作品タイトル不明
第122話:決闘三昧 その2
『花コン』のヒーローの一人――ルチル=シトリン。
彼は王都に店を構える大商会、シトリン商会の跡取り息子である。
シトリン商会は主に日用品を取り扱っているが、日用品という競合他社が大量発生しそうな代物を扱いながらも大商会と呼べる規模を保ち、王都に店を 構(・) え(・) ら(・) れ(・) て(・) い(・) る(・) というだけでもそのすごさがわかるだろう。
この世界だと日用品の中に錬金術で作られた石鹸や歯磨き粉、紙なども含むため、前世の感覚とは少しずれる部分もあるが……製造方法は問わず、生活必需品を扱っていると思えば間違いはない。そのためポーション等の生活に必要とは言えないものは扱っていないのだが。
そんなシトリン商会だが、サンデューク辺境伯家から見れば特に付き合いも取引もない商会である。サンデューク辺境伯家には御用商人がいるし、王都と領地の両方に店を構えていてくれるためそちらを優先する必要があるのだ。
つまり、こうしてルチルが笑顔で話しかけてくる理由がない。ルチルは商人として技術科に通っており、当然ながらこれまで面識もなかったのだから。
「いやぁ! 王都でパレードを行った噂の英雄殿の戦いぶりは初めて見ましたが、歴戦の勇者にも勝る強さ! 観戦していて手に汗握るとはこのことですなぁ!」
ニコニコ笑顔で揉み手でもしそうな勢いでまくし立ててくるルチル。普段通り決闘にまでついてきていたナズナが真顔になって『瞬伐悠剣』を差し出してきたため、剣帯に固定しながらルチルを見る。
今から話すから待ちなさいナズナ、盾の『召喚器』はしまっていいから。
「どうやら名前を知られているようだが、一応名乗っておこうか。ミナト=ラレーテ=サンデュークだ。大商会、シトリン商会の跡取りに会えるとは思っていなかったよ」
本当はこちらから会いに行きたかったんだけど、それを伝えるわけにもいかないしとぼけるように言う――が、一瞬、ルチルの頬がひくついたのが見えた。
(挨拶としておかしな点はなかったはずだが……やっぱり、『花コン』通り実家のことをよく思ってないのか)
ルチルは大商会の跡取り息子という恵まれた立場に生まれたが、本人の性格か、あるいは若さがそうさせるのか、実家の稼業をよく思っておらず、笑顔の裏に鬱屈とした感情を抱えている。
恵(・) ま(・) れ(・) て(・) い(・) る(・) か(・) ら(・) こ(・) そ(・) 自分の立場を煩わしく思っており、周囲から向けられる期待や羨望に対して反発しているのだ。
それでも表面上はシトリン商会の跡取り息子として振る舞えるぐらい理性的で、『花コン』で主人公と交流して生徒会メンバーになり、パーティメンバーに選ぶとダンジョンに行く度に何かしらのアイテムを持ってきてくれる。
商才は普通にあるらしく、エンディングによってはシトリン商会を継いで発展の礎を築いていたりもするのだが。
(数少ない、『花コン』のミナトへの好感度が高めのキャラだったよな……)
『花コン』で物語が進むとどんどん落ちぶれていくミナトだが、本当に少しだけ、数人だけだがミナトが落ちぶれても態度を変えずに接してくれる者がいたりする。
性格と立場からある意味当然かもしれないが道化師のアレクはミナトとフラットな関係性で付き合い、眼前のルチルは数少ないミナトに対する好感度が高めのキャラだ。あとはヒーローの一人がミナトに対して同情的というか、シンパシーを感じていたはずだが……。
(……おかしいなぁ。なんでこんな……)
笑顔で話しかけてきたルチルだが、その笑顔の裏に秘められた俺への悪感情がほのかに滲み出ている。本人は隠しているつもりだろうが、これでも大規模ダンジョンで中級や上級のモンスター相手に気配を消し、探り、命懸けで戦っていた身だ。
いくら商人として優れた才覚があろうと、こちらは磨いてきた 嗅(・) 覚(・) が違う。アレクなら俺が相手でも隠しきれるんだろうけど、性格と立場上そんな真似はしないだろう。アレクに嫌われるぐらいの何かをやってしまったのなら、それは俺が悪いよ、うん。
さて、問題は眼前のルチルである。友好的な笑みを浮かべて話しかけてきたわけだが、本当、薄っすらと悪意の臭いがする。ただし本人は隠しているつもりらしく、 隠(・) そ(・) う(・) と(・) 思(・) え(・) る(・) だけの分別はあるらしい。
「実家から学園で交友の輪を広げてくるよう言われていましてね。同じ学年の中でも最も有名なサンデューク殿にご挨拶を、と思いまして!」
「おや、最も有名といえばアイリス殿下ではないかな?」
「ははは、ご謙遜を! たしかに殿下も有名ですが、武名と実績を鑑みればサンデューク殿の方が有名でしょうよ!」
うーん……半分本音、半分おべっかだな。ついでに悪意の感情が色濃くなったように感じる。これは俺の名前が売れていることに対する反発? 嫉妬か?
