軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

おじさまとわたし

「アイシャサァン……! 本当にアリガト! だいしゅき! チュッチュしてもイイ?」

「お嬢に近づかないでください。やめろ。お嬢に近づくなって言ってるだろ! 踊り出すな。歌い出すな! お嬢、逃げてください。ここは俺が食い止めますから――!」

「あひゃひゃひゃ! カオスすぎて腹痛いんやけど……!」

「……世間の評判なんて当てにならないものね。アイシャ、頭が痛くなってきたからアタシは帰るわ……」

「あっ! サリー……! 一緒にカレー食べようって言ったのに! ラビンめ。許さない。ぜったいにカレー粉の値段交渉には応じないからね!」

「嘘ジャーーーーン! ひどい。腐るほどお金モッテル癖に! 搾取ヨクナイ!」

精霊の騒動が終結した後、まあこんな感じで混沌みを増しつつも、無事にカレー粉をゲットすることができた。

ラビンには困ったものである。ヴァイスが全身の毛を逆立てて威嚇するものだから、宥めるのにずいぶんと時間がかかった。

結局、カレー粉はゲットできたものの、サリーは帰宅してしまった。それに加えて、精霊の住み処が荒らされているという情報がグリードの琴線に触れてしまったらしい。「調査してくるわ~」とどこかへ出かけてしまったのだ。

ラビンも店に戻ってしまったし。残されたのは、私とヴァイスだけ。

うーん。ちょっと寂しいなあ。カレーは大勢で食べた方がおいしいのに。

「お嬢……」

とはいえ、ふたりがいなくなってよかったかも知れないとも思う。ヴァイスの落ち込みがすごい。狼姿に変身した彼が、私のそばから離れてくれないのだ。

真っ白な狼に変身したヴァイスは、鼻面を私の脚に擦り付けると、気落ちした声で言った。

「勘弁してください。本当に生きた心地がしませんでした……」

「ごめんごめん」

「なんで無茶ばかりするんですか。お嬢は馬鹿なんですか」

「えっへっへ。お菓子に合うお酒が飲みたくて」

「禁酒しませんか? しましょうよ。禁酒」

「やめて! 私の心を殺すつもり!? ごめんってば。もう二度としないから~。ほら、カレー粉も手に入ったことだし、ふたりっきりでカレーキャンプしようよ!」

「…………ふたりっきり。お肉、いっぱい入れてくれますか」

「もちろん! ヴァイスくんの希望どおりに山ほど入れると誓おう!」

「それならいいです。でも、飲み過ぎはやめてくださいね」

「もちろんだよ! ヴァイスってば心配性だなあ」

「誰のせいですか」

「私のせいですね。ごめんなさい」

……さすがに勝手にいろいろとやり過ぎたようだ。

自由なった反動かも知れない。ちょっと浮かれていた自覚はある。まあ、そのせいでヴァイスの胃に穴が開いてしまったら元も子もないよね。時間はたっぷりあるのだ。頼りになる幼馴染み執事の負担にならない程度で自由を満喫することにしよう!

という訳で、やっっっっっっっっっとこさカレーキャンプである。

ひゃっふう! 今日は豪勢にいこうじゃないか……と張り切っていたのだけれど。

どうにも、運命の女神は私に試練を与えたいらしい。

招かれざる客がやってきた。

その日は実にいい天気だった。

心地いい薄曇り。日差しは柔らかくて、特に風もない。木々は綺麗に紅葉していて、落ち葉が発酵した甘い匂いが辺りに立ち込めている。あちこちに実る木の実を小動物がせっせと運んでいて、せせらぎの音が耳に優しい。澄んだ山の空気を胸いっぱいに吸い込むと、体の芯から浄化されるようだった。

ああ、どこにテントを立てようなんて悩みながら歩き回って、ちょうどいい感じに開けた場所に、いつも以上に手際よくテントを設置できた瞬間のことである。

「……!?」

唐突にデジャブを感じて、私は思わず振り返った。

「来ちゃった♡」

「帰れ~~~~~~~~!!」

その人の姿を認めた瞬間、たまらず威嚇してしまった。私の唸るような声が山に響くと、驚いた小鳥が飛び去っていく。どうしてこの人は、最高のロケーションにキャンプ地を整えられた時に限って、いつもいつもいつもいつも乱入してくれやがるのか。

