軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

310 学園祭(9)

パーリによって宙へと跳ね上げられたライオが、空中で刺突の体勢を取ろうとするのを見て、ルエルは困惑した。

「嘘でしょう……あの体勢から槍を相手に突き技で勝負するつもりなの……?!」

身動きの取れない宙で、リーチの短い剣が槍と突き技を交換するなど、自殺行為もいいところだ。

ライオもすぐにその事に気がついたのか、刺突の構えを解いて上段に剣をとった。

体が後方へ流れているので力は伝わりにくいだろうが、それでも上段から振り下ろすのがこの場合のライオの正解だろう。

「やはり……どうにもちぐはぐですねぇ。あれほどの完成度を見せた昨年の新星杯が嘘のようだ」

眼鏡の男が顎に手をやって首を傾げる。

落下点の先では、目を伏せたパーリが空気が揺らめくほどの魔力を練り上げている。

ライオもそれに応えるように魔力を解放した。

パーリはもう魔力的に限界だろう。

すなわち決着の時がまもなくである事を観客達も感じ取って、凄まじい緊迫感が会場を包んでいる。

パーリが伏せていた目を上げて、落ちてくるライオと視線を交錯する。

殺るか、殺られるか――。

これが模範試合であるという事を誰もが忘れるほどの、猛烈な気迫と気迫がぶつかり合う。

先に動いたのは、意外にもライオだった。

いや、この場合は動かされた、という方が正確だろう。

普通に考えれば、十分な体勢で待ち構え、得物のリーチが長いパーリ・アベニールが先に動く場面と思える。

そのパーリの一撃を、不利な空中で凌いだらライオ・ザイツィンガーの勝利……そういう勝負になると多くの観客が予想していた。

だが、パーリは動かなかった。

ライオが落ちてきて、槍の間合いに触れても……さらにライオの剣の間合いに入っても、びたりと腰に据えた槍を微動だにさせなかった。

堪らずライオが、剣を上段からパーリに向かって振り下ろす――

「しっっ!!!」

その瞬間、パーリは真っ直ぐに槍を突き出した。

アベニール家が数百年の時を掛け、磨き抜いてきた型。

それを愚直に……愚直に愚直に、筆舌に尽くしがたいほどの反復訓練をして身につけた、哀しいほどにシンプルな突きだ。

重厚な魔力ガードに覆われていたライオの手元から、めきりっと嫌な音が響く。

パーリの狙いは、ライオが今まさに振り下ろさんとしていた剣を握る手――

「ぬううううっ!」

「あぁあああっ!」

最後の押し合いを制したのは――

ライオは左手でパーリの襟首を掴んで拘束し、右手でその槍を奪い取った。

「それまで」

ゴドルフェンが声を掛けると同時に、からんっ、ころんっと木製の剣が舞台を転がる音が響く。

「先に武器を弾かれ、制御不能な状態になったのはライオじゃな。よって勝者は……パーリ・アベニール」

弾き飛ばされ、宙を舞っていたライオの剣が落ちてきて転がる音だ。

ゴドルフェンの宣言を聞いて、静まりかえっていた会場から一斉に歓声とどよめきが上がる。

「……まさか……あのライオ・ザイツィンガーが敗れるとは……」

「あぁ……新星杯三連覇は確実と言われていたが……。パーリ・アベニールか。またとんでもない男が出てきたな……」

「だがこれが実戦であればライオ・ザイツィンガーの勝ちだろう? 武器を弾かれたら負けの新星杯のルールでは確かに負けだが……」

「そんな事を言い出したらパーリ・アベニールはこの試合の前に――」

観客達が、一斉に試合に対する批評を始める。

ライオは、気配を緩めて掴んでいたパーリの襟首を離した。

「……まさかあの場面でカウンターで武器を弾きにくるとはな。狙っていたのか?」

