軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

275.旱天慈雨

◇ ◇ ◇

ヒティア公国のとある農場へ、家畜の世話をするために少女がやってきた。

「ごめんね~、遅くなって! すぐ餌あげるから待っててね!」

少女が家畜たちに話しかけながら持ってきた餌を与える。

「最近は来る頻度が少なくなっちゃってごめんね。外に魔獣が現れるようになって、お母さんからここに来るの止められちゃってさ~」

少女が目を細めながら、餌を食べている家畜たちに話しかけ続けていた。

「あ……、もうこんなに時間経ってるんだ……」

それから十分ほど家畜たちへ一方的に話していた少女の表情に影が落ちた。

「……ごめんね、お母さんに黙ってここに来てるから、バレる前に帰らないと。……今ね、探索者の人たちがここら辺に居る魔獣を頑張って追い払ってるんだって! 魔獣が減ったら、またきちんとお世話するから。だから……、あとちょっとだけ我慢してね!」

少女は後ろ髪を引かれる思いで家畜たちから離れ、周りを見渡して魔獣が居ないことを確認すると急いで帰路に就く。

しばらく少女が走っていると、背後からものすごく嫌な視線を感じた。

少女が恐る恐る振り返ると、

「――ひッ!?」

直前まで誰もいなかったはずなのに、血のように真っ赤に染まった毛並みの巨大なオオカミが少女を見下ろしていた。

少女はあまりの恐怖に尻もちをついてしまう。

巨大なオオカミは魔法が使える種のようで、へたり込んでいる少女へと容赦なく魔力弾を撃ち込んだ。

少女がギュッと目をつぶる。

「――【 魔剣合一(オルトレーション) 】【 伍之型(モント・フュンフ) 】」

少女と巨大オオカミの間に割り込んだオルンが魔盾で魔力弾を防いだ。

「…………私、生きてる……?」

目の前で轟音を聞いた少女は、全く痛い思いをしていないことに驚きの声を漏らしていた。

「大丈夫? ケガは無い?」

振り返ったオルンが少女に柔らかい声音で問いかける。

「あ、えと……。はい……。大丈夫、です」

状況に理解が追い付いていない少女は、目を瞬きさせながらオルンの問いかけに答えた。

「そっか、良かった。怖いだろうけど、もう少しだけ我慢してね」

安心させるようにオルンが少女に笑いかける。

「はい……。――あ! 危ない!」

少女の視界には、巨大なオオカミがオルンを叩き潰そうと前脚を振り上げているところが映っていた。

普通なら死角からの攻撃となるだろうが、今のオルンは【鳥瞰視覚】で死角を補っている。

オオカミの前脚がオルンに届く前に、前脚に漆黒の軌跡が走る。

オルンが手にしていた魔盾はいつの間にか魔刀に変わっていた。

その魔刀がオオカミの前脚を斬り飛ばしていた。

本来なら傷口から大量の血が噴き出るはずだが、斬られた断面が凍てついていたため一滴も血が流れることは無かった。

「――氷魔之太刀」

オオカミへと視線を向けたオルンが魔刀を振るう。

魔刀から伸びた無数の斬撃がオオカミへ襲い掛かる。

致命傷を負ったオオカミはそのまま黒い霧となって霧散した。

「す、すごい……」

少女があっという間に巨大オオカミを斃したオルンに目を輝かせていた。

オルンは腰を落とすと、少女と視線を揃えてから口を開いた。

「助けられてよかった。だけど、もう一人で外に出てきちゃダメだよ。外に出るときは魔獣と戦える人と一緒に出ること。いいね?」

「は、はい……。わかりました。あのっ、助けてくれてありがとうございます!」

「どういたしまして。……あれは君のお母さん?」

オルンが遠くへ視線を向けると、その先には街からやってきたであろう女性と武装した探索者がこちらに向かって走ってきていた。

「あ、はい! そうです!」

「そっか。心配しているだろうし、早くお母さんのところに行ってあげな。もうお母さんに心配かけるようなことはしないようにね」

少女はオルンの言葉に強く頷いてから、母親の元へと駆けた。

「イア!」

少女――イア――の母親が彼女をぎゅっと抱きしめる。

オルンはそんな二人を少しの間微笑ましそうに眺めてから、その場を後にした。

彼はその際に鼻を手で拭っていて、その手には血が付いていた。

「一人で外に出たりなんてして! 大丈夫!? ケガは無い!?」

「うん! 大丈夫だったよ! だって――――――あれ……?」

イアが嬉しそうに母親に何かを話そうとしていたが、突然不思議そうに首を傾げた。

「私、 どうやって(・・・・・) 助かったんだろう(・・・・・・・・) ?」

オルンは【認識改変】を行使して、イアからオルンに関する記憶を消していた。

オルンはこれから世界の敵として認定され、大々的にそれが報じられることを知っている。

ヒティア公国はオルンの味方ではあるが、表向きは彼を糾弾している他国と同じスタンスを取っている。

そのため、オルンにとってはヒティア公国内も安息の地とは言い難い状態と言える。

イアがオルンを覚えていれば、何かのきっかけでトラブルに巻き込まれる可能性も否定できない。

そのため、オルンは彼女から自分に関する部分のみを消し去っていた――。

◇ ◇ ◇

「……俺が《魔王》、ね」

