軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

272 昇格とクラン(4)

「レン君ち~すっ!! お久しぶりっす!」

俺と目があったベンザが満面の笑みでそう言うと、フロアにいた全員が一斉に振り返った。

そして一斉に好奇の視線を投げかけてくる。

「き、来やがったのか……?」

「あぁ……あれがマッドドッグか……実在したんだな……」

「噂通り、見た目は普通のガキだな……」

「あぁ……だがやっぱり目つきが違うな……」

「くっくっく。あぁ、どこからどう見ても完璧にぶっ壊れてやがる」

余りにもしょうもない競技が執り行われていた事に呆れ果てて俺が白目になっていると、ベンザが興奮した様子で近づいてきて馴れ馴れしく話しかけてきた。

「顔出してくれて嬉しいっすっ! 聞きましたよレン君、ドラグレイドの『古の地下迷宮』っ! 伝説確定っすね!」

「…………何が伝説だ、大袈裟な。あれはたまたま閉じ込められただけだ。それより何度言ったら分かる、馴れ馴れしく話しかけるな。知り合いだと思われるだろうがっ」

俺は半ば反射的にベンザの腹に左フックを入れ、すかさず体がくの字に折れた所でお約束の顎への右アッパーを――

「ぐううっ!」

……叩きこもうとしたところでベンザは意外にも踏みとどまり、左拳を握り込んで振りかぶり、俺の後頭部目掛けて振り下ろそうとしてきた。

だがのろい。瞬時に体を捻ってこれを避け、ベンザが僅かにつんのめったところにタメを利かせたアッパーを叩き込む。

カウンター気味にヒットしたこのアッパーで、ベンザは仰向けにひっくり返った。

やばいな……反撃が来るとは思わなかったので力加減を間違えた気がする。

これはしばらく目が覚めないかもしれない……。

面倒な事になったとうんざりしていると、ベンザはあっけらかんと立ち上がった。

「いつつっ! 久々のレン君の拳ぃ」

何を殴られて嬉しそうにしてるんだこいつは……。

「ははっ、あの『伝説』が……たまたま閉じ込められた だけ(・・) だってよ」

「し、シブい!」

「すげぇ、あのベンザを瞬殺かよっ」

あのベンザってどのベンザだ? このベンザならそりゃ瞬殺だろう……。

それより頼むから『古の地下迷宮』とか話にタイトルを付けて広めるのは止めてほしい。

弁償の線は大丈夫そうだったが、すでにあの遺跡には極秘裏に調査が入っているという話だし、シェルのおじき辺りから話がどう回るか分からない。

万が一、人類の宝を木っ端微塵に吹き飛ばした事が漏れたら伝説の名前が変わる……。

なるべく事件を矮小化しておきたい……。

「はぁ……少しはましになったな、デブ」

俺がため息をついてそう言うと、品のないデブは『へへっ』などと気色悪くはにかんだ。

「レン君に言われた通り、毎日挨拶代わりに殴り合う 友達(だち) を作ったんす。ロッツ・ファミリーとのいざこざからこっちだけでも、軽く千回は喧嘩しましたよ」

そう言って何故かシャドーボクシングを始めるベンザに俺は力なく言った。

「止めろ……うざいから」

まったく、アホすぎて引っぱたく気力もない。

確かに一匹狼を気取るなベンザと助言した記憶はあるが、どう考えても物の例えだろう。

半年で喧嘩千回って、一日何回だ?

よく見ると他の奴らも青タンなど明らかに対人戦で負ったと思われる喧嘩傷だらけだ。

こいつら毎日喧嘩ばかりしてるのか?

このアホどもに生産性という言葉を誰か教えてやってくれ。

「まったく、付き合わされるこっちの身にもなってほしいよ。まぁそのおかげであたしらも随分力を付けたとは思うけどね」

そう話しかけてきた鳶職のようにダボっとした服を着た短髪のお姉さんは、確かチューフルウィッチとかいう女性専門の互助会に所属していたニナッタさんだ。

今はもう妹のクリッタさんとともに互助会を抜けて、探索者としては独立したらしい。

「そうそう、ベンザのバカはいくら傷薬使ってもちっとも瘦せねえけど、こっちは付き合いきれねぇっつうの」

そう相槌を打ったのは、赤い髪が特徴的な元ラウンドピースのシューマ君だ。

この辺りの顔は知っている。ちょっと前まで東支所の次代を担う若手四天王などと呼ばれていた。

いずれも絡んできたので返り討ちにしたことがあるのだが、いつの間にか懐かれて、あのロッツ・ファミリーの事務所へ襲撃に行ったとき、頼んでもいないのにベンザと共に助太刀に来たメンバーだ。

