軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五話 ユージ、ゲガス商会の会頭『血塗れゲガス』と対面する

「うーん、暑い……」

米を食べてユージが号泣した翌日の早朝。

ボソリと呟いて、眠っていたユージが目を開ける。

首だけを動かしてあたりを確かめるユージ。

「はは、そりゃ暑いよな。…………ありがとう、みんな」

仰向けに眠るユージの右側にひっつくリーゼ。

左側にひっついているのはアリス。その後ろで横になってアリスに密着しているのはアリスの兄・シャルル。

さらに、ユージの上にはコタローが乗っかっていた。

ユージは三人と一匹にまとわりつかれて寝ていたようだ。

暑くて当然である。

微笑みを浮かべて、ふたたび目を閉じるユージ。

しばらくすると、幸せそうに寝息を立てる。

帰れないかもしれないけれど、一人じゃない。

きっとそう感じたのだろう。

ちなみに、ユージは泣き疲れてそのままの体勢で裏庭で寝ていた。

寝台まで運んだのは、プルミエの街の冒険者ギルドマスター・サロモンである。

寝ているユージを起こさないよう、お姫様抱っこで。

時に人は知らないほうがいい真実もあるのだ。

□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □

「おはよーみんな」

「ユージ兄、おはよ! もう痛いの治った?」

目覚めたユージの顔を心配そうに覗き込んでくるのはアリス。

アリスの後ろにいるシャルルも、言葉は出さないが心配そうな表情でユージを見つめている。

優しい兄妹である。

「うん。アリスとシャルルくんが一緒に寝てくれたおかげかなー。ありがとう」

「ユージ兄、リーゼ、リーゼは?」

「リーゼもありがとうね」

続けて問いかけるリーゼ。

それにしても、レディが男に添い寝してもいいのだろうか。

リーゼが自称するレディは、優しい存在であるようだ。

しゃがみこんだユージが、両手を広げて三人の子供を抱きしめる。

きゃっきゃと喜ぶアリス。

頬を染めるリーゼ。

静かに微笑むシャルル。

前脚をユージの肩にかけ、背中にのしかかるコタロー。

まるでユージの寂しさをごまかすような、濃厚なスキンシップである。

そこに妙齢の女性はいない。

□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □

「あれ? なんかバタバタしてるなあ、なんだろ」

「あ、ユージさん、みなさん! おはようございます!」

「ケビンさん、どうしたんですか? なんかみんな忙しそうですけど?」

「ああ、先触れがあったんですよ! もうすぐゲガスが帰ってくるって! ユージさん、ちょっと私も急いでいるので、また後ほど! 包帯と血止めの軟膏と……ああ、打ち身の薬はどこに置いたかな……」

