軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十話:スライムは次女のことを思い出す

日が暮れてきたので砂浜で晩御飯の支度を始める。

クリスのうなじの刻印のことはひとまず置いておこう。

今日の夜に屋敷を抜け出してデニスに会いに行く。

まだ、初期段階だ。俺ならばクリスを助けてやれる。

邪神の力を無限のエネルギーにする研究。そのテーマそのものに反対だ。あれは人がどうにかできるものではない。

ましてや……、娘を、アデラに瓜二つのあの子を生贄に捧げるようなことを、デニスの親友として、そしてアデラに恋をした男として許すわけにはいかない。

「スラちゃん、最近考え事が多いね」

「ぴゅいっぴゅー(そんなことないよ)」

あまり娘に心配させたくないので平静を装う。

そして、目先を逸らすために忙しく動き回る。

ぴゅいぴゅいのぴゅっ!

あっという間に石かまどができた。

そして、【収納】している鉄塊を鉄網にして石かまどに乗せる。

これで、網焼きの準備は完了だ。

「ありがとう、スラちゃん。助かるよ。これで貝を焼けるね」

「ぴゅっへん」

俺はできるスライムなのだ。

オルフェは【炎】の魔術を使う。石かまどの中に炎がともる。

普通の炎なら薪がなければすぐに消えてしまうが、特殊な術式で空気さえあれば燃え続ける魔術の炎を生み出していた。

オルフェの魔術はサバイバルにはとても便利だ。

熱された網に巻貝が並べられていく。

この貝は大きな巻貝の一種、サザエと呼ばれている。

火を通すと、巻貝の入り口に汁が出て来て、それが沸騰したら完成だ。

シンプルな料理だが最高にうまい。

貝を焼いている間にオルフェはさきほど釣り上げた魚を取りだす。

「じゃあ、料理を始めるね。極東出身のシマヅ姉さんから教わった料理なんだ」

そう言って、スズルキ……大型の高級魚をオルフェがさばき始める。

一分もかからないうちに、うろこを剥がして、三枚におろして、身から皮をはがす。

そして、柵になった身を薄く切る。

刺身という、新鮮な魚でしかできない贅沢な料理だ。

このあたりでは生の魚は嫌われるが、極東では一般的だ。

とくにスズルキは、白身魚なのに脂がしっかり乗っていて、最高の歯応えと旨味が味わえる。

「オルフェ様、まさか生で食べるんですか?」

「うん、魚は腐りやすいけど、こうして釣れたてなら生でも大丈夫。ちゃんと火を通す料理も用意するから、無理に食べる必要はないよ。安心して」

「食べます! オルフェ様が作ってくれた料理、絶対に残しません」

微妙に怖がっているクリスを見て、オルフェは苦笑する。

横からニコラが顔を出した。

「オルフェねえ、そのお刺身、試食させて」

「うん、いいよ。小皿と魚醤を取り出して」

「ん。任せて」

ニコラが小皿を取り出し、そこに魚醤を注ぐ。

魚醤とは、小魚を発酵させて作る、黒くて塩辛い魚の旨味が溶け込んだ調味料。

刺身にはこれが一番だ。

「オルフェねえ、お刺身は久しぶり」

「新鮮な海の魚じゃないと無理だからね。なかなか屋敷じゃ食べれないよ……ニコラがおねだりすると、お父さんは、めちゃくちゃして用意したけど」

ちなみに刺身はニコラの大好物だ。

たまに、ニコラにねだられたときは【飛行】の魔術を使って港までいって、市場で生きている魚を探し、【冷凍】の魔術で凍らせて屋敷に持ち帰って振る舞ったのは、今となってはいい思い出だ。

