軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

311.妖力

しばらくして、シオンとルーナは、どこか満ち足りた表情をしていた。

「はぁ……最高だった……」

「えぇ……あれは癖になりますね……」

その足元――いや、宙に浮かんだままのサクラモチは、ぐったりと項垂れてぜぇぜぇと荒い息をついていた。

「なんでオレがこんな目に……」

オリヴァーが苦笑しながら肩を竦める。

「……災難だったな」

「まさか人間に……同情される日が来るとはな……」

サクラモチはか細い声でそう呟き、どこか遠い目をしていた。

やや落ち着いた空気の中で、俺は改めて問いかける。

「……で、結局コイツはなんなんだ?」

問いに、フウカは迷いなく答えた。

「白櫻に宿っていた意識の具現化。私と協力関係を築いてから出てくるようになった。これは妖力そのものと言える存在。だから、さっきのオルンの質問にも答えられる」

「なるほど……」

俺は真剣な面持ちで頷き、視線をサクラモチへと移す。

「じゃあ改めて聞く。妖力ってなんなんだ?」

「はぁ? なんでオレが答えなきゃなんねぇんだよ」

狐はすぐさま顔を背け、ぶすっとした声を漏らす。

その瞬間、フウカの瞳がわずかに細められた。

「サクラモチ。意地悪しちゃダメ」

柔らかな声音なのに、拒めない気迫がすっと滲む。

狐は肩をびくりと揺らし、しばらく黙り込んだのち、小さくため息をついた。

「チッ……分かったよ。説明すりゃいいんだろ、説明すりゃ……。……ったく、人間相手に講釈垂れるとか、オレも落ちぶれたもんだな」

サクラモチは不満げに鼻を鳴らすと、宙にふわりと浮いたまま姿勢を整えた。

耳と尻尾をゆるやかに揺らし、先ほどの情けない姿からは想像できないほど理知的な声音を響かせる。

「それで、妖力についてだったか?」

「あぁ。よろしく頼む」

サクラモチがため息を一つ吐いてから語り始める。

「まず妖力ってのは、――生物の内に宿る〝負の感情〟を糧に生まれる力だ。怒り、憎しみ、妬み、恐怖。そういう黒い感情は、〝正の感情〟を糧にする氣よりも、ずっと強烈だ。火が薪を呑み込むように膨れ上がり、自身すら怪物に変えてしまうほどにな」

狐はゆらりと宙を泳ぐように動きながら、俺を鋭い目で見やった。

「そして、人間はそれを 手放した(・・・・) 。理由は簡単。あまりにも強すぎて、制御できずに自分や仲間を滅ぼす者が後を絶たなかったからだ。何千年もかけて遺伝子に妖力を抑制する機構を刻み込んだ。……つまり、人間は妖力を『自分に扱えない力』ってことで切り捨てたわけだ」

最後の言葉には、皮肉めいた響きがこもっていた。

「ただ、それは手放したのは人間だけだ。 他の生物には変わらず備わっている。んで、稀にそれに飲まれて化け物になるヤツが現れる。それを人間は、『妖怪』と呼んで、 東雲(シノノメ) の家系などの特定の一族が長年祓ってきた」