「……よく覚えていない。ただ……先に動いたら凌がれると感じていた。だから……動きたくとも動けなかった。ぎりぎりで手を狙ったのは……体が勝手に反応した」

パーリが正直にそう応えると、ライオはふっと息を吐いて、パーリに槍を返した。

「……俺の負けだ、パーリ」

ライオは数秒目をつむり、大きく息を吐いてそう告げた。

大歓声に居たたまれなくなったパーリが、申し訳なさそうに声を掛ける。

「ライオ……。お前の本当の力は……お前があれを――」

ライオはゆっくりと首を振った。

「目の前の勝利に固執する者は、真の目的地には至れない。……と、ゾルド老師も七戒で言っている。これは俺が進むと決めた道だ。……胸を張れパーリ。 見ているぞ(・・・・・) 」

ライオが顎をしゃくったほうに目をやると、コンコースと舞台を繋ぐ通路の一つで、アリスやケイトなど、幾人かのクラスメイト達がこちらを見ている事に気がついた。

そしてその中の一人。

腕を組んで壁にもたれかかっていたフェイルーンは、パーリと目が合うとくすりと笑って右手を突き出した。

「フェイ、様……」

パーリがぽつりと呟く。

ライオがその背中を叩き、皆がいるのとは反対側の通路へと向かって歩き始める。

パーリが固く目を瞑り、突き出された手と合わせるように槍を持った手をフェイに向かって突き出すと、フェイは顔をくしゃりとしてはにかんだ。

パーリが手をあげたことで、会場からは大歓声と万雷の拍手が注がれる。

だがそれらはパーリの耳には入らなかった。

フェイのその嬉しそうな顔は、いつものにこにことした、癖になってしまっている笑顔とは違って見えた。

……フェイと初めて出会ったあの日。

ドラグーン邸の庭園で一目見て引き込まれた、あの屈託のない笑顔のようにパーリには感じられた。

ライオ・ザイツィンガーよりユグリア王国代表の座を受け取ったパーリ・アベニールは、この年の新星杯を制した。

その正確無比にして変幻自在な槍の技量は各国のスカウト達を大いに唸らせたが、それ以上に各国が興味を持ったのは、その精神面だった。

あのライオ・ザイツィンガーを抑えてユグリア王国の代表として立つという状況は、普通であれば尋常ならざるプレッシャーが掛かるはずだが、パーリ・アベニールは泰然自若そのものだった。

各国の目は節穴ではない。

素材、という意味では、魔力量含めパーリ・アベニールはライオ・ザイツィンガーには遠く及ばないだろう。

身体能力やセンスも、新星杯出場者の中ではそれほど際立っているとは言い難い。

そんな彼が世代の頂点を掴んだ理由は何か。

その正確無比かつ変幻自在な槍から透けて見える、筆舌に尽くし難いほどの反復訓練と常軌を逸した実戦経験を、なぜあの歳で両立したのか。

各国はパーリ・アベニールの背景に大いに興味を持った。

ともあれ、また一人、注目の世代から新たなるスターダムを駆け上がるユニコーンが登場した事を、王国民は素直に喜んだ。

対照的に――

ライオ・ザイツィンガーの評判には、この件をきっかけに影が差された。

まるで芸術品のような、抜群の完成度を見せていた大器の歯車は明らかに狂っていたという噂は、あっという間に広がった。

他のクラスメイト達が、次々に目を見張る成果を上げていく事もその口さがない噂を呼んだ原因の一つだろう。

そして一年後、とある事情で三年生次の新星杯への出場も叶わなかった事で、百年に一度の神童の評判は地に落ちた。

……世界が、彼が誰だったのかを思い出すのはその少し先の未来。

その時世界は知る。

彼がこの時期、一体何をしていたのかを。

――後の『常勝無敗』。

巨星、ライオ・ザイツィンガー。

この星が再び強烈な光を放つ時、世界は理解する事になる。

この日始まった、『堕ちた神童』の物語。

……その物語の、本当の名を。