作品タイトル不明
第六話:スライムは影を語る
いよいよ出発の日が来た。
この日まで、いろいろあった。
突然現れたリーダー、スラレッドに対するスライムフォーの反発と、殴り合って生まれた友情。そして、スライムファイブの爆誕。
エレシアを護衛しているスラブルーを除いたスライムファイブ、それぞれのスキルを組み合わせて放たれる友情合体技スラフィニッシュの開発。
警護任務中だったせいで必殺技からあぶれて拗ねたスラブルーは、それでもしっかりと定期報告をしてくれているが、今のところエレシアは無事だ。……三度ほど、スラブルーが暗殺者を仕留めることになったが。
厳重な警護はいいが、その警護をしている人物が敵に内通しているという笑えない状況。スラブルーがいなければエレシアは死んでいただろう。
クリスが乗る馬車の後ろをゴーレム馬車が走る。
クリスはアッシュレイ帝国を代表し、同盟国の姫の生誕を祝うために出発する。
公爵という家柄はそれにふさわしいし……エンライトとかかわりがあることから選ばれたのだろう。
馬車を囲むようにして、馬に乗った魔法騎士たちが警護している。
「さすがはお姫様だね」
「そうね。公爵家の娘なら姫と言って過言ではないわ」
たしかにその通りだ。
まあ、どこから姫と呼べるのは割と主観だが、公爵家の令嬢を姫と呼ぶことに依存があるものはいない。
「ねえ、オルフェお姉ちゃん。風で音が漏れないようにして。……聞かれたくない大事な話があるの」
「うん、いいよ」
オルフェの風が馬車を包む。
秘密裡に話をする際に使う防音魔術。
これなら馬車の近くにいる魔法騎士たちに話が聞こえることはない。
「ありがと。えっとね、いろいろと根回しや調査をしているんだけど。最悪なことが一つわかった。……エレシアの暗殺、【絶影】が動いてる」
その言葉を聞いて、即座に反応したのはキツネ耳美少女にして、【剣】のエンライトのシマヅだけだ。
戦場を舞台にしていただけあって、なじみ深い名だろう。
「知っているのはシマヅお姉ちゃんだけか。なら、説明するね。【絶影】は超凄腕の暗殺者だよ。謎に包まれていてね。その本名も姿かたちも知っている者はいない。完璧な仕事で一度も尻尾を掴ませたことがないんだ。分かっているだけで三十回の暗殺を成し遂げているのにね」
「ん、すごい暗殺者ってのはわかった。でも、それはおかしい。一度も捕まっていないし、尻尾を掴ませてないなら、なんで【絶影】が有名になってる? 【絶影】の仕業だって分からないはず」
「それは簡単。【絶影】が完璧に仕事しようと、【絶影】に依頼をしたって方の情報は、依頼主が漏らしちゃうから」
……【絶影】からしたらやってられないだろうな。
犯人を特定されないように殺しをしているのに、依頼主のほうから情報が洩れるなんて。
そして、わかっているだけで三十。依頼した事実を漏らす間抜けはそこまで多くない。……実際に任務をこなした数は下手をしなくても桁一つ違う。
「そう、厳しい戦いになりそうね」
「シマヅ姉さんでも?」
「ええ、実際。私は一度負けているもの」
その言葉を聞いて、シマヅを除く姉妹全員の顔が引きつる。
シマヅはエンライト姉妹の中で最強であり、彼女が負けるところなんて想像すらできない。
「シマヅ姉さんより強い人が出てきたら、クリスを守り切るなんて絶対不可能だよ」
「一応、補足しておくと直接戦ったわけじゃないの。ただ、私の目と鼻の先で雇い主のトアナラ将軍を暗殺されたわ。それで、その戦争はおしまい。圧倒的なカリスマを持つ将軍の死で、兵たちは動揺して戦えなくて降伏したのよ。……たった一人で戦争を終わらせる。【絶影】はそういう存在よ」
その戦争についてはシマヅから報告を受けて知っている。
大きな戦争だった。万を超える軍勢同士のぶつかり合い。
そんな中、【絶影】は単身で数千の敵がいる敵対勢力の本拠地に忍び込み、もっとも警護が厚い将軍のみを暗殺して逃げおおせた。
おおよそ人間業じゃない。
「シマヅ姉さんが負けたなんて聞いてびっくりしたよ。戦って負けたわけじゃないんだね」
「むしろ、そっちのほうがマシだったかもね。戦闘に持ち込めば勝てると思うわ。でも、【絶影】は戦闘なんて介さずに殺す。目と鼻の先で守るべき相手を殺される瞬間まで、私はその存在に気付く事すらできなかったわ。もし、【絶影】のターゲットが私なら、相手を認識することすらできず殺されていたかもしれないわね。……もっとも、私の剣域を踏めばどんな技術があろうと気付く自信はあるけど」
そう、暗殺者の本質はその名の通り、人知れず殺すこと。
理想は、敵に気付かれることすらなくすべてを終わらせること。戦闘になんて持ち込まれている時点で三流なのだ。
シマヅがぴりぴりしている。
よほど、かつての負けが悔しかったのだろう。
ごほんっと咳払いして、再びレオナが口を開く。
