軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

193.【sideソフィア】青天の霹靂

◇ ◇ ◇

早朝、早く目が覚めた私は《黄昏の月虹》のみんなとの集合時間まで散歩しようと考えて、気が付くと、いつも来ている街から少し外れた場所にある丘の上にやってきていた。

「お姉ちゃん、大丈夫かな……」

太陽が顔を出したことで、薄く霞んだ月を眺めながら呟く。

先月 セルマ(お姉ちゃん) は、この国の王女様と一緒にダルアーネに向かった。

王女様と友人であることはお姉ちゃんから聞いていたけど、こんな大変な時期に王女様がお姉ちゃんを頼ったということは、王女様にとってもお姉ちゃんが大きな存在ということだよね。

やっぱりお姉ちゃんは凄いな~。

それは、すごく誇らしいことだと思う。

妹としても鼻が高い。

だけど、お姉ちゃんが向かっている場所がダルアーネであること、それが心配でならない。

お姉ちゃんはお父様と喧嘩をして、今もそれは続いたままだから。

その原因は私にある。

それが申し訳ないと思うと同時に、お姉ちゃんに愛されていることを感じることができて嬉しくも思っている。

私は、さもしいのかな……?

ダルアーネは私とお姉ちゃんの父親であるクローデル伯爵が統治している街で、正直あそこに居た頃の思い出は良いものではない。

お姉ちゃんが探索者になってからは、お母様からの当たりも強くなったから、特に、かな。

あの頃はあの家が私の世界の全てであり、その世界における神様がお母様だった。

だから、お母様を怒らせないようにと、静かに過ごすことに必死だった。

でも、お姉ちゃんに手を引かれて、私は新しい世界にやってきた。

その世界は私にとって新鮮そのもので、全てが眩しく見えた。

そんな世界の中心にはお姉ちゃんが居て、みんなから頼られているお姉ちゃんの姿に感銘を受けたことは今でも覚えている。

いつも何かある度に家名を持ち出すお母様と違って、お姉ちゃんは自分の力でその信頼を勝ち取っているとわかったから。

私もそんな世界にもっと入っていきたいと思って、探索者になることを決めた。

お姉ちゃんはそれに反対することもなく、私の決めたことを尊重してくれた時は嬉しかったな。

それからは、《夜天の銀兎》で探索者の基礎を学んで、キャロルやログと一緒にパーティを組んで、オルンさんという心強い師匠ができて、ルゥ姉という頼もしい仲間も増えて、私の毎日はあの頃とは比べ物にならないほどに、キラキラと彩られたものになっていた。

今は胸を張って言える。

私の帰る場所は《夜天の銀兎》であり、私の居場所は《黄昏の月虹》の仲間たちが居る場所だと。

「あ、もうこんな時間だ。早く戻らないと集合時間に間に合わない……!」

これまでのことを思い出しながら、淡月や晴れ空を流れる雲を眺めていたらあっという間に時間が過ぎてしまった。

そのことに気が付いた私は、踵を返してクラン本部へと帰宅する。

丘を下りて、なおも進もうとしたところで、横から出てきた馬車が私の前に停車した。

「――っ!」

疑問に思いながらも馬車を避けて進もうとしたところで、馬車に描かれているマークを見て私は息を飲んだ。

(なんで、この馬車がこんなところに……?)

私が突然の出来事に固まっていると、「ようやく見つけたぞ」と馬車の中から男の声が聞こえた。

「どう、して……」

その声を聞いた私は、自分の意思に反して身体が怯えるように震えてしまう。

そして、馬車の中から燕尾服を着た四十代手前の男が現れた。

「全く、卑しい血の混じった小娘ごときがこの俺の手を煩わせるとは、ずいぶんと偉くなったじゃないか、ソフィア?」

燕尾服の男――アルドさんが下卑た笑みを浮かべながら、私に声を投げかける。

アルドさんは長年お父様の右腕として働いている人物だ。

私が生まれたときには、既に今の仕事をしていると聞いている。

そして、あの家に居た頃に私を賤視していた一人で、心無い言葉を投げられたことも一度や二度ではない。

アルドさんの顔を見て、過去に彼に言われたひどい言葉の数々を思い出してしまい、足が震え、心が乱れていることがわかる。

「ど、どうして、アルドさんがここに……?」

「はぁ……。そんなのお前に用事があるからに決まっているだろ」

私の問いに、アルドさんはため息を吐きながら、そんなこともわからないのかと言わんばかりの口調で答える。

「私に、用事……?」

私の頭の中は疑問でいっぱいだった。

クローデル家にとって私は居ても居なくてもどうでも良い存在、それがクローデル家に関わる者の共通認識のはず。

実際、お姉ちゃんに家を連れ出されてから、クローデル家は私に無干渉だった。

だから私とクローデル家の繋がりはほとんど無くなったと思っていた。

だというのに、今更私にどんな用事があるというの?

それも、アルドさんというお父様が重宝している人物をツトライルに寄こしてまでのこととなると、なおのこと目的がわからない。

「喜べ、お前に縁談だ」

私の戸惑いなど気にしていないアルドさんが、更に言葉を発する。

「…………え……?」

混乱しているところに、彼が更なる爆弾を投下してきたため、ついに思考が止まる。

(エンダン? エンダンって結婚とかの、あの縁談のこと……?)

そんな私の反応に対して、アルドさんが顔をしかめながら「相変わらずどんくさいやつだな」と呟いてから、再び私に声を投げる。

「いつまで呆けているんだ。とっとと馬車に乗れ。伯爵がお前の嫁入り準備をしている。俺と伯爵がお前ごときのために貴重な時間を使ってやっているんだ。これ以上俺たちの手を煩わせるな」

「で、でも、いきなり、そんなことを言われても……」

「――お前は今、平民どもと《黄昏の月虹》という探索者パーティを組んでいるらしいな」

私が戸惑っていると、アルドさんが突然縁談とは全く違うことを口にした。

なんで、このタイミングでこんなことを話題に挙げたのか、その理由に思い至り、私は冷汗が止まらなかった。

「クローデル伯爵の力は強大だ。 平民三人程度(・・・・・・) 消すことは容易だぞ?」

アルドさんの今の言葉は、私の至った結論と同じものだった。

「ま、待って、下さい……! みんなには手を出さないでください! お願いします!」

今の私にできるのは、懇願することしかなかった。

《黄昏の月虹》のみんなが実力者であることは疑う余地がない。

物理的にキャロルたちを害することは難しいだろう。

だけど、物理的に息の根を止める以外にも、排除する方法はある。

それが王国の玄関口と呼ばれている、王国東部の国境付近を統治しているクローデル伯爵であれば、その方法は多岐にわたる。

ここで私が抵抗したとしても、事態の先送りでしかない。

私のせいでみんなに不必要な苦労はさせたくない。

私のせいで大切な仲間に何かあったら、私は自分が許せなくなる。

「それが嫌なら、貴族の娘としての〝義務〟を果たせ。それが 領民全員の(・・・・・) 幸せに繋がる選択だ」

「は、い。わかり、ました……」

「ふん、最初から俺に従っていれば良かったものを」

「あ、あの、せめて仲間に別れの挨拶をしたいのですが……」

「そんなもの必要ないだろ。ほら、とっとと馬車に乗れ」

私の最後の要望も却下され、私はアルドさんに手首を引っ張られ、半強制的に馬車へと乗せられた。

そして、私とアルドさんを乗せた馬車が動き出した。

私の頭の中は、挨拶もせずに消えてしまうことに対する仲間たちへの申し訳なさと、これからどうなるのだろうかという不安で占められていた。