作品タイトル不明
286.念動力
「キの操作……? あの、キって何ですか?」
「氣というのは、端的に言えば人間に備わっている力のことだ。氣という概念が確立される以前の人たちは『超能力』とか『 PSI(サイ) 』とか呼んでいたらしいけど、ソフィーに分かりやすく言うなら、支援魔術基本六種の上位互換だな」
「支援魔術の基本六種ということは、自分の能力を引き上げることができる力ということですか?」
「その理解で合ってる。そもそも基本六種が、『魔術によって自分の中にある氣が活性化されている感覚を覚えるもの』という氣の操作を習得するための補助を目的に開発された魔術だからな」
「そう、なんですね」
俺の説明にはきちんと耳を傾けてくれているソフィーだが、いまいちピンと来ていないといった様子だった。
「言葉で説明されても実感が湧かないよな。だったら、今からソフィーに支援魔術を掛けるから、自分の内側に意識を向けてくれ」
「は、はい。わかりました」
俺の言葉をすんなりと受け入れてくれたソフィーが目を閉じて集中力を高める。
「――【 全能力上昇(ステータスアップ) 】」
ソフィーにバフを掛けると、彼女はゆっくりと目を開けた。
「……いつも通りのバフを受けた感覚ですね。これが私の中にある氣が活性化されているということなんですか?」
彼女の問いに頷きながら、俺は収納魔道具から一つの魔石を取り出し、それを手のひらの上に載せた。
「そうだ。だったらその感覚を覚えたままこの魔石を〔念動力〕で浮かせてみてくれ」
「わ、分かりました。――あれ……?」
俺の手のひらにあった魔石が宙に浮くと、ソフィーから戸惑いの声が漏れた。
「どうだ? 何かいつもと違ったか?」
「いえ、【念動力】もいつも通りです。でも、確かに【念動力】とバフを受けた時の感覚がすごく似ているように思いました」
「そのどちらもが、氣を操作したときの感覚だ」
「これが、氣の操作……」
「氣の操作はこれまで、限られた者のみに伝えられていた技法だった。だけど、近いうち、この情報は噂という形で徐々に周知されていく手筈になっている。そして、大迷宮攻略を目指す探索者にとっては氣の操作は習得必須の技法になるはずだ。その点において、ソフィーは他とだいぶ差をつけている」
「既に〔念動力〕が扱えているからですか?」
「そうだ。過去には〔念動力〕は氣の操作の一つの到達点とも言われていたらしい。歴史上、〔念動力〕を扱えた人間は数えるほどしかいないと聞いてる」
俺の周りで一番氣の操作に長けているのは、ソフィーを除けばハルトさんだろう。
そんな彼でも〔念動力〕は習得できていない。
おそらく、今生きている人間で〔念動力〕を扱えるのは俺とソフィーだけになるはずだ。
「そうなんですね。オルンさん、教えてくださりありがとうございます! なんか、〔念動力〕について聞けて、私の可能性が広がったような気がします!」
「そう言ってくれると助かるよ。さっきも言った通り、俺はソフィーの未来を狭めたくなかったから」
「私の未来を狭めるなんて、そんなことありません! オルンさんはいつも私の――私たちの可能性を広げてくれています! これまでオルンさんに色んなことを教えてもらったから、私は今ここに居るんです! この先、オルンさんと同じ道を歩けるかは分かりませんけど、いつか言ったあの言葉は今も残っていますから!」
「あの言葉……?」
何を指しているのかわからなかった俺がオウム返しすると、ソフィーが不敵な笑みを浮かべた。
「『オルンさんが困ったときに手助けができるように――私はオルンさんを超えます!』」
「…………」
それは、彼女たちが《夜天の銀兎》の正式な探索者になって、《黄昏の月虹》が誕生したあの日に彼女が発した決意だ。
「……そうだったな。それじゃあ、俺がピンチの時はソフィーの助けを呼ぶようにするよ」
「わかりました! その時はお任せください!」
◇
ソフィーとの話を終えた俺は、彼女と一緒に玄関口で待っているキャロルとログのもとへと向かった。
「あ、来た来た~!」
俺たちの存在に気づいたキャロルが俺たちに手を振ってくる。
「待たせて悪い」
「そんなに時間経ってませんし、全然待ってませんよ」
「そーそー。そんなことより、ソフィー、ソフィー! ししょーと二人っきりでどんなお話してたの~?」
キャロルがどんどんソフィーに踏み込んでいく。
