作品タイトル不明
第138話 攻勢作戦の戦況
タイマーが鳴って、目を醒ます。
両脇で寝ていたアリスとたまきが、むくりと顔をあげる。
寝ぼけ眼をこするふたり。
「おお、かわいい、かわいい」
「ふああ、おはようございまふ」
「ふえあ? ……あっ、カズさん」
アリスもたまきも、まだ頭が働いていない様子。
彼女たちの、少し寝癖がついた髪を撫でる。
そのあと、ぼくは首を振って、残る眠気を追い出す。
壁面にかかったデジタル時計を見ると、一時間ほど経過していた。
ぼくのMPが全回復するまでには、あと三、四十分かかるかな。
背中で、くすくす笑う声。
振り返れば、アリスたちの親友である少しふとっちょの少女、 杉之宮(すぎのみや) すみれがすぐ後ろに立っていた。
「あ……ごめん」
「いちゃいちゃしていることですか? 節度を保ってくださるなら、構いませんよ。カズさん、あなたが元気でいてくれる限り、わたしたちは高い士気で戦えるんです。昨夜は、だからほんと、志木さんもたいへんだったんですから」
あー、ぼくたちが生死不明のまま、生き別れになってしまったからか。
そんな状態で、彼女たちは今日のための作戦を練った。
ぼくたちが戻ってくると確信して、ミッションを進めてくれていた。
「ざっと、今日の午前中までのまとめです」
コピー用紙にプリントアウトされた五枚ほどの紙束を渡してくれる。
箇条書きで、昨日の夕方からこっちの、この地での出来事が記されていた。
たしかにこの方が、説明されるより手っ取り早いなあ。
「助かるよ」
「どういたしまして、です」
すみれが微笑む。
いま気づいたけど、目の下には濃いクマがある。
頬も少しこけているようだ
疲れてる……だろうなあ、そりゃ。
身を削ってこれだけの仕事をしてくれたのだ、感謝しつつ読むとしよう。
いや、彼女は少し肉を削いだくらいの方がいいとか、そういうネタは思いついても口に出さないとして……。
「わたし、これだけ仕事したら、少しは痩せないかなあ」
自分でいっていた。
ジャージの上から、お腹の肉をぷくりとつまんでいる。
やるな、こいつ。
「すみれちゃん、ストレスで食べすぎるから……」
「そうだよ、運動するべきだよ! わたしと一緒に剣を振りまわそう!」
それはやめておいた方がいい気がする。
すみれ、アリス、たまきの親友三人が騒がしくしているなか、ぼくは書類に目を通した。
なるほど、ふむ。
まずドッペルゲンガーだが……。
転移門をくぐってこの世界樹に来た啓子さんは、ドッペルゲンガーとおぼしき生徒の腕をナイフで切り裂き、青い血が出ると確認してからそいつらを殺した。
その後、生徒全員に対して同じことを要求する。
ナイフかなにかで軽く指先を切って、血の色を確認してもらったのだ。
拒否する、という選択肢はなかった。
その後の調査で、高等部の生徒に化けていたドッペルゲンガーを二体、退治している。
なお育芸館組には、ドッペルゲンガーはいなかった。
幸いなことだ。
単純に、入れ替わる隙がなかっただけなんだろうけど。
なにせ、少人数でずっと行動していたのって、ぼくたちくらいだからなあ。
アリスやたまきやミアの場合、そもそも強すぎて、化けることが不可能だろうし。
で、その後のことだ。
リーンさんと結城先輩、志木さんが協議して、光の民全体でドッペルゲンガー検査が行われた。
青い血が検出されて正体を現した者は、じつに十一名。
全員、即座に殺された。
というか、バレた直後かバレる前に自殺したという。
ドッペルゲンガーというモンスターは、筋金入りの暗殺者ということか。
幸いにして、入れ替わっていた者は、ほとんどが下級兵士だった。
政府中枢に潜り込まれてはいなかったらしい。
今回の大反抗作戦については、最後まで秘密にしておけたということだ。
ほかの国でもただちに同様の検査が行われ、作戦の秘密は守られたことを確認したとか。
とはいえ、やっぱり各国とも、少数ながらドッペルゲンガーに入りこまれていたみたいだ。
そんなおそろしいスパイが、これまでまったく気づかれていなかったっていうのもすごいなあ。
なんで誰も、ドッペルゲンガーに気づかなかったんだろう。
それだけモンスターたちが上手くことを運んだ……ってことかなあ。
ひょっとして、ドッペルゲンガーが現れたのは最近?