「おじさまはお呼びじゃないんですよ!」

「いや~~~~。あっはっはっは。ごめんね~。我慢できなくて」

その人物とは、この国の王……ヨハン・ゲオルグ二世だった。

はああああああ。会いたくなかったなあ。

おじさまとは以前、サワガニ採りを一緒にした経験があった。それがよほど楽しかったのか、たびたび私のキャンプに乱入するようになったのだ。

それも、国宝である転移装置を使って直接やってくる。どこにいてもひょっこり顔を出すものだから困りものだ。

「まったく。仕事はどうしたんですか仕事は」

おじさまは、例のユージーンを不自然に王位に推す勢力の調査で忙しくしていると父から聞いていた。ついでに汚職なんかのあぶり出しにも手を出していて、王城内はしっちゃかめっちゃからしい。つまり、一番の権力者がキャンプなんてしている暇はないはずだ。

「サボりはいけませんよ!」

だから早く帰れ!

そんな気持ちを込めて言うと、なにやらおじさまの様子がおかしいのに気がついた。

なんだかしょんぼりしている。それに、以前より痩せたように思えた。目の下の隈が黒々としていて、表情からは悲壮感が溢れている。やたら整った顔に薄く笑みを貼り付けたまま、おじさまはどこか遠くを見ていた。

「……うん。そうだよね。サボっちゃいけないよね……」

ぼそりとつぶやくと、そのままふかふかの落ち葉の上に倒れ込む。五体投地の姿勢になったおじさまは、天を睨み付けたまま叫んだ。

「でも、もう無理~~~~~~~~!」

「おじさま!?」

「おじさまだって人間だもん! 休息は必要なんだよ!? このままじゃ死んじゃうから~~~~~!!」

困惑している私をよそに、おじさまは手をバタバタ動かしている。駄々っ子そのものだ。こりゃいかん。このままじゃゴロゴロ転がり始めかねない……!

こんな光景を誰かに見られたら、国の威信に関わる!

誰が責任取るの。あああああ、嫌な予感しかしない……!

控えていたヴァイスと視線を交わす。すかさず、おじさまを宥めにかかった。

「お、おじさま。とりあえず座りましょうか……。ほら、ドワーフ製のアウトドアチェアですよ。座り心地抜群ですよ~」

「ヨハン王。お茶をご用意いたしますね」

「うっうっうっ。もうやだ。もうやだよアイシャちゃん~~」

「うんうん。大変だったねえ、おじさま。ともかく落ち着こうか。イケオジが台無しですよ~。場末の酒場でくだ巻いてる親父みたいで見ている方が辛いですよ~」

「ひん! アイシャちゃんが冷たい! おじさまのことなんてどうでもいいんだ~!」

「うっわ、ごめん! さすがに無神経でしたね! ヴァイス、紅茶にブランデーたっぷり入れてあげて! 2:8くらいの割合で!」

「お嬢、それほとんどブランデーじゃないですかね」

どうにかこうにかして、五体投地していたおじさまを椅子に座らせる。紅茶のカップを受け取ったおじさまはようやく落ち着きを取り戻したようだった。

「ごめんね。迷惑を掛けて。僕はいつもこうだ。生きていてごめんなさい」

おお……。だいぶメンタルがやられている。

この状態で帰れとは言えないと思った。それに――仕事で疲れ切った挙げ句に自己嫌悪に陥るサイクルは、元ブラック企業戦士だった私には嫌というほど覚えがある。

仕方ないなあ。ここは一肌脱ぐか。

「……わかりました。今日はゆっくりしていってください」

「アイシャちゃん……!」

「ただし、そんなに疲弊している理由については説明してくださいよ。面倒事に巻き込まれることだけは避けたいので」

「うん!!!!」

いいお返事をしたおじさまは、ポツポツと事情を話し始めた。どうも、例のユージーンに纏わるゴタゴタが、嫌な方向に事態が悪化してしまったらしい。

「ユージーン王太子推進派の一部の貴族たちがね、妙な宗教に嵌まってるのがわかってね」

「宗教ですか?」

「うん。ディアボロ教って言って、よくある終末思想の新興宗教だね。世界が終わる時に、苦しまずに死ぬために徳を積むみたいな? この世界を創った神は邪悪で穢れていて、実は正統な管理者ではない。彼らが信じている神を仰ぐべき! みたいな教義だね~。創世神を目の敵にしていて、教会にお布施をしなくなった貴族もいるみたいだ」

