軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

282 ロサリオ(1)

レッドとトーモラの二人が隠し地下牢から上階へ上がると、いかにも人相の悪い酒場のマスターが小声で二人に告げた。

「探索者協会と警察が揃って『りんご箱を積んだ馬車』の行方を追っているって情報が入った。たかが誘拐事件に王国騎士団まで動いてるって噂もある。あんたらいったい誰を攫ったんだ? と、とにかく、迷惑だからすぐにでも出ていってくれ」

レッドが苦々しい顔でトーモラを見る。

「……まずいね。思ったよりも、動きが早くて大きい」

「何、それだけ奴の頭に血が上っている証拠だよ。計算通りね。馬車を換えるここから先はそう簡単に追跡はできないだろうし、むしろ見失われたら困るから少しずつ痕跡を残しているんだからね」

トーモラがそう言い聞かすように言うと、レッドは一瞬何かを言いたげにして頷いた。

「……まぁ、それはそうだけどね。……念のため、ここまで使った運び屋は帝国方面へ向かわせよう。少しは撹乱になるだろう」

そう言って、この街までの契約で酒を飲み始めている運び屋の下へと向かおうとするレッドを見て、トーモラは首を振った。

「……心配性は変わりませんねぇ、あなたは。路銀も心許無いし、別にそこまでしなくてもいいのでは?」

そう言って、首を絶え間なく揺らしながら不自然な笑みを浮かべているトーモラを見て、レッドは暗澹たる気持ちになった。

……仕事柄、こうした暗く濁った目をした奴をこれまで幾人も見てきた。

例えるなら、順調だった人間がふとした躓きで坂道を転げ落ちるように破滅の淵に立たされ、手を出してはいけない大金を握りしめて場末の鉄火場に現れた時のような……。

極端に狭まった視野で、自分が思い描いたストーリー通りに進む未来だけを頑なに信じ続けるそうした奴らは、レッドの知る限り一人残らず身を滅ぼした。

だが……レッドは頭を振って、暗澹たる思いを無理矢理かき消した。

……それでも、やるしかないのだ。

上に切り捨てられた事ぐらいは分かる。

初めは訳が分からなかったが、やはり昇竜杯からこちら、裏社会で噂になっていた『マッドドッグの正体』が事実なのだろう。

聖女が大人しく従った事からしても、それはもうほぼ間違いない。

であれば、上が自分たちを切り捨てた理由は予想ができるし、まだ逆転の目も皆無ではない。

それがどんなにか細い道でも渡り切るしかないのだ。

物心ついた時から影として育てられ、生きてきた自分が生き残る 術(すべ) は他にない。

「念には念を、です。……攪乱の手配をしたらすぐに出ましょう。あなたは手配していた馬車を裏口に」

そう言って足早に運び屋の下へと向かうレッドを見て、トーモラはやれやれと肩をすくめた。

「どこに行くつもりだ、アレン。軍団長の指示は情報収集をしつつ王都で待機のはずだが?」

俺とココがルーンレリア中央駅からセレナード地方のとある地方都市へ向かう列車の切符を買い求めるため列に並んでいると、後ろから声を掛けられた。

「……ここのところ、ずっと誰かに見られている感じがしていましたが……やっぱりキアナさんでしたか」

俺の索敵範囲を見切って、尻尾を掴ませずに監視できる人間はそう多くはない。

「……軍団長からアレンの お守り(監視) を指示された」

キアナさんはあっさりとそう白状した。

この人は俺が弓の先生として師事する女性騎士で、元Aランクの探索者だ。

弓の技能はもちろん、弓をより活かすために忍び猟の手解きを受けたりと何かと世話になっており、頭が上がらない。

師匠(デュー) の言いつけをすぐ破る俺のお目付け役として、これ以上の適任者はいないだろう。

むしろキアナさんほどの人を仮団員のお守りに使うなど、人的リソースを極限まで使い倒す師匠にしては随分と贅沢な運用だが……それだけ今回のヤマを警戒しているという事か。

