軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

299.浴衣姿

◇ ◇ ◇

戦いが終わって、二日が経った。

倒壊した屋根や、焦げた石畳など、まだハネミヤのあちこちに傷跡は残っている。

けれどそれ以上に、人々の笑い声と明かりの眩しさが、この街を包んでいた。

呼び込みの声と子どもたちの笑い声が交差している。

俺は浴衣の袖を軽くまくりながら、周囲を見回した。

今日は霊舞祭の最終日。

本来なら一日目から祭り一色だったはずが、今年は事情が違う。

一日目に突如始まったフィリーによる神降ろしによって、ハネミヤには幻魔という怪物が現れた。

何とかフィリーやその後に現れたヤタノヘビを退けることに成功したが、幻魔による被害は少なくない。

戦いが終わってからはナギサを中心にこの街の復興作業に明け暮れた。

本来であれば、今日も引き続き復旧作業にあたるべきだったのだろう。

だが、『今日は、予定通りお祭りをしましょう!』と、ナギサが決断した。

反対の声もあったが、

『――悲しいことがあったからこそ、です。私は皆さんに、ずっと下を向いたままでいてほしくないんです。涙を流す日があっていい。でも、同じくらい、笑って前を向く日も必要なはずです。最終日くらいは、いつもと変わらない霊舞祭をやりたいんです。それがきっと、この国がまた歩き出すための第一歩になると思うから』

彼女にしては珍しく強い口調で言い切ったらしい。

俺たちはその場にはいなかったが、後にキリュウさんが嬉しそうに話してくれた。

『最初は反対もありましたが、……ナギサ様があのようなことを言われると思ってなかったもので、皆、呆気に取られていましたよ』

それを俺と一緒に聞いていたフウカも嬉しそうにしていた。

相変わらず表情は全然変わっていなかったが。

普段はどこか引っ込み思案で、前に出るタイプではなかったと聞いていたナギサが、瓦礫の前に立ち、すすけた顔の人々を見渡して、そう語ったのだという。

だから今、こうしてこの街には、提灯が灯っている。

傷は完全には癒えていない。

それでも、復興を止めてまで、祭りは開かれている。

彼女の言葉を信じて、皆が顔を上げた結果だ。

日が落ち始め、空にはすでに夜が覆い始めている。

行き交う人々の笑い声が重なり合い、祭囃子が遠くから緩やかに流れてくる。

「……悪くないな」

隣で立っていたオリヴァーが、ふっと小さく笑った。

彼もまた浴衣姿だ。

深い灰藍の布地に、細かい幾何模様が入った渋い一着となっている。

「同感。ツトライルの感謝祭とはまた違った趣があるよな」

俺が言うと、オリヴァーは頷きながらも、目線を遠くに向けた。

「感謝祭、か。去年の俺を思い出すな」

「俺をパーティから追い出したりして、空回りしっぱなしだったもんな」

「言わないでくれ。あの時の俺は、完全に黒歴史なんだから……」

オリヴァーが苦笑いを浮かべて、顔をそらす。

だが、どこか吹っ切れたような表情でもあった。

「とはいえ、俺は全てをフィリーのせいにするつもりはない。【認識改変】を受けていても、最後に決断を下したのは俺自身だ。俺が、ずっとオルンを信じられていれば、あんな馬鹿なことはしなかったはずだからな」

「そっか。でも、オリヴァーがああしてくれたから、今があるとも言える。追い出されなかった未来がどうなっていたかはわからないけど、俺は――今のこの道が、正解だったって言えるようにしたいんだ」