そうかもしれない。
だったらこれまで、秘密が露見しなかった原因も説明がつく。
ついでに、ぼくたちにバレた理由も。
ぼくたちがあまりにも強すぎて、ドッペルゲンガーたちは焦ったのだろう。
なんとしてもぼくたちを始末しなければならない、と判断した。
考えてみれば、これまで魔王軍は、連戦連勝だったみたいだし。
負けて、動揺した。
そこにつけこまれた。
それは誰にでも、どんな組織にとってもありえることだ。
自戒、しないといけない。
ぼくたちだって、いつまでも連勝できるわけじゃない。
今回みたいに、命からがら逃げるだけで精一杯なことだってあるだろう。
そんなとき、士気を保つためには。
動揺せず、傷口を広げないためには。
常日頃から、そういった状況を想定しておかなきゃいけないだろう。
※
ドッペルゲンガーの一件もあって、異世界召喚組は、なし崩し的に光の民と協力体制を取ることになった。
なにせドッペルゲンガーが暴れ出したら、異世界召喚組じゃないと対抗するのが難しい。
ことに結城先輩や啓子先輩、つまりニンジャコンビが大活躍だったという。
そりゃあ、いつだってあのふたりは大活躍だろうさ。
その間、高等部組はほかの人が代理で指揮を執ったみたいだ。
志木さんは中等部組を使って、さっさとこの木のうろを占拠、発電機とかも起動させて、情報をとりまとめる作業を行った。
リーンさんから地図を受け取ってスキャナーで取り込み、PC上で画像ソフトを用いて適宜修正、プリントアウトしたものを作戦会議で用いたとか、そういう話もある。
おかげで、今日の作戦に関しては、各国首脳部が驚くほどきちんとしたものが完成したとか。
志木さん、ほんと、ハンパないな……。
とはいえ、臨時参加のぼくたち異世界組が上手く各国の部隊に混ざって戦うことができるなら、それは幸いなことだ。
連係が取れなきゃ、どれだけ強力な部隊でも、遊兵になりかねない。
ぼくたちは、アラクネ戦でそれを避けるため、たったの五人でもって敵大将の首を獲りに行くという無茶をやったけど……。
あれは本当に、精鋭のぼくたちだからできたって話である。
それも、光の民が臨機応変に対応して、時間稼ぎを頑張ってくれたというのもあるし。
無論、志木さんたちは、そのあたりをよく理解している。
ニンジャコンビに頼らず戦うため、今日の作戦について、細部まで検討した。
それでも結局のところ、急造の連合軍で息のあった戦いをすることは難しいと判断されて……。
異世界召喚組は、高等部組と育芸館組に分かれ、それぞれの地で予備部隊として扱われることになった。
ロウンの地底神殿には高等部組が。
ガル・ヤースの嵐の寺院には育芸館組が派遣されたという。
人数的には高等部組の方が多いけれど、全体の錬度では育芸館組の方が上だ。
もっとも、高等部組には結城先輩と啓子さんがいるわけだから、総合的な殲滅力ではこちらに軍配が上がるか。
どっちにしても、どちらかが不利になったら、もう片方に戦力をつぎ込むつもりだったみたいだ。
それも、ぼくたちがいない場合の話。
ぼくたちが世界樹に帰還したなら、後詰めの駒はぼくたちで決まりだ。
ゆえにぼくたち五人は世界樹で待機し、増援の必要な状況を待つということになる。
そのあたりのテレポート・ネットワークは、リーンさんをはじめとした面々がきっちりとやってくれているらしい。
通信網も、いまのところ、おおむね問題がないとか。
リアルタイムで戦況を把握しているようだ。
なお戦況の把握については、各指揮官に無線機が渡されているとのことで、これがおおいにちからを発揮しているらしい。
無線機、森のなかではイマイチだったけど、そりゃ使い方次第じゃ便利だよなあ。
少なくとも、使い魔で情報を受け渡すよりは、ずっと。
「ねーねー、カズさん。どんな感じなの?」
「いまのところ順調、ってことみたいだ」
「そっか、よかったわ!」
たまきは呑気に笑う。
順調とはいっても、被害は相応に出ているだろうし、まだ敵に神兵級が出てきていないからってだけかもしれないんだけど……。
そこまで彼女に説明して、不安がらせることもないか。
神兵級が出てきた場合は……。
昨日も感じたけど、攻撃系のスキルがない啓子さんは厳しい。
彼女は雑魚散らし専門だろう。
いや、彼女にとっての雑魚っていうのがエリート・オークとかオーガである時点で、いろいろおかしいんだけどさ。
それでも、ジェネラル・オーク以上は厳しいと思う。
その上、ランク9相当の能力を持って40レベル前後の神兵級ともなると……かすり傷すらつけられないんじゃないだろうか。
そうなると、頼りになる戦力は、高等部だと結城先輩くらいか。
中等部は……長月桜がギリギリか?
いや、いま彼女がどれくらい強くなっているかはわからないけど、彼女でも厳しいか……。
あいつら相手には、レベルの低い面子を何人集めたところで、一瞬で薙ぎ払われるのがオチである。
やはり、ぼくたちが出張るほかないだろう。
「あ……そろそろですね」
すみれがいう。
なんだ、とそちらを見れば、彼女は壁にかかった時計を見ていた。
「志木先輩が、時間になったら起こしてくれって。隣の木で寝ているので、いま呼んできます」
「あ、待って」
走りかけたすみれを呼びとめた。
彼女は「え」とこちらを振り向こうとして体勢を崩し、すっ転びかけたところをアリスに支えられた。
「ぼくがいくよ。ええと……アリス、ついてきて。たまきはここで、ミアやルシアを待っていてくれ」
「わかったわ、任せて!」
アリスと目配せを交わす。
実のところ、志木さんとふたりで、少し腹を割った話がしたかったのだ。
アリスはそのあたりの心情を汲み取ってくれたようだ、ちいさくうなずいている。
ふたりで中等部の臨時司令室となっている木のうろを出る。
アリスは「あの」とすがるような目でぼくを見る。
「志木先輩にえっちなイタズラしたりするのは……その、やめた方が……」
アイコンタクトは、全然伝わっていなかったようだ。
ぼくは肩を落とす。
※
隣の木は、やや小ぶりだった。
木のうろの入口に灰色の布が垂れ下がり、内部を覆い隠している。
アリスが「カズさんはそこで待っていてください」といって布をめくり、木のうろのなかに入っていった。
志木さんを伴い、すぐに出てくる。
「あら、なに、カズくん。わたしの乱れた寝姿を見たかったの?」
皮肉に笑っていた。
あのねえ……。
皮肉がいえるくらい元気なら、それでいいけどさ。