「妖怪……。過去の文献を見て存在は知ってるけど、俺は実際に見たことはない。それだけ珍しいのか?」

「珍しいことは間違いないが、お前が見たことないのは、別の理由だ」

「別の理由?」

「この世界そのものが、妖怪が生まれないように設計されている。それだけの話だ」

「世界……。つまり術理によって、他の動物の妖力も抑え込まれているわけか」

「そういうこった。……話が脱線したな。つまり、妖力は氣と対極にあるが、 根っこは同じ(・・・・・・) 〝生物の内に流れる力〟だ」

サクラモチの言葉に、俺は眉を寄せた。

「それじゃあ、大昔の人間は氣も妖力も扱えていた。しかし、長い時間をかけて妖力を捨てた結果、氣すら操れなくなったってことか?」

「察しがいいな」

狐は薄桜色の尾を揺らしながら、淡々と告げる。

「妖力を封じた影響で、氣の循環も鈍った。だから人間は〝自分の内なる力〟を操る術を忘れ、知恵を働かせる小賢しい生き物になった」

「……だが、文献にはおとぎ話の時代に、氣を使える者が現れ始めたと書いてあった。それはどうしてだ?」

俺の問いに、狐は宙を漂いながら目を細める。

「〝魔力〟っていう新しい力が現れたからだろう。生まれつきのもんじゃなく、環境に満ちてるエネルギー。それが人間の中に刺激を与えたんだ」

「刺激……?」

「ああ。魔力が世界を満たすようになって、人間の内に眠っていた氣も呼応するように活性化した。魔力は氣と 相克関係(・・・・) にあるからな。陽と陰――一方が強まれば、必然的にもう一方も目を覚ます」

俺は顎に手を当て、ゆっくり言葉を探した。

「……氣と魔力が相克する関係なら、氣の対極にある妖力は、魔力と 相生関係(・・・・) にある、ってことか?」

「ご明察。理屈の上ではそういうことだ」

サクラモチは口の端を吊り上げ、皮肉げに笑った。

「つっても、人間には手に余る代物だけどな」

妖力の本質に辿り着いて、胸の奥で何かがはまる音がした。

俺の奥義――【 終之型(モント・エンデ) 】。

その本質は、氣と魔力を同時に極限まで練り上げて意図的に 相克させること(・・・・・・・) にある。

身体能力を限界まで引き上げつつ、その相克によって万象を消滅させる力を生み出す。

だがそれは氣の極致点――〔破魔〕を行使することに等しい。

〔破魔〕とは魔力を消し去る力であり、異能という魔力に馴染んだ自分の身体すら崩壊させかねない危うさを孕んでいた。

(だけど、もしも――その二つの間に妖力を挟めるなら)

相克で生じる反動を、妖力という〝緩衝材〟で和らげられる。

自分の身体を巡る氣と魔力が互いを喰らい尽くすのではなく、妖力を媒介に均衡を保つ。

もしそれが成し得るなら――自己を削らない【 終之型(モント・エンデ) 】が成立する。

俺は静かに息を吐いた。

「……やっぱり妖力が最後のピースだった」

俺の呟きに、ふわりと宙に浮いていたサクラモチがぴくりと耳を動かす。

「おい、まさかとは思うが、自分が妖力を扱えるとでも思っているのか? さっき言っただろ。妖力は人間には扱えない。そう遺伝子に刻まれているんだからよ」

狐の声は冷ややかだったが、その尾は落ち着きなく揺れていた。

「そうは言うが、フウカは扱えているんだろ? だったら方法があるはずじゃないのか?」

俺が反論すると、サクラモチは一瞬だけ口を噤んだ。

耳がぴんと立ち、鋭い眼差しをフウカへと向ける。

「認めたくないが、この小娘は――」

「――フウカ」

これまで静かにしていたフウカが、サクラモチの呼称を訂正する。

「…………。……フウカは、特別だ」

不承不承としながらも、サクラモチが訂正し、話を続ける。

「コイツは東雲の直系だ。妖怪――妖力に飲まれた怪物どもを祓い続けてきた一族だ。加えて、この世界で唯一存在が認められている妖力である 白櫻(オレ) と適合している。これだけの条件が整って、フウカはようやく妖力を扱えている」

