軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

四十六話 ロッチャ地域へ

元帥の仕事をアレクテムに引き継いだ俺は、いよいよロッチャ地域へ赴くことになった。

一緒に行くのは、パルベラ姫とファミリスに、実はもう一人同行者が加わっている。

それは、新兵のホネスだ。

「センパイが王子様だったなんて驚きです! しかも、ノネッテ国より大きな土地の領主様になるだなんて!」

「運が悪かった――いや良かっただけだよ。俺の実力だけじゃないから、あまり褒めないでよ」

「いいえ、センパイ! 普通の人はこんな立身出世なんてできません! 本気で尊敬します!」

俺がノネッテ王族の王子と判明してからずっと、ホネスの目は憧れのアイドルを見ているようにキラキラとしている。

自分自身では大した人間だと思っていないので、そう真っ直ぐに見られると、むず痒い気分がしてくるんだけどなあ。

そう俺が苦笑いしていると、少し敵意を感じた。

ハッとして気配がした方向に顔を向けると、ファミリスと一緒に馬のネロテオラに乗っているパルベラ姫が、こちらをじっと見ていた。気のせいかもしれないけど、目が座っているきがする。

「えーっと、どうかしましたか、パルベラ姫」

「いいえ。仲が良い様子だなと思っているだけです」

どこか棘のある口調に、俺が困惑していると、ホネスが胸を張って見せてくる。

「センパイとは数度の任務と二度の戦場を共にしましたからね。戦友なのですから、仲が良いのは当然です!」

そう自身をもって喋るホネスに、パルベラ姫の機嫌がさらに悪くなったように見える。

「ミリモスくん。ホネスさんが同行すること、私、聞いてなかったのですけど?」

「俺だって出発当日に知らされたんだよ。パルベラ姫にファミリスがいるように、俺にも同行者を一人付けるべきだって、チョレックス王が王命を出してね。けど、軍は立て直しの真っ最中で熟練兵は連れ出せない。そこで新兵の中で最も優秀って評価だったホネスが選ばれたんだってさ」

口早に事情を告げると、パルベラ姫の機嫌が少しだけ回復したようだった。

「新たな領主が供回りの一人もいないと格好がつかないのはその通りですね――けど、女性を付けることはないと思うのです」

後半部分が独り言のようでよく聞こえなかったけど、追及すると、回復した機嫌が悪くなる気がして、気付かなかったことにした。

「これからロッチャ地域に行きますけど、今回はのんびりとした旅路の予定だから、まだ季節は冬なので山越えはしません。ロッチャ軍が明けた坑道を通っていくことにしてる」

俺は全員に予定を伝えると、ファミリスが質問してくる。

「のんびりと行っていいのですか? 新領主になったのですから、一刻も早く着いた方がよいのでは?」

「それはどうかな。俺という敵が来るからと、相手は一致団結しているはず。ここで急いで行ったら、それこそ罠の中に飛び込むようなものだよ」

「とはいえ、ゆっくりと向かっても、その罠に入ることになるのではないですか?」

「そうは限らないよ。相手に時間を空けて考えさせる時間を持たせると、暇な時間を持て余して、それぞれが自分の思惑を巡らせ始める。やがて仲間内で対立や結託したりして、中にはこちらに取り入ろうとする人も出てくるものだって話だよ」

攻城戦の戦術書にあった包囲戦術の欄に、敵の仲間割れを誘うには囲んで手出しせず時間を置くべし、って書いてあった方法の流用だけどね。

そんな俺の考えを話すと、ファミリスが頭痛を感じているような顔になった。

「ミリモス王子が色々と考えているのは分かりました。それで、いつぐらいに、ロッチャ地域の中心に着く気なのですか?」

「春先に到着するぐらいでいいんじゃないかな。俺がいなくても、冬の間の現状維持はしてくれるだろうし、俺がいないからそれ以上の動きは出来ないわけだしね」

その間に存分に仲間割れと結託を繰り返してくれればいい。

それに、俺自身も二度の戦争や元帥の業務で疲れているからね。のんびりと旅をして気分をリフレッシュさせたいし。

「さて、のんびりと行きましょう」

俺が先導で前を歩きながら後ろに顔を向けると、ファミリスが俺に失望したように嘆息し、パルベラ姫はにこりと微笑み返し、ホネスは意気込んだ様子で「はい!」と返事をしたのだった。

ノネッテ国の東に開いた坑道を通り、ロッチャ地域に入る。近くの鉱山村で一泊した。

宿屋がないからと村長の家に泊まることになったのだけど、酒が入ると村長が愚痴を言い始めた。

「軍はノネッテ相手に負けちまったしよぉ~。帝国の商会は、鉱石が足らねえってせっついてくるしよぉ~。この村はどうなっちゃうんですかねぇ~」

「帝国の商会って、スシャータ商会?」

ノネッテ国の前線砦で合ったドン・サビレが勤める商会の名前を出すと、酒で赤ら顔の村長がうんうんと頭を上下させる。

「あの商会は、良い店ですよぉ~。鉄鉱石は高くかってくれるし、良い商品を並べてくれるしぃ~。けど商品が魅力的過ぎて、手元にお金が残らねえんですよねぇ~」

要は、鉄鉱石で払う賃金を、帝国の物品で即回収するビジネススタイルってことだな。

「鉱山労働者の人たちは、鉄鉱石の需要が高いのに、あまり裕福にはなっていないって話は、買い物のし過ぎってことですか?」

「仕方がないんだ~。鉱物掘りは、すっげえー辛いんだぁ~。美味い酒と飯がなきゃやってられねえ~。そしてあの商会の酒とツマミは、すっげえー美味いんだ~。だから、金が残らねえんだよぉ~。この酒も、帝国の酒なんだ~」

