作品タイトル不明
第169話 連合軍の勝利
志木さんと話し合った結果、ひとまずオラーさんには白い部屋に行ってもらうことになった。
志木さんがオラーさんとパーティを組み、レベルアップ抑制を解放してもらう。
オラーさんは、オーク七、八体分の経験値を持っているとのことである。
この地の防衛戦に際し、コボルドなどを倒して得た経験値であるという。
やっぱり彼女も、ルシア同様、身を守るための高度な技術を習得していたのだろう。
結論からいうと、オラーさんは無事にレベルアップできた。
志木さんとなにを話していたのか、たいへんに意気投合している。
「ん。腹黒と腹黒が合わさって、この場にとてもドス黒い空気が醸成」
「思ってても、そういう外交問題になりそうなこと呟くのはやめろ」
いちおうミアに注意しておく。
たしかにぼくも、同じこと思ったけどさ!
なお、それを聞いていた少女……たしか、ルシアの侍女だといっていた子は、苦笑いしていた。
最初に会ったときは目から光が消えていたことを思えば、魔法で精神を癒したとはいえ、この短時間でたいした回復だと思う。
あとでルシアと再会させてやりたいところだ。
オラーさんによれば、ほかの場所に囚われていたひとを含め、ルシアの姉妹の生き残り、つまり『素子』候補だった者は十七名。
その全員が、マレビトたるぼくたち育芸館組に協力するという。
彼女がぼくにそう伝えるとき、隣の志木さんがにやりとしていたのがとても印象的だった。
「志木さん、あとで具体的な取り引きについて教えてよ……」
「ええ、あとでね」
「これあかんやつやカッコ白目」
ミアがぼそりと呟く。
こいつ、ナチュラルに志木さんをからかってやがるな……。
なんという命知らずだ。
「カズくん。ここの掃討はほかのひとたちに任せて、わたしたちは一度、世界樹に帰還しましょう」
「いいけど……ルシアはここに残しておく?」
「政治的にも、ずっとルシアが地底樹を使うのは好ましくないそうよ」
ぼくはオラーさんに視線を移した。
オラーさんは苦笑いしていた。
こうして見ると、笑顔はルシアによく似ている。
「あの子は、自らが民の御柱となることを望まないのでしょう?」
「なんで、そんなことがわかるんです。たしかにルシアは、似たようなことをいってましたけど」
「さきほどの彼女の態度と、それになにより、彼女がルシアと名乗っていることを考えれば、おのずと」
そういえば、ルシアって名前には意味があるんだっけか。
ええと、たしか……そう、終わらせる者、という意味だとか。
あー、たしかに統治者としてはふさわしくない名前かな。
「マレビトの主よ。ルシアのことは、よろしく頼みます。あれは、我らのなかでもっとも傑出した者でありますが、同時にもっとも孤独な心の持ち主でありました」
「ええと……はい。任されました」
オラーさんは、右手を差し出してくる。
「どうか握手を。これは、あなたがたにとって、契約の証であると聞きました」
「ええ、まあ、そうですね」
ちらりと志木さんを見た。
笑っていた。
うん、さっき白い部屋で教えたんですね。
ぼくはオラーさんと握手した。
思ったよりずっと、ちから強い手だった。
「ルシアの替わりとなる地底樹の巫女は、すぐに送ってもらうわ。カズくんはその前に、わたしとリーンと、会議」
「あー、了解。そうだね、勝つには勝ったけど、状況の整理とかも必要か」
ぼくたちは手早く分担を決めた。
ミアは一度、地底樹の間に戻って、たまきとルシアに合流。ルシアの手が空いたあと、世界樹まで戻るとのことだ。
ぼく、アリス、志木さんの三人は、先に世界樹に戻って、リーンに直接、報告する。
「それじゃ、ミア。たまきたちのこと、頼むぞ」
「ん、任されよ」
ミアは敬礼の真似をして、ぼくたちを見送った。
内外の敵はだいたい掃討されているというが、けっして安心できる状況ではない。
こちら側にミアを置いておくのは、そのへんの用心だ。
えー、だって、ねえ。
たまきひとりで見張りとか、なんか不安じゃないですか……。
※
幸いにして、ぼくたちが世界樹に戻るまで、襲撃はなかった。
道中で、アリスにさりげなく、ルシアとの間にあったことを説明する。
アリスは笑って、「許します」といった。
「ちゃんと報告してくれないと、少しスネたかもしれませんけど」
「スネるだけなんだ」
「でもカズさん、たまきちゃんのときも、まっさきに教えてくれました」
ああ、そういえば、そうだったかな。
でもあのときは、ほんとにいろいろあったから。
今回は……今回も、いろいろあったなあ……。
思わず、遠い目になる。
わりと死ぬような目に遭いまくった。
それでも生きて目的を果たすことができたのは、間違いなく、ルシアの献身があったからだ。
「まあ、いいんじゃないかしら」
少し前を歩きつつ聞き耳を立てていたと思われる志木さんが、振り返っていった。
なぜか、とても嬉しそうな顔をしている。
「わたしとしては、あのお姫さまをなんとしても籠絡して欲しいところだったのよ」
「きみはそういうと思ってたよ!」
いつもの手順で何度かワープし、リーンさんの家に辿りつく。
組織のリーダーにもかかわらず、普段、彼女の執務室たるこの木のうろ周辺は静かである。
だがいまは、忙しくひとが出入りし、喧噪に包まれていた。
あー、なんかあったのか?
