軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

304.【sideティターニア】最初の贈り物

陽炎のようにわずかに、空気が揺らめく。

やがてそれは意思を成した。

『……ここ……どこ……?』

それが最初の言葉だった。

たどたどしさはあれど、その声には確かな知性が宿っている。

『成功ね』

その近くから安堵の色が含まれた、別の声が聞こえた。

『……だれ……?』

『ウチの名前はティターニア。妖精の女王なんて呼ばれている。そして、貴女の親でもある』

『……おや……? わたしの……?』

『ウチの力の一部を切り離して生まれたのが貴女。意思を持てるかは賭けだったけど……、きちんと意思が宿って良かった』

ティターニアの心情に呼応するように、空気が優しく揺らめいた。

『……どうして……わたしは、しゃべれるの……? なにも……知らないはずなのに……いろんなことが……解かるの……?』

『それは、ウチの力と一緒に知識を少しだけ渡してあるからよ。言葉と、理と、魔の在り様を、貴女は知っている』

『そう、なんだ……。ねぇ女王様、わたしには……名前……あるの……?』

その問いに、ティターニアは一瞬だけ言葉を失った。

『……そうか、名前か。考えてなかった』

『……ないの……? わたしの名前……』

名もなき妖精が悲しそうに呟く。

『今考える。少し時間をちょうだい』

静かに思考を巡らせる気配が空気に滲む。

やがて、ティターニアがふと呟くように言葉を紡いだ。

『ウチら妖精の名前は、旧時代に架空の存在として語られていたモノから付けられている』

『……旧時代……? あ……知識の中にある。……この術理の世界ができる……前の世界の文明……』

『そう。ウチはその時代に生まれた。人間が鉄の鳥で空を翔け、空の果てを目指していた時代に、ね』

『……今では、考えられない……』

『そうね。だけど、確かに在ったものよ。今ではそれを知る人間は皆無だけどね。魔力に飲み込まれて、歴史まで歪められてしまったから』

ティターニアの声に少しだけ、寂しさのような、懐かしさのようなものが滲む。

その感情のさざ波が、わずかに空気を揺らした。

『ティターニアという名も、そこで語られていた〝女王〟の名から取られた』

『……そうだったんだ……』

『だから貴女にも、〝妖精の名〟をあげたい』

名もなき妖精が、わずかに空気を揺るわせる。

自分という存在が、名付けられるということの意味を、静かに受け止めているようだった。

『〝ピクシー〟。それが貴女の名前』

『……ピクシー……』

その名を、そっと口の中で転がすように繰り返す。

次第に、それが自分の形に馴染んでいくのがわかった。

『……それが……わたし……』

『そう。今この瞬間から、貴女はピクシーよ』

ピクシーの中に、ほんの小さな熱が灯った気がした。

名を得たことで、自分がここに〝確かに在る〟と理解できたから。

『……名前を付けてくれて……ありがとう、女王様……』

『どういたしまして』

その言葉が、思いのほか胸に残った。

同時にかつての友人の言葉が脳裏によぎった。

『ピクシー。これから、貴女に頼みたいことがあるの』

『……たのみ……?』

『ルーナ・フロックハートという人間の少女がいる。これから険しい道を歩むことになる子よ』

ピクシーは静かにティターニアの言葉に耳を傾けていた。

『貴女には、その子の傍に居てほしいの。近くに居て、見守ってほしい』

『……見守る……?』

『そして、彼女が困ったときや傷つきそうなときには、そっと手を貸してあげて』

『……それだけで……いいの……?』

『それだけでいい。あとは、貴女の感じるままに、自由に行動してもらって構わない』

ピクシーは少しだけ揺れた。

けれど、それは迷いではなく、決意に似た動きだった。

『……それが、わたしの……生まれた意味なら……』

ピクシーの言葉が空気に溶けると、彼女の気配がふわりと舞い上がる。

音もなく、輪郭もなく、それでも確かにそこに在ったものが、静かに遠ざかっていく。

離れていく気配を見送りながら、

『…………ふっ、何をやっているのだろうな、ウチは』

ティターニアが自嘲めいた声を漏らした。

かつて自分は傍観者で居続けると決めた。

この世界の行く末を眺めるだけの存在だと、自分を定義付けた。

ピクシーを生んだことは、そんな過去の自分が決めたことに背く行為に他ならない。

それでも、ピクシーという 似て非なる存在(・・・・・・・) がルーナという人間に干渉しても、それは 自分ではない(・・・・・・) 。

そう言い聞かせて、自分はまだ傍観を貫いているのだと――苦しすぎる言い訳を、心の内で重ねた。

そんな自己矛盾から目を背けるように、ティターニアは、かつて友人から教えられた何気ない一言を思い出していた。

『……名前は親が子に贈る最初のプレゼント、か。まさかウチが名前を贈ることになるとは夢にも思っていなかったよ、ステラ』

誰もいないその場所に、風が吹き抜けた。

それはまるで、遠い記憶の中からステラの笑みがそっと戻ってきたかのようだった。

ティターニアは、それ以上何も語らず、ただその風に身を委ねていた。