軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

有能侍従長は魔王なみ

侍従長の名前はサムソン・アードルング。

年齢は五十半ばを過ぎたくらい。おじさまと同じ年頃だね。

規律を何より愛し、自分にも他人にも厳しい、泣く子も黙るともっぱらの噂の人だ。

白髪が入り交じったグレーの髪を撫で付け、銀縁眼鏡と口ひげ、北極の氷のように透き通ったアイスブルーの瞳、皺ひとつないモーニングコートが特徴的なサムソンは、全身からドSな雰囲気を漂わせている。

代々、我が国の王族に忠誠を誓っている一族。貴族としての地位はさほど高くないのだが、王族の身の回りの世話や祭祀やイベントの手配などを一手に引き受けていることから、ぜったいに怒らせてはいけないと皆から思われている。

公爵家である我が家も、サムソンにはずいぶんとお世話になったし、ことある毎に顔を合わせてきたから、互いによく知っている間柄だ。

その上で言わせてもらうけど、サムソンは本当に怖い。

怒るとめちゃくちゃ怖い……!

幼い頃から恐怖の対象だった。別に、私自身が怒鳴られた訳でも注意された訳でもないんだけどね。地位くらいしか誇れない馬鹿貴族が、サムソンに突っかかって痛い目に見るのが、王城の風物詩だったからだ。

理詰めと正論で追い詰められる馬鹿貴族は、まあ哀れだった。末路も含めてね。

そういう訳もあって、私の中で逆らっちゃならない人間NO.1がサムソンなのだ。

そんな彼が、絶対零度の笑みを浮かべて私とおじさまを見つめているのである。

正直、生きた心地がしなかった。

いやああああああああああ!

なんで。どうして。叱るならおじさまだけにして!

「おかしいですね。我が王は寝室で就寝中のはずですが、なぜここにいるのか説明していただけますか」

「サ、サムソン。違うんだコレは……」

浮気現場を見られた男みたいな言い訳をしているおじさまに、サムソンの視線はどこまでも冷ややかだった。怖っ。なんで手に鞭を持っていらっしゃるの? それで何をするつもりなの!?

「ご多忙を極めていらっしゃるなか、なんとかやりくりして睡眠時間を確保しましたのに」

ぱしぃん! 鞭が軽やかな音を立てる。深々と嘆息してから、サムソンは私を見やり――。

指先で眼鏡の位置を直してから、すうっと目を細めた。

「どこぞのご令嬢に誑かされたのでしょうか? 次期王妃の立場から下りた方とは違って、御身は暢気に野営を楽しんでいる場合ではないでしょうに」

「……わ、私じゃありませんっ! おじさまが勝手に来たんですう!」

「アイシャちゃん、裏切るの早すぎない!?」

「ごめんね、おじさま! 私は生きて帰りたいの……!」

「捨てないでええええええええ! さっきは優しかったじゃん! ゆっくりしていってって言ってくれたじゃん! おじさま、嘘はいけないと思うんだー!」

「……我が王。国家元首としての威厳はお忘れですか」

「わ、忘れていないさ。サムソン。はははははは! 冗談だよ冗談……」

なんとか表情を取り繕ったおじさまは、冷や汗を流しながら私の袖を引っ張った。

「なんでサムソンに僕の居場所がバレちゃったんだろう」

「……侍従長が手に持ってるアレのせいじゃないですか」

サムソンは何やら見覚えのある品を手にしている。国のシンボルが彫られた大粒の宝石――転移装置である。なんで国宝がもうひとつあるの!? 混乱している私たちに、どことなく酷薄な笑みを浮かべてサムソンは言った。

「王妃様が持たせてくれたのですよ。愚かな夫が遊び回っていると嘆いておられまして」

「ハニーが……!? やだー! 誤解しちゃったのかな。僕は浮気なんてしてないよ。仲のいい姪っ子のところに癒やされに来ただけで……」

「それは王妃様もご存じですよ。問題はそこではありません。時と場合を考えろと言っているのです。お疲れなのは理解できます。でも! 今は!! 姪っ子のところに遊びに来るタイミングでは!! ございません!! 我が王!!」

「うぐっ、そんな大きな声を出さなくてもお……」

「重要なことでしたので強調させていただきました。そもそも、我が王はいつも自分勝手に行動されるから困り者ですね。若い頃もそうでした。いきなり冒険者になると飛び出していったり、ドラゴンを倒したからと言って遺骸を城内に持ち込んだり、隣国との戦争時に古代の魔道具をぶっ放して、山ひとつ吹き飛ばしたり、それが隣国の隠し金山だったり」

