軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

324.【sideステラ】在りし日々① 聖女

ステラの目の前にある端末が、彼女の 藍色の髪(・・・・) を照らしていた。

その画面には、各地で活動する彼女の部下たちの顔が映し出されている。

「南部の児童養護施設へ送る物資は順調に集まっています。冬を越す分を差し引いても余裕があります」

「北部は逆に物資が不足気味ですね。南部の余剰分を北部に回してもらえると助かります」

報告を受けながら、ステラは一人ひとりの言葉に耳を傾け、丁寧に相槌を返した。

「わかったわ。南部への物資の一部を北部に回して。それから、今冬は大寒波が予想されているから、念のため陸路だけでなく、海路での輸送ルートも選定しておいてくれる?」

「了解しました。海運業者へ連絡をしておきます」

「お願いね」

穏やかで柔らかな声音。

それでいて的確な指示。

この会議が彼女を中心に動いているのは明らかだった。

ステラは、世間から《聖女》と呼ばれている。

見返りを求めず、恵まれない子どもたちを支援する団体を率いる彼女の姿が、そう呼ばれる理由に十分だったからだ。

もっとも、その肩書きは善意から生まれたものばかりではない。

彼女の名を飾り立て、寄付金を集めようとする者たちが仕立て上げている面もある。

ステラもその事情を承知していた。

だが、その肩書きが子どもたちを救う助けになるのなら、と黙って受け入れることにしている。

「それでは、今日の定例ミーティングはここまでにしましょう。私はしばらく研究室にいるけど、何かあったら連絡をちょうだい」

そう言ってステラが画面越しに軽く会釈すると、端末に映る部下たちも一様に頷き、接続が次々と切れていった。

静寂が戻った部屋で、ステラは深く息を吐き、肩を回す。

「ふぅ……」

緊張感の残る背筋を伸ばし、大きく背伸びをした。

「よし……行こ」

小さく気合を入れると、コートを手に取った。

その足取りは軽やかで、次の仕事へと向かう準備はもう整っていた。

ステラはコートの裾を整え、玄関を出た。

冷たい風が頬を撫でる。

見上げれば、ガラスの壁面が光を反射する高層ビル群が立ち並び、道路には車の列が絶え間なく流れていく。

歩道には携帯端末を手にした人々が行き交い、信号の切り替わりに合わせて波のように足を止めては、また動き出す。

その喧騒は、剣と魔法の世界を思わせる要素など微塵もない。

そんな光景をわき目に、ステラが大学の門をくぐろうとしたとき、不意に声が掛かった。

「まあ、ステラさん。お久しぶりね」

振り向けば、きっちりとスーツを着こなした妙齢の女性が立っていた。

「……ヴィクトーリアさん、ご無沙汰しております」

彼女もまた、世界中の恵まれない子どもたちを支援する団体を率いる人物だった。

かつてステラもその団体に身を置いたことがある。

その団体の理念に惹かれ、理想を信じていた。

――けれど、中に入ってみれば、そこに居たのは、金の流れしか頭にない連中の集まり。

そんな連中に失望し、彼女は新たに自分の団体を立ち上げたのだった。

「貴女の活躍のおかげで、私の団体への寄付金もすごく増えているわ。本当にありがとうね、《聖女》さん」

「……お世話になった古巣へ恩返しができているようで良かったです」

ステラは微笑みながら答えつつ、内心では毒づく。

(金の亡者が、よく言うわ……)

ヴィクトーリアがさらに何かを切り出そうと口を開きかけた。

その目の奥に漂う濁りを、ステラが見て取る。

これまでの付き合いからして、ろくな話題ではないのは明白だった。

「申し訳ありません、今は急いでいまして。失礼します」

軽く頭を下げて言葉を切り、ステラは足早に歩を進める。

ステラは嫌な余韻を引きずりながら研究棟の階段を上り、研究室の扉を開いた。

すると、窓辺に立つ赤いメッシュの入った黒髪の男性の姿が目に入る。

ステラの幼馴染であり、後の世で《おとぎ話の勇者》や《異能者の王》などで呼ばれることになる男――アウグストだ。

彼が背を丸め、窓から顔を出しながら外の空を見上げている。

「あー……空から金が降ってこないかなぁ……」

呟きを聞いたステラは思わずため息をこぼす。

(ここにも居たわね。金の亡者が……)