「俺としても交友の輪が広がるのは歓迎すべきことだ。ルチルと呼んでも?」
「もちろん、構いませんとも! 『王国東部の若き英雄』殿に名前で呼んでいただけるなど誉れです!」
「ははは、あまり褒めないでくれ。その名は中々に重い……それで? 君は 俺(・) を(・) 何(・) と(・) 呼(・) ん(・) で(・) く(・) れ(・) る(・) のかな?」
俺がそう問いかけると、ルチルの笑顔の仮面が僅かに揺らいだように見えた。それはほんの一瞬のことだが、俺でも読み取れる変化である。そんなザマじゃあアレクが相手だと内心を丸裸にされるぞ?
「そう……ですねぇ。もっと親しくなれば名前でお呼びしたいのですが、今はまだ、サンデューク殿と」
「今はまだ、かい?」
「ええ。今はまだ、です」
ニッコリ微笑んでそう告げるルチル。そんなルチルに俺も薄く微笑んで返すと、ルチルは懐から何やら取り出す。
「サンデューク殿にお声をかけたのは面識を得たかったというのもあるのですが、うちの実家で新しく取り扱うことになった商品をお試しいただければと思いまして」
そう言って差し出してきたのは、低品質の回復ポーションだ。ただし、普段使う物と比べてかなり量が少ない。試供品だろうか?
「色合いを見るに、低品質の回復ポーションか。シトリン商会ではポーション類は扱っていなかったはずだが……新しく取り扱うといっても安定供給は可能なのかい?」
「そこは企業秘密ですね。ただ、こうして試供品としてお渡しできる状態にある、とだけ」
ポーション類を安定して量産するには錬金術師が必要となる。さすがにダンジョンから入手できる量では安定供給できないからだ。
ただ、低品質の回復ポーションを作るだけでも錬金術師としてそれなりの腕が必要になる。サンデューク辺境伯家で召し抱えている錬金術師も低品質の回復ポーションを作れるが、それ以上となると難しいぐらいの腕前だ。
それぐらいの腕前の錬金術師だろうと、かつて学園で技術科に通っていた生徒の中では上位の腕になる。というか錬金術の四大家が突出しすぎというか……とにかく低品質の回復ポーションを量産できるだけでも大したものだろう。
(工場制手工業でも導入して量産してるのか? 俺としては気軽にポーションが手に入るのならありがたい話だが……)
まあ、企業秘密と言っている以上、尋ねても答えないだろう。気になるは気になるが、低品質の回復ポーションはスグリに作ってもらえば購入できるし、スグリなら中品質のものさえ作れるのだ。
(一応、父さんに手紙で報告だけはしておかないとな)
今度王都に行ったら別邸でジョージさんに報告し、そこから手紙を出してもらってレオンさんにも知らせておこう。既にジョージさんも知っているかもしれないが、こういった情報は複数の視点から報告することで確度を上げていくのだから。
「それではサンデューク殿。これからよろしくお願いします」
最初に声をかけてきた時と異なり、落ち着いた様子で会話を切り上げてルチルが去っていく。
なお、寮の部屋に帰って本の『召喚器』を確認してみたところ、『王国北部ダンジョン異常成長事件』の同一ページが父親と思しき男性から話を聞くルチルの姿と、王都でのパレードの際の同一ページが無表情にパレードを眺めるルチルの姿に変わっていた。
そして今日、作り笑いを浮かべながら俺と話すルチルの姿が四十七ページ目に新しく出現していたのだった。
さて、翌日のことである。
昨日は朝方にエリック達、放課後に南部貴族の二年生達に決闘を挑まれた俺だったが、放課後になると予想通りというべきか、南部貴族の三年生達が教室に姿を見せた。
「ミナト=ラレーテ=サンデューク君だね? 君の剣の腕は噂でよく聞いているよ。一人の剣士として決闘を挑ませてほしい」
そしてこれも予想通りというべきか、決闘を申し込まれたのである。しかもその理由はこれまでと異なり、俺の剣の腕が気になったから、というある意味健全なものだった。
(八対一で挑んで負けたって噂を一対一で挑んで負けたって噂で上書きして、今度は強者だから挑んでみた、なんて噂で上書きするつもりか?)
