軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

19話 それから

王命による再審は、粛々と進められた。

ロザリーが大国であるヒュヘレイア帝国の皇子の婚約者となったことが、大きく影響しているのだろう。

もし今も、しがない侯爵令嬢の娘でしかなかったなら、この件は最初から「なかったこと」にされていたに違いない。

実のところ。ルーカスは遊学のためレイカディア王国を訪れたとされているが、それはあくまで表向きの理由だった。

数年前、我が国は深刻な食糧難に見舞われていた。その援助を受けるため、隣国と条約を結ぶ必要があった。その交渉のために、この国へ派遣されたのが、ヒュヘレイア帝国第三王子であるルーカスだった。

国の存続が懸かっている以上、ルーカスを粗末に扱うことなど出来るはずがなかった。

だからこそ、再審は行われ、リリアーヌの冤罪は晴らされた。

まず、裁かれたのはアンジェリカ伯爵令嬢だった。

偽の証言を重ね、意図的に王太子の婚約者――侯爵令嬢リリアーヌを貶めた罪は重く、伯爵家はその責を問われ、爵位を降格される。

そして、彼女自身も貴族籍を剥奪され、修道院へ送られることが決まった。

白い壁の内側で、祈りの日々を送ることになるだろう。

それが贖罪になるかどうかは、神のみぞ知る。

次に裁かれたのは、アレクシス殿下だった。

「一方の証言のみを信じ、調査を怠り、無実の者を断罪した判断力の欠如は、王の資質に値せぬ」

王が下した罰は、たった一人の息子へ向けるものとしては重いものだった。

王太子の位は剥奪。王位継承権も失われ、彼は殿下と呼ばれることすらなくなった。

王は一人の父親ではなく、国家の長として、冷酷な選択を下したのだ。

そして、後継者の座が空いた現在。王の弟の血を引く、公爵家の息子が新たな王太子として指名された。

偽りの証言を行った貴族たちにも、それぞれ裁きが下された。

貴族籍を外される者。婚約を破棄され、社交界から追放される者。罪の重さに応じ、修道院へ送られる者もいた。

そして――、最も重い罪を負わされたのは、あの侍女だった。

平民の身でありながら、金に目が眩み、主人である侯爵令嬢を陥れた罪。

それの罪は重いとされ、判決は死刑。

最後に、王は告げる。

「リリアーヌ嬢に向けられたすべての非難は、虚偽であった。よって、ここに宣言する。リリアーヌ侯爵令嬢は――完全なる冤罪である」

その瞬間、“悪役令嬢”だったリリアーヌは、この国から消え去った。

***

その後――

思いがけず、アレクシスとアンジェリカと話す機会が訪れた。

場所は王宮の片隅、かつて客人用に使われていた小さな応接室だった。ロザリーとルーカス、ふたりでその部屋に案内された。

先に目に入ったのは、アンジェリカだった。

血の気を失ったような青白い顔。かつては華やかに飾られていた髪は、今や雑に結われているだけだ。身に着けていた宝石も、贅を尽くしたドレスも、すべて剥ぎ取られ、その身を包むのは、質素と呼ぶほかない衣服だった。

彼女はロザリーと目が合った瞬間、びくりと肩を震わせた。何かに怯えるように、すぐさま視線を伏せる。

かつて、勝ち誇っていた令嬢の面影は、そこにはもうなかった。

「……ロザリー、様……。この度は……申し訳ありませんでした。今更、だとは分かっているのですが……」

「本当に、今さらですね。謝られたところで――姉は、帰ってきません」

ロザリー自身が驚くほど、声はひどく平坦だった。

怒りよりも、冷えきった現実だけがそこにある。

「……」

「代わりに聞いてもいいですか」

ロザリーはアンジェリカを見据えた。

「なぜ、姉を貶めたのですか。姉は一度でも、あなたを傷つけましたか?」

アンジェリカの唇が、かすかに震える。

「……いいえ。私は、リリアーヌ嬢が……羨ましかった……」

そう言いかけて、彼女は自分の言葉を噛み殺すように視線を伏せた。

「……いえ、違うわね。ただ、単に気に入らなかったのよ。だって……私だって、努力してきましたもの。礼儀作法も、学問も、誰にも劣らないように……。確かに、リリアーヌ嬢は完璧でしたわ。非の打ちどころがないほどに」

