軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十一話:スライムは親友を救う

海から帰ってきて、娘たちが寝静まるのを待って俺は屋敷から抜け出していた。

その目的はただ一つ。

親友を止めるためだ。

あいつは、自分の研究に娘を利用しようとしている。それは人の道を外れたことであり、止めないといけない。

覚悟を決め、俺は夜の闇の中、スライム走りで駆け抜けていった。

魔術士の屋敷には侵入者を防ぐための結界や罠が仕掛けられている。

それはデニスも変わらない。

魔術士たちにとって、己の研究成果を守るというのは重要な仕事だ。

オルフェたちが一緒なら、正々堂々正面から屋敷に入れるが、どうしても二人きりで話をしたいので裏口か強行突破する。

問題は今の俺に隠蔽された結界を見破ることができるかという点だ。

「ぴゅいっぴゅ」

随分と俺も成長した。

大きな変化として、魔術系のスキルである【風刃】を得た。

それにより、このスライムボディに魔術回路が形成された。

そのきっかけが大事だ。スライムの特質である変形で、可能な限り魔術回路を最適化した。【精密操作】スキルをフル活用することで、二流の魔術士ぐらいの魔術回路は形成できている。

大賢者マリン・エンライトでいたころと比べたらおおよそ、二千二百分の一の性能にすぎない。それでも十分だ。

あとは知識と経験……それに知り尽くしたやつの癖を見抜くことで補おう。

「ぴゅいぴゅい(いきますか)」

そうして、デニスの屋敷に仕掛けられた罠を潜り抜けながら、やつのいる工房を目指した。

「ぴゅふぅーー」

疲れた。

やはり、デニスクラスの魔術士の工房に二流程度の魔術回路しか持たない身で挑むのは無理があったか。

いくつかの結界や罠に引っかかった。

だが、奥の手であるオリハルコンを纏う、メタルスライムモードとなることで致命傷は避けた。

魔術無効かつオリハルコンの硬度をもつメタルスライムモードなら大抵はなんとかなる。

デニスは俺の侵入に気付いている。

屋敷の管理者は結界が発動した瞬間、そのことを察知する。

なのに、やつが動いていないということは……。

「ぴゅいっぴゅ」

俺だと気が付いているのだろう。

どうやら、向こうも俺と話したいと考えている。

その予想は当たったようだ。

やつの工房に向かう通路、そこに一人の魔術士がたたずんでいた。

「マリン、アポなしに深夜の訪問とは無礼ではないかね。たとえ親友と言えどもね」

「ぴゅいぃ!」

「すまない、人間の言葉を使ってくれ」

……それもそうか。スラちゃんに慣れ過ぎた。

「キョウ、クリスノ、コクインミタ、オマエ、トメル」

【言語Ⅱ】になったことでずいぶん流暢にしゃべるれるようになった。

マグレガーには感謝してもしきれない。

「……【無限に進化するスライム】。さすがだなマリン。たった数日で見違えている。我らの師匠が不可能と切り捨てたものを、師匠の理想の先で完成させている。やはりおまえは天才だ。だから、私は……」

「ハナシ、ソラスナ」

「そうだな……。私の部屋に来てくれ。今日は酒の力を借りずに話そう。親友」

若干の影を込めて、デニスは親友と俺を呼んだ。

デニスの部屋に招かれる。

そこには、アデラの肖像画とクリスの肖像画が並んで立てかけられていた。彼の家族への愛が伝わってくる。

そして、大事に手入れされているだろう一本の杖に目が向けられる。

「あの杖、懐かしいな。マリンが私の誕生日に送ってくれたものだ。あれはいい杖だ」

「ナラ、ナゼ、カザリモノニ」

「今の私に持つ資格がないからだよ」

その言葉の意味は俺にはわからない。それでも、デニスの苦悩が伝わってくる。

「クリスニ、ジャシンノチカラ、テキオウサセテル、ナゼ?」

クリスのうなじに刻まれていた刻印。

あの術式には覚えがある。

邪神の力への拒絶反応を押えるための術式だ。俺が喰らった七罪教団の男にも同じ術式が刻まれていた。

……あの男のように邪神の眷属になるためにはいくつかのステップがある。

まず、邪神の力を受け入れる器を作る。そして少しずつ邪神の力を注いで慣らしていく。……やがて十分に慣らしが終われば一気に邪神の力を注いで変質させ人間をやめる。

頭の中で今までの情報が繋がっていく。

まさか、デニスは。

「シチザイキョウダン、ジュツシキ、テイキョウシタ、オマエカ?」

「はは、まさかこんなにもあっさりと見抜かれてしまうとはな。参ったな。あたりだよ。私は七罪教団から邪神の情報と、いくつかの祭具をもらう代わりに、邪神の力を制御する術式を開発し、彼らに授けた。クリスに施すまえにいい実験になってくれた。素晴らしいデータがとれたよ」