サクラモチは淡々と述べたあと、にやりと口角を吊り上げる。

「ま、そんなフウカでも、つい最近までは妖力に飲まれるのが怖くて、雀の涙程度の妖力しか扱ってこなかったがな」

尾を左右に揺らし、あざけるように目を細める。

「余計なことは言わなくていい」

フウカがムッとしながら口を挟む。

「……妖力を扱えない、その最大の障壁は、 人間(おれたち) に刻まれている遺伝子が妖力を抑制しているから、ということでいいか?」

「……? あぁ、そうだな」

サクラモチは小さく鼻を鳴らし、当たり前のことを聞くなとでも言いたげに尾を揺らした。

「それについては別件で既に当たりを付けていたから問題なさそうだな。むしろ 都合が良い(・・・・・) くらいだ。問題は妖力そのものを操る感覚をどう識るかだな。なぁサクラモチ、妖力を操る感覚を識れる方法について何か心当たりあるか?」

「お前まで、オレのことをそんなふわふわした名前で――って待て待てっ! なんでもう操れる前提なんだよ! これは個人がどうこうできる話じゃねぇんだぞ?」

サクラモチの慌てふためく声に、フウカが小さく肩をすくめた。

「サクラモチ、私が特別なように、オルンも私とは違う特別なの。オルンには【森羅万象】って異能がある。見聞きした力を自分も扱えるって異能」

「はぁ? なんだそれ?」

サクラモチが露骨に呆れた表情を浮かべる。

「見聞きしただけで扱えるようになるほど単純なものでもないがな。と言っても、今回は【森羅万象】とは別の方法で習得を試みるつもりだけど」

「……そうなの?」

「うん。まぁ、それについてはおいおい話すよ。できるって確信までには至ってないから。――それで、話を戻すけど、何か方法に心当たりはあるか?」

「……手っ取り早いのは、 白櫻(オレ) に適合することだ。だが、これは絶対に無理だ。お前がふざけた異能を持っていようと、適合に必要なのは血統だからな」

その言葉に俺は思わず眉をひそめる。

(血統……。異能の継承と似た原理か。なら、異能の拡大解釈で……。いや、難しいか……。そもそも白櫻はフウカの大切な刀だ。借りるつもりはないし、ナシだな。だったら――)

「――いや、 もう一つ(・・・・) あったな」

俺が思考を巡らせていると、サクラモチが思い出したかのように声を漏らした。

「もう一つ? 妖刀がもう一本あるってことか?」

「あぁ。ま、あれはオレなんかと比べるのも烏滸がましい廉価版だが、妖力を宿していたのは間違いない」

「それはどこで見たんだ?」

「フウカが祓った男が持っていた剣だ」

さらりと言われた言葉に、フウカが瞬きを繰り返す。

「私が、祓った?」

「居ただろうが。 オルン(この男) が空けた大穴の底で、フウカが斬ったあの粗暴な男だよ」

「…………?」

フウカはピンと来ていないようで、首をコテンとかしげている。

だが、俺が出てきているということは、俺とフウカが共闘した敵ということだろう。

フウカと共闘した戦い自体はそこまで多くない。

その中で、俺が大穴を空けたとなると……。

「――《戦鬼》か」

《シクラメン教団》の幹部の一人であった《戦鬼》ディモン・オーグル。

俺が《羅刹》スティーグと戦うために、一緒にいた《戦鬼》の相手をフウカに任せた。

《戦鬼》の武器は大剣だったはずだが、その剣に妖力が宿っていたということか。

「……そういえば、赤銅色の剣を使ってた。あの剣なら、《戦鬼》を倒した後に回収したまま、私が持ってる」

フウカはそう言って、自身の収納魔導具から《戦鬼》が使っていた剣を取り出した。

「オルンにあげる」

差し出された剣を両手で受け取る

思った以上にしっかりとした重みが掌に乗った。

「……ありがとう、フウカ。おかげで、今の俺が進むべき道が定まったよ」

まず最優先は、ルーナに超越者に成ってもらい、ティターニアとの約束を果たすこと。

そして、俺が妖力を扱えるようになること。

どちらも必ず成し遂げて見せる。

重みを確かめるように柄を握りしめながら、胸の奥で静かに誓いを新たにした。