だが――

俺はきっぱりと断言した。

「これ以上、王都で待機している事は出来ません。俺は行きます。たとえキアナさんに止められても」

これまでは様々な方面から情報が集まってきていたので、まだ王都にいる意味があった。

俺は王国北部へと向かったというりんご箱の馬車を本命視していたが、それが実はフェイクで別方向へ向かっていたり、ルーン川を上下する水路を使っていたりなどの可能性も捨て切れなかったからだ。

だがセレナード地方のとある村で、警察が 件(くだん) の馬車を押さえた。

中身はカラだったが、運び屋と思われる二人組を締め上げたところ、俺がこれから向かおうとしているロサリオという街の酒場でそれらしい積荷は下ろしたという話が出てきた。

その特徴からして、『積荷』はまずジュエとリーナの二人で間違いないだろう。

ならば、最早王都に留まっている理由はない。発見が遅れれば遅れるほど、二人が取り返しのつかない事態に見舞われる可能性が高まる。

「……ちゃんと感じているか?」

真っ直ぐに目を見てそう問うてくるキアナさんに、俺ははっきりと頷いた。

「……罠の気配は感じています。誘われているのでしょう」

俺がそのように答えると、キアナさんも頷いた。

「油断するな、絶対に」

「……止めないんですか?」

俺が驚いて顔を上げると、キアナさんは肩をすくめた。

「止めないさ。私の任務はアレンの『監視』だからな。それに……大切な友達なんだろう?」

その言葉には、僅かに怒気を孕んでいる。

感情を表に出す事の少ないキアナさんが怒るのは珍しいが、どうやら今回の犯人のやり方は腹に据えかねているようだ。

確か娘さんがいると聞いた事があるし、思うところがあるのかもしれない。

「……はい。二人とも、大切な友達です」

俺がそう言うと、キアナさんは頷いて俺とココの背中を押してから、雑踏へと消えていった。

セレナード地方の南西部にある地方都市ロサリオは、交通の 要衝(ハブ) として古くから栄えている街だ。

アレンが昇竜杯の時に利用したように、北はロザムール帝国との国境の街ミンスまで魔導列車の軌道が伸びている。

またこの街で北西方向にも路線が分かれており、王都からトルヴェール地方に向かう際は列車を利用するにも馬車を利用するにもこの街を通る。

トルヴェール地方のヴァンキッシュ領で行われた昨年の林間学校では、アレンたちはその路線を利用した。

さらに南西に延びる街道はサン・アンゴル山脈を越え、遥かレベランス地方へと続いている。

セレナード地方とトルヴェール地方、そしてレベランス地方の三つを繋ぐ重要な交通結節点となっている。

「頼む、うちの大事な娘なんだ。金は相場の二倍……いや、三倍出す。だから……何とか買い戻させてくれねぇか?」

リンドがカウンターで酒を飲みながら声のボリュームを抑えて酒場のマスターに再度頼み込むと、マスターは露骨に顔を顰めた。

「あんたもしつけぇ野郎だな。そんなガキはうちにはいねぇって。とにかく、今は何やらサツが騒がしいんだ。迷惑だからもう帰ってくれ。まったくワルダの野郎、妙な奴を紹介しやがって」

「……何でもいい。何か情報だけでもくれねぇか。金は払う。頼む」

「知らねぇって言ってんだろ?! ……それにあんたなぁ。この業界は信用命なんだ。万一俺が何か知ってたとして、 一見(いちげん) に金積まれて喋るようじゃ、すぐに捕まるか殺されて終わりだ。そんくらいわかんだろ」

