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作品タイトル不明

273 ロヴェーヌ子爵領

王国を代表する大貴族の一角、ドラグーン侯爵家が治めるドラグーン地方は広大で多様な大自然を有する事で有名だ。

各侯爵家が治める九つの地方の中でも屈指の広さを誇り、その自然の豊かさ故に地方内には特異な文化や伝統を残している領地が多数ある。

というと聞こえはいいが、有り体に言ってしまえばつまり、ど田舎領地が多いという事だ。

面積は広大だが荒野や山林がその大半を占め、農耕に適した平野が少ない。

人口を各地方で比較すれば、下から数えた方が随分早いだろう。

もちろん、それに反比例するように魔物の数や種類も多い。

例えば隣接するダイヤルマック地方のように都市化は進んでおらず、同じ田舎でもドスペリオル地方ほど洗練されてもいない。

ロヴェーヌ子爵が暮らすクラウヴィア城郭都市は、そんなドラグーン地方にあっても秘境と言われるほどずば抜けてアクセスの悪い地にある。

古い街道沿いにある田舎宿場町から険しい山をいくつも越えた先にあるそこは、森の恵みは豊富とはいえ生息する魔物には手強いものも多く、未開の地であったこの場所を拓くのは相当に困難であっただろう。

いつからかこの深い森の奥地でひっそりと暮らしていたロヴェーヌ一族、つまりアレンのご先祖様は、およそ七百年前にユグリア王国の貴族として叙爵された。

王国の公式記録ではその際に開祖アルザス・ロヴェーヌがこの地を拓いたとされているが、ロヴェーヌ家に伝わっている話によるとそれよりも随分と前からこの地に土着していたようだ。

どれぐらい前からこの地にいたのかは、はっきりとは分からない。

ともあれ、ロヴェーヌ家は豊かなクラウヴィア山林域の恵みを享受しながら大自然との調和を取りつつ、その玄関口となる地を少しずつ発展させてきた。

それが現在のロヴェーヌ子爵領の領都、クラウヴィア城郭都市である。

その都市の大きな特徴は、何十年かに一度クラウヴィアの山々から溢れ出るように発生する 魔物暴走(スタンピード) に備えてロヴェーヌ家が少しずつ積み増してきた、こんな田舎町には似つかわしくない立派な城壁を擁する事だろう。

もっとも、目立つ点はそれぐらいで、後は少々探索者達の気性は荒いものの緩やかに時が流れるのどかな街だ。

いや、のどかな街 だった(・・・) 。

ここ最近はその様相が一変している。

理由はもちろん、アレンが王立学園入試に合格し、その後も冗談のようなやらかしを重ね、ついでにゾルドの売名をし、姉のローザも色んな意味でやばすぎると知られ、その母に至っては現ドスペリオル侯爵の実妹である事までバレたからだ。

俄に雲霞の如く人材が出てきたこの地は今や王国はおろか大陸中の注目を集め、ユグリア王家がドスペリオル家と共謀して秘密裏に人材開発をしていた実験場なのではないか、などと一時期まことしやかに噂されていたほどだ。

そしてもう一つ、この地に耳目が集まっている理由がある。

先だって、ユグリア王家がクラウヴィア山林域を王家指定の保護区にする旨を発表した事だ。

理由は貴重な動植物を保護するためだが、たかが子爵家が領有する山林を王家の名を以て庇護するなど極めて異例の処置といえる。

入山の許認可権は王家に帰属し実務はロヴェーヌ子爵に委託されているので、例えばロヴェーヌ子爵の許可なく指定区域に入るだけで王家に逆らう形となる。

当然ながら、一子爵家が発揮する自治権とはまるで意味合いが異なり、強力な抑止力が発生する。

……やはり、あの領地には何か秘密があるに違いない。

多くの人々はそう考えたし、日が経つにつれて様々ないい加減な噂が飛び交うようになった。

中には、不治の病である魔破病を患って亡くなったとされていたセシリア・ドスペリオルが奇跡的に生きていた理由はあの領地で産出される素材にあり、そしてその秘密こそが落日の侯爵家、ドスペリオル家の姫が田舎子爵に嫁いだ理由なのではないか、などというものまであった。