村長は瓶の酒をコップにがばがば注いで、ぐいっと飲み干す。そして燻製肉をもぐもぐしながら、机につっぶして眠ってしまう。

すると、横で様子を見ていた村長の奥さんが、愛想笑いを向けてきた。

「あらあら、この人ったら。久しぶりの外のお客様だし、美人が三人も同席したから、飲み過ぎちゃったのね」

客を放置して寝落ちするのは礼儀に反するけど、奥さんのとりなしで怒る人はでなかった。礼儀に五月蠅そうなファミリスすら、美人と褒められたことが嬉しそうな様子で、大目に見る態度をとっている。

俺だって酒の失敗を咎めるつもりはない。

「お部屋で眠らせてあげてください。部屋を貸してもらうのですから、こちらで使い終わった皿を洗わせてもらいますから」

「そういうことなら、お願いしようかしら。灰は沢山あるから、遠慮なく使っていいですからね」

奥さんが村長と家の奥へと向かう中、俺は机に並んだ空皿とコップを回収して、流し台へと向かう。そして台の横にある壺に入っている灰を一掴みすると、ここでパルベラ姫が興味深そうに覗いてきた。

「灰なんて、どうするのです?」

「使った皿に少しずつ塗して、汚れを吸わせるんだ。その後で灰を落として、濡らして絞った布で拭いて綺麗にするんだよ」

水が貴重な地域で、よくやる方法だ。砂漠地帯なら灰ではなく砂だけどね。

この鉱山近くには川が流れていて、水自体は大量にあるけど、毒が含まれていると住民は気付いているから、その川の水で食器を洗わないようになったとも予想できる。

そんな考えを伝えると、パルベラ姫が手伝おうと手を伸ばしてきたので、俺はその手をやんわりと押し止めた。

「服の裾が汚れるし、灰を触ると手荒れが起きるかもしれないから、俺に任せてよ」

気遣っての言葉だったのだけど、パルベラ姫は自分から壺に腕を突っ込んで灰を掴む。

「服の汚れは洗えばいいですし、騎士国の姫は剣を握って鍛錬するので手荒れは気にしません。それに、こう見えても皿洗いは得意なんですよ」

俺のやり方を見て覚えたようで、ぱっぱっと灰を皿に塗すと、手際よくさっさと布巾でふき取っていく。洗い終わった後の出来栄えは、新品もかくやという綺麗さだった。

「いうだけあって、上手だね」

「えへへっ。褒められちゃいました」

俺たちは二人で共同して皿を洗っていく。

最後の一つを洗い終え、お互いにやり終えたと笑顔を交換していると、背後からギリギリと音が聞こえてきた。

俺たちが後ろに顔を向けると、ファミリスが歯ぎしりしていて、その腰にホネスが抱き着いている。

「……なにしているの?」

「ファミリスさんが、二人の間に入ろうとしたので、止めたんです!」

「ファミリス?」

パルベラ姫の冷たい響きが含まれた声での問いかけに、ファミリスが訴えかける。

「だって姫様! 婚姻前の男女が並んで共同作業なんて、間違っています!」

慟哭混じりのファミリスの声に、俺は嘆息する。

「大げさな。単なる皿洗いだよ?」

「そうです、ファミリスさん! 兵士なら男女共同でご飯を作ったりすることもあります!」

「ホネス! 放しなさい! パルベラ姫様は兵士ではありません!」

ホネスの腕を外そうとするファミリス。神聖術を使えば簡単に外せるだろうけど、そうしないのは、ホネスの腕のためか、それとも別の意図があるからか。

俺がそんな風に現実逃避していると、パルベラ姫から冷たい声が流れた。

「ファミリス。騎士たる者、弁えた態度を取りなさい。私とミリモスくんは、お皿の片づけをしたのであって、手を繋いで見つめ合ったわけでもないのですから、目くじらを立てるのは情けないですよ」

「ですが、姫様!」

「ファミリス?」

さらに冷ややかになった声に、ファミリスは項垂れた。

「……はい。申し訳ありませんでした」

「これから先。同じような騒ぎを出さないようにね?」

「はい、約束します。ですが――」

「ですが、なんですか? 私とミリモスくんが仲良くすると、ファミリスに都合が悪いのですか?」

「――いいえ。なんでもありません」

パルベラ姫に言いくるめられてしまったファミリスは、殊勝に頭を下げつつも、敵意とも戦意とも取れない気配を俺に向けてきた。

さしずめ、お前のせいで怒られたと思っているんだろうな。

俺が何を言っても聞いてはくれないだろうし、ここは気付かなかったことにして、場を流すことにしたのだった。