軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

294.問答

◇ ◇ ◇

木々の間を抜けた瞬間、視界が開けた。

ねじれた幹がうねるように並ぶ霊山の中で、そこだけがまるで異界のように静まり返っている。

――天霊神社の鳥居。

朱塗りの柱は雨風に晒され、ところどころ塗料が剥げていたが、それでもなお、異様な存在感を放っていた。

キョクトウへ来る前の俺は、ここに来れば自然と厳かな気持ちになると思っていた。

だが、現実は違った。

その理由も分かっている。

壮麗な天霊神社の雰囲気をぶち壊すように、その地から涅い魔力が大量に噴き出しているからだ。

鳥居をくぐり敷地の中へと入ると、また雰囲気が変わった。

本殿の脇に組まれた 櫓(やぐら) を呑み込むように、地面からは黒々とした魔力が渦を巻いて噴き出している。

その傍に新緑色の髪をした女性――フィリー・カーペンターが立っていた。

即座に彼女を拘束して魔力の噴出を止めたかったが、それは難しそうだ。

この一帯に大量の魔術が設置されている。

読み解くのに 時間が掛かりそう(・・・・・・・・) だが、おそらくは特級魔術に相当するオリジナル魔術だろう。

「来たわね、オルン・ドゥーラ」

口を開いたフィリーは、どこか愉し気だった。

「もう分かっているでしょうけど、それ以上動かないでちょうだい。この周りには、色々と仕込んであるから」

天霊神社の鳥居は、この世界の術理へと通じる唯一の道だ。

壊されるわけにはいかない。

もし壊されてしまった場合、【時間遡行】で元に戻せても、術理への道まで元に戻る確証はない。

今は会話で時間を稼いで、魔術を無力化するのが最適か。

「わかっている。……それにしても、これまで何度かニアミスはしていたが、こうして言葉を交わすのは初めてだな、フィリー・カーペンター」

「えぇ、そうね。出来ることなら、このままずっと直接の接点を持たないままでいたかったわ」

フィリーは肩をすくめるようにして、わざとらしく息を吐く。

「わたくしの方から、貴方と話したいことなんて一つも無いもの」

「……だろうな」

設置されている魔術の術式構造を探りながら、淡々と答える。

「でもまあ、出会ってしまったものは仕方ないわ。せっかくだし、少しお喋りでもどう? 無駄な争いは好きじゃないの。わたくしはもうじきこの国から出て行くつもりだったのだし、できることなら穏便に済ませたいわ」