「わあ。自分が異端だって宣言しているようなものじゃないですか」

「馬鹿だと思うよね。でも、彼らはいたって真面目でね。僕にまで宗旨変えしろってお手紙をくれるくらいなんだよ。あ、コレ。奴らが掲げてる紋章ね。見かけたら注意してね」

おじさまは懐から紙片を取り出して私に渡した。

そこには燃える大樹がデザインされたエンブレムが描かれている。大樹は創世神のシンボルだから、たいぶ敵意が強い。

「ありがとうございます。それにしても重症ですね……?」

「だよね。しかも、〝このままじゃ大切な後継を失うことになりますよ〟なんて、ありがたい警告付きだ」

「後継って……もちろん、馬鹿おう……ゴホン。ユージーンのことじゃないですよね……?」

「第二王子のセシルのことだろうね」

「もしかしてなにかあったんですか」

「……それがね。一ヶ月くらい前から、セシルの体調が思わしくなくて。医師たちによると、原因は病じゃなくて呪術じゃないかって」

「まさか、それもユージーンを王位につけたい人たちの差し金ですか?」

「その可能性はある……というか、ほぼ確定だろうね。ユージーンを王位につけたいがために、邪魔なセシルを排除しにかかっているみたいだ」

「暗殺者を送るだけじゃ飽き足らず?」

「むしろ、暗殺者をぜんぶ返り討ちにしたせいかもね~。ほら、アイシャちゃんとこのグリードくんが所属してた暗殺ギルドってさ、業界内で最大手だったじゃない? そこが壊滅した煽りを受けて、今って碌な暗殺者がいないんだよ。だから他の手段に打って出た。しかも呪術なんて変則的な方法だ。頭が痛いよ」

――うっ。原因の一端が私にあるって言われてるみたいで耳が痛いなあ。

顔を引き攣らせている私をよそに、おじさまはブランデー入りの紅茶を啜りながらしみじみ語っている。なんだか嫌な予感がしながら、私は続けて訊ねた。

「あの。第二王子の体調は……」

「優秀な呪術師を手配できてね。落ち着いてきたよ」

「よかったです。もちろん、手紙を送りつけてきた貴族たちは罰せられたんですよね……?」

「いや。特に罰してはいないよ」

「え、どうしてですか?」

「罰すべき相手が、すでにこの世にいなかったからね――みんな死んでしまっていたんだ」

話によると、手紙をくれた貴族たちは家族そろって自害していたのだという。それも、使用人の血で描いたおどろおどろしい魔方陣の上で、重なるようにして絶命していた。

「ひい……! それどんなホラーですか!」

「怖いよね。僕も話を聞いた時はゾッとしたよ。しかも、それで終わりじゃなかったんだ。ディアボロ教がさ、低位の貴族たちの間でけっこう広まっちゃってるみたいでね。次から次へと忠告の手紙が届くんだよ。悪い予感しかないよね。調査させるじゃん。そしたら、数日ごとに低位貴族の死亡報告が届くようになっちゃってさ~~~~」

「お、おおおお、おじさま。夏はもう終わりましたよ!? 怪談は暑い時期だけにしてください!」

「あはははは。確かにねえ。コレが創作だったらどれだけよかったか……」

おじさまは深々と嘆息すると、疲れたようにアウトドアチェアに身を預けた。

「しかも、死んだ貴族たちの屋敷を調査したら、ユージーンの母親とも繋がっているのがわかっちゃってさ」

「えっ……。それって隣国の」

「そうだよ。ディアーヌ・ディスコッティ。隣国の第一王女でかつて僕の妻だった。死んだ貴族たちが信仰している宗教をね、積極的に保護して広めているのが彼女らしくてね。彼女の主催しているパーティが邪教の布教の場になっているみたいだった」