まぁ到着したのが全て終わった後だったので、何の役にも立たなかったけど。

ちなみにシューマ君が言う通り、いくら魔法素材を原料にした傷薬があるからといって、普通は無限に回復できるわけではない。

傷薬で回復するにも体内に蓄えられたエネルギーを消費するようだし、繰り返し使用していると食欲不振などの形で体が拒否反応を示す事も知られている。

量が食える事も才能という事だ。

「で、レン君は今日何の用事で来たんすか?」

ベンザが純真無垢な目でそんな事を聞いてきたので、俺は呆れ果てた。

「何の用もくそもないだろう。何だ、あの小っ恥ずかしいポスターは。何が兄貴の唄だ……。何勝手に人の名前を使ってクランなんて立ち上げてるんだ。いや、お前がどこで誰と何をしようが俺にはまったく関係ないが、勝手に人を代表にするな」

俺が『衝撃的な悪の天才』ポスターを指差しながら底冷えする声で『ぶっ潰すぞ?』と言うと、ベンザはやや気まずそうな顔をして頭を掻いた。

「それは……勝手な事をして悪かったっす。でもこれには事情があるんすよ」

ベンザは訥々とした口調で、その事情とやらを語った。要約すると次のような話だ。

そもそもの原因はロッツ・ファミリーにある。

鶴竜会などのいくつかの業界団体が仕切って長らくバランスが保たれていた王都の裏社会は、ロッツ・ファミリーが金に物を言わせて無茶苦茶やった事で秩序が崩壊しつつあった。

俺が個人的な揉め事で事務所に乗り込んで『東支所の縄張りには手を出さない』と落とし前を付けたのはそんな時だ。

これにより、少なくとも東支所については秩序が保たれたかに見えた。

だが副作用もあった。

西支所を拠点とするロッツ・ファミリーは、俺が所属する東支所の縄張りから約束通り手を引いたが、相変わらず北と南に対してはやりたい放題やっていたようだ。

だが、ただでさえまだガキである俺にやり込められたロッツの求心力は著しく低下していた。

むしろそれまで以上に他の支所とは激しくやりあうようになり、東を除く王都の裏社会の秩序は完全に崩壊した。

当然の帰結として、まだ稼ぐ力が十分ではない、だが所属する互助会からは何とか抜けられる程度の探索者……大体DランクからEランクあたりのボリュームゾーンにある若手探索者が大挙して東支所に拠点を移した。

これにより、王都の探索者の人数バランスが酷く不均衡になったようだ。

他の支所は深刻な人手不足に陥り、もちろん東支所にもそれだけの人数を喰わせるだけの仕事はなく、仕事にあぶれた人間が不平不満を抱き、ベンザでは抑えが利かなくなりつつあった。

恐らくそこまではロッツの筋書き通りだったのだろう。

だが、そのタイミングでベンザに秘密裏に鶴竜会から接触があったようだ。時期からすると、俺がミモザと共にジンさんの下を訪問した少し後だろう。

鶴竜会は二つの事をベンザに助言したようだ。

まずは移籍してきた若手探索者たちを纏めるために、知名度のある俺の名を使ってその受け皿を作ること。

それがベンザの立ち上げた『マッド・ドッグ』だ。もっとも、当初はクランとしてではなく特に根拠のないグループだったようだが。

そしてもう一つは『東支所の縄張りには手を出さない』という約束を逆手にとって、東支所を拠点とする『マッド・ドッグ』が王都内で縄張りを広げていくこと。

そんな事をしたらロッツはもちろん、他の支所を管轄する後ろ盾組織と揉める事になりそうだが、そこはどうやら鶴竜会が手を回しており、裏でこっそり握っていたようだ。

そうして、表向きは若手探索者が立ち上げた新進気鋭のクラン『マッド・ドッグ』と、マッド・ドッグと組んだロッツ VS 鶴竜会を始めとした王都の古い秩序団体という形をとりながら、内実は対ロッツの包囲網が敷かれた。