どうやら南部貴族の一年生がやらかした噂の火消しに先輩方が総出で奔走しているらしい。多分、昨日俺が決闘を真っ向から受けたから、噂の火消しにも協力してもらえると踏んだんだろう。
その証拠に、というべきか。昨日は一対一を複数回挑んできた先輩達が今日は一人しかいない。おそらくは一回の決闘で醜聞の火消しができると判断しているのだろう。
(昨日より良い勝負ができるように、なんて考えてるのかね……昨日の先輩方と比べると手練れが来たな)
南部貴族の先輩方の中でも腕利きの先輩が出てきたのか、その立ち居振る舞いは剣士として そ(・) れ(・) な(・) り(・) に(・) 整っている。実戦経験があるし、人も斬っていると見た。
「わかりました。その決闘、お受けしましょう」
何はともあれ、これを受ければ南部貴族から決闘を挑まれることも ひ(・) と(・) ま(・) ず(・) は(・) なくなるだろう。あとは噂を流して事態の鎮静化を図るはずだ。仮に決闘を挑まれることがあるとしても今回の醜聞が風化してからだろう。
そんな俺の考えが当たっているのか、話を傍で聞いていたモリオンが何やら意味深に笑っている。昨日の放課後の決闘でナズナしか俺の傍にいなかったのは、決闘の騒動に紛れて噂を流したり、派閥の拡大に勤しんだりしていたからだ。
モリオンも先輩の意図には気付いているだろう。今回の決闘で手打ちには丁度良いと思っているのかもしれない。少なくとも当面は東部貴族が南部貴族の 上(・) に(・) 立(・) て(・) る(・) からご機嫌なようだ。
(そんな顔をするなよ、モリオン。これじゃあこっちが悪役みたいじゃないか……『花コン』だと悪役だったわ)
俺がエリック達に決闘を挑んだのも向こうがランドウ先生を侮辱したからで、俺としては派閥間のパワーバランスを傾けるつもりはなかった。しかし思った以上に大事になったためこうして事態の収束に協力的なわけだが……。
(とりあえず、ゲラルドにまた変な顔をされるんだろうな……仕事と思って諦めてもらうしかないが……迷惑料に後でポーションでも渡しとくか)
学園内の委員会だから仕事というには給料も出ていないだろうし、せめて現物で何か渡しておこう。
そんなことを考え、三年の先輩を連れて第一訓練場に向かい、真顔かつ無言になってしまったゲラルドに立会を頼み、今回も木剣で決闘を行う。 真(・) 剣(・) 勝(・) 負(・) でも良いが、木剣の方が遺恨を残しにくいと判断してのことだ。
まあ、それでも今回も俺の勝ちだった。普通に決闘を開始し、普通に戦い、普通に倒した。地力の差でそのまま押し切っての勝利になる。
時間も一分とかからず、挑んできた先輩もどこかすっきりとした顔で去っていった。これで南部貴族の派閥としては噂を上書きする準備が整ったからだろう。噂が上書きされないよう、他の派閥がちょっかいを出してくることも考えられるが。
(それは別にいい……派閥同士でやり合っていれば状況が拮抗して落ち着くだろうし……でも、なんというか……)
物足りない、なんて感じてしまうのは何故だろうか。
透輝との決闘に関しては別に良い。透輝の覚醒を促し、実際に召喚器を発現し、『活性』の位階まで踏み込んだように見えたから結果としては上々だ。
だが、エリック達との決闘には物足りなさを感じてしまった。おかしいなぁ……強者との戦いを求める戦闘狂みたいな面はないと思っているんだが、なんて考えて、その理由に思い至る。
(……これは焦り、か? 透輝が思った以上に 伸(・) び(・) や(・) す(・) そ(・) う(・) だって収穫があったのは良いとしても、だ)
