作品タイトル不明
第十六話:スライムは血沸く
オルフェの儀式魔術が通じなかった。
それも、水を操作する魔法で、水の支配を奪われるという、もっともわかりやすい形での力負け。
通常ではありえない。
オルフェの魔術士としての技量は世界で五指に入る。
ましてや、儀式魔術のブーストまで得た状態で放った魔術だ。
そんな芸当ができるのは、俺ぐらいだと思っていた。
だが、体内から破壊できなくても最低限の目標は達成した。
吸収されていたすべての人を解放して、クッチャカッチャの外へ逃がした。
偽スラちゃんたちがせっせと外に運んでいる。
今のところ、順調に逃げている。
城内で監視任務についていた偽スラちゃんたちも、監視対象が溶けたところを見届けて、ごく一部の偽スラちゃんを除いてすべて増援に向かわせている。
彼らなら救出した人たちを安全なところまで連れていけるだろう。
……救出した人たちには悪いが、変に目を覚まして勝手に動かれると面倒なので、全員首筋に強力な麻痺毒を偽スラちゃんに打ち込ませている。
足を引っ張られるぐらいなら、大人しく荷物になってもらったほうがいい。
あっちは彼らに任せるとしよう。
こっちはこっちで忙しい。
「足場すらないのはさすがに厳しいわね」
シマヅが珍しく弱気なことを言っている。
今も、クッチャカッチャが俺たちを排除しようと攻撃を加えていた。
ここは奴の体内。
前後左右上下、そのすべてから肉の槍が盛り上がり襲い掛かってくる。
最悪なのは着地の瞬間を狙って足元からも肉の槍が突き出てくること。
剣士は大地を踏みしめなければ力を発揮できない。足場が敵の領域なのは致命的だ。
……まあ、それは普通の剣士の場合だが。
肉人形の群れに突撃しながら、肉の槍を躱すシマヅ、着地の瞬間足元から肉の槍が盛り上がってくるが、地面に触れる前に空気を蹴って前へ跳び、立体軌道で走り抜けながら、肉人形の首を切り落としていく。
「ぴゅいぴゅい(なかなかやるな)」
シマヅは空気を蹴ることができる。
彼女はいくつかの魔術を使用する。身体能力強化・自己回復力強化、そして【空蹴り】。
その名のとおり、足の裏に力場を作り、空中で足場を作る技術。
あくまで刹那の時間だけ空気を固める魔術なので魔力消費量は極端に低い。
それでいて極めて実践的。その気になればシマヅは空を駆けることができる。
シマヅは、次々に生み出される肉人形たちを駆逐していく。
だが、終わりは見えない。
倒す端から次々に溶けて肉壁に吸収されて、新たに肉人形を生み出す材料にされる。
切断ではクッチャカッチャにとってダメージにならないようだ。
「オルフェ、準備は順調?」
「うん、シマヅ姉さん。おかげ様でね」
「そう、できるだけ急いで。このペースで【空蹴り】をしていれば長く持たないわ。私の魔力量は中の上程度だから」
シマヅは剣士としては隔絶した力量だが、魔術士としての素養は一流に届かない程度、【空蹴り】が魔力消費量が少ない魔術とはいえ、連続使用すれば魔力は尽きてしまう。
ちなみにオルフェは、奴の血にある鉄分を奪い、足場に鉄の絨毯を作り、四方を結界で守っている。
そして、俺とスライムイエローも肉人形退治をしている。ただ、俺たちの場合は肉の槍は気にしていない。
スライムは不定形、別に貫かれてもなんの問題もないので余裕がある。
なんて、思っているとスライムイエローが悲鳴を上げた。
「ぴゅひいいいいいいいいいいいいいい、ぴゅいいいい(いやあああああああああああ、すわれるぅぅぅ)」
