軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話 ノネッテの城にて

我――チョレックス・ノネッテは頭を抱えていた。

それもこれも、先ほど単騎駆けでやってきた、我が子であるミリモスの報告を受けたからだ。

「これからミリモスは、前線砦へ向かうのだったか」

「先ほど伝えてきた予想が正しいのであれば、帝国の軍勢が入ってくる場所は、旧メンダシウム国に続く街道ですので、正しい判断かと」

我はアヴコロ公爵の宰相らしい言葉に同意の頷きを返す。そして頭を抱えていた腕を下ろした。

「サルカジモの居所はどこか」

「召呼されますか?」

「ミリモスの予想の正誤関係なく、最近の事情を聞かねばなるまいよ」

伝令に身振りでサルカジモを呼んで来るように指示を出し、我は再び頭を抱える。

最近のサルカジモは、いままでに比しても、度が過ぎるほどに怠惰な醜態をさらしていた。

結婚したばかりで浮かれているのだろうと、一年ほどは目を瞑ってやろうと思っていたが、そう温情を与えてはいられなくなった。

「アレクテムが壮健で軍務の実権を握っているからと、放置するべきではなかったか」

「サルカジモを目が届く場所に置いているにも関わらず、帝国に内通している様子がうかがえなかったのです。締め付けていようと、放置していようと、この企みは防げなかったでしょう」

「こちらの諜報技術の拙さを嘆き、帝国の情報戦の巧みさに賞賛を送るしかないわけか」

大陸に覇を唱えようとしている帝国の相手は、小指の爪先ほどしか領土のない国の王では不足に過ぎるということであろうな。

アヴコロ公爵と愚痴混じりの会話を続けていると、伝令がサルカジモを連れて戻ってきた。

「なんですか、父上。スピスクとの愛の語らいの最中だったのですよ」

やってきたサルカジモを見て、我は盛大な溜息を吐きたい気分になった。

以前と比べてふっくらとした体格と、病的なほどに白くなった肌。瞳は愛欲に濁っており、視線は夢想を見つめているように中空をさ迷っている。服装も慌てて整えた様子がわかる皺やヨレがある。

よくもまあ、曲りなりにも王子教育を受けた者を、ここまで骨抜きに出来るものだと、帝国貴族の娘の技量に感服する。

我は自分の内心を隠すため無表情になると、サルカジモに声をかける。

「お前に聞きたいことがある」

我が硬い口調を発する。

しかしサルカジモは、その口調の意味を悟れていない様子で不思議そうにしている。

「後では駄目なのですか?」

「駄目だ。いま答えてもらう」

我の身振りでの指示を受け、アヴコロ公爵が喋り始める。

「サルカジモ『元帥』。貴方には『帝国と内通して我が国を売り払おうとしている』という嫌疑がかけられています」

重要な部分を言葉で強調した説明。

それを受けて、サルカジモは呆気に取られた様子だった。

「この国を帝国に売り払う。なにを馬鹿な」

「心当たりがないと?」

「あり得ない。売り払ったりしたら――」

サルカジモは不自然な場所で言葉を切った。

どうやら自分が失言しかけていることを察知し、口を噤んだようだった。

しかしアヴコロ公爵は聞き逃さなかった。

「売り払ったらノネッテ国の王にはなれないと、そう言いたそうですね」

「――! チッ。俺とて王子の一人だ。玉座を狙って何が悪い!」

言い逃れができないとわかるや、咄嗟に開き直りにいく。

その転身ぶりは見事だが、自己保身のためという点が情けない。

我の気持ちを余所に、アヴコロ公爵はニッコリとサルカジモに笑いかける。

「いいえ、悪くはありません。玉座を狙って、他の王子や王女と切磋琢磨し、成長するのであればですが」

「まるで俺が、成長していないような口振りだな!」

「成長しているのですか。むしろ退化しているようにすら見えますが?」

アヴコロ公爵が煽りに入ったと察知し、我は二人の言い争いを止めることにした。

「止せ。この場は、サルカジモが帝国と内通していたかを確かめる場だ。それ以外は余分である」

「申し訳ありません、王よ」

アヴコロ公爵は一礼と共に謝罪の弁を述べたが、サルカジモは『自分は悪くない』という態度でいる。

「改めて尋ねる。帝国と内通してはいないのだな?」

「父上まで!」

サルカジモは傷ついたと表情で語ると、声を大に主張を始めた。

「確かに俺は、ソレリーナ姉、フッテーロ兄に比べ劣っている! ミリモスの戦功に比するような実績もない! 最近はスピスクにかまけ過ぎてもいた! だが、国を売るような卑劣な真似は絶対にしない!」

