軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四話 ユージ、王都の青空市場を散策する

「ケ、ケビンさんって強かったんですね……」

「ユージさんにも体験させてしまいましたが、街の外は危険ですからね。商品の仕入れや行商することを考えたら、やっぱり鍛えませんと」

王都・リヴィエールにあるゲガス商会。

その裏庭で朝の訓練が行われていた。

旅の間はプルミエの街の冒険者ギルドマスター・サロモンがユージを指導して、訓練は二人だけ。あと犬。

だが、ゲガス商会に到着してからはケビンも朝の訓練に参加していた。

ちなみにケビンの訓練相手は、婚約者となったジゼルである。

コミュニケーションの方法はともかくとして、仲が良いのは間違いないようだ。

短剣、木の棒、農具、御者用の鞭、そして素手。

背負った背負子から得物を取り出して自在に戦うケビン。

一方で、婚約者のジゼルは武器を持たない徒手空拳。

初めてケビンの戦闘を目の当たりにしたユージは呆気にとられていた。

盗賊の襲撃を受けた時、そしてアジトに行った時に一緒に戦っていたが、ケビンの戦闘はユージの視界に入らなかったのだ。

訓練は激しく、ユージは引き気味である。

5級冒険者となったユージだが、上には上がいるようだ。

むしろユージのまわりはユージより強い存在ばかりである。

まだ体を動かすことは止められているものの、訓練場には狼人族のドニとアリスの兄・シャルルの姿もあった。

ドニは地面に座り込み、蹴りを交えた徒手空拳で戦うジゼルの姿をジッと見つめている。

ユージ兄、がんばれーと声援を送ったり、時々二人で魔法の練習をしたり。

アリスとリーゼが訓練を見るのは、いつものことである。

今日はそれに加えてシャルルも参加しているようだ。

リーゼの片言の現地語やアリスの感覚的な説明で、シャルルに魔法を教えているようだった。

アリスが育った村で、魔法を使える子供はアリスだけ。

だが、アリスとシャルルの兄であり、成人していたバジルは魔法が使えた。

母、兄、妹が魔法を使えるとなると、シャルルくんも使えるようになると思うのですが……というケビンの言葉を受けて、アリスとリーゼによる特訓がはじまったようだった。

二人に教わって、シャルルはうんうん唸りながら魔法を使おうとしている。いまだに発動しないようだが。

ぽかぽかしてぐぐーってやってえいっ! で使えるようにならないあたり、リーゼ先生に期待するしかないだろう。

炎を見るのはツライかもと心配したユージだったが、シャルルは懸命に魔法の訓練に励んでいた。

集中できるなら暗いことを考えないでいいかも、とユージは子供たちの好きなようにやらせている。

コタローはそんな子供たちの横でおすわりしていた。保護者気取りである。

開拓民にして元3級冒険者の斥候・エンゾはふらりと出ていった。

ケビンとエンゾの契約は、開拓地から王都の往復の道程を護衛すること。

無事にゲガス商会に着いたため、ケビンから「もしアレだったら出発まで自由にしていい」とエンゾに告げられたのだ。

エンゾは毎朝ゲガス商会に顔を出すが、一行から離れて自由に行動していた。

依頼でも受けてちょっくら稼いでくるわ、イヴォンヌちゃんにお土産も買いたいしな、と言い残して。

稼げるうえに喜んで貢ぐとはいいカモである。いや、身請けが決まっているのでエンゾはもうカモではないのだ。立派な大黒柱なのだ。

エルフの冒険者が王都に帰ってくるか連絡が取れるまでは、待機期間。

ユージたちはのんびりと旅の疲れを癒すのだった。

婚約者の親を待つケビンだけは情緒不安定だったが。