「みんな、どれだけ【絶影】がやばいかわかったでしょ? クリスが狙われることもやばいけど、私たちもヤバイ。七罪教団が依頼主なら、私たちがターゲットになるってこともあるだろうし。ただね……一つ、噂があるんだよね。【絶影】は依頼を受ければどんな難しい殺しも引き受けるけどエンライトに関わる者だけは絶対に狙わないって。……全員、暗殺を差し向けられるような心当たりはあるよね? でも、【絶影】に狙われたことはない。不思議じゃない?」
「そう言えば、そうだね。【魔術】の分野でたくさん嫉妬されてるのは否定しない」
「ん。それはニコラも同じ」
「私は主義主張なく、様々な戦場を渡り歩いているのよ。恨みなんて、数えきれないほど買っているわ」
「実は私も。同業者もそうですが、救えなかった、あるいはトリアージ……あえて多くの人を救うために見捨ててしまった人の家族には恨みを買っていますわね」
力を持つということはそういうことだ。
【王】のエンライトであるレオナはひと際敵が多く、残りの四姉妹全員を合わせた以上に敵が多い。
どんな依頼でも引き受ける【絶影】が、エンライト姉妹の暗殺依頼をされていないほうがおかしい。
「……それでね、私は気になっていろいろと調べたことがあるんだよね。侵入のやり口、状況から使用したであろう魔術、変装や歩法、交渉術、人心掌握術、殺し方、そういうの全部。するとね、どことなくパパの匂いがするんだ。【絶影】はパパの技術を持って、エンライトはけっして狙わない暗殺者。これって偶然かな? ねえ、パパ」
「ぴゅー、ぴゅぴゅぴゅぅー♪」
困ったときのスラ口笛。
ワタシ、スライムダカラ、シャベレマセーン。
「お父さん、私の防音魔術は完璧だよ」
「ん。それにもう言葉を話せることはわかってる」
「言い逃れなんて出来るとは思わないで欲しいわね」
「パパ、詰んでるよ。見苦しいことはしないで」
「一生、姉妹全員から白い目で見られることになりますわ」
「ぴゅっ、ぴゅいぃぃぃ」
これは逃げられる状況じゃないな。
しょうがない。すべてを話そう。
スライム細胞に魔力を込めて、変身を行う。
例によって、燃費がいい少年形態だ。
「おおよそ、理解していると思うが【絶影】という暗殺者は、おまえたちの姉妹だ。【影】のエンライト、クレオ・エンライト。暗殺と諜報に特化したエンライト」
オルフェとニコラは驚き、シマヅ、レオナ、ヘレンの三人はやっぱりと納得した表情を浮かべる。
「ねえ、お父さん。どうして、私たちに秘密にしていたの?」
「そうすることが必要だからだ。それがクレオの望みでもある。言っておくが、なぜそうする必要があるかは言えない。……それはあの子の意志に反する」
特別な子だ。
あの子が来たのはニコラがやってきてしばらくしてから。
エンライトの屋敷の離れで、他の姉妹たちとは隔離して育てた。
「驚いた。私たちに六人目の姉妹がいたなんて」
「ん、同感。でも、もっと気になるのは。六人目がいたら、七人目や八人目がいてもおかしくないこと」
「安心してくれ。クレオで最後だ。七人目はいない」
さすがに俺もそこまで節操がないわけじゃない。
そもそも、俺はエンライトを継げるだけの才能がない限り引き取りはしない。
六人もその才能を持った子たちと会えたこと自体が奇跡だと思っている。
七人目なんてありえない。
「パパ、クレオと連絡とれない? エンライト同士でやり合うのってバカらしいし」
「それはできない。あの子から連絡が来ることはあるが、俺はあの子に対する連絡手段を持たない」
それもまた、暗殺者として生きるための方法だ。
それにあの子なりの気遣いだ。自分がエンライトであることをひた隠しにしている。
あの子はエンライトは光であり、暗殺者なんて存在は許されない。そう思い込んでいる。
「厄介な理由がわかったわ。父上に育てられた暗殺者なら、あれぐらいはこなすわね。……父上、確認させてほしいの。そんな相手なら手加減する余裕なんてないわ。父上が、クレオを止めてくれないなら、殺す気で剣を振るうことになるわよ」
「それでいい。それぐらいでないとエレシアを守ることなんてできないだろう」
姉妹の争いなんて望まない。
だが、それもやむを得ないとも思う。
クレオは絶対に引きはしない。それが彼女の生き方だ。かといって、このままエレシアを見殺しにすることもまたありえない。
馬車内に重苦しい空気が立ち込める。
姉妹の誰もが、まさか六人目の姉妹が敵だなんて思っていなかったのだ。
動揺もする。
俺も、聞かれない限り答えるつもりはなかったことだ。
「……パパ、本気で私はクレオ潰しの策を立てるからね」
「そうしろと言っている。あの子だってそうするだろう」
暗殺の他に諜報のスペシャリスト。
エンライトがエレシアを守る側についていることは向こうも知っている。
それを踏まえた暗殺を行うはずだ。
オルフェとニコラが何か言いたげに俺の顔を見ている。
俺にクレオを止めてほしいのだろう。
だが、それはしない。
それがクレオとの約束だから。
馬車は走り続ける。
姉妹たちと共に過ごせたグランファルト王国に向かって。
かならず波乱は起きる。
……俺は何が起こったとしても六人の娘の命が無事であるように祈り、そのために行動する。