作品タイトル不明
276.追憶と展望
◇
目の前の景色が変わると同時に、草木の豊かな香りが広がった。
「…………ここ、は……」
この場所は、懐かしさを感じるとともに、記憶とはかけ離れている光景だった。
「黎明の里、があった場所だよ」
シオンがこの場所について教えてくれた。
「…………」
十年前に教団によって壊された俺の故郷。
崩れている建物や舗装されていた道には草が生い茂っていた。
かつては誰かしらの声や生活の音が聞こえていたこの場所は、今や風が草木を揺らす音しか聞こえない。
「ごめんね、ここに来るの嫌だった……?」
シオンが何も言わないでいる俺を見て、遠慮がちに声を掛けてきた。
「……いや、そんなことは無いよ。俺もいつかは来ないといけないと思ってた。だけど、何か怖くて、理由を付けてここに来るのを避けてた」
「……そっか」
シオンの質問に答えながら、足を前に踏み出す。
言葉を交わすことなく歩いていると、不格好な墓がいくつも立っている場所に辿り着いた。
俺とオリヴァーで作った墓だ。
「オルン、ご両親や里のみんなに挨拶してくれば?」
「そう、だな」
シオンの提案通り墓の目の前までやってきたところで、腰を落として膝をついた。
「えっと……、父さん、母さん、みんな。ただいま。十年も帰ってこられなくてごめん」
みんなを前にすると、次から次へとフラッシュバックしたかのように今日までに俺が経験したたくさんの出来事が思い浮かんだ。
「言いたいことはたくさんあるんだけどさ、この前、ベリアと決着を付けたよ。最後はまたフィリーに邪魔されちゃったけどな」
ここに来たら良い方向か悪い方向かはさておき、感情が高ぶると思っていた。
だけど、実際にみんなを前にした俺は、思いのほか凪いだ気持ちで向かい合うことができている。
「俺さ、昔から夢があったんだ。それを言った時の反応が怖くてみんなには言えなかったんだけど、――俺、外の世界に行ってみたいんだ。人が居なくなって数百年が経った世界がどうなっているのか、それを自分の目で確かめてみたい」
シオンにしか打ち明けられなかった自分の夢を打ち明けた。
昔は怖くて言えなかったけど、今は言っておけば良かったと思う。
馬鹿にされるかもしれない。呆れられるかもしれない。怒られるかもしれない。それでも言うべきだった。
だって、今言っても何の反応も返ってこないから。
本当にどんなことにも付きまとってくるんだな、後悔ってやつは。
「俺が外の世界に行くためには、術理の壁を壊さないといけないことは分かってる。今のままそんなことをすれば、大半の人間が死んでしまう。だから俺はこの問題を片づける。俺が生まれ育った世界が無くなるのは、俺も嫌だから」
今の自分の目的をみんなの前で口にする。
みんなが天国で応援してくれていればいいなと思いながら。
「次は外の世界に出発するときにでもまた来るよ。それじゃあね、みんな」
みんなへの挨拶を終えた俺はゆっくりと立ち上がってから、後ろで俺を見守ってくれていたシオンに向き直る。
「もういいの?」
「あぁ。シオン、俺をここに連れてきてくれてありがとう」
「ど、どうしたの? いきなりっ。こんなの大したことじゃないよ」
心からの感謝を伝えると、シオンが顔を赤くしながら慌てているように見える。
「なぁ、一つ行きたいところが増えたんだけど、一緒に来てくれないか?」
手でパタパタと顔を扇いでいるシオンにお願いをする。
「え? 行きたい場所? うん、いいよ!」
シオンの承諾を得た俺は、目的地へと歩き出した。
◇
シオンを連れてやってきたのは、黎明の里近くにある森の中だった。
俺は目的地に着くと足を止めた。
そこは傍から見れば、何の変哲もないただの森の中だ。
「ここって……」
だけど、シオンは気づいてくれたみたいだ。
「そう。〝あの日〟、二人で約束を交わした場所だ。なぁ、シオン、 また(・・) お願いしていいかな?」
俺が具体的なことを言わずともシオンには伝わったようだ。
シオンが満面の笑みを浮かべながら頷いた。
「うん! 任せて!」
シオンが軽く手を前に出しながら魔術を発動した。
前に見せてくれた時のシオンは、特級魔術を習得したばかりで発動に時間が掛かっていたが、今は一瞬のうちに魔術が完成していた。
「――【 極寒氷雪(ブリザード) 】」
辺りの景色が一変する。
霜でできた銀世界が目の前に広がった。
「うん、前よりも上手くできたかな」
銀世界を見て、シオンが満足げに呟いている。
「……やっぱり綺麗だな」
素直な気持ちが口から零れた。
「あの日から本当に色々あったな」
銀世界を眺めながら、俺はこれまでのことを思い出していた。
黎明の里で過ごした幼少期、オリヴァーとルーナと探索者パーティを組んでからの十年間、そして、《夜天の銀兎》に加入してからのこの一年間。
本当にたくさんのことがあった。
俺の呟きに、シオンも微笑みながら同意してきた。
「そうだね。あの日の私たちでは想像すらしてなかった日々だった。……あの日の私に『十数年経ったら、オルンを殺そうとするんだよ』なんて言っても絶対信じなかっただろうし」
「去年の南の大迷宮三十層での出来事か。あの時はこんな強い人が居るのかと驚いたものだ。本当にアレは死んでもおかしくなかったな」
