軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

46.『戦いの聖女』と彗星⑦

「……これはただの風邪ですね。薬を飲んで数日休めばすぐに治ります。この子はまだ子どもですし……回復魔法は使わない方がよいでしょう。今日一日休んで、明日の夜の汽車で避難しましょう。すぐに薬を持ってきますね」

「ありがとうございます」

同行してくれている医務官の見立ては風邪だった。悪い病気じゃなくてよかった、と思いながら私の部屋のベッドで眠っているレイのおでこの汗を拭く。そして、気になることがひとつ。

「……トラヴィス、どうしてそんなところにいるの?」

トラヴィスはというと、私が赤茶色の服に着替えているのを待っていたときと同じ場所(つまり扉の前)で同じポーズのまま固まっていた。

「……セレスティアの部屋だから」

いや意味がわかりません。いつもぐいぐいくるくせに、どうしてそこで照れるの。

一方、リルはと言えばレイが眠っているベッドの足元でお腹を出してごろごろしている。

『おなかいっぱい。もうまりょくたべられない』

こういうことだった。

そのタイミングではないと思いつつ、朝からずっと私の魔力を食べ続けていたリルに確認する。

「ねえ、この後彗星が落ちてきて、不測の事態が起きてどうしても魔力が足りない、ってなったらリルが食べていた私の魔力を返してくれるのよね?」

『うん。そのつもりだけど、もしそれぐらいたいへんなときは、ぼくがどのたいみんぐでまりょくをわたすかきめるから』

「リルが決めるの? 私が魔力をちょうだいって言ってもくれないの?」

『うん』

リルはそう言いながら、私の手元までやってきて、バージルの妹・アリーナが作ってくれたブレスレットをくんくんと嗅いだ。

『このブレスレットはとくべつだよね。セレスティアとトラヴィスをまもってくれるよ、きっと』

「そうなの?」

『うん、そう』

よくわからないけれど、リルは神獣だ。私の知らないことをたくさん知っているのかもしれない。

ふと、視線を感じてレイのほうを見ると、きれいな碧の瞳がこちらに向いていた。

「あ、目が覚めた?」

「はい……町が……ざわざわしているのはどうしてですか……?」

「今日はね、町の人たちが……駅に集まる日なの。それで、」

何と答えたらいいのかわからなくて、濁してしまう。リルがレイの枕元までととと、と行ってごろんとお腹を見せた。

『ぼくのなまえは、リル』

「……ちいさい犬だ。かわいいね」

『いぬです』

リルの言葉はレイには聞こえない。でも、リルがレイを癒そうとしているのがわかって私も救われる気がする。

「……僕、置いて行かれちゃったんだね。一昨日ぐらいから具合が悪くてずっと寝ていたんだ。でも、今朝から部屋に誰も来なくておかしいなって。窓の外を見ていたら、皆が馬車に乗っていくのが見えて。お父様やきょうだいだけじゃなく、町の人たちも」

かすれた声の先に見える落胆に私まで心がちくちくする。気持ちがわかる分、不用意な言葉はかけられなくて、ひたすらレイの汗を拭く。

レイは少し前までの私と同じだ。いろいろな理不尽さを必死で受け止めながら生きているのだ。こんなに小さいのに。

記憶を取り戻す前の私がほしかった言葉。それはたぶん。

「……元気になったら、私と一緒に町の外に行かない?」

「そんなの無理だよ」

「風邪だもの。すぐに治るわ」

私は、誰かが連れ出してくれるのを待っていたのかもしれない。誰かがクリスティーナからお母様の形見を取り戻し、別棟から出る機会をくれるのを。

あえて意図をずらして笑って見せると、レイの口の端が持ち上がった。

「お姉さんって本当に聖女なの?」

「はい」

こんないまいち聖女っぽくない服を着てはいますけれどね!

「本で読んだんだけど……聖女っていろんな種類があるんでしょう? お姉さんに、僕を助ける力はある?」

「あるわ、もちろん」

「そうなんだ……」

レイはそう言うと、真っ赤な顔でふにゃっと笑って目を閉じた。また眠りについたらしい。扉のところで私たちの会話を聞いていたらしいトラヴィスが呟く。

「……レイが望むならいくらでも手助けを」

「ええ」

そこに、薬を取りに出て行った医務官が戻ってきた。

「お薬を持ってまいりました」

「ありがとうございます」

「今日は私が付き添います。聖女・セレスティア様は別の部屋でお休みいただいてもよろしいでしょうか」

「はい」

「本日は満室ですので、セレスティア様が組まれている神官様のお部屋にお願いします」

え?

部屋が満室だから組んでいる神官の部屋で寝てね、って。まあそれは当然のことで。これまでのループでは、バージルやシンディーやノアやエイドリアンと同じ部屋に泊まるのは普通で、何の違和感もなかった。けれど。

入り口からごつん、と鈍い音がしたのでそちらに視線を送ると、トラヴィスが赤くなったおでこを押さえているところだった。どうやらどこかにぶつけたらしい。

「聖女様、そちらのお部屋にお荷物を運ぶのをお手伝いしましょうか」

「いえ、大丈夫です……?」

問題ないです荷物に関しては。

「マジか」

扉のほうから聞こえたため息と彼らしくない言葉遣いに、私は気がつかないふりをする。じゃないとやっていられなかった。