軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三話:スライムは政治に巻き込まれる

馬車に揺られながら、クリスの馬車で移動する。

オルフェがいろいろと話を聞いている。

どうやら、俺の屋敷があるグランファルト王国は特効薬のレシピの譲歩に対してかなり無茶ぶりをしており、アッシュレイ帝国はそれを受け入れざるを得ないと考えている。

今はまだいい。

まだいくつかの村に数人被害者が出ただけだ。速やかに対処できれば大ごとにはならない。

だが、もしも初期対応に失敗し大きな街まで病が蔓延すれば薬があっても止められない状況になりえる。

だからこそ、一秒でも早く薬がほしい。

「クリス、事情はわかったよ。……グランファルト王国の考えてることもわかるけど。ひどいよ」

「ん。ヘレンねえの作った薬をこんな使い方をするなんて許せない」

グランファルト王国は歴史ある大国だ。

だが、商業でも軍事力でもアッシュレイ帝国に追い抜かれつつある。

俺やエンライトの姉妹の発明品や特許を頼りにしてぎりぎり、大国の威厳も保てている。

ここで弱みを見せたアッシュレイ帝国を叩くというのは政治的には正しい。

それが理屈でわかっても好きにはなれない。

ヘレンの誰かを救いたいという気持ちを踏みにじってる。

「オルフェ様、ニコラ様、申し訳ございません」

「いいよ。そういうことなら考えもあるしね。ニコラ、大丈夫だよね」

「ん。任せて。ニコラならできる」

オルフェが難しい顔をしている。

きっと……グランファルト王国の屋敷のことを考えているのだろう。

連れてこられたのは、グランファルト王国の大使館だった。

大使館というのは国交のある国の役人や貴族が住まう建物であり、アッシュレイ帝国内にあるグランファルト王国の領地とも言える。

こういった交渉にはおあつらえ向きの場所だ。

交渉が始まる前にアッシュレイ帝国側の貴族たちを紹介してもらった。

彼らはオルフェとニコラをほめる。

グランファルト王国側に下心があるように、彼らにも当然下心がある。

……力を持ちすぎると案外窮屈なものだ。

アッシュレイ帝国はオルフェとニコラを狙っている。

アッシュレイ帝国側は【魔術】と【錬金】のエンライトに興味を持っている。大賢者の数々の発明でぎりぎりグランファルト王国は今まで力を維持できていた。

大賢者が死に、その力を受け継いだエンライトの娘たちを手に入れれば、グランファルトの力を削ぎ、自国の強化に繋がる。

バカな貴族が暴走してエンライトの姉妹たちを逃がしてしまったということも知っているようだ。

さらに、クリスとの交流まで知っている。あるいはクリスを無罪放免にしたのは、エンライトとのパイプ役を期待したのかもしれない。

流行り病のせいでオルフェとニコラのグランファルト王国への反感がさらに強くなっている今が引き抜くチャンスだと虎視眈々と狙っている。

そんな彼らは二人をもてはやすし、研究の支援などいろいろと申しでいている。

客観的に見れば魅力的な条件だ。

「ぴゅふぅー」

人間って醜い。こんな状況で欲を出すなんて。

それでも、亜人というだけでオルフェたちを軽視し、ろくに支援もせず、それどころか成金デブ公爵のたわごとを真に受けて遺産を奪おうとしたグランファルト王国にいるよりはいいかもしれない。

心残りがあるのはエンライトの屋敷だ。

思い出が詰まっている俺たちの家、絶対に取り戻すと決めたもの。

最後の手段があるにはある……あの屋敷は俺のいたずら心と魔術と技術が詰まっている。

十分な魔力があれば、屋敷が変形し自走するように作ってあるのだ。

屋敷ごと亡命も手だ。問題はその機能を知っているのが俺だけで姉妹たちは知らないということ。いつか伝えてやりたい。

「話はわかりました。私とニコラは多くの人の命を救うため今回の件に協力します。ですが、それ以上のことはもとめないでください」

ふむ、オルフェもちゃんとアッシュレイ帝国の意図は見抜いたか。

こういうことは教えられてないので不安だったが、俺の背中を見て学んでくれていたらしい。

【王】のエンライト、レオナがいてくれればと思ってしまう。

あの子はこういうことの専門だ。交渉術や相手の心理を読む能力がずば抜けている。レオナは戦闘力では姉妹最弱……というか一般人レベル。だが、ある意味最強のエンライトでもある。