透輝が召喚されて、『花コン』みたいにイベント戦が起きて、『花コン』みたいに透輝の成長を見ることができて――それはすなわち、『魔王』の発生も同じように起こるということでもあって。
そんな状況で決闘をして、しかしながら全力を出す必要もないからこそ焦ってしまっている。
ランドウ先生に師事し直して一皮剥けて、 そ(・) こ(・) か(・) ら(・) 先(・) が見えてこないからこその焦り。昔と比べれば強くなったものの、『魔王』が発生すれば俺程度の戦力が一人増えたところでどうにもならないと知っているからこその焦りだ。
かといってランドウ先生みたいに突出した戦力にもなれず、『花コン』の主人公のように『魔王』に特別効果がある光属性の魔法を覚えられるわけでもなく、メリアのようにオレア教が長年かけて『魔王』に通じるよう 作(・) り(・) 上(・) げ(・) た(・) わけでもない。
たしかに『花コン』のミナトと比べれば遥かに強くなったし、学園内で見れば最上位に近い強さがあるのかもしれないが――。
(なんとも贅沢な話だな……強くなったらもっともっとって……ランドウ先生が大規模ダンジョンに挑み続けるのもわかる気がするわ)
ランドウ先生の場合は想い人の遺品を探し求めているのもあるが、一人の剣士として腕を磨くには大規模ダンジョンという危険地帯は打ってつけだ。
今の俺でも単独で潜るなら大規模ダンジョンの浅い場所が精々で、上級モンスターが出やすくなるダンジョンの奥に単独で足を踏み入れるのは自殺行為でしかない。
それでも修行に明け暮れていた頃は日に日に少しずつダンジョンの奥に潜れるようになったし、進める距離がそのまま自分の成長のようにも思えたのだ。
俺の場合、『魔王』が発生すると知っているからこそ焦りがあるが……貴族としてはこれ以上、剣士としての強さは求められていないし必要がない。どちらかというと兵を統率して操る方向に成長するべきだろう。
(……こういう時は無心になって剣を振ろう。そうしよう)
そんなこんなで、放課後に決闘を終え、悶々としたものを抱えながら夜中に自主訓練に出かける。
『魔王』が発生するとしてもまだ三年弱の期間があるのだ。来年にはランドウ先生が学園に 招聘(しょうへい) されるはずだし、その頃になったらまた指導してもらえるだろう。つまり、今は腕を落とさないようにするべきなのだ。
透輝を鍛えて相手をしてもらうっていう手もあるけど、俺が満足いく水準まで鍛えるのにどれだけの期間がかかるやら。とりあえず折を見て訓練をつけるつもりではあるが。
(腕を落とさずにいるってだけでも、割と大変だけどな……ん?)
普段通り第一訓練場で訓練をしようと思ったら、何やら人影があった。俺と同じで夜間に訓練をする先客がいたのか、なんて考えながら視線を向けてみると、そこにいたのはカトレアである。
動きやすさを重視したのか学園の体操服を身に纏い、剣が納められた鞘を握った状態で立ち、こちらをじっと見ている。
「こんばんは、カトレア先輩。先輩も訓練ですか?」
生徒会室でも会うし、俺は気軽に声をかける。夜間の訓練にも関わらず当然のようについてきているナズナも、相手が生徒会副会長ということもあってか警戒の色が薄い。
そうやって声をかけた俺とは裏腹に、カトレアは妙に固いというか、意気込んだように真剣な表情をしている。
「ミナト君――ひとりの剣士として、手合わせをお願いできますか?」
そしてこれまた真剣な声色で、そんなことを口にしたのだった。