ソフィーの様子から踏み込んで大丈夫だろうと判断しての言動だろうが、相変わらずキャロルのこのバランス感覚はすごいな。
「あ、えっと、それは……。また後でね」
そんな二人のやり取りを微笑ましく眺めていて、本題を忘れるところだった。
「――と、そうだ。三人に渡すものがあったんだった」
「渡すものですか?」
「え? なんかプレゼントくれるの!?」
「渡すというよりは返すが近いかな。ほら、三人から預かっていたネックレス」
それは去年、弟子たちだけで南の大迷宮三十層を攻略しに行ったときに渡した魔石のついたネックレスだ。
「そういえば、師匠に渡したままでしたね」
元々このネックレスには、弟子たちがピンチに陥った際にそれを俺に知らせる機能を搭載していた。
だが、これから別行動を取ることになるし、一人前として認めているのに、今もそんなものを持たせておくべきじゃないと判断して機能を切り替えるために一時的に預かっていた。
「機能についてはソフィーに伝えてあるから、あとでソフィーに聞いてくれ。本当はその機能を使うような事態は避けてくれると有り難いが、必要な時は気にせずどんどん使ってくれ。それと、信じているが悪用はしないでくれよ」
「どんなものかはわかりませんが、これは師匠からいただいた大切なものですから。悪用するような真似は絶対にしません!」
「あたしも! 大事にするね!」
「そう言ってくれると助かるよ。……そろそろ学園に向かわないと時間に間に合わないな。だけどその前に、そんなところで隠れたままでいいのか――ルーナ?」
「え? ルゥ姉……?」
俺たちから死角になる場所で身を潜めていたルーナに声をかけると、彼女が苦笑しながら姿を見せた。
「やはりオルンさんは騙せませんか」
「ルゥ姉もあたしたちの見送りに来てくれたんだ!」
「だったら隠れてなくていいのに」
「ごめんなさい。黙ってクランを抜けた私に、貴方たちを見送る権利があるのかと自問自答していたら、貴女たちの前に出ることができなくて」
「も~、考えすぎだよ! ルゥ姉が脱退した件はこの前のアレで終わったことだよ!」
「そうだよ。むしろ私たちの見送りに来てくれなかったら、そっちの方が悲しかったよ」
ルーナは自分をすんなりと受け入れてくれた弟子たちを前に嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう、ございます。では、お言葉に甘えて私にも見送らせてください」
そう言うと、ルーナは少し間を置いてから、弟子たちに真っすぐな目を向けながら言葉を紡ぐ。
「私が貴方たちと一緒に探索者として活動していたのは、一年にも満たない短い時間でしたが、近くで貴方たちを見守ってきた私が断言します。貴方たち三人はみんな凄い才能を秘めています。だから私は、本気で信じています。皆さんなら――南の大迷宮を攻略できると。どうか学園で、更に力を磨いてください。そしていつか、全ての探索者が夢見る〝大迷宮の攻略〟という偉業を、あなたたちの手で叶えてください」
ルーナの言葉を受けて、ログが口を開いた。
「ルゥ姉、ありがとう。僕たちは絶対に南の大迷宮を攻略してみせる! そして、大迷宮攻略者として、《夜天の銀兎》の名前と一緒に《黄昏の月虹》も世界中に轟かせてみせるよ!」
「えぇ、貴方たちの名前が轟く瞬間を待っていますね」
ルーナの話が終わったところで俺も口を開いた。
「お前たちが歩こうとしている道は、険しいものになるだろう。決して簡単な道のりじゃないはずだ。それでも、お前たちなら道に迷わず真っすぐに進んでいけると信じている。――お前たちは俺の自慢の弟子たちだからな。これから違う道を進むことになったとしても、俺がお前たちの師匠であることは絶対に変わらない。繋がりが消えることも無い。だから自分の信じた道を進んでくれ」
「うん。ししょーの言葉しっかり受け取ったよ! この先もししょーに『自慢の弟子だ』って思い続けてくれるようにあたしたち頑張る!」
「あぁ。それじゃ――」
そこで言葉を止めた俺はルーナと目を合わせて、一緒に次の言葉を紡いだ。
「「――行ってらっしゃい」」
「「「――行ってきます!!!」」」
そのやり取りを最後に、弟子たちは俺たちに背を向けると、屋敷から出て行った。
弟子たちの後ろ姿を遮るように扉が閉まる。
そのタイミングを見計らったかのように、テルシェさんが俺たちに近づいてきた。
「――オルン様、キョクトウへ向かうための準備が整いました」