□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □

「ケビンさん、今日はどうしましょうか?」

朝の訓練を終えて、朝食。

今日の予定をケビンに尋ねるユージ。

一緒に朝食をとっているのはアリス、リーゼ、コタロー、サロモン、ドニ、シャルル。

ケビンと専属護衛の二人、それからケビンの婚約者のジゼル。

10人と1匹である。

針子のユルシェルは、部屋に引きこもってドレスのお直しに集中していた。

商会の従業員がテーブルに食事を置くとそのうち消えていることから、いちおう食事はとっているらしい。

声をかけても無視されるほど集中しているようだが。

「そうですねえ、ただ待つというのも退屈ですし」

「ケビン、今日は市が立つ日よ!」

「ああ、それがありましたか。ジゼル、一緒にどうです?」

「それが行けないのよねー。調整のために何度も着なきゃいけないみたいで」

「そうですか……」

がっくりと肩を落とすケビン。

だが。

市が立つと聞いて、目を輝かせる者たちがいた。

ユージ、アリス、リーゼ、コタロー。三人と一匹である。

「アリス、アリス行ってみたい!」

「リーゼも!」

はいはいはーいと右手を挙げて宣言するアリス。

アリスの隣に座ったリーゼも、現地の言葉で希望を表明する。

単語数が少なかったためか、ジゼルとアリスの言葉は理解できたらしい。

「ケビンさん、俺も行きたいです!」

「わかりましたよユージさん。じゃあ準備しましょうか」

子供たちに負けず劣らずのユージの発言に苦笑するケビン。

どうやら今日の予定は決まったようだ。

□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □

ゲガス商会からほど近く、歩いて行ける場所にある広場。

ケビンとその婚約者によると、決められた日に市が立つのだという。

きっと二人が、見る目を鍛えるという名目でデートをしていた場所なのだろう。

広場には、木で枠組みを作り、布で壁と屋根を作った出店が並んでいた。

先頭を行くのはケビンとユージ、コタロー。

ユージはカメラ片手にキョロキョロとあたりを見まわしている。完全におのぼりさんである。

ユージたちの後ろを歩くのは、シャルル、アリス、リーゼの三人。

迷わないよう、はぐれないようにがっちり肩を組んでいる。

左プロップにシャルル、フッカーにアリス、右プロップにリーゼの並びであった。

……。

シャルルが一番左で、真ん中にいるアリスの肩に右手をまわしてローブを掴む。

その逆、右にいるリーゼはアリスの肩に左手をまわしてローブを掴む。

中央のアリスは二人の腰に手をまわしてシャルルの服と、リーゼのローブを掴んでいた。

鉄壁のフロントローである。

……。

いや、スクラムを組むはずもラグビーをやるはずもない。そもそも最前列でもない。

三人は密着して、リズムを合わせて歩いているだけである。

密着する三人の横にはケビンの専属護衛の二人、最後尾にはサロモンがついていた。

心にダメージを負っていたシャルルは付いてきたが、体をケガした狼人族のドニは留守番である。

絶対に離れないようにと言われていたアリスとリーゼはニコニコと満面の笑顔。

二人の少女とユージに巻き込まれる形にはなったが、シャルルも興味深そうに目を輝かせている。

「うーん、野菜とか果物とか、肉も……あんまりプルミエの街と変わりませんね」

「そうですね、プルミエの街と王都はそれほど離れていませんから。値段や品質はともかく、種類はそうそう変わりませんよ。日用品もケビン商会が取り扱っているものがほとんどですし」