その言葉に、オリヴァーは少しだけ目を見開いてから、ふっと苦笑した。

「……オルン、お前、記憶を取り戻してから、そういう照れくさいことをさらっと言うようになったよな」

「……そうかもな」

自分でもそう思う。

昔の俺なら、こんな風に正面から本音を口にするなんて、きっとできなかった。

子どものころは、両親や里の仲間の反応が怖くて夢や本音を語ることができなかったけど、今は少しだけ、変われた気がする。

伝えなければ、伝わらないことがある。

そんな当たり前のことに、ようやく気づけたから。

もちろん、なんでもかんでも言えばいいってわけじゃない。

けど、言うべき言葉を、きちんと口にできるようになりたいと思っている。

そんなふうに考えていると、不意に人波の向こう、提灯の明かりが交差するあたりで、ひときわ目を引くふたつの影が現れた。

銀色のセミロングが灯の粒を滑らせるように揺れ、もう一人の長い藍髪は夜風にさらさらと流れている。

「……来たな」

俺とオリヴァーが視線を向ける先から、シオンとルーナがこちらに歩いてきた。

シオンは、月白の浴衣に青紫の撫子が控えめに咲く一着だ。

少し緊張したような面持ちで歩いてくるその姿に、自然と目が奪われる。

その淡い色合いは、彼女の銀色の髪とよく馴染んでいて、静かな美しさを纏っていた。

ルーナはというと、白地に水色と藍の朝顔があしらわれた浴衣に、薄金の帯を結んでいた。

長い髪はゆるくまとめられ、夜の灯りに映えている。

「……お待たせ」

シオンが恥ずかしそうに微笑みながら、静かに言った。

「全然待ってないよ。そんなことよりも、二人とも浴衣似合ってる」

俺が素直にそう言うと、シオンは照れ隠しのように小さく笑って頷いた。

「そっか。……ありがと。変じゃない?」

「むしろ見惚れてた」

「……もう、そういうのは二人っきりの時まで取っておいて」

それでも、シオンの口元には自然と微笑みが浮かんでいた。

「えへへ。こういうの、着るの初めてだったから不安だったけど、ちょっと安心したよ」

「お二人の浴衣も似合ってますよ。オリヴァーさんなんて、想像以上に渋いですね」

ルーナが笑いながら続けた。

「おっさんみたいだって言いたいのか?」

「そういうわけではありませんが、確かに少し以前のオリヴァーさんは危うい感じでしたし、ようやく落ち着きが出てきたとは思いますね」

オリヴァーがわずかに肩を落とす。

「オルンだけじゃなくて、ルーナにも黒歴史を掘り返されるとは……」

「ま、過去に色々やらかした者同士、これからの頑張りで挽回しよ」

そう言ったのはシオンだった。

「では、ナギサさんたちの舞の奉納まで時間がまだありますし、出店を見て回りましょう。まずはどこから行きますか?」

「そうだな。りんご飴を買うのは確定として、他に行く場所か……」

「りんご飴、ですか?」

ルーナが首をかしげる。

そんな彼女にシオンが補足をする。

「フウカにオススメされているの。あの子、舞の準備で祭りを案内できないからって、りんご飴がオススメだって念を押してきたから」

「あれはむしろ買ってこいって言ってたようなものだよな……。りんご飴について話してた時のフウカの目がこの上なく真剣だった」

「『買い忘れた』とか言ったら斬られかねない雰囲気あったよね」

その時のフウカを思い出していた俺とシオンは、顔を見合わせ笑い合う。

「……フウカさんは、何かしら常に食べてる印象ありますよね。確かに食関連で怒らせたら怖そうです」

「まあ、それだけ真剣ってことだろ。ある意味、一番祭りを楽しみにしてたのかもしれない」

「舞で動けないぶん、せめて食だけでもってことだね」

「じゃあ、まずはりんご飴で決定だな。とすると、人数分で九本か?」

オリヴァーが本数に言及すると、シオンが苦笑を浮かべた。

「フウカが一本で満足すると思ってる? あの子には三本は必要でしょ」

「そんな数をいきなり注文したら迷惑ですね。前もって店主に伝えて用意してもらいましょう。買うのは天霊神社に向かう直前でどうですか?」

ルーナが意見を纏めてくれた。それに異議を唱える者はいなかった。