「ケンゾクカ、セイコウ、フシギダッタ、ヤツラニ、ソンナゲイトウ、フカノウ」

「そう、このデニス・ヴィリアーズだからこそできたことだ」

巫女姫エレシアを襲った七罪教団の連中は、邪神の力を受けて、邪神の眷属となることですさまじい力を振るった。

だが、それは異常なことなのだ。

邪神の力を受ければ、人の身などねじれ穢れて異形になり果てる。

なにより、正気でいられるはずがない。

それなのに、あいつらは人の形を保ちつつ、きちんと自我を保ち、邪神の力を使いこなしていた。

それを可能にする術式、そんなものが作れる魔術士は片手で数えられるほどしかいない。

「イッタイ、ナニヲ、カンガエテイル」

「我が研究のために必要だった。七罪教団は無能なわりに歴史だけはある。貴重な資料を十分すぎるほど得られたよ」

「ソノセイデ、ドレダケ、ヒゲキガ、ウマレタ?」

「きれいごとを言うなよマリン。魔術士たるもの、己の研究を完成させることを最優先とする。それに、我が研究が完成すれば、七罪教団が生んだ犠牲者の何千倍、何万倍もの人々に幸福を与える。クリスが神になり、無限の祝福を人類に与えるのだ!」

その一言で、やつの研究。その道筋が見えた。

ふざけるな。オルフェの苦しみを知っているからこそ、俺には認められない。

「クリスニ、ジャシン、ソノモノ、ヤドス、ツモリカ?」

七罪教団の男たちで、邪神の力を託して操る研究は実証済み。

なら、次のステップは邪神そのものを宿す。

「そうだ。封印から漏れるわずかな力ではだめだ。邪神そのものの力がほしい。となれば、力を自由に出し入れできる器がいる。それしかないのだ。我が娘クリスに、邪神を降ろす。そしてクリスを通じて、人々は邪神の力の恩恵を受ける!」

「フカノウダ。クリス、ノマレル、ユガム、ツブレル」

「できるさ! しらばっくれるなよマリン。すでに貴様がやったことだ。最強の邪神、【憤怒】のサタン。それを貴様は娘に封印した。そして、おまえの娘はその力を使いこなしている。マリンにできたのだ! 私にもできるさ!」

「チガウ、アレハ、ソンナツゴウノ、イイモノジャナイ。オルフェ、ナガク、イキラレナイ、ダカラ、オレ、ヘレン、オルフェ、ケンキュウシテル。クリスニ、オナジ、クルシミ、セオワス、ナ」

確かにオルフェの心臓には最強の邪神が宿っている。

それができたのは、オルフェ自身が風守の一族の巫女だったからだ。

そのオルフェですら、邪神に体を蝕まれている。

俺の見立てでは、オルフェは二十半ばまでしか生きられない。

そうならないように、邪神の力を操るすべを研究し続けた。その結果が【黒炎】。それでもまだまだ不十分だ。

オルフェは、今も邪神の力を抑えるための研究を続け、長女であるヘレンは【医術】のエンライトとしてオルフェを救うための研究を続けている。

「マリン、おまえはすごい。だが、おまえは人にこだわり過ぎた。人であろうとし過ぎるから、邪神は毒になる。人をやめれば邪神の力に蝕まれることはない。おまえも見ただろう。七罪教団の連中を!」

人を止めて、致命傷を受けても笑い続けたあいつらのことを思い出す。

あんなものにクリスをすると?

「フザケルナ、ヒトヲ、ヤメテ、ナンノイミガ」

「スライムの姿で言っても説得力がないぞ。……そして、俺が気付かないと思っているのか? 【暴食】の邪神ベルゼブブ。おまえは、その力を宿している。さすがだな天才。まさか、邪神化ですら先に行かれるとは思っていなかった」

うすうす気づかれているとは思っていた。

俺はすでに邪神だ。

もっとも、せいぜい邪神位階で言えば卵の段階に過ぎないが。

【無限に進化するスライム】その無限の可能性、底なしの成長力と適応力があったからこそ、邪神を吸収できた。

だが、いかに無数の術式をほどこそうと、魔術的な素質がある素質があろうと人間には不可能だ。

「クリス、シッテイルノカ?」

もっとも重要なのはそこだ。

もし、何も知らないまま人間をやめるのはあまりにも不憫だ。

「知っていますよ。スラさん……私は自分の意志でお父様の力になると決めたんです」

背後の扉が開いて、クリスが現れた。

俺たちの話を聞いていたのか。

それでいて、彼女は微笑んでいる。

「ソレデイイノカ?」

「ええ、お父様の力になれるなら本望です。それにどっちみち私には時間がありません。病気なんです。それも手の施しようのない。すごくうれしかった。今まで、デニス・ヴィリアーズの娘でありながら、魔術士にもなれず足手まといにしかならなかった私がやっと役に立てる。だから、お父様と私の邪魔をしないでください」