マッド・ドッグは北支所や南支所を飲み込むようにどんどんと勢力を広げ、流石にロッツ・ファミリーから苦情が入り、色々と現場で諍いが起こり始めた。

だが、そろそろ決着をつけなくてはならないと考えていたその頃に、無尽蔵に金をばら撒いていたロッツの資金繰りがなぜか急激に悪化したようだった。

恐らくは支援していた何者かから見切りを付けられたのだろう。

ロッツ・ファミリーとその取り巻き勢力など、所詮は利に聡い連中が金で集まっただけの烏合の衆だ。

金払いの悪くなったロッツと心中しようなどという酔狂な人間はおらず、あっという間に瓦解した。

成り行きとして、今ではマッド・ドッグはロッツのお膝元であった西支所までをも完全に手中に収め、鶴竜会を始めとした古い業界団体の完全バックアップを受けながら、王都の若手探索者界隈を仕切るクランにまで成長したという訳だ。

話を聞き終えた俺は半ば呆然とした。

通りすがりのデブに面倒事を丸投げしたら半年で王都を掌握するまでに成長して、しかもそれを仕切る総長が俺だと……?

いくら何でも展開が早すぎるだろう。

話が大きくなりすぎて、おいそれとぶっ潰すことも出来ないぞ……。

「……マッド・ドッグは急激に大きくなりすぎた。細かいルールを総長不在のまま定める訳にはいかねぇから、まずは理念を定めたんだ。それが『兄貴の唄』だ。レンが繰り返し俺たちに伝えてくれた、スジを通すという考えを纏めたものだな」

一年弱前に俺からハゲタカを強奪しようとしてぼこられた赤髪のシューマ君は、調子こいて理念などと言い出した。

何がスジだ……『男の握手は顔面パンチ』以外にどんな理念があるのか、恐ろしくて聞きたくもない。

「ま、これだけの所帯を纏めるには『理念』が必要ってのは、シュリの姐さんとミモザの姐さんのアドバイスだけどね」

隣で話を聞いていたニナッタさんが、何故かいきなりミモザの名前を口走り俺はギョッとした。

あいつめ……。さては金の匂いを嗅ぎつけていっちょがみしやがったな……。

シュリの姐さんというのは、確かジンさんの屋敷に訪問した際に取り次ぎをしてくれた女の人だろう。

「その他にも、新しい傷薬をガキどもに安く卸す事業も始めたんす。新興団体が認められるには社会貢献活動をするのが話が早いって。初めは教会がうるさかったけど、蓬莱商会って大商会が探索者レンの活動を支援したいって手を貸してくれて……レン君が裏から手を回してくれたんすよね?」

…………リアド先輩か……。

何も語らずこっそり支援してくれるのはかっこいいですが、一言相談してほしかった……。

「あとは大手武具屋のシングロードなんかが苦しい時に支援してくれて……事情があって顔は見せてくれなくても、こっそり必要な助け舟を出してくれたレン君のお陰で、俺たちは王都を守れたっす。あの時……レン君に泣きついた俺たちに、悔しければ力をつけろ、自由に生きるのは簡単じゃないって突き放してくれたおかげで、俺たちは変われたっす」

デブはそんな風に涙ぐんで話を総括した。

シングロード……女店長のルージュさんまで絡んでるのか……。

もちろん、俺は必要な助け舟をこっそり出すほど暇ではない。むしろ努めて記憶から消し去っていた。

だがここまでくれば偶然ではない。

裏でこれほど大きな絵を描いて、なおかつ破綻しないよう多方面に配慮しながら物事を進めた人間がいる。

まず間違いなく、鶴竜会のジンさんの手腕だろう。

何やらただならぬ雰囲気を醸し出してはいたが、いくら何でも剛腕すぎるぞ、あの風呂好きのおっさん……。

「後はそうだな……レンが顔を出さないから、マッド・ドッグは名前先行で中身は無しとか、ロッツ・ファミリーに裏で消されたとかって根も葉もない噂が酷くてな。それを抑えるために押し出しの利くポスターなんかをばら撒いたりもしたけど、伝説になった『古の地下迷宮』でそんな話は全部ぶっ飛んだ。俺たちも血が滾って毎日殴り合いよっ」