もっとも、もし魔破病の治療法を確立したのならば、直ちに公表して歴史に名を残し巨万の富を得るはずなので、その噂はあまり支持されていない。

いずれにしろ、現在のロヴェーヌ子爵領には貴族や商人、諜報機関、探索者、物好きな観光客などが大挙して押し寄せ、様々な問題を生んでいる。

「ふ~む……やはり森に落ち着きがないのう。どこかそわそわしておる。しかも日に日に酷くなっておる」

日課である朝の散歩のついでに森へと足を延ばしたベルウッドは顔を顰めた。

隣を歩くセシリアは、神経を研ぎ澄ませて周囲の気配に気を配り、やがて苦笑して首を傾げた。

「……やはり私には分かりませんね。ですが、ベルがそう言うのならそうなのでしょう」

これが魔物の気配などであれば、セシリアはベルウッドよりも遥かに鋭敏にその兆候を感じ取るだろう。

だが、森に落ち着きがない、などと言われてもセシリアには何の事か分からない。

子供の頃から誰よりもこの森を歩いたベルウッドだからこそ、感じ取れる違和感があるのだろう。

「我が領地は急激に人が増えすぎた。城郭内への入場を制限して以降は城壁のすぐ外でキャンプをする輩も増える一方だ。どうしたもんかのう」

ベルウッドが弱りきった顔で情けない声を出すと、セシリアは淡々とした口調で夫をたしなめた。

「しゃんとなさい、ベル。領主がそんな顔をしていては領民がますます不安になります。アレンが合格した時点で、いずれこうなる事は分かっていたではありませんか。……いつまでも先延ばしすれば状況は悪くなる一方なのでは?」

ベルウッドは、一つため息をついてから、覚悟を決めたように顔を上げた。

「はぁ……出来れば森が落ち着くまでは手をつけたくなかったが、仕方あるまい。皮肉にも人手は増えておるしな。……城郭を拡張し、街を作り替える」

「だぁかぁらぁ、一体いつまで俺達は野宿してりゃあいいんだ! 金はあるっつってんだろうがっ!」

そう言って、少々品の悪い探索者が城壁にある検問所のテーブルをばんと叩く。

パーティでこの地を訪れたのか、後ろには目つきの悪い二人の仲間を連れている。

「んな事俺に聞かれてもな……今、都市内の宿はいっぱいだ。宿泊する場所が決まってない奴は入れるなとロヴェーヌ子爵より言われている。入りたいなら宿の予約を取れ」

門番が面倒臭そうにそう言うと、探索者はイライラと食い下がった。

「取れるならとっくに取ってんだよ! 一番早くても三年先まで予約がいっぱいなのに、どうやって取るんだ? バカにしてんのかっ!」

現在、ロヴェーヌ領の宿は各侯爵家などが金にものを言わせて先々まで予約を入れたため、全て埋まっている。

しかも、別に空室で遊ばせている訳でもなく、各地方から選りすぐられた貴族の使いや商人、研究者、その他が実際に訪れているので、きちんと稼働している。

通常であれば、需要が伸びれば供給もワンテンポ遅れて伸びるが、城郭都市……城壁内に作られる都市は広さが限られるというその性質上、簡単に供給を伸ばす事はできない。

再開発のための融資の申し出もたくさんあったが、急激な変化を嫌ったベルウッドはこれを全て断った。

激昂する探索者を前にして、守衛は『何怒ってんだこいつ』とばかりに手の平を上に向けて肩をすくめた。

「よぉジョニー。毎日バカに絡まれて大変だな? 役人やめて探索者にカムバックしたくなったらいつでも言ってこいよ? なに、お前ならまだ現役でやれるさ。何なら支部長、代わってやろうか?」