『どの口が言ってるんだ』という言葉を、喉まで出かけて飲み込む。

フィリー・カーペンターが、穏便なんてものを望んでいるとは思えない。

だが、こちらとしても時間を稼げるなら願ってもない展開だった。

「だったら、聞かせてくれ。お前の目的はなんだ?」

「そうね。一言で言うなら『純粋な世界にしたい』といったところかしら」

彼女は世間話でもするような調子で話し始めた。

「秩序や法律、道徳、善意。そんなものに縛られて、窮屈そうに生きている人間たちが、わたくしには滑稽に見えるの」

フィリーの唇が、緩やかな微笑を形作った。

「人間はもっと、醜く、利己的な生き物でしょう? 怒って、恐れて、互いに裏切り合い、騙し合い、喰らい合う……。そんな姿の方がよほど誠実で、自然だと思わない?」

愉し気な様子で話し続ける。

「だから、わたくしはそんな自然な形に戻してあげたいの」

「……そんな世界が訪れたら、今以上に秩序が崩壊するって分かってるんだよな?」

俺の言葉にも、彼女は微笑を崩さない。

「ええ、当然。だけれど、秩序が崩れていく音って、いいものよ。誰かの悲鳴と一緒なら、尚更ね」

そして、ふっと瞳を細めて、毒のような一言を落とす。

「とはいえ、それはあくまで過程の話。最終的には、――人間なんて一匹残らず居なくなれば良いと思ってるわ」

その言葉に、俺は自分の身体が冷えていくのを感じた。

「そうなれば、誰も絶望せず、誰も苦しまない。ね、素敵なエンディングでしょう?」

「どこがだ」

俺は静かに息を吐き、言葉を返した。

「お前の目指している結末が訪れるまでに、いったいどれだけの人が絶望して、苦しむことになるんだよ。そのことには目を向けないのか?」

フィリーの笑みに揺らぎはない。

だが、俺は構わず続けた。

「確かに、世の中は理不尽で溢れてる。善人が報われず、悪意ばかりがのさばって、努力が実らないことだってある。俺だって、何度もそれを思い知らされた」

人間が利己的なのはその通りだろう。

欲に流され、恐怖に負けて、誰かを犠牲にすることもある。

「――それでも、だ」

一度、言葉を切る。

俺が積み重ねてきた過去。

喪ったもの。

託された想い。

――その全てが、今も俺の背中に重くのしかかっている。

「それでも人は、前に進んできた。傷つき、後悔しながらも、過去を積み重ねてきた。だからこそ〝今〟がある」

俺は前を見据えたまま、拳を握る。

「お前が壊そうとしているのは、そうやって必死に築かれてきた〝みんなの想い〟だ」

「〝みんなの想い〟……? そんなものを本気で信じてるのかしら? 寒気がするわ」

フィリーは吐き捨てるように言った。

「昔、そういうのを信じていた子がいたわ。どれだけ踏みにじられても、信じて、耐えて、縋って。それで結局、人知れず消えていった。まるで初めから存在していなかったかのようにね」

その声音にはわずかな憎悪が混じっているように見える。

「想いなんて、所詮は幻想よ」

フィリーが侮蔑の混じった視線を向けてくる。

「……その調子だと、誰にも愛されず、理解されず、ただ踏み潰されて終わった命にも『意味があった』と、貴方は言いそうね。――呆れを通り越して、反吐が出るわ」

最後の言葉には、隠しきれないほどの感情がにじんでいた。

「あぁ、言うさ。たとえ誰に否定されようと、それでも『意味はあった』って言い切る」

俺はそのまま彼女の視線を正面から受け止める。

「誰かが言わなきゃ、その命は本当に無意味になってしまう」

そして、視線を逸らすことなく、言葉をぶつける。

「理不尽で溢れかえっている世界だけど、それでも手を伸ばす。想いを継いで、未来に繋げる。――それが、俺の選んだ生き方だから」

フィリーが目を伏せながら、深呼吸をするように小さく息を吐く。

再びこちらに視線を向けた時には、その瞳に何の感情も灯していなかった。

「……大体わかったわ。貴方とは相容れないようね」

その言葉に呼応するように、周囲の魔力が動き始める。

「そのようだな。――【 対消滅(アナイアレーション) 】」

今の問答のうちに設置されていた全ての魔術の解析は終わっている。

設置されていた魔術たちが発動される前に相殺する。

「ちっ!」

魔術が不発に終わったことを理解したフィリーが舌打ちをした。

「――【 束縛(バインド) 】」

魔法を発動すると、虚空から飛び出した漆黒の鎖がフィリーを拘束する。

そのまま噴出口の前へとやってきた。

魔力の奔流を止める方法を識るべく、注意深く観察する。

【魔力収束】は、本末転倒か。

【精霊支配】だと、操作できないな。

【霊魂操作】ならどうにかできるかもしれないが、ナギサ・アサギリが行使しているところをまだ視れていないから、再現できない。

仕方ない。力業で行く!

「――【 魔剣合一(オルトレーション) 】【 終之型(モント・エンデ) 】!」

魔剣となったシュヴァルツハーゼを取り込み、自身の氣と掛け合わせた。

新たに練り上げた力で魔剣を創り出し、

「――破魔天閃!」

邪神の魔力を打ち消す力を斬撃として放つ。

噴出口から噴き出していた邪神の魔力が消え去った。

【 終之型(モント・エンデ) 】を解除し、通常の魔剣に戻してから、地面に倒れているフィリーへと視線を向ける。

「何をしようとしていたのかはわからないが、これで詰みだな、フィリー」

「詰み……? ふふふっ」

フィリーが笑いを零す。

「……何が可笑しい?」

「何がって、貴方がわたくしの計画を潰したと思っているところよ。残念だけれど、貴方が到着したころには、既に 終わっていた(・・・・・・) わよ?」

直後、背後からおぞましい気配を感じた。

「――っ!?」

咄嗟に振り返ろうとした瞬間、視界が横に流れた。

気が付くと、身体が弾かれるように宙を舞っていた。

猛烈な衝撃が背中から襲いかかり、肺の空気が一気に吐き出される。

どうにか受け身を取って膝をついた。

「くっ……!」

息を荒げながら顔を上げる。

「フィリー、よくやった。誉めてやろう」

「……ありがとうございます」

視線の先に居たのは、死んだと公表されていた探索者ギルドの元グランドマスター、ベリア・サンスだった。

「何でお前がここに。……いや、違う――」

確かにその姿かたちはベリアだ。

だが、違う。

根本的に、決定的に〝何か〟が違う。

「――お前は、誰だ?」