軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

馬鹿王子はお叱りを受けました

時は少し遡る。

アイシャが第一王子ユージーンを返品し、意気揚々と城を脱出した頃。

「やらかしちゃったねえ。ユージーン」

ユージーンは玉座の間で冷や汗を流していた。

相対しているのは、この国の王、ヨハン・ゲオルク二世である。

若くして斜陽だった国を立て直し、諸外国からは〝賢王〟とさえ呼ばれている傑物。

彼はひどく冷めた目で自身の息子を見下ろしていた。その手には、アイシャたちが提出したユージーンに関する報告書がある。

「君のやらかしは知っていたけど。まさか、アイシャ嬢に見限られるなんてね」

深々と嘆息した父に、ユージーンは動揺を隠せなかった。

「ぼ、僕はなにも間違ったことはしておりません。真実の愛を貫こうとしただけで」

「うわあ。我が息子ながら、さすがにそれはないなあ! アイシャ嬢の気持ちが痛いほどわかる……」

息子の額にされた落書きを眺めながらも、ヨハンは特別機嫌が悪そうには見えなかった。けれども、その目はまるで笑っていない。そんな表情の時の父が激怒していることを、ユージーンは嫌というほど知っていた。

「君の真実の愛とやらは、国にどれほど寄与してくれるのかな? アイシャ嬢を失った埋め合わせはできそう? ヴァレンティノ公爵家との関係修復は図れそうかな。下手なことをして貴族派に取り込まれてでもしてみろ。厄介な状況になるのは、その残念な頭でも理解できると思うんだけど」

「ですが、父上っ……! 僕は――」

「知っていると思うけど、僕には君以外にも息子がいるんだ」

ユージーンの表情が強ばる。

その様子を楽しむように、ヨハンはゆるゆると目を細めて言った。

「勤勉なアイシャ嬢に影響されて、いつかは真面目になってくれると信じていたんだけどね。無能な為政者ほど罪深いものはない。次期王という意味をもう一度考え直してみたらどうだい。今いる地位の危さを振り返るちょうどいい機会だよ」

――ちくしょう!

玉座の間から辞した後、ユージーンはひどく狼狽していた。

自分こそが王太子にふさわしい。自分以外にはありえない。そう思って生きてきた。

なにせこの国は長子相続が普通だったからだ。周囲の人間も、誰もがユージーンこそが将来の王であると言って憚らなかった。だから油断していたのだ。まさか、父から押しつけられた婚約者を蔑ろにしただけで、こんなことになるなんて――

「殿下、マズいことになりましたね。これからどうするんですか」

王城の廊下を無言で進むユージーンに、護衛騎士のガンダルフが声をかけてきた。

無精髭で四十半ばほどの壮年の男である。騎士団員の中でもベテランで、ユージーンが幼い頃から護衛を務めてきた頼りになる男だ。

「このままじゃ、王位を継げないッスね! 結構ヤバいんじゃないッスか?」

続けて声を上げたのは、童顔の若者だ。名はカイトと言って、侯爵家の次男坊である。ユージーンの側近をしていて、笑顔を絶やさない愛想のいい男。どんな時も場を明るくさせてくれるので、ユージーンは気に入っていた。

「どうするもこうするも。アイシャを連れ戻すに決まっているだろう!」

苛立ち混じりに叫んだユージーンに、ふたりは顔を見合わせている。

「再び婚約者に据えるって? それは無理だろ~」

「完全に嫌われてたッスからね! 汚物を見るような目。チビるかと思ったッス。そんなアイシャ嬢に再び挑もうだなんて……。さすが王子ッスね! 勇者~」

「う、うるさいっ! あんなに怒るとは僕も思ってなかったんだ。捕まった時に助けてくれなかった癖に! 今さらなにを言うんだ!!」

「……いやあ、それは申し訳ないとは思ってるッスけど」

「王からアイシャ嬢への干渉は禁じられてたんだよな」

「父の命か。それは、僕が害されるかもしれない状況でも優先することか!?」

「わりいな」

カイトもガンダルフも眉尻を下げている。この国において〝賢王〟の命令は絶対だった。側近ですら、ユージーンの言葉より優先せざるを得ない。まったく忌々しい。次代の王は自分なのに……! ユージーンは反吐を吐きたい気分だった。

「ともかくなんとかする」

「具体的にどうするつもりなんです?」

「まずは話をしてみるつもりだ。アイシャだって、連日の仕事疲れで血迷っただけだろう。冷静になれば戻ってくるはずだ」

「ええ……。なんでそう思うんスか?」

「愚問だな! この僕の妻になれるんだぞ!?」

さらりと前髪をかき上げる。ユージーンは、バチーンと男たちに流し目を送った。

「この国に僕より魅力的な男なんていないのだよ!! 美しく、身分も性格も申し分ない。アイシャだっていまごろ後悔してるはずさ!!」

ハハハハハハハ! と高笑いしているユージーンに、側近ふたりはパラパラと拍手を送っている。「わあ。うちの主やべえッスね」「自尊心が育ちすぎたかもなあ」彼らの言葉は、ユージーンの耳には届かない。

どこまでも傲岸不遜な男は、ひとり決意を固めていた。

「待っていろ、シャルロッテ……! 君への愛を貫くために、僕は頑張るよ!」

目指すはアイシャの説得。なんとかして穏便に側妃になってもらうのだ。

そして父王の引退後は、アイシャに仕事を任せて、ユージーン自身はシャルロッテとキャッキャウフフな王様ライフを送るのである。

そのためにだったら、どんな手段も厭わない……!

「ハハ、ハハハハハハ! ハーッハッハッハッハッハ!!」

テンションが上がるにつれ、ユージーンの高笑いは大きくなっていった。

そんな主人の様子を、側近ふたりは困り顔で眺めている。

「そういや、アイシャ嬢は森の奥で休暇を取るらしいな」

「あ、野営が好きらしいッスね。令嬢なのに変わってるッス。いままで自由にできなかったぶん、ここぞとばかりに森に籠もるんじゃないッスかね。……って、これって詰んでません? うちの殿下、虫が大嫌いじゃないですか」

「野外活動と相性最悪なんだよな。虫に触ると発疹が出るし」

「なのに、アイシャ嬢と話をするためには森の奥に行かなくちゃいけない。前途多難ッスね~。そんなことより、真面目に政務に当たった方が合理的なはずなんスけど……」

「おそらく聞き入れてはくれないだろうな」

あまりにも大きな高笑いのせいで、彼らのボヤきは彼に届かない。

どこまでも脳内花畑。それがユージーンという男である。

……数日後。

「アイシャああああ!! で、出てこおおおおおい……!! 出てきてくれえ……!! あ、なんか飛んできた。いやああああああああああ! 無理ぃぃぃぃぃぃぃ……!!」

王都近くの森の入り口で、泣き崩れる身なりのいい男の姿が目撃されるのだが――

それがユージーン本人かどうかは、彼の名誉のために伏せておくことにしよう。