けれど、と続けて、唇を噛みしめる。

「いつも冷静で、感情を表に出さず……殿下に寄り添うことも、甘えることも、なさらなかった」

言葉は次第に、熱を帯びていく。

「だから、殿下を支えることを出来るのは、私の方だと……。私こそが、殿下の愛を受けるべきだったのよ!」

その声音には、後悔よりも、なお消えぬ確信が滲んでいた。

言い訳にも、正当化にもならない。ただ醜く、そしてあまりにも人間的で、胸の奥をざらつかせる悍ましい吐露だった。

ロザリーは、何も返さなかった。

代わりに口を開いたのは、殿下だった。

「そうだ! あいつはちっとも可愛げがなかった……。だから、俺の愛想がつきたのは仕方ないだろう!」

かつて殿下と呼ばれ、背筋を伸ばして歩いていた男の面影は、もうどこにもない。

目の縁は落ちくぼみ、視線は定まらず、肩は情けないほど丸まっている。

この男も、反省などしていないのだろう。

自らの判断が一人の命を奪ったという事実よりも、王太子の座を失ったという現実のほうが、よほど耐え難いらしい。

アレクシスの胸に渦巻いているのは悔恨ではなく、奪われた地位への執着と、それを奪った者への、露骨な怒りだった。

彼は、ロザリーの隣に座るルーカスを睨みつけた。

まるで、すべての元凶がそこにあるとでも言うように。

「俺には分かってるぞ! お前……、リリアーヌに惚れていたんだろう! だが、振られたうえにむざむざと死なれたから……。その腹いせに、俺たちをこんな目に合わせたんだろう!」

唾を吐き捨てるように、言葉を重ねる。

だが、ルーカスは微動だにしなかった。

怒りも、嘲りも見せず、ただ静かに、アレクシスを見返す。

「……哀れだな」

低く、よく通る声。その一言は、刃よりも鋭く、正確だった。

ロザリーは、小さく息を吐いた。

「行きましょう、ルーカス。こんな人たちに……時間を割く必要なんて、ありません」

ロザリーたちは席を立った。これ以上、聞く価値はないとでも言うように。椅子が床を擦るわずかな音が、応接室に残る。

その背に、続けざまに縋るような怒声が叩きつけられた。

「待て、ロザリー! お前も大国の王子の婚約者になったからと偉そうにしてるが……そいつはお前をちっとも愛してなんかいない。ただの代わりだ。リリアーヌの、代用品だ!」

その叫びは、必死にロザリーを傷つけようとするものだった。

けれど、彼女は足を止めなかった。振り返りもしない。

(そんな事、とうに知っているもの。)

背後で、アレクシスの荒い息が途切れる。その声を二度と聞くことはない。そう、ロザリーは確信していた。

ロザリーは、ルーカスと肩を並べ、王宮の静かな回廊を歩いていた。

高い天井から差し込む淡い光が、磨かれた床に反射し、二人の足元を柔らかく照らしている。

「この国で、なすべきことは済んだ」

低く落ち着いた声が、回廊に溶けた。

「はい」

「自国へ帰ろうと思う。……一緒に来てくれるね?」

その問いは、確認というより、既に決まった未来をなぞるような響きだった。

ロザリーとルーカスの婚約は、すでに正式な書類によって結ばれている。

ホワイト侯爵家で爵位を継げるのは、今やロザリーただ一人。当然、周囲は難色を示したが、大国の権力を前に、その抵抗は意味を成さなかった。半ば強引に押し切られた婚姻だった。

侯爵家を存続させるため、今から後継ぎを探して教育しなければならない。いわくつきとなったホワイト侯爵家だ。相応しい人材が見つかる保証はないし、場合によっては爵位を返上する未来もあり得る。だが、その程度の苦労は背負うべきだと、ロザリーは思っていた。

今まで、姉妹の心に目を向けることすらしなかった両親。ほんのわずかでも、その代償を味わわせてやりたい。

そんな黒い感情が胸をよぎり、ロザリーは小さく息を吐く。

「……ええ。喜んで、一緒に参ります」

そう答えた声は、驚くほど静かだった。

この男が、自分を愛していないことなど、最初から分かっている。

姉よりもなお深い紫の瞳に、彼が重ねている“誰か”の面影も。

それでも――

ロザリーは、自分を愛さないと知っている男のもとへ嫁ぐ。

(それが、姉を傷つけ、何もできなかった――わたし自身への、罰だから。)