思わず生唾を飲み込む。青ざめた顔をした私におじさまは笑った。

「まあ、黒幕は彼女で決まりだろうね。ユージーンが王位に就いて最も得をする人間は、彼女を置いて他にない。長年の放蕩振りが自国民にバレてしまったみたいでね。ここのところは父親の溺愛っぷりにも陰りが見えてきたらしいし、自由に使える資産が減って必死なんだろう。彼女は昔から浪費家だった。口うるさく注意する僕を嫌って自国に帰ったくらいだ」

「……それは、なんというか」

言葉を濁した私に、「いいんだよ。気にしないで」と、おじさまは小さく笑んだ。

「と言うわけで、この騒動のせいで、しばらく不眠不休だったの。隣国に抗議文を出したり、使者を送ったりいろいろあってさ。それで、今日になってようやく睡眠時間を確保できたんだけど、疲れてるのに頭が冴えて眠れなくて。なんとなしにアイシャちゃんの居場所を探ってみたら、キャンプしてるみたいだったから、癒やされに来ちゃった」

「……うう。ものすごいストーカー発言なのに、事情を聞いたら責められない……!」

実際、目の前のおじさまは疲労困憊な様子だった。嘘はないらしい。ああ、おいたわしや王様。あなたが倒れたら、私に仕事が回ってきそうだからやめてほしい。

――うん。今日は仕方ないか。

これはさすがに帰れとは言えない。罪悪感で死ねそうな予感しかしないもの。ああ、小市民メンタルよ。勇者や聖女みたいな清らかな心は持ち合わせていないが、自分の身を守るためなら手段を選ばない。そういう人間なのだ、私は!

「まあ、のんびりしてってください。今日はカレーを作る予定なので……」

「カレー? なにそれ初耳だな~。どんな料理? おいしい?」

「お肉や根菜を、スパイスと一緒に煮込んだ料理ですね。すごくおいしいですよ。たぶん疲れにも効くんじゃないかなと」

「えーーーー! 期待しちゃう。来てよかったな……」

おじさまはとろんとした目で私を見つめると、「退位後は、僕もアイシャちゃんみたいな暮らしをするんだ」と笑っていた。

「実現するかはわからないけどね……」

「まあ、王様ですからね」

「その時は助けてよ。おじさまとアイシャちゃんの仲でしょ?」

「うーん。持ち帰って検討させていただきま~す」

「あ、冷たい。姪っ子が冷たいなー!」

軽口を叩き合っていると、ようやくおじさまが声を上げて笑った。

よほど疲れているらしい。王様業も大変だなあと思いつつ、ふと疑問をぶつけた。

「そうだ、おじさま。今日、ここに来るってちゃんと言ってきたんですよね?」

「えっ。無許可だけど……?」

「――嘘でしょう? 侍従長にバレたらどうするんですか! 私、あの人に怒られたくないんですけど。この歳になって説教なんて嫌すぎるんですが!?」

ジロリと睨み付けると、おじさまは赤い舌をぺろりと出して、戯けた顔で言った。

「仕方ないでしょ。許可が下りるはずがないもん。侍従長は僕が寝てると思ってるはず。バレなかったら問題ないよ。アイシャちゃんさえ内緒にしてくれれば――」

「……ほう。内緒にしてどうするおつもりです? ヨハン王」

すると、底冷えするような声が辺りに響き渡った。おかしいな。まだそんなに気温は下がっていないはずなのに、体が震えてきた。あれ。ヴァイスは誰に対して頭を下げているのかな。彼にしては珍しく顔色が悪い。い、嫌な予感がする……!

「我が王は、こんな場所で何をしていらっしゃるのでしょうか」

思わずおじさまと顔を見合わせる。あまりの恐怖に手と手を取り合った私たちは、ぎこちない動きで背後を振り返り――

「「ぎゃあああああああああああああああああああ!! じ、侍従長――――!?!?」」

そこにいた人物を目にした途端、抱き合って絶叫したのだった。