俺は娘のためならそれぐらいはする。

「ん。父さんにも食べさせてあげたい。……父さんも刺身好きだった。それにオルフェねえが釣った魚だもん。きっと、すごく喜んでくれる」

ニコラの笑顔に影ができる。

まだ、俺のことを引きづっているのか……。

約束どおり、明日にでもニコラと一緒に眠ってあげよう。

【進化の輝石】はあと二つしかない。ニコラに会うためだけには使えない。

だけど、可愛いスラとして慰めるぐらいはできる。

「そうだね。……お父さんの分も私たちが食べちゃおう。ねっ、スラちゃん」

「ぴゅい!」

正体を明かしたいがここは我慢だ。

ちゃんと人間になれるまで俺は可愛いスラちゃんでいる。

……はやく人間になりたい。

「オルフェ様とニコラ様のお父様は死んでしまわれたのですか?」

「うん、でも、あんまり気にしないで。気を使われると逆にしんどいよ。それより、お刺身を食べちゃって」

「はっ、はい。では」

クリスはおそるおそる、ニコラは勢いよく、フォークで刺身を突き刺して、魚醤につける。

そして口に含む。

「んんん、ぷりぷりして、甘くて、美味しいです! こんな料理があったんですね」

「うん、私も初めて食べたとき驚いたな。でも、絶対に自分でやったらだめだよ。生で食べちゃだめなお魚も多いし、傷んだ魚を使うとお腹を壊すからね」

「はい、気をつけます。でも、本当に美味しいです」

どうやら、刺身は気にいってくれたみたいだ。

ニコラのほうを見ると、リスみたいになっていた。

食べ過ぎだ。

「ニコラ、それ試食じゃないよね」

「久しぶりのお刺身、はしゃぎすぎた。相変わらずオルフェねえは腕がいい。切るだけなのに、誰もオルフェねえほど美味しく作れない」

もともと口が小さいのでリス状態でも、そんなに食べれていない。

オルフェの調理技術はぴか一だ。

刺身は案外、調理人の腕で味が変わる。

「ニコラも、ドーピング料理だけじゃなくて普通の料理も覚えればいいのに。器用だからすぐに覚えると思うよ」

「それはもういい。一番食べてほしい人がいない」

……ちょっとニコラが心配になってきた。

「また、そういうこと言って。あっ、そろそろ貝もいい感じだね」

石かまどで焼いていた貝のくちに、汁が溢れふつふつと沸騰してきた。

そこにオルフェは魚醤を垂らす。

そして、串をつきさし、貝をくるっと回せばサザエの身がくるっと出てくる。すべての貝を同じようにして次々と殻を外して皿に盛る。

「はい、クリスちゃんの獲った貝だよ。たべてみて」

「はい! ……美味しい、甘くて、ほろ苦くて、こりこりで。潮の香りがする」

獲れたて焼きたてのサザエは本当に美味しい。それも自分で苦労して獲った貝ならなおさらだろう。

俺もぴゅいっと一ついただく。

これは酒が欲しくなる。

「じゃあ、どんどん行くよ。お刺身だけじゃ芸がないからね」

そう言うとオルフェは二つの小鍋を鉄網の上に置いた。

一つは油、一つはお湯。

さらにはそれとは別に、魔法で生み出した氷水を入れた深皿を用意した。

ほう、面白い趣向だ。

刺身と合わせて四種類のスズルキを楽しむわけか。

「えっと、小皿に調味料を用意してっと」

あらかじめ用意していた調味料をオルフェは二つ取り出す。

シマヅから教わった酢と魚醤を混ぜて、かんきつ類を加えた調味料、オルフェはかんきつ類の名前をとって、ポン酢と呼んでいる。

もう一つは岩塩だ。

「まず、氷水に刺身をくぐらせると……洗いのできあがり」

きんきんに冷えた氷水に刺身をくぐらせるとパチパチという音が鳴る。

そして、身がはじけて白っぽくなる。

「洗いは刺身と同じように、魚醤で食べて」

「はい、すごい、お刺身よりも歯応えが素敵に」

「ふふ、まだまだ行くよ。こっちのお湯に一、二秒くぐらせて半生にすると……スズルキしゃぶだよ。これはポン酢で食べるんだ」

「甘味と旨味が強くなりました!」

「まだまだ、最後は小麦と卵を混ぜた衣があるから、これを絡めてから油にいれると……はい、スズルキの天ぷら。これは塩で食べるんだ」

「さくっとして、ほっこりして、今までと全然違う食感、それに、すごく美味しい」

生、氷水、お湯、油。

その四種類の調理で、スズルキはまったく違う顔を見せる。

スズルキの魅力を残らず引き出していた。

なにより、目の前で料理を完成させていくのが楽しいし、楽しさはより料理を美味しく感じさせる。

「じゃあ、試食はおしまい。貝は殻をむいたし、スズルキは今見せたように、自分で料理して食べてね! 大きなの二匹分だから食べきれないぐらいあるよ!」

そう言うと、クリスとニコラが目を輝かせた。

自分でもやってみたくなったらしい。

オルフェはそんな二人を優しい表情で見ている。

昔からオルフェは面倒見が良い。

「スラちゃんの分は私がやってあげるから、食べたいのを言ってね」

「ぴゅい!(全部)」

刺身も、洗いも、しゃぶしゃぶも、天ぷらも大好物だ。