見張りの兵士がぼくたちに気づいて、リーンさんに来客を告げる。
許可を得て、木のうろに入った。
リーンさんのまわりに、何人か鎧を着たひとが集まっていた。
年齢層が高くて装備も目に見えていい。
たぶん、将軍とかそういう地位のひとたちなのだろう。
彼ら光の民の幹部たちが、入ってきたぼくたちを見て、はっとしている。
リーンさんが、ひと払いを命じた。
将軍っぽいひとたちは少し不満そうな表情になったが、すぐかしこまって木のうろを出ていく。
「なにがあったんですか」
ぼくたちを代表して、志木さんが単刀直入に訪ねた。
こまごまとしたやりとりをしている場合ではない、と判断したのだろう。
壁面の橙色の魔法照明に照らされるリーンさんの顔が、いささか青白くなっているように思えた。
「世界樹の結界の一部が、綻びました」
リーンさんは、端的にいった。
平静を装っているが、その声はわずかに震えている。
「モンスターの一軍が、世界樹のすぐ近くまで攻めよせています。なかには四天王の姿も確認されました」
それは、今日聞いたなかでも最悪の報告だった。
※
世界樹の結界は完璧だったんじゃ、などといっても仕方がない。
敵の方が一枚上手だった、ということだろう。
モンスターたちの精強さ、狡猾さはぼくたちが一番よく知っている。
世界樹を覆う結界のうち、三か所に穴ができた。
修復までに要した時間は、たったの五分。
だがそのわずかな間に、一千体以上のモンスターが内部へ侵入してしまったという。
「一千体……ですか。しかも、四天王まで」
ぼくは、喘ぐように言葉を紡ぐ。
喉がカラカラに乾いた。
拳をかたく握る。
「四天王……ザガーラズィナーと同じクラスの敵が……」
思い出すのは、午前中のザガーラスィナーとの戦い。
しっぽを巻いて逃げることができたのは、じつに幸運だったといえる。
問題は、今回、逃げるという選択肢がいっさい存在しないことだ。
楔を持つ人類五つの拠点。
大陸を守護する楔のうち、ふたつはすでに失われた。
世界樹の楔をモンスターに奪われたとき、大陸の滅亡という予言が成就する。
人類にも、ぼくたちにも、もう逃げ場なんてない。
世界樹を守るために、最後のひとりまで戦う以外、生き残る方法が存在しない。
でも、あんな化け物を相手に、いまのぼくたちじゃ……。
「カズさん……」
アリスが、不安げにぼくを見上げている。
ぼくは彼女になにも声をかけられない。
「カズくん」
気づくと、志木さんが、ぼくの手に己の手を重ねていた。
見れば志木さんの手は、小刻みに震えている。
ぼくに触るのがそんなに怖いのか。
なのに、それでも、ぼくに触れてくれるのか。
ぼくは顔をあげ、志木さんを見る。
育芸館組を率いる才媛は、不敵に笑った。
「結論を急ぐ必要はないわ。幸い、ここにはわたしたちがいる。リーンもいる。もうすぐ、結城先輩たちも戻ってくるわ。作戦を練りましょう」
志木さんは、立ちつくすぼくの手を引いて、リーンさんのもとへ連れていく。
いつものように、車座になって座った。
リーンさんのおつきの女性が、犬耳をぴくぴくさせながらお茶を持ってきてくれた。
お茶を、飲む。
驚いたことにひんやりとしていた。
少し甘い液体が、喉をすっと通っていく。
「精霊魔法を用いて冷却しているのです」
リーンさんが微笑む。
彼女も、気を落ち着けたいのか、お茶を一息に飲み乾していた。
志木さんも、アリスも、黙ってお茶を飲んだ。
全員、おおきく息を吐く。
さて、と。
「まずは、その侵入してきた四天王について教えていただけますか」
志木さんが、いった。
「どう対処するにせよ、敵について知らなくては」
「そうですね。まずはお話いたしましょう、四天王の一体、植物の王アガ・スーについて」
そういえば、名前すら聞いていなかった。
アガ・スー。
そいつが、世界樹を襲う最強のモンスターか。