軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

令嬢は自由を手に入れる

自宅へ戻り、十二時間ほど泥のように眠った後、私は王都からほど近い場所にある森へ向かっていた。もろもろの準備はヴァイスが整えてくれている。

前世の時からキャンプが好きだった。父親がアウトドア派だったというのもある。長期休みには山や海へ遊びに行っていた。それだけじゃない。大人になってからも、多忙な仕事の合間を縫ってソロキャンプをしていたのだ。今世でだってそうだ。なんとか時間を捻出して、ヴァイスと何度か森へ出かけていた。

つまり、私にとってキャンプは、なによりの娯楽なのである。

……え? オタクの癖にアウトドア趣味は変だって?

馬鹿野郎。オタクだからこそだよ。某キャンプアニメに嵌まったせいで、大人になってからキャンプ熱が再燃したんだ。みなまで言わせるな。恥ずかしい!

そんなこんなで、私はウキウキでキャンプに臨んでいた。

ところで、読者の皆様はこんな風に思うんじゃないだろうか。

異世界のテントって不便そうじゃない?

いい感じのキャンプギアもなさそうだし、ただの野営じゃない?

魔物も出るんでしょ。そんなのサバイバルじゃん。

――大丈夫だ。すでに諸々を開発済みである!

どれだけ快適な〝リビング〟を作れるか――

キャンプをするにあたって、最も重視するべき点はそれだ。私は、そのために様々な道具を金に物を言わせて作ってきた。

おしゃれな雰囲気のワンポールテントは、表面をスライム溶液で保護。UVカットと防水性を実現した。幾何学模様がめっちゃ可愛くてテンションが上がる。アウトドアチェアだって熟練のドワーフに依頼した一点もの。体にフィットする構造にしてあって、長時間座っていても腰やお尻にまるで負担なし……!

寝袋だって、コカトリスの幼獣の羽毛をたっぷり使用してあって、どれだけ寒くとも凍えることはない。ランタンには炎の魔法石を詰めてあるから、火を着ければ優しく発光する。オイル不要、手入れ不要の逸品。レトロなデザインが気に入っている。それに、ちゃんと魔物よけも用意してあった。安全面も抜かりない。

アウトドアウェアだって開発したよね。

ぴらぴら、キラキラするだけのドレスなんてクソ喰らえ。

綺麗なおべべで、アウトドアができるかってんだ!

水棲の蜘蛛の糸を織って作った特製の布地で、薄めのダウンジャケットを作ったんだよね。まだまだ夜は冷えるからね……。フード付きで燃えづらい! 焚き火の側でいろいろと作業するからね。不燃性は必須の要素だ。

可愛さと実用性を兼ね備えるの、けっこう大変だったなあ。

こっちのデザイナーと喧嘩しちゃってさ。延々とやり合った末に友情が芽生えたのは、また別の話だ。

ボトムスだってストレッチ性に優れた素材で。うっふっふ。スキニーを初めて履いた時、ヴァイスは「はしたないですよ!」って真っ赤になってたなあ。まあ、いまは慣れたものだけど。靴は冒険者も御用達な登山靴である。しっかりしていて、尖った石を踏み抜いても平気!

完璧だ。

完璧すぎやしないか……! むしろ地球産のものよりも快適じゃない!?

すべてはこの日のため。私ってば頑張った!

「お嬢、火は自分で熾すんですよね?」

「うん! これがいちばん楽しいまである」

「あっそ。ほら、ご希望の無駄にでっかいベーコンですよ」

「やった~!!」

ヴァイスも執事スイッチを切って、ちょっぴり砕けたしゃべり方だ。

気がつけば周囲は暗くなっていた。焚き火の明かりが煌々と辺りを照らしている。

風に揺れて木々が楽しげに騒いでいた。パチパチと薪が爆ぜる音。煙の臭いが疲れた心を慰めてくれた。じりじりとベーコンの脂が焼けている。優しい熱が頬の表面を撫でた。炎が揺れる様から目が離せない。特別な娯楽はないのに、なぜだか楽しくて仕方がないのだ。心が洗われていく感覚にうっとりする。

――しかも、それだけじゃない。

ここは異世界だ。この辺りには多くの古代遺跡が埋もれていた。

焚き火の明かりに、苔むした石柱が浮かび上がっている。崩れかけた巨大なアーチが、大きな月を背後に存在を主張していた。ドラゴンが悠々と夜空を泳いでいる。カラフルな茸の合間に光る花が咲いていた。小さな妖精たちが、燐光をまき散らしながら蜜を集めている。精霊が囁く声がした。不思議な気配が辺りに満ち満ちている。

とんでもないロケーション。

とんでもないファンタジー……!

これぞまさに異世界!

ああ。人生で一度は、こんな場所でキャンプしてみたかった。

「ヴァイス、おいで」

両手を広げると、ヴァイスは困り顔で頭を掻いた。

みるみるうちに獣型に変身していく。

現れたのは真っ白な狼だ。サモエドよりも大きい。

狼だから少し違うけれど、大型犬とキャンプをするのも前世からの夢だった。抱きつくとお日様の匂いがする。やばい。これは癖になる。

「そろそろベーコン焼けたんじゃないですかね」

ヴァイスの目は肉に釘付けだった。大きな口から涎が滴っている。尻尾の振り方が激しい。土埃が立ってしまっているじゃないか。

「わんこ……」

「お嬢。俺は狼だって何度言ったらわかるんですか!」

「あはは、ごめんごめん」

ケラケラ笑いながら、お皿にベーコンを取り分けた。

ついでにビールを注ぐのも忘れない。キンキンに冷えたビール。知り合いのドワーフと共同開発した二重構造のスチールカップのおかげで、なかなか温くならない……って、いまはやめておこう。

ぱちぱち弾ける泡を前に、そんな野暮なことをしている暇はない。

「んんんんん~~~~!! うっま!!!!」

ビールを呷れば、炭酸が喉にしみていった。体に籠もっていた熱が発散されていく。ほどよい苦みが疲れた頭を目覚めさせてくれるようだ。

「五臓六腑にしみわたる……。優勝しちゃったな~!!」

「相変わらず意味のわからないことを……」

ヴァイスの呆れ声を聞きながら、私はひとり悦に入っていた。

――ああ、こういう感じ。ずっと、こういうのをしたかったんだ。

「せっかく転生したんだし。これからはいっぱい遊んで行こうかな」

もう仕事に追われる生活は終わりだ。

この先は、好きなように、好きなことをする。主にキャンプとか!

「自由に生きるんだ」

ビールが入ったカップを、大きな月に掲げてみる。

「私の未来に乾杯!」

クソ王子の呪縛から逃れた私が、この先の生き方を決めた瞬間だった。

――これは、転生後にはっちゃけたせいで馬車馬のように働かされていた私の物語。

自由になった私が、なんでかキャンプを楽しんでいるうちに、森の賢者なんて呼ばれるようになってしまった物語でもある。