と、そこに通りがかった男が笑いながらこのように声をかける。

ジョニーと呼ばれた男が苦笑して首を振ったところで、やり取りを見ていたごろつき風の探索者が立ち所に男へとすり寄った。

「あんたロヴェーヌ支部の支部長なのか?! おりゃあ『探索者の街』ロブレスで二十三ん時にDランクになったリベンってもんだ! なあ頼むからあんたからロヴェーヌ子爵に俺たちを街に入れるように口利いてくれねぇか? そこの突っ立ってるだけのデクの坊よりは役に立つぜ!」

支部長は全く興味のなさそうな顔で、隣に立つジョニーへと問い合わせた。

「へぇ、ロブレスでねぇ……。おいジョニー、こいつらお前より役に立つってよ? そうなのか?」

「……こいつらが役に立ちそうなら中に入れて支部の宿泊所を紹介してるさ、支部長。そういう約束だろ?」

ジョニーは苦笑を漏らしながら首を振った。

その自分たちを小馬鹿にしたような態度を見て、探索者達はいきりたった。

「……門番風情が言ってくれるじゃねぇか、この野郎! 空いてる宿があるなら初めから紹介しやがれ! わざわざこんなくそ田舎にまで来たのに中にすら入れず、こっちはイライラ――」

そう言ってジョニーへと詰め寄ろうとした次の瞬間、ジョニーは持っていた手槍をふるい、リベンと名乗った探索者の膝を強かに打った。

苦悶の声をあげて倒れ伏す探索者の背を石突部分で押さえながら、ジョニーがからりと答える。

「冗談言うなよ支部長。Cランクの探索者がごろごろいるような支部で、俺が支部長なんて務まるわきゃねぇだろ? 引退したいならさっさとディオの旦那を説得するんだな」

現在、ロヴェーヌ子爵領には一癖も二癖もありそうなCランク、場合によってはBランクの探索者まで出稼ぎにきている。

もちろん、そのほとんどはどこかの勢力から情報収集の依頼を受けた人間だろうが、別に情報収集は犯罪ではないのでロヴェーヌ家としても有能な人間を拒否する理由はない。

むしろ座していても各地方の人間と情報交換ができるパイプが生まれるので、協会支部としてはありがたいほどだ。

ジョニーの足元で転がっている探索者を一瞥して、支部長は勿体無いとばかりに首を振った。

「へっ、お前だって元Cランク探索者じゃねぇか。腕も人を見る目も落ちてねぇみたいだな、ジョニー。ま、とにかく、役人が嫌になったらいつでも戻ってこいよ」

ジョニーが再び肩をすくめると、支部長はリベンとその仲間たちに優しく声をかけた。

「……ほら、お前らはもう諦めて地元に帰れ。どうせ楽して稼ぐことばかりを覚えて、碌に鍛錬もしなくなった探索者崩れだろう。今うちの支部には、お前らみてえな半端もんどもを鍛え直してくれるジョニーみたいな優しい先輩はいねぇ」

ジョニーが背を押さえている石突きを放すと、リベンは『ちくしょうっ!』と地を叩いてから立ち上がった。

そこへ、遠巻きからそのやり取りが終わるのを静かに見守っていた、一人の背の低い、壮年の男が近づいてくる。

「……あの~、すみません。私も宿の手配をすっかり忘れていたのですが……中に入れてもらえないのでしょうか……?」

どう見ても『うだつが上がらない』という言葉がぴったりなその中年のくたびれた男を見て、支部長はやれやれと呆れたようにジョニーを見た。

「あぁ、あんたは入っていいぜ」

すると、ジョニーは意外な事にあっさりと入場を認めた。

「「なっ!」」

リベンや取り巻きたち、そして支部長までもが驚きの声をあげる。

「だが――」

ジョニーは腰を落として槍を構えた。

「あんたが何者で、何の目的でこの街へ来たのか……聞かせてくれるかい?」

槍を構えたジョニーの額には、玉のような汗が滲んでいた。