「そうですか……」

ケビンの説明に、どこかがっかりした表情を見せるユージ。

「ユージさん、では骨董品や遠方からの品が並ぶ区画に行きましょうか」

「そんなエリアがあるんですか! お願いします!」

落ち込みかけたユージに気を遣ったのか、ケビンが違うエリアへ足を向ける。

その後ろでは、がっちり肩を組んだ三人の子供たちも目を輝かせていた。

ちなみに、アリスとリーゼはローブをまとってフードをかぶっている。

リーゼはそれに加えて耳を隠せるニット帽もかぶっていた。まあこれは王都に入る前からかぶっていたのだが。

□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □

「おお、コレですよコレ! こういう感じの!」

「すごーい! アリス、知らないのがいっぱいある!」

「うわあ、すごい!」

市の端、雑多なエリアに足を踏み入れた一行はテンションを上げていた。

何に使うのかわからない怪し気な小物、書物らしき革の表紙、謎の壷、上手いんだか下手なんだかわからない絵画、独特の色使いの布。

食料品や衣類が並んだ区画と違い、この一画は蚤の市のような様相だった。

「アリスちゃん、シャルルくん、リーゼさん。絶対に手を離さないように。コタローさん、しっかり見ててあげてくださいね」

あらためて声をかけるケビン。

雑多な区画は、怪しい人物がいるエリアでもあるということなのだろう。

それにしても、犬に注意喚起するあたりケビンも慣れたものである。

ちなみにユージを除いた護衛の大人たちは、言われるまでもなく表情が変わっていた。

これまでよりもいっそう距離を縮め、密着して歩く一行。

時々立ち止まってはユージやアリスが品物を見て、店員やケビンが解説する。

特に危ない目に遭うこともなく、ユージたちは出店を冷やかしていた。

そして。

ユージは、ある物を見つける。

「これ……俺が思ってる通りなら……ケビンさん、これは何か聞いてもらえますか?」

「この壷……いえ、中に入った何かの種ですか? ええ、わかりました」

ユージの要請を受けて店員と話しはじめるケビン。

どうやら危険を冒して様々な品を船で運んできたものの、これだけが売れ残っていたらしい。

船が出た場所も産地ではなく、別の場所から運ばれてきた物であったのだという。

初めて見るほど珍しいので買ってみたが、初めて見るほど珍しいために売れ残っていたそうだ。当たり前である。

それは、ユージが気づいた通りの物であった。

すかさずユージは、ケビンに買い占めるよう伝える。

店員に聞こえないようこっそりと伝えるあたり、ユージも外出慣れしてきたようだ。

大人が一人で抱えられる程度の小さな壷。

壷の重さを考えると、中身は5kg程度だろう。

ケビンは何か知らなかったが、ユージが買い占めたもの。

それは、米であった。

□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □

ゲガス商会に帰ってきたユージは、キッチンを借りていた。

数年ぶりの米。

ユージは鼻歌まじりで籾殻をとって精米にかかる。

長く、根気がいる作業を終えたユージ。

米を研ぎ、炊く。

大学生の頃にワンダーフォーゲル部に所属していたユージは、野外で米を炊いた経験もあるのだ。

炊飯器がなくても、火と調理器具はある。

期待に胸を膨らませながら、ユージはいそいそと、しかし丁寧に米を炊くのだった。

わざわざ木を削って簡易な箸まで作ったユージ。

ついに、いっただっきまーす! と声を出して、炊きたての白米を口に入れる。

「ユージ兄、どうしたの? 大丈夫?」

『大変! どこか痛いの? 気持ち悪いの?』

一口食べたユージは、涙を流していた。

「違うんだアリス、リーゼ。ごめん、ちょっと一人にしてほしい」

そう言って、ユージは振り返ることなく部屋を飛び出していった。

ゲガス商会の裏庭、訓練に使っていた場所にユージの姿があった。

まわりには誰もいない。

ユージは壁に背中を預けてずるずると座りこみ、立てたヒザの間に頭を入れる。

ユージは泣いていた。

いや、嗚咽するほど号泣していた。

ひさしぶりの米が美味しかったのではない。

むしろ、米はまずかった。

ぱさぱさで、硬く、味は薄く、甘みはなく。

ユージが炊き方を失敗したのではない。

日本で食べる米は、日本人の好みに合わせて長年品種改良を繰り返した米なのだ。

現代では、海外産の輸入米ですら一定レベルの味にある。

ほぼ同じ形。

それだけに、知っている味とはよけい違いを感じる。

もう二度と、美味しいご飯を食べることはないかもしれない。

ユージとて頭では理解していた。

帰れないかもしれない、と。

だが。

この世界の米を食べたことで、ユージは感覚でも理解してしまったのだ。

グスグスと鼻を鳴らして、子供のように泣きじゃくるユージ。

と、立てた足に感触を感じる。

立てたヒザと地面の狭い隙間に頭を突っ込み、ヒザの間に挟まれたユージの顔を下からペロリと舐める存在。

コタローである。

一人にしてほしいというユージのリクエストを無視したようだ。

きっと心配だったのだろう。

「うう、グスッ、コタロー!」

ヒザの間にコタローを招いて抱きしめるユージ。

まるで子供である。

そんなユージの腕を振り払うことなく、コタローはユージに寄り添う。

そうね、さびしいわよね、わたしもよ、と言うかのように。

優しい女である。

犬だが。

ユージがこの世界に来てから五年目。

一人と一匹は、体温を確かめるように抱き合うのだった。

まるで、お互いしかいなかった最初の頃のように。

元の世界でじゃれあっていたある日のように。