軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

78 定期総会(2)

「閣下ほどの方が、わしのような木端貴族を案内とは、また恐縮ですな。

わしらはいつも通り、勝手にその辺で飯でも摘みながら話を聞いておりますから、伯爵はお構いなく自席へお進みください。

体面に関わりますぞ?」

受付を済まし、形ばかり腰に差していたサーベルをクロークへと預けたロヴェーヌ子爵は、アベニール伯爵自らに大ホールへといざなわれた。

ちなみに、この総会は基本的には立食形式で行われる。

流れとしては、会場で近しい貴族や利害関係者と歓談した後、侯爵から挨拶と重要事項報告、その後陳情を兼ねた上位貴族への挨拶回りなどとなる。

子爵以下の有象無象に席はないが、ドラグーン侯爵家とその寄子に8家ある伯爵家には席が設られている。

「ふん。

わしとてそう思っておったわ、馬鹿者が!

侯爵(お館様) が、『ロヴェーヌはうちの情報部ですら全くのノーマークだった。

当主はこれまた、家の興亡に興味のない貴族失格の呑気者という話だが、これ以上情報不足で恥をかく訳にはいかない。

これまでの会合でも挨拶に来た記録もないし、放っておいたらその辺に紛れて、挨拶にすらこんやもしれないので、責任を持って案内するように』と仰せだ!

そのような慮外者がおるはずがないと思っておったが…

その辺で飯でも摘みながら話を聞くだと?

今回の総会で、貴様に飯を食う時間がある訳なかろう!

全く手を煩わせおって。

いつまでその呑気者の仮面を被っておるつもりだ!」

生来の呑気者であるベルウッドは、いつまでと言われても死ぬまでとしか答えようがない。

「ええ!?

飯を食う時間がないですと!

……わしなど、 侯爵(お館様) がおっしゃる通り、貴族失格の凡々平々とした男でございまして。

学園の事も、本人に任せておりますしな。

そんな訳で、私が 侯爵(お館様) や閣下とお話しできるような事はございません。

後ほどご挨拶にはお伺いしますので、これにて一旦失礼――」

伯爵はベルの首根っこをむんずと掴んだ。

「その呑気者の仮面を、今すぐ脱げと言うておる。

わしがそばにおらねば、あっという間に出席者に囲まれて、身動きできぬようになるに決まっておるだろう、この馬鹿者が。

貴様は 侯爵(お館様) を、貴様への挨拶の順番待ちに並ばせるつもりか?」

「そんな大袈裟な…

先程から申しておりますように、私には面白い土産話などなにもありませんからのぅ。

人などすぐいなくなりますわい。

それよりもわしらは、昨日の夜から何も食べておらず、もう腹が減って腹が減って。

この長い総会を飲まず食わずなど、とても無理ですの。

せめてパン一つだけでも齧らせてはもらえませんかな?

この総会で、ドラグレイドで今流行りのパンを食べるのが、わしの昔からの楽しみで…」

ほとんど口も聞いた事もない雲の上の人物、ドラグーン侯爵の下へ連行されるのが嫌で、ベルウッドは駄々をこねた。

「往生際が悪いですよ、ベル。

子供のような事を言って、閣下を煩わせるものではありません。

そんなにお腹が空いているなら、これでもお食べなさい」

夫の態度を見兼ねたセシリアは、携帯非常固形食のプレーン味をベルウッドへと渡した。

「……パンがいい――」

「あ゛?」

ベルウッドは仕方なく携帯非常固形食を受け取った。

「久しいの、ベルウッド。

そちとこうして直接話をするのは、10年前のロヴェーヌ領飢饉の折、税の納付猶予申請を受けた時以来か。

その後はつつがなく領地を経営しておるようで、何よりじゃ。

さ、そこにかけるがよい」

ベルウッド・ロヴェーヌ子爵は、アベニール伯爵に首根っこを掴まれて、会場奥にある30人ほどが掛けられる角形の長テーブルへと連行された。

最も上座、会場全体が見渡せる、日本式で言うところのお誕生日席に掛けて、談笑していたドラグーン家当主、メリア・ドラグーン侯爵は、ベルウッドの姿を認めると立ち上がり、本来当主の伴侶が掛けるべき次席への着座を促した。

この対応に、周りで様子を窺っていた、上位貴族の当主は仰天した。

侯爵は早くに夫を亡くしているとはいえ、当主が席を立って、自ら次席を勧めるという事は、招待客を同格 ――例えば他の侯爵家当主や、家に輿入れする伴侶の生家の当主など―― としてもてなす事を意味する。

家の最高責任者たる『フォン』の名を、孫娘であるフェイへとすでに譲っているとは言え、現ドラグーン侯爵家当主であるメリアに同格として遇され、流石に呑気者のベルウッドも額に嫌な汗を滲ませた。