全部食べる。

「わかった。じゃあ、たくさん食べようか」

「ん」

「はい!」

「ぴゅい!」

こうして、綺麗な海と砂浜の上、楽しい晩御飯が始まった。

獲れたての海の幸を、その場で調理して食べる。これ以上の贅沢はないだろう。

みんな楽しそうに、いろいろな方法でスズルキを食べて笑っていた。

「私は、この天ぷらっていうのが一番好きです!」

「どれも美味しいけど刺身が一番」

「私はしゃぶしゃぶかな?」

ちなみに俺は洗いが一番好きだ。

どれも違った美味しさがある。

気が付いたら、皿が空になっていた。

「ぴゅふー(大満足)」

久々の新鮮な魚、堪能させてもらった。

「あっ、星が出始めたよ」

「きれい。海と星のコントラスト」

「オルフェ様、ニコラ様、今日のこの空、ずっと忘れません」

心底楽しそうにクリスが笑う。

三人は一緒に遊び、こうしてご飯を食べてすっかり仲良くなったようだ。

また、デニスを止めないといけない理由が増えた。

クリスがいなくなれば、オルフェとニコラが悲しむ。

「そういえば、オルフェ様。さきほどから名前が何度か出ましたが、シマヅ様という方はどんな方ですか?」

「シマヅ姉さんは私たちの姉で……その、変わった人だよ」

「鍛錬マニアのバトルマニア。強くなることしか考えてない。そのくせ、私たちの中で一番のファザコン」

シマヅ、元気にやってるかな。

まあ、姉妹の中でも最強だからな。

そして、ニコラの言う通りファザコンだ。

「すごい人なんですね」

「でも、優しい人だよ。怒ったら怖いけど」

「……シマヅねえは私たちの中でも最強。【剣】を名乗ってるけど、あの人は剣士じゃない。ありとあらゆる武器を使いこなす武神」

シマヅは【剣】のエンライトとして育てた。

【剣】とはその通りの意味でない。武器の担い手という意味だ。

つまるところ、古今東西、すべての武器を極めたのがシマヅだ。

オルフェのように属性魔術は使えないが、魔術も使える。

【身体能力強化】の一点のみに特化して鍛えて、おおよそ生物の範疇を越えた動きを見せる。

ニコラのいう通り、戦闘力という一点では他の追随を許さない。

シマヅに勝てる可能性がわずかにあるのは、【医術】のエンライト、ヘレンぐらいだろう。

「一度、会ってみたいです」

「それは難しいかな」

「シマヅねえは、常に戦場を渡り歩いてる。戦争が起こったと聞いたら、そこに出向いて、劣勢なほうの傭兵になって絶望的で地獄のような戦場を自分から志願する」

あの子は実戦こそが最高の鍛錬だを地で行くからな。

きっと、今も最低最悪の戦場で剣を振るっているだろう。

年中そうしているので、戦場の都市伝説になっているぐらいだ。

あの子一人で、戦争の結果そのものをひっくり返したこともある。

「……うっ、ちょっと怖くなってきました」

「あははは、繰り返すけど優しくて厳しい人だよ。そうだ、ニコラは手紙を書いたんだよね。ちゃんと、屋敷のことはうまくごまかした」

ニコラが顔をそむける。

まさか、ニコラ。

「……疲れてた。だから、そこまで気が回ってない。こう書いた。『引っ越した。新しい住所を書いておく。前の屋敷は人手に渡った』」

「えっ!?」

「ぴゅひっ!?」

その書き方だと、まるでオルフェたちが勝手に屋敷を売り払ったみたいだ。

「ねえ、ニコラ。それ、勘違いされるよね。勘違いされたら……」

「シマヅねえ、きっと私たちを殺しにくる」

「逃げよう、だめ、やっぱりせっかくの研究できる環境捨てれない……」

「全力で屋敷に罠を仕掛けまくっておく。シマヅねえを無力化してからゆっくり説得する」

「できると思う? シマヅ姉さん相手に」

「やらないとニコラたちが死ぬ」

二人は変に決意を固めている。

まあ、遅かれ早かれ、他の姉妹たちは屋敷が奪われたことに気付いていただろう。

早いか遅いかの違いだ。

それに、ラッキーだとも思っている。

俺の予想が正しければ、必ずシマヅの力が必要になる。

あの子を最速で呼び戻せるのなら僥倖だ。

……問題は、どうやってシマヅからこの子たちを守るかだな。

あの子なら、やろうと思えばスライムすら切り裂いて再生不可にできる。それも剣技だけで。

ちょっと対策を考えておこう。

「あはは、本当にすごい人ですね」

若干クリスが引いてる。

「シマヅねえが来て、私たちが生きてたら紹介する」

ニコラが、悲壮な覚悟を込めた顔でそう言った。

「とりあえず、暗くなってきたし片づけて帰ろうか。クリス、今日は来てくれてありがとう。おかげで楽しかったよ」

「いえ、私も最高の一日でした!」

三人は笑い合う。

そうして、しっかり後片付けを済ませてから馬車に戻った。

片付けながら俺は覚悟を決める。

今晩、デニスに会いに行こう。

あいつの真意を確かめて止める。

あいつを止めるのはきっと……親友である俺にしかできないことだから。