しかし、物思いにふけながら発した彼の言葉が、戯言に過ぎないのも分かっている。

気づけば、ステラの口元に笑みが浮かんでいた。

ステラが窓辺に歩み寄った。

「もし本当に空からお金が降ってきたら……どうなるかしらね」

「ん?」

「お金に引き寄せられて、貴方の研究室は一瞬で人だかりに覆われるでしょうね。きっと身動きすら取れないほどに」

「うげっ……それは勘弁だ……」

アウグストはげっそりした顔で、情けない声を漏らした。

「随分と追い込まれているのね。要人の視察は来週なんでしょう? 大丈夫なの?」

「ははは……大丈夫だと思うか?」

乾いた笑いと共に返された呟きに、ステラは苦笑した。

「だぁぁぁー! なんでこうなった!?」

アウグストは頭をぐしゃぐしゃと掻きむしり、声を張り上げる。

「今頃俺は世界中から救世主だと称えられ、拍手喝采されていたはずなのに! 偉人として教科書に載ることだって出来てたはずなのに!」

「随分と楽観的な見通しを立てていたのね」

ステラの冷ややかな一言に、アウグストはぐうの音も出なかった。

――彼の言葉は誇張に過ぎない。

しかし、そうなっていた可能性も 確かにあった(・・・・・・) 。

この世界には、長らく警鐘が鳴らされ、昨今では社会問題として顕在化しつつある難題があった。

それが――資源の枯渇によるエネルギー問題だ。

アウグストは、その解決を目指す研究者の一人だった。

代替的なエネルギーの発見が望まれる中で、五年前に一つの大事件が起きる。

とある地域に巨大隕石が落下し、壊滅的な被害をもたらしたのだ。

当時、ステラは即座に仲間たちを引き連れて現地に入り、救援活動に当たった。

人手が要るということで同行していたアウグストは、そこで隕石の欠片を手に入れる。

支援の合間にそれを調べた彼は、隕石に含まれていた未知の物質が代替的なエネルギーとなる可能性を見出した。

本格的な研究の末、アウグストはその未知の物質を新たなエネルギーとして運用する方法を確立し、それを『魔力』と名付けて論文として発表した。

まだ切迫した問題ではなかったが、遠からず訪れる未来に備える手段が見つかったことに、世界は希望に湧いた。

しかし長年の問題は、そう簡単には解決しなかった。

飛来した隕石をすべて活用しても、世界中のエネルギーを賄うには到底足りなかったのだ。

そこで国から新たな指示が下った。

――魔力を増やす方法を見つけよ、と。

以来、アウグストは日夜研究に明け暮れている。――人類の未来を、その両肩に背負いながら。

アウグストが何かに気づいたように眉を動かし、ポケットに手を入れた。

取り出したのは携帯端末。

その画面には着信を知らせる通知が点滅している。

「……アイリスか」

小さく呟きながら指先で操作すると、画面が切り替わり、 銀髪の女性(・・・・・) の顔が現れた。

「やっほー。アウグスト」

「……何の用だ?」

「え、ちょっと、機嫌悪い?」

「毎日研究漬けで疲れてるだけだ」

「へ~。相変わらず頑張ってるね~」

アイリスは悪びれる様子もなく、にこにこと笑っていた。

「そんなことより、問題です! 私は今どこに居るでしょうか!」

「知らん」

「うわ~、そっけなーい。正解は、砂の国でした!」

「……砂の国?」

「そう、見てよ!」

端末がぐるりと回され、背後に広がる黄金色の砂漠と市場の喧騒が映し出される。

「すっごいでしょ? 〝未来〟を見据えている私のような人間は、こうして世界を歩いて視野を広げてるのよ」

「……お前が単に旅行好きってだけだろ」

「ひどいなぁ。まぁ、そうなんだけどね。でも、これも全部〝未来〟のため! だって過去を振り返っても何も変わらないでしょ? 私は常に前だけを見てるの!」

アイリスは笑顔で言い切った。

「だったら世界が抱えてる問題にも向き合ってくれませんかねぇ……」

「え、それはアウグストがどうにかしてくれるんでしょ?」

「はぁ!? 何で即答なんだよ!」

「だって、救世主はそういうものでしょ? 私はアウグストを信じてるからこそ、こうして世界を見て回ってるの。きっと未来を切り拓くためのヒントが、あちこちに転がってると思うんだ!」

「……観光したいだけだって本音が見え見えだぞ」

「え~、良い建前だと思ったのに」

悪びれる様子もなく、アイリスは楽しげに笑った。

「…………」

「それじゃ、報告も終わったし、切るね。んじゃね!」

通話がぷつりと切れ、研究室に静けさが戻った。

まるで嵐が一瞬で通り過ぎたかのような、妙な脱力感だけが残る。

「……はぁ、やっぱり自由人の相手は疲れる……」

通話が切れた後、アウグストは机に突っ伏し、どっと力を抜いた。

ステラはその様子に苦笑する。

「アイリスは相変わらずみたいね」

「あいつは、いくら何でも楽天家過ぎないか……?」

「まぁ、それがアイリスの良いところでもあるから。私たちみたいな仕事人間には、良い清涼剤になるわ」

「《聖女》様が、人を清涼剤扱いですか。意外に黒いところがありますなぁ」

「その言い方辞めて。《聖女》なんて、金の亡者どもが私を広告塔にするために付けたあだ名なんだから」

「そう呼ばれ始めた経緯はともかく、実際に色んな子どもを助けようと奔走しているステラは、十分立派だと思うけどなぁ」

ステラは肩を竦め、軽く息を吐いた。

「そんなことを言うなら、子どもだけじゃないで社会全体を救おうと努力している貴方の方が――って、今はそんなことを話している場合じゃないわね。とにかく、来週の視察までにできることをやりましょう。手伝うから」

そう言って歩き出すステラの背を、アウグストは見送りながら、もう一度ため息を吐いた。