10年も前の総会で、陳情のベルトコンベアーに乗せられて、ほんの数秒言葉を交わしただけの自分を覚えているはずもない。

つまり、目の前の相手は、自分との会話のため事前に準備をしているということだ。

「お久しぶりでございます、お館様。

その節は寛大なご措置を賜り、感謝の言葉もございません。

お陰様をもちまして、領民一同平穏に暮らしております。

ところで、ちと席次が高すぎるように思います。

お館様と同じテーブルを囲ませて頂く事自体、我が身には過ぎた栄誉である事は承知しておりますが、どうか末席を汚させて下され」

ベルは、せめて末席で空気に徹していたい、あわよくば目を盗んでパンを齧りたいと考え、この席を固辞した。

「そう畏まるな、ベルウッド。

元々私ら貴族はみな陛下の直参であり、そういう意味では上下はない。

それに今日は胸襟を開いてそちと言葉を交わしたいと思っておる。

会が進むと陳情やら何やらで慌ただしく、そうゆっくりと話も出来んからな。

時間が惜しいのでこれ以上の問答は無用じゃ。

ロヴェーヌ夫人も、隣に掛けるがよい。

アベニール夫妻はこちらじゃ」

なおも勧められてしまっては、再度断ることは非礼に当たるだろう。

ベルウッドはしぶしぶ指定された席についた。

周りで事の成り行きを見ていた、このドラグーン地方の幹部といえる8家の伯爵家および重要なポストについているドラグーン家の分家当主も、かれこれ30年以上このドラグーン侯爵家を牛耳っている『女帝』、メリア・ドラグーンがこう言っては、口を挟むものはない。

ちなみに、通常この長テーブルに掛けるのは当主本人に限られる。

実際、ちらほら末席の方に見える今年の王立学園合格者達の親と見られる下級貴族は、当主のみがかけている。

セシリアと、その正面の席を促されたアベニール夫人ともに、そうした意味で慣例にない特別な待遇を許可されたと言えるだろう。

「さて…

ぷっ。

…名誉なことであろう、そのような嫌そうな顔をするでない。

私の乙女心が傷つくではないか。

で、なにゆえベルウッドは、ニックスに摘ままれて現れたのじゃ?

中々斬新な登場の仕方じゃったが…

ニックスは何やら『わしの槍で山師の化けの皮を剥いでからお連れする』、などと、息巻いておったが…

脅かされて腰でも抜かしたか?」

メリアはニコニコと笑いながら二人に問うた。

アベニール伯爵は苦々しい顔を浮かべた。

「それがですな…

こやつが馬車を降りたところを少々槍を振り回して脅かしましたが、腰を抜かすどころか、腹が減った、ドラグレイドのパンを齧りながら話を聞くのが昔からの総会の楽しみなのでお構いなく、などとほざきおってですな。

目を離すと逃げ出して、その辺に紛れ込もうとしおるので、首根っこをひっつかんで連れてきた次第です」

すでにテーブルはざわざわと騒がしい。

「あのアベニール伯の槍で脅かされ、腹が減ったとは…馬鹿なのか?」

「いやそれよりも、お館様に次席を進められてあのような嫌そうな顔をするとは、いったいどういう腹積もりか…」

「なぜあのような間の抜けた男の子息が王立学園Aクラスに合格など…やはり囁かれている不正疑惑は真実なのではないか…?」

メリア・ドラグーンは、アベニール伯爵の話を聞いても、気分を害した様子もなく、ベルに聞いた。

「ふむ。

そういえばそちは飢饉の翌年に、小麦の品種改良の研究費を申請しておったな。

来年は研究期間満了の10年じゃが、成果のほどはどうじゃ?」

その質問にベルウッドは二重の意味で表情を曇らせた。

この研究の申請は、役所にしたので、目の前の侯爵には話すらしていない。

ただ単にアレンがAクラス合格をしたから興味を持った、というのであればいいが、いずれにしろロヴェーヌ家の事を調べ上げているのは間違い無いだろう。

そしてもう一つの問題、それは――

「はっ、収量自体は毎年、前年比で3%ほどで伸びてございますが、問題がございます」

「ほう。

どのような問題じゃ?」

「飢饉の原因となりました魔餅病への耐性は付いたのですが、肝心のパンにして焼いた時の香りの膨らみがもう一つでしてのぅ…

成功と胸を張って言える状況にはございませぬ」

このベルウッドの返答に、長テーブルの中程に座っていた鉤鼻の男が鼻で笑った。

「はっ!

前年比3%増とは、流石は王都でも話題と聞くロヴェーヌ家!

まったく恐れ入りますなぁ。

今年9年目という事は、すでに収量が30%以上伸びている計算になります。

平野が少なく、慢性的な小麦の輸入依存問題を抱えるドラグーン地方の懸案を一つ解決してしまうほどの伸びであり、しかも昔より南国ドラグーンが悩まされ続けてきた魔餅病に耐性をつけて、その代償が香りの膨らみだと?

馬鹿も休み休み言え。

大方、天候に恵まれただけの豊作を、ど素人が誤った統計の取り方をして胸を張っておるのだろう。

まさか敢えてお館様に虚偽の報告をして、追加の研究費をねだろう、などと考えてはいませんでしょうがな!」

そのあんまりな言い様に、ベルウッドはさてどう説明しようかと、口を開きかけて、言葉を飲み込んだ。

隣に座っている妻が、顔と手を真っ白にして 微笑んで(怒って) いた。