軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

264 昇竜杯(13)

熱いっ! 熱すぎて死ぬっ!

自分で火をつけておいて本当に何だが、まさかこんなに燃えるだなんてっ! 聞いてない!

もちろん、こんな感じでも使えそう的な構想は以前からあったが、まさかお試しで山を燃やす訳にはいかないだろうがっ!

相手も苦しいだろうが、エクレアさんはまだ下がれば比較的火の勢いが弱いところで一息つける。

だが相手を追いかけている俺は、どう考えても火の勢いが一番強いところで耐えるしかない……。

自分の進行方向だけは酸素濃度をコントロールしてなるべく火の勢いを抑えてはいるものの、周辺がこれだけ燃えていれば焼け石に水だ……。

どう考えても俺の方が熱いっ!

かと言って鎮火するほど酸素の供給を絞れば、即一酸化炭素中毒で倒れてもおかしくない。

呼吸用の新鮮な空気を欲して上空から風を入れると、周囲の火がさらに勢いを増すという悪循環に陥っている。

すでに引き返すことすらできない。

完全に軽い気持ちで火遊びをした結果、制御しきれなくなった子供のような状態に陥っている。

ちくしょう、なんで俺がライオのバカじゃあるまいし、衆人環視の下でやせ我慢大会なんてしなきゃならないんだ……。

そりゃ俺だって温泉もサウナも大好きだが、あくまで心地いい範囲で楽しむ派なんだっ!

やばい……脱水症状と酸素不足と魔力枯渇で頭がくらくらしてきた……。

ここで倒れたらマジで伝説のアホとして歴史になるぞ?

こんな事なら、思い付きで『複合精霊魔法』だなんてかっこ付けるんじゃなかった……。

ていうかこれが複合精霊魔法なら 霧の森(フォギーフォレスト) も 砂嵐(サンドストーム) も複合精霊魔法だろ……。

だが、俺がいくら『先に出ろ~』と念じながらサウナの専門用語で言うところのアウフグース(うちわやタオルで煽いで熱風を送ること)を繰り出しても、エクレアさんはゲートギリギリの場所で片膝をついたまま戦士の目を光らせ、魔力ガードで耐え忍んでいる。

お前はゴドルフェンかっ!

と、そこに強力な味方が現れた。アリーチェさんだ。

「もういいのです、エクレア。あなたは最善を尽くしました。降伏なさいませっ!」

ありがとうっ! その言葉を待っていた!

俺は心から感謝の念を送ったが、エクレアさんの往生際は悪かった。

「ごほっ、ごほっ……まだ……勝つ道がある以上、アリーチェ様の側近である私が……諦める訳には……!」

「敗戦の責は私にありますっ! こんな大会であなたを失う訳には参りません! あなたがどうしても降伏できないなら、私が力ずくで――」

いいぞアリーチェさん! 力ずくでやっちゃえ!

だがそんな俺を嘲笑うかのように、キャバリア君がアリーチェさんを羽交い絞めにした。

「なりません、殿下! 陛下も、各国の重鎮たちも、そして民も! 皆が見ています! 臣下が諦めていないのに、そしてまだ勝利への道筋が見えているのに、帝位を目指す殿下が先に降伏してどうします! 皆が『未来の殿下』を見ています!」

「エクレアはあなたにとっても大切な幼馴染でしょうっ!」

「だからこそですっ!」

「ごほっごほっ。私は……まだ、大丈夫です。ごほっごほっ。まだ……まだ耐えられ……耐えられますっ! げほっ! がほっ! ごほっ!」

「「え、エクレア……」」

……。

…………。

え?

説得終わり?

俺もう限界なんだけど……。

そんな三人揃って目に涙を浮かべながら、全然関係ない方向を睨みつけられても困ります、殿下。

俺がいるのそっちじゃないから……!

はぁ……流石にもう限界だ。出来れば勝ちたかったが、死んでしまっては意味がない。楽しむことが何よりも大切なのだからな。

試す気は無かったが、あれをやってみるか。どうせ失格になるなら同じことだし。

俺は目眩を耐えながらさりげなく移動し、目を付けていた近くのそれを踏み抜いた。

胸元に着けたブローチが、バリンと音を立てて割れる。

『…………ユグリア王国:アレン退場。ユグリア王国合計10ポイント』

へ~同士討ちでもポイント入るんだ。やはりこのブローチのダメージ判定は性質変化の魔力残滓に反応しているみたいだ。この場合はドルのな。

まぁ生き残れば生存ポイントが入るから、よほど特殊な状況でもなければ同士討ちをする意味はないが……。

まぁそんな事はどうでもいいっ! 熱いのよっ!!!