一通り意識合わせが終わった。

時間になったらしく会議室に移動する。

さて、あの成金デブはどれほどの無茶を言ってくるか。

グランファルト王国の貴族とアッシュレイ帝国の貴族が並ぶ。

グランファルト王国側の貴族は成金デブ公爵を初めとして露骨にアッシュレイ帝国側を見下している。

想像はしていたが頭が痛くなってきた。

もう、あの国はダメかもしれない。

成金デブ公爵がオルフェとニコラを見て怪訝な顔をしてから、口を開いた。

「我々、グランファルト王国の要求は変わらん。薬が欲しければ、グランリード条約を飲んでもらうしかないな」

そのグランリード条約とやらを改めて彼の部下が読み上げる。

曰く、グランファルト王国からアッシュレイ帝国の商品に関する関税の廃止。

曰く、アッシュレイ帝国からグランファルト王国への関税についてはグランファルト王国側が自由に決定する。

曰く、薬の技術を提供する代わりに一つの街の年間予算にも等しい莫大な資金を払わないといけない上、薬一つごとに追加で金を支払ってもらう。

曰く、薬の技術の提供する代わりにアッシュレイ帝国が独占しているいくつかの特許をよこせ。

曰く、人質としてアッシュレイ帝国の至宝と呼ばれているマリーナ姫をとある伯爵家の嫁によこせ。

「ぴゅいぴゅ」

オルフェの腕の中で思いっきりため息をつく。超不平等条約。

がめついとは思っていたが予想以上だ。

……あれだ、こいつらは戦争でも起こしたいのか。とくに聖女マリーナ姫がやばい。あれに手を出したらアッシュレイ帝国の兵士が全員ブチ切れる。

もし、俺がアッシュレイ帝国側ならこの場では了承しておいて、薬の技術を手に入れたら即座に宣戦布告する。

それぐらいのむちゃくちゃを言っている。そうなれば何万人も死ぬだろう。

事実、アッシュレイ帝国側は内心ではかなり怒っている。

彼らは妥協案を提案する。俺から見ても限界まで妥協しているのがわかる条件だ。

これで条約を結べばグランファルト王国は優位に立てるのは間違いない。

だというのに、グランファルト側は一切譲る気配がない。

さて、そろそろ娘たちが動くころか。

もう、覚悟を決めるしかない。

立ち上がったのはオルフェではなく、ニコラだった。

驚いた。

あの子は人見知りが激しく、家族以外の前で話すのは苦手なのに。

「いい加減にして。ヘレンねえはみんなを救うために薬を作った。政治の道具にするためじゃない。ニコラは【錬金】のエンライトとして宣言する。最後に出たアッシュレイ帝国側の妥協案、それを飲まないようならニコラが流行り病の特効薬を作る」

その一言で場は大混乱だ。

【医術】のエンライトたるヘレンにしか薬は作れない。すべてがその前提に成り立っている。

グランファルト王国はせっかく、がめつくありとあらゆる利権を手に入れるチャンスが無になる。

アッシュレイ帝国側からすれば、別に作れる人物がいるなら妥協案の条約すら結びたくないだろう。

「ばかな、できるわけがない。【医術】のエンライト以外誰にも作れなかった薬だぞ」

成金デブ公爵が叫ぶ。しかし、ニコラはまったく動揺しない。

「ポーション作りは【錬金】の領分でもある。……この病はかなり特殊で複雑。ニコラでも一から薬を作りだすのは無理。でも、実物があれば別。ミラルダ共和国から流出した、ヘレンねえが作った特効薬が手元にある。ニコラとヘレンねえは同じ人から基礎を学んだ。実物があれば再現ぐらいはして見せる」

