作品タイトル不明
第53話 悠真、紗月に朝から「悠真のこと、好き」と言われて固まる
『明日いっしょに行こ! 待ち合わせね!』
昨日の夜のLINEを、もう何回見返したかわからない。ハートのスタンプが、やけに眩しい。
……待ち合わせ、な。
制服に着替えて、家を出た。十二月の朝の空気が、頬に刺さる。
昨日のことは、まだ全部は飲み込めてない。告白して、紗月が飛び込んできて、泣いて、笑って——そのあとは、正直あんまり覚えてない。
今日から、どんな顔して会えばいいんだよ。
駅に近づくほど、心臓がうるさくなってきた。
駅東口の交差点が見えてきた。並木道の銀杏はもう全部落ちて、枝だけが空に伸びてる。……いつもなら、ただ寒々しいだけなんだけどな。
信号の手前に、見慣れた人影が立ってた。チェックのマフラーに、明るい茶色の髪。
紗月だ。
俺に気づいた瞬間、ぶんぶん手を振ってきた。マフラーから顔を出して、満面の笑み。
隠す気、ゼロだな。
……いや、もう隠すことなんて、何もないのか。まっすぐ俺だけ見てる。
「悠真ーっ! おはよ!」
「お、おう……おはよ」
駆け寄ってきて、目の前に立つ。近い。いつもより、近い。
「私、早く来すぎちゃった! 悠真の顔、早く見たくて」
「……朝から、なに言ってんだよ」
うまく、言い返せない。
紗月が、俺の手に手を伸ばしてきた。
先に動くのは、決まってこいつだ。
昨日も、俺は握り返しただけだった。
——今日は。
その手が届く前に、迷って、俺から握った。冷たい。
指ごと、包むみたいに。
やべ、手汗。
紗月の手が、一瞬びくっとした。
「……っ、ゆ、悠真から……」
目を丸くして、こっちを見上げてる。顔がみるみる赤くなっていく。
その顔を見てたら、こっちまで顔が熱い。
何か言うべきだった気もするけど、何も出てこない。
手のひらの中で、紗月の指が、ぎゅっと握り返してきた。ちょっと、震えてる。
冷たかった指が、だんだんあったかくなる。
……外、こんなに寒いのにな。
◇
並木道を、二人で歩く。
手は、つないだままだ。
……離せない。いや、離さないっていうか。
紗月が、つないだ手をぶらぶら振りながら歩いてる。鼻歌まで歌ってる。
「おはよ、お二人さん」
振り返ると、矢野がいた。コートの襟を立てて、ポケットに手を突っ込んで、いつもの猫背。
俺たちのつないだ手と、紗月の顔を、順番に見比べてる。
矢野が、半目になった。
「……お先にどうぞ」
そう言って、歩く速度を落とした。きっちり距離を空けて、後ろを歩く。
「おい矢野、なんでそんな離れて歩くんだよ」
「いや、お前ら見てると、なんか疲れるわ」
ポテチの袋を開ける音がした。朝から食ってんのかよ。
「ねえ悠真、今日めっちゃ寒いね。手、あったかくて助かる」
「……俺をカイロ扱いすんなよ」
「えー、いいじゃん。減るものじゃないし」
「まぁ減らねえけど……」
そう言いつつ、振りほどく気にはならない。
「私さ、昨日からずっと、ふわふわしてるの」
「ふわふわ?」
「うん。なんか、足が地面についてない感じ」
マフラーから覗く頬が、赤い。寒さだけじゃない気がする。
「……あのね」
紗月が、つないだ手を、ちょっとだけ強く握った。
「悠真のこと、好き」
——。
足が、止まりかけた。耳が、一気に熱くなる。
なんでこいつ、こんな朝っぱらから、こんな道のど真ん中で、そういうこと言うんだよ。心臓に悪すぎる……!