シューマ君はそんな事を言って、隣に立っているベンザの肩をサンドバッグに見立てて殴り始めた。

「ううぅぅ、レン君すげぇっす……痛ぇな、シューマこの野郎!」

ベンザがキレてシューマ君と殴り合いを始める。

「恐れ入ったよ、あんたにゃ。まさにマッドドッグだね」

ニナッタさんがそう言うと、フロアに立っていた見た事もないバカが『そろそろ俺とも握手してくれ、マッドドッグよぉ』などと腕を回し始め、そのままフロア中で、いや建物の外からも『マッドドッグ』コールが巻き起こったところで、ストレスが臨界点を超えて俺はキレた。

「うるせぇぇえ! 勝手に人を祭り上げるな! 今決めた! 俺のクランに入る資格があるのは俺をぶっ飛ばした事がある奴だけだ! 俺はただの探索者レンだ! 王都の秩序なんて知るかっっ!」

そう宣言して、手近な奴から順番にぶっ飛ばしていく。

「お前は不合格! お前も、お前も、お前もお前もお前も不合格だぁぁああ!」

ちなみにベンザが、『くぅぅ、「早食いマッドドッグ顔面パンチ」ならレン君にも負けねぇのに……』とかムカつくことを抜かすので、アホ競技でもぼこにしておいた。

もちろんデブと早食い競争などやってられないので、ベンザが下品にパンを詰め込んで殴りかかってくるところに頭突きを合わせて両拳を順に粉砕し、パンすら持てなくなり呆然とするベンザを横目に俺は上品にパンを食べてから、慈悲のかけらもない渾身の顔面パンチを叩きこんだ。

こうして俺は、その場にいた奴らを片っ端からぶっ飛ばして、クランのメンバーをきれいさっぱり全員クビにした。

そして、王都の秩序を維持するにはマッド・ドッグでは力不足、後は鶴竜会に任せると伝言を残し、晴れやかな気持ちでその場を後にした。

こうして業界に生まれた新たな孤高のカリスマ、探索者レンは、トップ探索者の一人としての地位を不動のものとし、一般人にもその名が知れ渡るほどになった。

ユグリア王国探索者協会会長、あの『狂猛暴虐』シェルブル・モンステルに認めさせ、王国史上ぶっちぎりの最年少、十三歳でAランク昇格を果たすほどのずば抜けた才能と技能。

王都の裏側で巻き起こった騒動を鮮やかに収束させ、一分の迷いもなく身を引いたその高潔にして揺るぎない精神。

そして彼を慕う者たちを一見非情に思えるほど突き放し、それでもその背を追う王国の若手探索者達の実力を着実に伸ばしていくカリスマ性。

世間は途轍もない逸材の誕生に沸いた。

だが、世間はまだ知らない。

彼の凄まじいまでの構想力と、それを形にしていく行動力を。

探索者レンの、真の凄みを。

俺のクランに入る資格があるのは俺をぶっ飛ばした事がある奴だけ――

この探索者レンのメッセージは、遠く帝国の地にいる兄弟に届いていた。

「兄さん、やっぱり無茶だ。あっちはこっちほど『魔族の祝福』に差別意識はないっつうけど、それでも嫌な思いは沢山する。もし向こうで何かあったら……誰も助けちゃくれないんだぞ? 頼むから……そばにいてくれ」

スラムの悪童ことキャスティーク皇子は、悲痛にその顔を歪めて、何度目か分からない制止の言葉を兄に掛けた。

怪童は優しく悪童の頭に手を置き、ゆっくりと首を振った。

「確かめ、たいんだ。俺たちに、なぜ資格を与えたのか。あいつは、キャティの敵なのか。それとも――」

元皇子は、目にいっぱいの涙を溜めた弟に、今生の別れとなるかもしれない言葉を告げた。

「頑張れ、キャティ。お前なら、できる。きっとこの国を、変えられる」

ぎしりとその体に巻かれた針金を軋ませ、コヒューコヒューと苦しげに呼吸をしながら歩き出す兄の背を、悪童は顔を上げて見送った。

その目からポロポロと流れる涙を、拭おうともせずに。