そう言い残してさっと行ってしまうケビン。

用意する物を確かめる独り言が物騒だ。

どうやらこのゲガス商会の会頭、『血塗れゲガス』が帰ってくるようだ。

「そっかー。帰ってきたら俺たちも挨拶しないと」

「はーい! どんな人なんだろうねユージ兄!」

まとわりつく子供たちに告げるユージに、アリスが元気よく返事する。

ユージ、すっかり保父さんである。

だが。

リーゼは一人、小さな声でブツブツ呟いていた。

『ゲガス。ケビンさんにあの布を渡した人ね。たぶん……』

独り言が多い危ないレディである。

□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □

ユージたち、そしてケビンは応接室でゲガスの到着を待っていた。

ユージ、アリス、リーゼ、コタロー、サロモン、ケビン。

客人として挨拶するため、シャルルやドニも座っている。

ユルシェルは最後の仕上げね! と言ってフラッと消えていった。

ケビンの専属護衛の二人はゲガスを迎えに行ったようだ。

「ケビンさん、ゲガスさんってどんな人なんですか?」

「どんな人……うーん。ま、まあもうすぐ来ますから」

暢気に質問するユージに、腕を組んだケビンが答える。緊張なのか、額からは汗が垂れていた。

と、ドタドタと部屋の外から足音が聞こえる。

そのままノックもなしにバンッと開かれる扉。

ズカズカと、一人の男が応接室に入ってきた。

「お客人、ようこそ。俺がゲガス商会の会頭、ゲガスだ」

口ではユージたち客人に歓迎の意を示しながらも、目はがっちりとケビンを捉えていた。

日焼けした肌、シワの多い顔は人生の大半を屋外で生きてきた証明だろう。

黒々とした長いアゴヒゲ以外の場所。禿頭にも顔にも、いたるところに傷跡が見える。

ケビンを睨む眼光は鋭い。

ユージが思わずヒッと声を上げ、姿勢を正すほどには。

狼人族のドニがシャルルの前に立ちふさがり、心に傷を負っているシャルルの視界を隠すほどには。

「あ、ああ、すまないお客人。ちょっと聞き捨てならない話を聞いたもんでな。あとでゆっくり話したいこともあるから、しばらく待ってくれ。先に男と男の会話をさせてくれ」

雰囲気に飲まれたユージに告げるゲガス。

ユージが隣に座っているリーゼにその言葉を通訳しようと、耳に顔を寄せたその時。

『嬢ちゃん、ちょっと待っててくれな。あとで伝えたいことがある』

『やっぱり! ええ、ここまで来たらちょっとぐらい待ってるわ』

「え!?」

ゲガスは、エルフの言葉で直接リーゼに伝えていた。

驚くユージ。

いや、ゲガスとリーゼ以外はみんな目を見張っていた。

「会頭、どうして……」

「ああん? おまえはいまそんな話がしたいのか?」

疑問を口にするケビンだが、ジロリとゲガスに睨まれて口をつぐむ。

ぐっと体に力を入れるケビン。

意を決して口を開く。

「会頭。ジゼルを私の嫁にください」

ケビンの言葉を受けて、ゲガスがさらに鋭い視線を向ける。

関係ないユージがビクッと体を縮こめる。

どうやらユージは、大事な娘をくれと言われた男親の殺気にあてられたようだ。

シャルルの目線を遮ったドニ、ファインプレーである。

「ケビン。てめえ、俺が娘を嫁にやる条件は覚えてるな?」

「はい。まずは経済力ですね。私はプルミエの街で自分の商会を興しました。それから、これが主力になる商品です」

怯むことなく回答するケビン。

足下に置いていた袋から缶詰を取り出してテーブルの上に置く。

「缶詰ってヤツか。話は聞いているし試食もした。で? これだけか?」

「いえ。アリスちゃん、ローブを脱いでくれるかな?」

「はーい!」

前屈みになってさらにケビンに近づき、いまだ睨みつけるゲガス。とても商人には見えない。

ケビンの言葉を受けて、アリスが立ち上がっていそいそとローブを脱ぐ。

9才の幼女によるストリップである。

違う。

ローブを脱いだアリスは、既存の技術と素材でユルシェルが作った、現代風デザインの服を着ていた。腰には布のコサージュが縫い付けられている。

王都でも見たことがないデザイン。

高価な布をふんだんに使う貴族向けではなく、庶民でもちょっと手を伸ばせば買えるであろう作り。

それを見て取ったゲガスがわずかに雰囲気を緩める。

「ケビン商会は、服飾も取り扱っていきます。それから……ジゼル!」

部屋の外に向けて、大きな声で合図を送るケビン。

応接室にいた一行が揃って扉に目を向ける。

全員の視線を浴びた扉が、ゆっくりと開いていく。

そこにいたのは。

ドレス姿のジゼルだった。

「ジゼル……」

「どう? 似合うかな、パパ?」

「パ、パパ……?」

目を見開いて娘を見るゲガス。

恥ずかしそうにはにかんだジゼルが、上目遣いでゲガスに問いかける。

ユージの呟きは誰にも聞こえなかったようだ。

幸いなことに。

いや、ワフワフっとコタローが小さな声で吠えていた。ゆーじ、くうきよみなさい、たしかにぱぱっていがいだけど、と言わんばかりに。

ジゼルの斜め後ろにいるユルシェルは隈を浮かべ、頬がこけていた。

それでも、最終調整を終えたユルシェルは誇らし気な顔だ。

夫のヴァレリーとともに一冬をかけて縫い上げた渾身のドレスであった。

「ふ、ふわあ! すごい! おねーちゃん、キレイ!」

『すごい、すごいわ!』

我慢できなかったのか、感嘆の声をあげる二人の少女。

だが、肝心のケビンは。

「……素晴らしい。すごいよジゼル。綺麗だよ。最高だ」

ふらふらと立ち上がり、ジゼルの下に近づいていった。

ずっと想い続けてきた女性を、そっと抱き寄せるケビン。

抱かれたジゼルはうっとりとした表情を見せる。

「ありがとうケビン。愛してるわ」

「ジゼル、私も愛しているよ」

完全に二人の世界である。

目を閉じて口付けを交わそうとする二人。

だが。

「待てや! ケビン、てめえ表でろ! 『血塗れ』の意味を教えてやる!」

応接室に怒号が響く。

甘い空気をぶち破ったのは、抱きしめられた女性の男親。

鬼の形相を見せるゲガスであった。

血涙を流さんばかりである。

ゲガス商会の会頭、『血塗れゲガス』。

娘を嫁にやる条件として、自分の店を持つほどの経済力、それから娘を守りきれる戦闘力が必須だと公言していた男。

どうやら、これから戦闘力のテストが行われるようだった。

ちなみに。

表に出ろと言っていたが、向かったのは裏庭である。