目に力を込めての、本心からの言葉。

少なくとも、我はサルカジモの主張をそう受け止めた。

しかし心から信じるには、確証が足りないのも事実である。

「では別のことを尋ねよう。サルカジモ。妻のスピスクと普段、どんな話をしている」

唐突に雑談に誘うかのような問いかけに、サルカジモが虚を突かれたような姿になる。

その隙を突くように、我は言葉を続ける。

「次の国の王になれと、次王になる手助けを帝国がすると、元帥としての功績を得るには兵の強化が一番だから教官として帝国の兵隊をノネッテ国に招いて欲しいと、そう話し合っていたのではないか?」

これは、先ほどのサルカジモの主張と、ミリモスがしてきた報告を融合して考えた、我の予想だ。

しかし的中していたようで、サルカジモは目を見開いて驚いていた。

「な、なぜそのことを。まさか、閨に聞き耳を立てていたと!」

「そのような無粋な真似はせん。いや、しなかったからこそ、今日までお前を呼びつけようとは思わなかったといった方が正しいか」

我が後悔を滲ませていると、サルカジモは慌てた様子で弁明を始めた。

「ま、待ってください、父上! それは寝物語で言ったことで、実行しようとはしていません!」

「その弁は本当のことだな?」

「ええっと――兵の強化ができればいいと思わなくはなかったですし、スピスクに是非とねだられたこともあって、手早く出鱈目な草案を遊びで作りはしましたが……」

引っかかる言葉を見つけ、我は追求する。

「その草案はどこにある」

「捨てました」

「読めぬように破ったか?」

「いえ、丸めてゴミ箱に」

ここでサルカジモは顔色を青くした。

「まさか、スピスクがその草案を拾い、帝国の企みのために使った……」

「それはわからん。真意を尋ねるしかあるまい」

我の言葉を受け、伝令がスピスクを呼びに走り出ていく。

しかしすぐに、多少の傷を負って戻ってきた。

「報告します。スピスク様、手勢を率いて部屋で籠城を始めました! 帝国製の魔導具を使用して抵抗してくるため、手出しができない状況です!」

「そ、そんな。スピスク……」

失意で膝をつく、サルカジモ。

可哀想な事態だが、王として甘い顔はできない。なぜなら、王の招集を拒否したスピスクは罪人扱いであるため、彼女の夫であるサルカジモも拘束せねばならないからだ。

我がそう命令を発する前に、アヴコロ公爵が指示を出していた。

「サルカジモを縛って監禁しておくように。それとスピスクとその一党は、包囲はしても刺激はしないように。なんなら、食料と水の差し入れもしておきなさい」

「えっと、良いのですか?」

「窮地に居ると思えば、人は無茶をするものです。ですが安全地帯であると思えば、そこを出て冒険しようとも思わないものですよ」

アヴコロ公爵の説明に、伝令はよく分からないという顔をしながらも「命令、承りました」と言って走り出ていった。謁見の間の守衛も動き、サルカジモを縄で縛ると、換金する部屋へと連れ出していった。

さてさて、城の中はこれでひと段落つくであろう。

しかしてスピスクが脱出を図らずに籠城を選んだということは、帝国の軍勢がこの城までやってくると確信しているからであろう。なにせ籠城というものは、援軍がいて成り立つ戦法であるからな。

「前線砦に向かったミリモスに伝令を出さねばならんな。帝国は来ると」

「はい。そして、ミリモスがどう帝国の軍勢と話をつけるのか、心配して待つとしましょう」

我は亡国の危機に胃が痛い思いをしているというのに、アヴコロ公爵――サスディめは面白そうにしている。まるで、ミリモスがどうにかしてくれると確信しているようだった。