俺は巨獣種――教団が改造して作り出した巨大な魔獣――から少女を守り、セレストに戻ってきてから空いた僅かな時間で今朝発刊された新聞を読んでいた。

その内容は先日行われた首脳会談の内容だ。

そして、俺が世界の敵として認定され、国際指名手配を受けたことも書かれていた。

ルシラ殿下は俺の要求通りに動いてくれたみたいだ。

敵にスパイとして入り込むのは、かなりの危険が伴う。

それを承知の上で引き受けてくれた彼女には感謝しかない。

ルシラ殿下なら大抵の状況は乗り切れるだろうけど、何かあった際にすぐフォローができるよう準備はしておくべきかな。

……ルシラ殿下と言えば、彼女の異能である【魔石感知】、その拡大解釈による魔獣感知が凄く活躍してくれている。

世界各地で迷宮の氾濫が起こり、そのどさくさに教団はヒティア公国にだけ巨獣種を解き放っている。

恐らくは俺や《アムンツァース》を巨獣種の対処に当たらせるためだろう。

『被害を可能な限り抑えたい』という俺の我儘で《アムンツァース》の戦闘員の大半は、ヒティア公国の防衛の手を減らしてまで他国で魔獣と戦ってくれている。

その空いた穴を俺が埋めている状況だ。

魔獣感知は普通の魔獣と巨獣種を見分けることができているため、普通の魔獣はこの国の探索者たちに任せて、俺はこの二か月間巨獣種に狙いを定めて狩り続けている。

魔獣感知が無かったらもっと苦労していただろうな。

その点でもルシラ殿下には感謝だ。

「何はともあれ、ひとまず世界情勢はある程度落ち着いているようで良かった」

新聞を通じて各国ともそれぞれ魔獣から自国を守る方策を打ち出し、魔獣による被害が当初に比べてかなり減っていることを知れて、ひとまず安堵した。

(……それにしても、各地に迷宮核を設置する、か。額面通りに受け取るなら魔獣を人が多くいる場所から引き離すためだろうが、それだけのために連中が貴重な魔石である迷宮核を惜しみなく使うか……? これは探りを入れたいな。だとすると、適任はズリエルか? あとは ギルド長(リーオンさん) に頼んで、何人か架空の探索者を登録してもらえれば――)

「――やっと見つけた!」

考えを口に出して自分の思考を纏めていると、シオンの声が聞こえてきた。

「え? シオン? 今は他国に居るはずじゃ……」

「情勢が落ち着きつつあるから、各国とも自力で魔獣に対処できる範囲が増えてるんだ。だから、持ち回りで休暇を取ることになって、私の休暇が今日なの」

「あー……、この前クリスがそんなこと言ってたな」

「『言ってたな』じゃないよ! オルンも今日はお休みだよ。みんなオルンを心配してる。今日は他の人に任せてゆっくり身体を休めよ?」

「いや、俺は良いよ。まだ巨獣種はまだ残っているんだ。俺が休むわけにはいかない」

「それはダメだよ! オルンはもう二カ月もほとんど寝ずに戦い続けてるんでしょ? そんなことしてたら倒れちゃうよ! お願いだから今日は休んで!」

シオンの言動から彼女が本気で俺を心配してくれていることは分かる。

だけど、これは譲れない。

「俺なら大丈夫だ。【自己治癒】で疲労は回復できるし、万が一身体を壊しても【時間遡行】もある。ほら、大丈夫だろ?」

彼女を安心させようとしたところで、タイミング悪く鼻血が流れたため、慌ててそれを拭う。

先週あたりから身体が悲鳴を上げていることは理解している。

それでもここで足を止めることはできない。

今こうしている時も、人々は魔獣の恐怖に怯えているのだから。

そんな彼らを安心させるためにも、俺は戦い続けないといけない。

それが力を持った俺の責務だと思うから。

「そんなの全然大丈夫って言わないよ……!」

鼻血を流す俺を見たシオンが、悲しそうに首を横に振った。

「オルンの考えは立派だと思う。一人でも多くの人を救うために命を削る勢いで頑張ってるオルンはすごいと思う。だけど、私は進み続けることだけが正しいとは思わない」

「シオン……」

「オルンは今、冷静じゃないと思う。ちゃんと考えて。目の前の人を救うこと、確かにそれは正しいことだよ。だけど、今日はオルンのやろうとしていることを他の人に任せられる。オルンがここで潰れたら、それこそ私たちの全滅に近づいちゃう。オルンは最後まで潰れちゃいけない人なんだから。今のオルンは何でも一人でできるだろうけど、身体は一つなんだよ。限界はあるんだよ。だから、お願い。私を、仲間を頼って。そんな身体でもう戦わないで。今日くらいは、休んで……!」

シオンが必死に俺を止めようとしてくる。

その姿に俺は心を痛めた。

俺は結局、自分ひとりの力でどうにかしようと思っていたのかもしれない。

一人でできることなんて、たかが知れているのに。

知らず知らずのうちに、俺は自分一人で何でもできると思い違いをしていたのかもしれない。

「……ごめん、シオン。確かに冷静じゃなかったかもしれない。心配かけて、悪かった」

「私だけじゃなくて、みんな心配してたんだからね。みんなにも今度謝って!」

「あぁ、わかった。言いつけ通り、今日はもう戦わないよ」

「それが聞けて安心した。でも、私を心配させた罰としてオルンの時間を少し貰うよ!」

「……え?」

シオンがそう言うと、俺の手を握って【 転移(シフト) 】を発動した。