ニコラが瓶を取り出す。そこには薄い青色のポーションが入っていた。わざと飲み干さずに残したものだ。

ヘレンから送られてきたものではなく流出したと言ったのはヘレンの立場を考えてだろう。

「どっちかを選んで。エンライトの姉妹はどちらかに肩入れするつもりはない。グランファルト王国がアッシュレイ帝国が出した妥協案……それでもグランファルト王国がかなり有利なもの。それを飲んでくれるなら、アッシュレイ帝国のために薬を作ったりしない」

いい落としどころだ。

もし、ただ薬を作り提供すると言えばグランファルト王国は絶対にニコラを許さないだろう。

いずれ、グランファルトの屋敷を取り戻すということは完全に不可能になる。

……だが、十分にグランファルトに利益を出す提案であれば軋轢は少ない。

グランファルト王国側だってわかっているのだ。エンライトの姉妹がはったりなど言わないことを。

ニコラがやれると言ったらやってしまえる。

アッシュレイ帝国側もかなり混乱していた。

妥協案すら飲みたくないと思ってはいるが、それでニコラの機嫌を損ねたらすべてが終わる。

ニコラは成長していた。この場を掌握したのはニコラだ。

「わかった。グランファルト王国側は、アッシュレイ帝国側の出した条約締結を条件に薬の技術を提供しよう」

「アッシュレイ帝国側も同意する」

グランファルト王国側もアッシュレイ帝国側も苦虫をかみつぶしたような顔だ。

こうして、ニコラの思い描いた通りになった。

人を救う、その一点では最高の結末だ。

ほっとした。

しかし、次の瞬間、扉が乱暴に開かれた。グランファルト王国側からの伝令だ。

「ほっ、本国からの緊急連絡です……。ミラルダ共和国の研究施設が何者かに襲撃されました。薬の生産ラインが完全に破壊され、【医術】のエンライト、ヘレン・エンライトは行方不明だとのことです」

ヘレンが!?

オルフェとニコラが驚愕と悲しみに表情を歪める。

ヘレンは強い。

【医術】というのは戦いにも転用できる技術。サバイバル力も高い。おそらくは生きている。

だが、ヘレンが逃げざるを得ない敵? そんなものは限られる。

「そして、ヘレン・エンライトに救われた生き残りたちが、彼女からの伝言を預かっております。今回の流行り病は七罪教団による邪神の力を使ったもの……特効薬の存在に気付いた彼らは研究施設の破壊だけでは飽き足らず、新たに流行り病を作り出す可能性が高いため元を叩きに行くと。さらにミラルダ共和国は始まりにすぎないとも言っております」

その情報はこの場にいる全員が絶望するに値するものだった。

【医術】のエンライトでなければ治療法を見つけられない流行り病を蔓延させる邪神を七罪教団が使役している。

今までのように封印されていたり、弱体化させた邪神じゃない。

おそらく、すでに完璧な形で復活している。

「ニコラ、ヘレン姉さんを助けにいこう」

「ん。すぐに行く」

少なくとも現状では、薬の生産施設を壊しただけで新たな流行り病は発生していない。

アッシュレイ帝国とグランファルト王国のことは任せて、ヘレンを助けにいくべきだろう。

「皆様、先に失礼します。私たちはヘレン姉さんを助けに行きますので」

「クリス、グランファルト王国がやっぱり妥協案が嫌だって言ったら、ゴーレム鳩で手紙を送って。一流の錬金術士なら作れるぐらいに簡略化したレシピを送る。……もし、クリスに嘘の手紙を書かせたら、そのときは【錬金】の力で報いを受けてもらう」

二人はそう叫び、オルフェは俺を抱いて走り出した。

二人ともヘレンのことが心配で仕方ないのだ。

そして、俺も。

「ぴゅいぴゅー」

無事でいてくれ。ヘレン。

俺はそう祈る。

どくん。

体内で、邪神の力である瘴気が暴れる。

もしかしたら、すでに外で出たであろう。四体目の邪神に反応しているのかもしれない。

急ごう、ヘレンは人の命を救うためならどんな無茶もする子だ。