「あの時はもうオルンが死んでると思ってたから、オルンの面影を感じても無理やりその感情を押し殺してたよ。でも、オルンの操る漆黒の魔力を見て、オルンだって確信して、嬉しさやら何やらで感情がぐちゃぐちゃになってたよ」
「俺も記憶を失っていたのに、シオンの顔を見た瞬間何とも言えない感情に襲われてた。もしあの時に記憶が戻れば、俺もシオンと同じように感情がぐちゃぐちゃになってたかもしれないな」
「……その次に再会したのは、レグリフ領でオルンが《英雄》と戦い終わったところだったね」
「そうだったな。そう言えば、あの時俺が共闘を提案したときにシオンが浮かべていた、嬉しさを必死に隠そうとしている表情が凄く印象的だった」
「し、仕方ないじゃん! オルンにはわからないよ。あの時のオルンじゃ勝てないはずの《英雄》をオルンが倒してて、瞳の色も黒に変わってたんだよ? もしかして記憶を取り戻したんじゃないかって淡い期待をさせた直後にその考えを一蹴されてさ、そんなの心の中で泣くしかなかったんだよ。それに追い打ちするように共闘を提案されれば、どんな顔すればいいのか分からなくなるじゃんか! それにオルンは私のこと『ローブ女』とかよくわかんない呼び方してたし!」
シオンが頬を膨らませながら抗議してくる。
あの時シオンは『私のこと覚えてる?』って質問してきた。
それに俺は『忘れるわけないだろ――弟子たちを殺そうとしたお前を、何故俺が忘れていると思ったんだ?』って冷たく返したんだったな。
……うん、俺がシオンの立場でも、すごく悲しい気持ちになっただろうな。
「思い返してみると、俺って結構シオンに酷い対応してたんだな」
「そうだよ! 反省してよ!」
「うん、ごめん。もうシオンにあんな対応をしないって誓うよ」
「……えっ!? 何でそんな真面目トーン? あの、事情は理解してるし、本気で怒ってるわけじゃないよ?」
「それはわかってる。だけど、――大切な人を悲しませ続けていたことは間違いないから」
「…………ぇ……」
「次に再会したのは、幽世で、だったよな。あの時の俺は本当に絶望していて、シオンが居なければ立ち上がることも無く、戻ってきても同じように教団に蹂躙されていたはずだ。俺はシオンに助けられた。さっきだってそうだ。視野が狭くなってた俺を叱ってくれた。つくづく思い知らされたよ。俺にとってシオンは特別な存在だって」
「ま、待って! ホントに待って……!」
俺が本音を晒していると、シオンが顔を真っ赤にしながら俺の言葉を止めた。
「…………」
俯いたまま押し黙ってるシオンの次の言葉を待っていると、彼女が潤んだ瞳で俺を見上げてきた。
「ねぇ、訂正するなら、今だよ……? このままだと、私、言葉通りに受け取っちゃうよ?」
シオンは声を震わせながら問いかけてくる。
「そのまま受け取ってくれて構わない。――好きだよ、シオン」
本当はまだ言うつもり無かった。
だけど、彼女と約束を交わしたこの場でこれまでのことを思い返していたら、気持ちが抑えられなかった。
シオンの瞳から一滴の粒が流れた。
「……ほんとうに?」
「本当だ。俺が一番大切に想っているのはシオンだけだ」
「オルンが軽い気持ちでこういうことを言う人じゃないってわかってる。でも、言葉だけじゃ不安なの。……だからお願い、私を安心させて」
シオンは俺を見上げながら瞳を震わせていた。
俺は何も言わずに更にシオンに近づいて顔を寄せる。
目を閉じたシオンの唇に触れた。
一瞬の間、俺たちの時間は止まり、心を通わせているような感覚がした。
ゆっくりと離れると、シオンが深い微笑みを浮かべていた。
「幸せ過ぎて死んじゃうかも……」
「それは困るな。シオンにはこれからも俺の隣に居てもらいたいのに。それに、まだ外の世界に一緒に行くって約束が残ってるんだから」
「……うん、そうだったね。これから、だよね」
「そうだ。やるべきこと、やらないといけないことは、まだたくさんある。今はそっちに注力することになるけど、俺たちが離れ離れになっていた十年間を笑って語り合えるくらいの思い出も一緒に作っていきたい」
「私も協力する。私たちがおじいちゃんおばあちゃんになったとき、良かった思い出として思い返せるようにしたいから。そのためには、やっぱりハッピーエンドにしないとね!」
「そうだな。そのためにもまずは……」
「キョクトウの奪還、だね」
「あぁ。キョクトウには術理の根幹――不死鳥の社がある。俺の目的のためにも、これは早く押さえておきたい。それに、キョクトウの奪還はフウカとハルトさんの悲願だ。これは、これまでたくさん助けてくれた二人のためでもあるんだ。全力で取り返しに行く」
「私も一緒に行くよ! フウカは私の親友だもん。それに、オルンとの〝約束〟を果たすのにも必要なら、私が行かない理由は無いから!」
「あぁ、頼りにしてるよ」
「うん! 任せて!」
俺自身の目的のため、シオンとの約束を果たすため、仲間の悲願を叶えるため、俺はこれからも全霊を賭して戦う。
今の俺は、この世界に生きる人のほぼ全員から世界の敵として認識されている。
情勢だけを見ればかなりの劣勢だ。
でも、不思議と負ける気はしない。
俺にはシオンを始めとした、心強い仲間が居てくれる。
俺は、決して一人ではないのだから。
雲の切れ間から差し込む日差しが銀世界を照らす。
俺たちはお互いの顔を見て笑い合いながら、どちらともなく再び顔を近づけた――。