そう言って俺を見つめるクリスの表情が記憶のなかのアデラと重なる。

何かを選び、他を切り捨てた人間の眼だ。アデラもデニスに勝たせるための不正をしたときそんな目をしていた。

そして、デニスは口には出さないが、クリスを邪神の依り代に選んだのは、娘の命を繋ぐためだったのだろう。人をやめてでも生きて欲しいという父の願い。

「マリン、クリスもこう言ってくれている。お願いだ。邪魔をしないでくれ。私はマリンにずっと嫉妬してきた。わかるか? 何をやってもおまえに勝てなかった。邪神の力の利用。そのためにずっと走り続けているにもかかわらず、おまえは片手間に邪神を人に封印して力を引き出す偉業を成し遂げ、そして自らが邪神になってまで見せた。……私はおまえに勝ちたいんだ。ここで勝てないと、私はもう立ち直れない」

泣きそうな顔をしていた。

いつも自信満々で、兄弟子として俺を導いてくれたデニスのこんな表情は初めて見る。

俺は、何も言えなくなった。

「私からもお願いします。スラさん、いえ、大賢者マリン・エンライト様。お父様は絶対にこの研究を成功させます。だから、見届けてください」

スライムボディを震わせる。

デニスとクリスはもう覚悟を決めていた。

今更、何が言えるというのか。

「ワカッタ。スキニシロ」

「マリン、一週間後、【嫉妬】の邪神レヴィアの封印をとき、クリスに宿す。立ち会ってくれないか……必ず研究は成功させる。だが、万が一、万が一のときはおまえの力を借りたい。都合のいいことを頼んでいるのはわかっている。だが頼みたい。最悪の場合、クリスだけでも救ってほしい」

娘を利用しつつ、娘だけは救ってほしい。

矛盾している感情と言葉。

でも、それはきっとデニス・ヴィリアーズとしては正しいのだろう。

体から力が抜ける。

「ワカッタ、キョウハ、タチサル」

少なくともこの場での説得することはできない。

娘を持つ身だからこそ、止められない。クリスに人のままで死なせてやれと言えない。

……ただ、見過ごすわけにもいかない。

「タチアウノニ、ジョウケン、シチザイキョウダン、テヲキレ」

「約束する。というより、すでに手を切った。そのせいでクリスがさらわれそうになったが」

そうか、あの盗賊たちの襲撃は七罪教団の報復だったのか。

「クリス、スクウ、キョウリョクスル。ダガ、ジャシン、セイギョデキナイ、クリスモ、スクエナイ。ソノトキ……クリスゴト、コロス、イイナ?」

邪神の制御に失敗した場合。

おそらく、邪神はクリスを突き破って出てくる。

あるいは、クリスという人格が吹き飛び、邪神そのものになるかのどちらかだ。

そうならないように全力でサポートするが、それでもだめならオルフェたちを守るため、封印を解除したばかりで疲れ果てている邪神を殺す。

「……クリスがクリスでなくなったとき、そのときは頼む。だが、あくまで救出が第一だ。それは最後の最後の手段にしてほしい」

「イイダロウ、キョウリョクスル」

俺はぴゅいっと背中を向けて跳ねる。

ここに来たことは無駄ではなかった。

「大賢者マリン・エンライト様、お願いがあります! 私はスラさんの正体をオルフェ様たちには話しません。だから、私が邪神の依り代になることは秘密にしてください」

「ぴゅい!」

あえて俺は鳴き声をあげた。

スラさんとしての返事をするためだ。クリスが小さく笑う。

それを見届けて、俺は去っていく

一つの確信があった。この実験は必ず失敗する。

デニスとクリスは言っても聞かないから、言わなかった。

七罪教団に施された術式、そしてクリスの首の刻印を見て失敗すると確信していたのだ。

この程度で、邪神をどうにかできるわけがない。デニスの想定は二回りほど甘い。邪神をオルフェに封印し、この身に邪神を宿したからこそわかるのだ。

さて、準備をしよう。

破滅に向かう。親友と娘の友人を救うために。

ああは言ったが、俺はクリスを絶対に死なせない。これは俺の意地で感傷だ。

俺の力だけでは足りない。娘たちの力も借りて、この破滅に向かう親友とその娘の結末をハッピーエンドへと変えて見せよう。大賢者マリン・エンライトの名にかけて。