「ぴゅいっぴゅ!(スラビーム!)」
「ぴゅぃ、びゅっぴゅ(ボス、ありがとうございます)」
奴の触手が槍ではなく、スポイト状になって、スライムイエローの体に突き刺さって吸い始めたのだ。
俺が水を超圧縮し、鉄粉を混ぜて切断力を上げたウォーターカッターで肉スポイトを切り落とさないと、スライムイエローは吸い付くされてしまっただろう。
まさか、そんな芸当ができるとは。
クッチャカッチャは思ったより対応力があるようだ。
……なんて考えていると俺のほうにも次々と肉スポイトが襲い掛かってきた。
避けることは可能だが、スライムイエローのフォローまでする余裕はない。
あまり、使いたくないが仕方ない。
「ぴゅっぴ(【嫉妬】)」
今まで使用を避けていた、【嫉妬】の邪神リヴァイアサンの能力を使用する。
それは、【嫉妬】。
妬ましい、そう思ったものに対して無敵になる。
たとえば、敵の持つ剣が妬ましいと思えば、剣で傷つかない。
たとえば、敵の魔術が妬ましいと思えば、魔術で傷つかない。
絶対防御の能力。
あの変幻自在に肉を操る力が妬ましいと念じる。すると全身が紫に発光した。
肉のスポイトが体に当るが、硬質な音を立てて弾き飛ばされる。
【嫉妬】の力で、肉を操る攻撃は通じない。
これなら、スライムイエローをフォローしながら、肉人形を始末できる。
いくら、斬っても、砕いても、再び肉の壁に飲み込まれて再生されるだけだ。
だから、食べてしまう。食いちぎり、そのまま【吸収】すらせずに【収納】。
奴の体積から考えればびびたる量だが、のちのちこの抵抗に意味がでるかもしれない。
「ぴゅいぴゅぅ……(やっぱり、便利ではある)」
【嫉妬】は邪神の能力だけあって、反則的な強さだ。
なにせ、攻撃手段が一つしかない相手だと、このスキルを使うだけで一切ダメージをうけない。
複数の攻撃手段を持つ相手だろうが、【嫉妬】は選択できる対象は一つだが、任意のタイミングで切り替えられるので、状況に合わせて切り替えればいい。
便利だとわかっていて、スライムと相性がいい【分裂】以外の邪神の力を避けていたのは理由がある。
どくんっ。体内で、ほの暗い力。邪神の力の根源である【瘴気】が騒ぐ。
魔力とはまったく別の異質な力。邪神を何体も取り込んだことで、邪神とその眷属以外は体内で生成できないはずの【瘴気】を生み出せるようになっていた。
いつもはその力を抑えているが、タガが外れて暴れ出す。
魂の奥底が黒く染まり、力がとめどなく溢れて漏れ出る。
「ぴゅいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
漏れ出た黒い力をまとめて口から吐き出す。
それは黒い光の帯になり、肉壁を貫く、その黒光の帯を縦横無尽に振り回し、体内をずたずたに引き裂く。
「ぴゅいっ、ぴゅ!(ボス、すごい!)」
スライムイエローは褒めているが、狙ってやったわけじゃない。
あふれ出した黒い力をすべて吐き出さないと、俺が俺ではない何かに染まる。
それが嫌で、黒い力を捨てただけだ。
ただ、一定のダメージはあったようで、肉の槍を操った攻撃は勢いを失った。
俺は【嫉妬】を解除する。
……なるほど、使ってみてわかった。邪神の能力は強力だが、危険。だけど、黒い力に染まってしまう前に解除すれば、俺は俺のままでいられる。
頼りすぎなければうまく付き合える。
オルフェのほうを見る。