「わ、若かりし頃の過ちだろぉ……? やめてよ! しつこく言い続けるの!」

「いいえ。何度でも言わないと我が王は反省しませんから。あなたはいつもいつもいつもいつもいつも……」

「サ、サムソン~~~~! アイシャちゃんが聞いてるでしょ! この子には、いつまで経っても憧れの素敵なおじさま♡って思っていてほしいんだから、やめてくれない?」

「えっ。おじさまってばそんな風に思ってたの?」

「おっと? アイシャちゃん、嘘でしょ。もう手遅れだった?」

「残念ながら、既におじさまの威厳は地に落ちてますね……」

「そんな~~~~」

よほどショックなのか、おじさまはアウトドアチェアの上でメソメソ泣いている。

なんだなんだ。おじさまって話を聞けば聞くほど〝賢王〟って感じじゃないなあ……。

すると、サムソンが声を掛けてきた。

「不思議ですか? 」

「えっ……?」

「賢王らしくない。我が王をそういう風に思っているのではありませんか?」

私の考えを見透かしたような問いかけに、ドキリとしながらも頷く。「でしょうね」とサムソンは目許を緩めた。

「我が王は昔からこんな感じですよ。自由気ままで無鉄砲で、考えなしに突っ走っていく。その癖、なんだかんだ物事が上手く収まるんですよね……」

「……賢王なんていう呼び名とは正反対のように思えますが」

「ああ――それはね。そういう風にイメージを作っていったんです。他国への牽制も兼ねて。我が王は黙っていると賢そうに見えるのでね、ぴったりでしょう? 我々には予測できない我が王の行動も、後でそれらしい理屈を添えてやれば、計算ずくで行われたように見える」

「それって言外に賢くないって言ってません?」

「それは受け取り方次第でしょう。ああでも。まさか、アイシャ様はそんな風は考えませんよね。相手は自国の王です。誰よりも尊重すべき相手ですからね」

うわあ。うわあ。うわあ!

やっぱりこの人、こっっっっっわい!

思わず絶句した私に、サムソンは楽しげに目を細めた。

「そういえば、アイシャ嬢も黙っていれば絶世の美少女だと評判ですね」

「サ、サムソン!? 何を言い出すのかなあ!?」

「他人を振り回すところも、我が王にそっくりです。ですよね? ヴァイス」

「同意しかございません」

「ヴァイス!? なにしみじみ頷いてるのよ! う、裏切り者~~~~!」

今度は私が泣き出す番だった。ひどいなあ。おじさまと一緒にしないでほしい。好き勝手やって誰かに迷惑をかけたことなんて――……あったなあ。それもつい最近。

「嘘でしょ。絶望しかない……!」

ひとりワナワナしていると、サムソンがおじさまの顔をのぞき込んでいるのがわかった。

「帰りましょう、我が王。休むなら寝室でもできるはずです」

有無を言わせない口調である。それには、さすがのおじさまもカチンと来たみたいだ。

「うるさいな。どこで休むかは僕が決める。横になっていても眠れないんだ。だったら、どこにいたって構わないじゃないか!」

「ですが……」

「ですがじゃない。僕だって、アイシャちゃんのところに来ている場合じゃないってことくらいわかるよ。でもさ、そういうんじゃないんだ。もう心が限界なんだよ。城にいたら息が詰まるんだ。落ち着けない。ちょっとくらい息抜きさせてほしい…… 」

そう言うと、おじさまは項垂れてしまった。

「休んだら城に戻るよ。ちゃんと〝みんなの賢王〟をやるから」

「…………」

これには、さすがのサムソンも黙ってしまった。

思案げにおじさまを見つめていたかと思うと、ふいに私を見た。

「アイシャ嬢」

説得してくれと言わんばかりの顔つき。

……ああでも、これはさすがにサムソンの味方はできないなあ、なんて思った。

いつも飄々としていて、自由で勝手気まま。けれど、王として国を支え続けてきたおじさまが、ここまで言うのだ。限界なのだろう。こういう時に無理をしたって碌な事がない。心は思いのほか脆いもので、焼き菓子よりも簡単に折れる。

そして私は、おじさまの心が折れるところを見たくなかった。

たとえ、どんなに厄介に思っていたとしてもね。

「サムソン、これから夕飯を作るんですけど」

「……え?」

「よかったら、おじさまと一緒にどうですか。今日はカレーなんです!」

「カレー……ですか」

「はい。とってもおいしくて元気が出るご飯なんです。スパイスをたっぷり使っているので、疲労回復にも効くはずですよ」

じっとサムソンを見つめる。彼の顔にも疲れが滲んでいるように思えた。おじさま以上に、サムソンだって疲労困憊に違いないのだ。補佐というのはそういうものだろう。支えると決めた人が動きやすいように、常に全力を尽くさないといけない。

「ふたりとも少し休んでいってください。賢王が国に尽くしてくれていることは、国民の誰もが知っています。ほんの少しだけ羽を休めても、文句は出ないはずです」

私の言葉に、サムソンのアイスブルーの瞳が揺れた。

ちらりとおじさまを見やって、懐中時計で時間を確認した後、小さく息を吐く。

「まったく。そういう強引なところも我が王にそっくりですね」

そのまま、ヴァイスの隣に並んだ。どうやら了承してくれたようだ。

よかったなあ。よかったけど――

「私、おじさまにはちっとも似てませんからね!?」

それだけは、どうしても認めたくはない私なのである。