「そこを何とか――」

「おやっさん!?」

名を呼ばれてリンドが驚いて振り返ると、そこにはアレンが立っていた。

隣には確かココとかいう学園の友人を連れている。

「な、なんでおめぇがここに……。と、とにかく今交渉してるから、お前は口出しするんじゃねぇぞ。リーナの事は大人の俺が何とかするから!」

リンドがそう言うと、アレンは首を振った。

「すみません、おやっさん。リーナは多分俺が巻き込んじゃったんです。しかも学校のクラスメイトも一緒に……。自分のケツは――」

「自分で拭くんじゃねぇ! お前が動いたら纏まるもんも纏まらねぇだろうが!」

だがアレンはこのリンドの制止を完全無視して酒場のマスターに向かって高らかに声を掛けた。

「あんたが闇の奴隷商なんてクソみたいな商売をしている酒場のマスターか。確かに屑っぷりが人相に出ている」

わいわいと騒がしかった酒場が一瞬で静まり返り、リンドは天を仰いだ。

「……言葉に気をつけろよ、ガキ。一体何の証拠があって、んな因縁つけてんだ?」

「証拠? 証拠ならあんたの足元にある。地下室に続く階段の先にあるだろう」

アレンがカウンター越しにそう言うと、酔客の中から数人が立ち上がった。

「おやっさん、今立ち上がったバカは仲間か、何か事情を知っている疑いがある。逃げようとしたらとりあえずぶちのめして、違ったら後で謝りやしょう。おやっさんは窓を、ココは出入り口を押さえてくれ」

「「んだとっ!」」

いきり立つ客を酒場のマスターが手をあげて抑える。

「……確かに地下室はあるが、こりゃただの酒のセラーだ。この街ではどこの酒場にも大体ついてる。残念だったな」

そう言って下卑た笑いを顔に張り付ける酒場のマスターの主張をアレンはふむふむと聞いて、カウンターの上に足を組んで座り、頷いた。

「なるほど、セレナード地方にもトルヴェール地方にもワインの名産地が多い。今より交通手段が発達していなかった昔から、この街にはよく酒が集まってきた事だろう。だが――」

アレンは両手を耳に当てて目を瞑った。

「……なぜセラーから女がすすり泣く声が聞こえるんだ? 一、二……三人か。あまり儲かってなさそうだな?」

「なっ……!」

酒場のマスターは顔を真っ青にして戸棚に掛けられた索敵防止魔道具を見た。

だが魔道具は起動中の赤い光を発している。

「そんな安物の魔道具を使ってる上に分厚い板で地下空間と区切るから、地下は魔素擾乱が全く効いてないぞ? であれば、ここまで近づけば隙間から音を拾えなくもない。流石に聞こえにくいが、なぜかこの酒場は全く盛り上がっていなくて静かだからな」

アレンがそう言うと、酒場のマスターは唇を舐めて無理やり片眉を上げた。

「…………だったらどうするっつうんだ? まさか力ずくで地下室へ入る、だなんて言わねぇだろうな? もし一歩でも地下室に入ってみろ。絶対に探し物は見つからねぇし、お前らが知りたい情報は永遠に知れなくなると思え」

そこでアレンはばさりと荷物からマントを取り出して羽織った。

「俺は王国騎士団第三軍団所属、アレン・ロヴェーヌだ。子女略取・誘拐の疑いでこれよりこの店を強制捜査する。逃亡しようなどと思わない事だな」

「あ、アレン・ロヴェーヌだと!!!」

「「ひぃ!」」

……正義の味方が名乗ったのになぜか店中から悲鳴が上がるのには納得がいかないが、どうせ皆脛に傷のある碌な人間ではないのだろう。

俺は真っ青な顔でダラダラと汗をかきながら立ち尽くしているマスターに、そっと耳打ちした。

「一歩でも地下に入ると俺たちが知りたい情報は永遠に知れなくなる、か。……俺はそうは思わない。俺は地下室をこれから隈無く捜査して、その後お前の知る全ての情報を手に入れる。……俺が地下に行っている間によ~く思い出しておけ。……普段の俺は温厚だ。だが――」

――今は気が立っている。かつてないほどに。

そう極力感情を押し殺して伝えると、酒場のマスターはその場でへなへなとへたり込んだ。