろうか? いやうん、それをいきなり言い出したら何事かって大騒ぎになるだろうけどさ。
魂の具現と呼ばれる『召喚器』を渡すこともそうだが、砕かせて吸収させれば俺にどんな影響が出るかわからない。本当に魂がなくなって廃人みたいになる可能性もあるしな。
(『花コン』でミナトの『召喚器』を砕く場合、その後に必ず死んでるからどんな影響があるかわからないしな……死ぬことすらあり得るし……)
卵が先か鶏が先か。『召喚器』が砕けたから死んだのか、砕けた『召喚器』は関係なく死ぬルートだから死んだのか、それがわからないから試すわけにもいかない。まあ、試す必要がある時点で相当追い詰められているんだけどさ。
「まあ、以前も言った通り、この場所でさえ誰かが聞いているかもしれないわ。他の場所よりはマシでしょうけどね」
「俺と教主殿の警戒を掻い潜って来る相手ならどうにもならないでしょう。貴方やオレア教に協力を求めたい場合、またここに来れば会えますか?」
『花コン』で生徒会宛てに届く依頼の中には、近場のダンジョンを破壊するといったものもあった。しかしこの世界で学生にダンジョンの破壊を依頼するなんて、さすがにあり得ないだろうというのが俺の見立てだ。
だが、透輝を鍛えるにあたってダンジョンで実戦経験を積ませる機会は是非とも欲しい。そのためそういった機会が必要になれば依頼という形で情報を回してもらえれば、と思うのだが。
(案外、『花コン』でも召喚された主人公に目をつけていて、強くするためにダンジョン関係の依頼を流していたのかもしれないしな……)
そうじゃないと学生に危険な依頼を受けさせる理由が見つからない。一応、生徒会メンバーには貴族が多いから将来を見越してダンジョンを攻略させる、なんて建前はあったが。
「今回は事前に時間を調整したけど、普段は忙しいわ。会おうと思って会える、なんて考えないでちょうだい」
「そうですよね……」
なにせ『魔王』の発生を少しでも遅らせようと奮闘しているオレア教の教主だ。常日頃からオリヴィアは多忙に追われているのだろう。
「ただ、貴方の目的が達成されれば『魔王』をどうにかできる……かもしれない、と思えば協力する価値はあるわね」
おや、と視線を向ける。するとオリヴィアは口元に手を当て、何かを思い出すように目を細めた。
「貴方が使っている寮の部屋……備え付けの棚があったわね。何か要望があれば紙に書いて、一番上の引き出しに入れておきなさい。掃除を担当する使用人の中にオレア教の手の者がいるから、その子に回収させるわ。逆に何かあればこちらから手紙を入れておくから、毎日確認しなさい」
「それはそれは……助かります」
反射的にそう言ったが、使用人の中にもオレア教の人間が潜んでいるのか……俺の部屋の間取りなんかも把握されているみたいだし、敵に回ったら怖すぎるな。
(ま、敵に回る予定は全くないし、頼もしい味方だと思っておくか)
オリヴィア自身の強さと、オレア教が持つ影響力。それを頼もしく思いつつ、会話が終わったと判断した俺はメリアと出会っているであろう透輝がいる場所へと足を向ける――その前に、オリヴィアへと振り返った。
「そうだ、早速一つ頼らせてほしいのですが」
「何かしら?」
怪訝そうに聞いてくるオリヴィアに対し、俺は申し訳なく思いながら告げる。
「絵本が置いてある場所、教えてもらえます?」
図書館には一度しか来たことがないため、どこにどんな本があるか知らないのだ。透輝を図書館に連れてくる口実にしたが、案内するにしても場所を知らなければどうしようもない。うっかりである。
「……こっちよ」
「ありがとうございます」
ため息を一つ吐いて案内をしてくれるオリヴィアに礼を告げ、その後に続くのだった。