結界の中で、彼女は深く深く集中していた。魔力が爆発的に高まっている。
この状況で、どんな魔術を使うのか気になっていたが、まさかあれを使うつもりか。
シマヅは、珍しく汗を掻いている。
ただでさえ、足場がないという厳しい状況。
それなのに、オルフェを守る必要があり負担が増えている。
オルフェの結界は頑丈ではあるが、肉の槍の集中砲火を受ければ砕かれてしまうのだ。
「スラさん、魔力が限界に近いの。私の靴、固くできないかしら」
「ぴゅいっ(おまかせ)」
言われて気付いた。その方法があったか。
シマヅが高くジャンプする。そこにぴゅいっと、口からスライム細胞を飛ばす。
シマヅが履いているブーツをオリハルコンコーティングしたスライム細胞が包んだ。
名付けて、オリハルコンブーツ。
これなら、肉の槍にも対応できる。
シマヅは着地を狙う肉の槍をブーツで蹴り飛ばした。肉の槍をオリハルコンブーツが押しつぶす。
「想像以上よ。これで、まだまだ戦えるわ」
足場を確保できた。シマヅはまだ持つだろう。
オルフェの魔術が完成するまでなんとか持ちこたえる。
ばくばくもぐもぐ。
片っ端から、奴の肉触手や、肉人形を【収納】する。スライムイエローもそうしていた。
「ぴゅいぴゅー!(ボス、うまいです)」
「ぴゅ、ぴゅっう(そ、そうか)」
スライムイエローがどんどん膨らんでいく。
俺と違って分裂体である偽スラちゃんたちは【収納】や【吸収】はできないので、文字通り食べている。クッチャカッチャは栄養たっぷりなようで、スライム細胞の増殖ペースがすごい。
ちょっと、見ていて怖いレベルだ。
オルフェの結界が音を立てて壊れる。
壊されたのではなく、オルフェが自らの意志で壊した。
彼女の背中には黒い翼があった。よくよく見るとそれが黒炎で出来たものだと気付く。
それは、【憤怒】の邪神サタンの力。すべてを焼き尽くす、焼却の概念を持つ【無価値の炎】。
概念故に、酸素を焼き尽くす心配もない。
オルフェが手を突き出した。
「みんな、私が道を作るよ。外に出ることを優先して」
オルフェは、さきほど水の支配を奪われたことを踏まえて、体内から破壊しつくす術式は諦め、外に出ることを最優先に考えたようだ。
いい判断だ。
オルフェの突き出した手に黒炎の翼からすべての力が集まる。
「【黒炎乱舞】」
怒涛のように黒い炎が放たれ、触れるものすべてを焼却しながら進んでいく。
その炎を止められるものはこの世に存在しない。
焼却の概念そのもの、通ったあとは何も残らない、この世でもっとも純粋で破壊的な炎。
クッチャカッチャの巨体を貫いた。
それだけでなく、再生をしない。この炎で出来た傷は塞がらない。
「ぴゅいっ!」
「ぴゅいっぴゅ!」
俺とスライムイエローが巨大な翼を生やし、俺はオルフェをスライムイエローがシマヅをがっしりとキャッチ。
そして、外に向かって飛翔。
肉の槍が追ってくるが、黒炎が通ったあと、炎に触れた肉からは再生するどころか、肉の槍も生やすことができないようで楽に外に出られた。
「ありがとう。スラちゃん」
「ぴゅいっ!」
外に出られた。空気が美味しい。
奴の体内と違い四方から攻撃をされることはなくなった。外からのほうがよほど楽に倒せる。
あとはこいつを破壊すれば完璧。
こんな巨大な化け物を破壊するのは苦労しそうだが、できなくはない。
クッチャカッチャの巨体が振動する。
そして、急速に縮んでいった。
まさか、死んだ?