何か返さなきゃと思うのに、喉が詰まって、声にならない。
「……ふふっ、悠真、耳まっか」
紗月が、嬉しそうに笑った。
「うるさい」
それしか、言えなかった。
校門が見えてきた。登校してくる生徒が、ちらほらいる。
これ、絶対ざわつかれるやつだ。学園のアイドルとモブが、手なんかつないで登校してたら。
でも、よく見たら騒いでるやつなんていない。
すれ違う何人かが、ちょっとこっちを見て、「あー」って顔をして、そのまま通り過ぎていくだけだ。
……なんだ。びびって損した。
隣の紗月は、けろっとしてる。気づいてもいないんだろうな。
本館に入って、階段の手前。ここで紗月とは別々だ。
「じゃあ、お昼ね! 屋上!」
紗月が、つないだ手を名残惜しそうに、ゆっくり離した。
離れた手に、急に空気が触れて、冷たい。
……ほっとしたような、物足りないような。どっちだよ。
「おう」
そのまま行くかと思ったら、二、三歩でくるっと振り返って、もう一回手を振ってくる。すぐ近くで。
その後ろから、宮田が歩いてきた。紗月と俺を、半分あきれた顔で見比べてる。
目が合うと、宮田はふっと口の端を上げて、「紗月、行くよ」とだけ言った。
◇
昼休み。いつもの壁際に、四人で集まった。日差しがある分、朝よりはマシだ。
俺の隣に紗月、向かいに矢野と宮田。
矢野が袋を開けるなり、宮田が一枚さらって、かじりながら紗月を見た。
「紗月、あんた朝から堂々としすぎじゃない?」
「え、何が?」
「何がって。廊下でべったりで、別れ際もすごかったでしょ」
「だって、恋人だもん」
紗月が、きょとんとしてる。マジで何が問題なのかわかってない顔だ。
「……その開き直り、すごいね」
「玲奈、開き直ってないよ? 本当のことだもん」
「うん、それが開き直りなんだけど」
……「恋人」。よくそんなさらっと言えるな。俺なんか、頭で思うだけで、まだむずがゆいのに。
宮田が、当たり前みたいに矢野のポテチに手を伸ばした。
矢野が袋をずらしたけど、結局二枚持っていかれた。
「朝、並木道でも校門でもあれだったぞ」
矢野が、ぼそっと言った。
「でしょうね」
矢野と宮田が、顔を見合わせた。
二人とも、同じ顔をしてる。疲れたような、でもちょっと面白がってるような。
……今、こいつら、通じ合ったか?
俺が自分の卵焼きをつまんでると、紗月が肩に、こてっと頭を預けてきた。
「悠真、あったかい」
「……人前だぞ」
「玲奈と矢野くんしかいないよ?」
「そういう問題じゃ……」
「えー、どういう問題?」
……また、これだ。
うまく返せない。返せないまま、紗月は俺の肩で、ご満悦だ。
卵焼きの味が、よくわからない。……完全に、こいつのせいだ。
宮田が、半目でこっちを見た。
「水野、よく耐えてるね」
「……耐えるしかねえだろ」
「ふーん」
それ以上は、言わなかった。
肩にある紗月の頭が、あったかい。矢野はポテチを食って、宮田はそれを横取りしてる。
……別に、嫌じゃないんだよな。これ。
人前でくっつかれるのは勘弁してほしいけど。でも、この四人で屋上にこうしてんのは、まあ、悪くない。
「あ、そうだ」
紗月が、急に顔を上げた。
「来週、終業式だよね。冬休み、いっぱい遊ぼ!」
「お前、気が早すぎだろ」
「だって楽しみなんだもん。あ、明日もいっしょに帰ろうね! ご飯も、えっと——」
何か言いかけて、ちょっと考える顔になった。
「……また明日、ね!」
◇
私の鞄から取り出したみけを枕元に置いて、ベッドに寝っ転がる。
右手のひらが、まだあったかい。胸も、さっきからずっと変な感じ。
今日は、私が引っ張るより先に、悠真の方から握ってきたから。指、ぜんぶ包まれちゃった。
外、あんなに寒かったのに。手の中だけ、夏みたい。
……もう、言い訳も口実も、いらないんだ。ぜんぶ、本当のことで、いい。
——明日は私から、って思ってたのに。また先に握られちゃうのかな。……それも、いいな。