いや、違う。これは圧縮!? エネルギー、魔力の総量は変わらず、どんどん密度が上がっていく。
そして、さきほどまでは感じなかった瘴気が膨れ上がっていくのを感じる。
きっと、やつの奥深くにその力を隠し持っていたのだろう、だからこそオルフェからの水の支配を奪えた。
……さきほどまでは、クッチャカッチャが邪神だと確信は持てなかった。
だけど、この瘴気を感じればそう断言できる。
「ぴゅいっ、ぴゅい!(みんな全力で攻撃しろ、あれはやばい!)」
ひどく嫌な予感がする。
このまま指を咥えていれば、手が付けられなくなる。
オルフェが風の刃を俺とスライムイエローがスラビームを放つ。
シマヅが斬りかかる。
風の刃とスライムビームが、謎の力場に阻まれ、シマヅは近づきすらできない。
屋敷以上の大きさがあった、ピンク色の蛇は成人男性ほどのピンクの卵になる。
どくんどくんどくん、脈打ち、鼓動する。
そして、それは生まれた。
卵が割れて、内側から血色の羊水をまき散らしながら、理想的な肉体をもった彫刻のような男が現れる。
それを見た瞬間、俺は叫んだ。
「俺が足止めする。逃げろ! 一秒でも速く!!」
スライム状態では、言語は使えない。そんな設定を無視して、言葉を使った。一秒すら無駄にできない。
やばい、こいつはやばい。
シマヅとオルフェが即座に背中を向けて走り、スライムイエローがついていく。
「ごめんなさい」
「……必ず帰ってきて、父上」
あの二人が全力で逃げる。
いっさいの躊躇なく、俺を一人残して。
それは、怖気づいたわけでもなければ、薄情というわけでもない。
シマヅやオルフェですら、ここに残ってもできることは何一つなく、邪魔になるだけの足手まとい。俺の生存率を下げるだけと理解したからこその正しい選択。
……なんだこれは。
ありえない。
最強の【邪神】であるはずの【憤怒】の邪神サタンと相対したときすら、こんな恐怖は感じなかった。
次の瞬間、スライムボディが四散する。
四散しながら、俺がいた位置を見ると、卵から産まれた男が拳を突き出した位置にいた。
反応すらできなかった。
この型は、この国で最強と言われる流派の突き。
四散したスライム細胞同士から触手を伸ばし、つなぎ合わせ、オリハルコンを纏い、一気に締め上げる。
オリハルコンチェーンでの締め付け攻撃。
シマヅは刀を使えばオリハルコンを斬れる。だが、彼女ですら力ずくで引きちぎるなんて真似はできない。
こうなれば、どんな生物だろうと詰み。
奴の筋肉がしぼみ、一気に膨れ上がると同時に、オリハルコンチェーンが力づくで引きちぎられた。
「ぴゅい……(化け物か)」
奴が俺を睨み、手をかざす。炎の術式を組んでいる。それもまた、この国の火炎系術式、それの最上位……術式としては一流どまりで特筆点はない、だが、放つ術者の基本魔力が半端ではなく、瘴気まで併用する。そこから放たれる炎は超絶、範囲も広い。
俺の細胞の三割が、焼き払われて消滅した。オリハルコンで纏われていたというのに。
残った細胞をかきあつめ、スライム形態に戻る。スペアの偽スラちゃんと合体し、失った細胞を補充する。
……想像以上にまずいな。
クッチャカッチャは、吸収体と本体がいると思っていたが、それは間違いだったらしい。
正しくは、「吸収体すべての力を人の形に押し込めることで完全体に変化する」だ。
そして、今の突きと魔術はこの国の達人のもの。
ここでも、伝承に間違いがあることがわかった。
吸収した人間の能力を得るわけではなく、”吸収したことがある”人間の技術をすべて使えるようだ。
今まで、こいつがどれだけの人間を吸収して、どれだけの人間の力を養分として取り入れてきたのか。
一人一人は凡人でも、凡人の力を積み重ねれば大賢者すら超えるかもしれない。
全盛期の俺であってもこれに勝てるかはわからない。
……ましてや、今の俺には切り札たる【進化の輝石】がない。
悔しいが認めよう。今の俺ではこいつには勝てない。
勝つには姉妹全員の力を借りて、入念な準備が必要。
意識を勝利から、時間を稼いだうえで逃亡へと切り替える。
「ぴゅいっ(久しぶりだな)」
自分より強い敵と戦うのはいったい何十年ぶりだろう。
この年で挑戦者か。
血が躍る。
今の俺の力の全力、残らず振り絞ってみようか。
死ぬわけにはいかない。俺が死んだ時に娘たちを泣かせてしまった。二度も娘たちにあんな悲しい顔をさせるわけにはいかない。