退場となった俺は便意を限界まで我慢しているおっさんのように、速足かつ虚無の顔で脇目も振らず四番ゲートから外へと出た。

「……待って……待ちなさいっ!」

すれ違いざまにアリーチェさんが怖い声で制止してくるので、俺は仕方なく足を止めた。

「……貸し……のつもりですか?」

「いいえ?」

「では……では一体何のつもりですかっ!?」

アリーチェさんが恐い顔で詰め寄ってくるので、俺は自分の左腕を見つめながらため息を吐いた。

「……生憎、サラマンダーの機嫌がすこぶる悪くて。うっかり機嫌を取り損ねました。これ以上は本当に……死人が出てもおかしくなかった」

俺という、世界一マヌケな死人がな!

さりげなく 精霊(左腕) に山火事の責任を転嫁をしつつ、俺は困惑したアリーチェさん達を放置して、とっととその場を後にした。

会場には帰らず、お面を取ってゲート外の森で清涼な空気を吸いながら、ぶらぶらと適当に歩く。

当初の目論見では、精霊についてロマンあふれる設定でも語り尽くそうかとも考えていたのだが、疲れ果てて面倒になった。

暫く行くとぽつぽつと花が開いた桜の木を見かけたので、その木陰で革の胸当てを外し、シャツを絞った。滝のように汗が滴ったシャツをパンッと伸ばし、主枝に引っ掛けて干してからごろりと横になる。

吹き抜けていく東風が実に心地いい。

暫く森の中を吹き抜けていく風に吹かれながら昼寝をしていると、ドルとプリマ先輩が駆け寄ってきた。

「あ、いたいた。こんな所で何をやってるんだ、アレン。みんなお前を探してるぞ」

俺は体を起こして伸びをした。

「ようドル。見たら分かるだろう、昼寝してたんだ。軽い気持ちで火をつけたら、危うく自分が焼け死ぬところだったからな……。魔力もすっからかんになるまで使って、へとへとだ」

俺がやり切った笑顔でこう言うと、ドルはがっくりと肩を落とした。

「すみません先輩、負けちゃいました。俺の力不足です」

俺が謝ってそう頭を掻くと、プリマ先輩は苦笑して首を振った。

「監督が常に全力なのは分かっています。お疲れ様でしたっ」

先輩は屈託のない笑顔を浮かべてから、深々とお辞儀をして俺を労い――腰に手を当てた。

やばいな……先輩がぷりぷりと説教を開始するときのフォームだ。

「ところで監督? 危うく自分が焼け死ぬところっていうのは――」

「そうだ! 大会の結果はどうなったんですか!?」

俺は慌てて話題を変えた。

「……あの後、すぐに決着はつきました。優勝はファットーラ王国です。結局、帝国もすぐに降伏しまして。今は水の魔法士が総動員で監督が引き起こした山火事を鎮火すべく必死に消火活動をしています。ムジカ先生もそこに駆り出されていますので、代わりに監督を探すよう頼まれました」

ドルが苦笑しながら補足する。

「帝国は、命懸けで一位を死守しても相手がファットーラ王国では割に合わない、と判断したみたいだ。結果、ポイント差でうちが二位、帝国が三位だ。まさかわざと自分で地爆を踏んでポイントで抜け出すとはな……。もちろん、蚊帳の外に置かれて知らぬ間に優勝が決まったファットーラ王国の事なんて、誰も見ちゃいない。結果、笑ったのはユ グリア王(うち) 国だけだ。勝手に勝負を別の次元に飛ばしちまうのはアレンらしいよ。……どこからこの展開を組み立ててたんだ?」

可哀想に、せっかく優勝したファットーラ王国は、勝手に敵が失格になっただけなのに逃げ回ってただけ、と烙印を押されたらしい。

「……たまたまさ。真っ当に優勝する気で戦っていたしな。さっきも言ったが、この結末は俺の力不足だ」

俺が正直にそう言うと、ドルは肩を竦めてから続けた。

「当たり前だけど、かなり面倒な事になってるぞ、アレン。性質変化の才能がないお前が火をつけるのはいくら何でもおかしいと一部の人間が騒いで、どこかに魔道具でも仕込んでいたんじゃないか、失格になりたくなければ目の前でもう一度やってみせろ、とか言ってるぞ? ……無条件でもう一度できるのか?」

何それ、だるぅ……。

別に実戦では着火魔道具を使えば用が足りる技能だし、教えてほしいと頼んでくるなら説明してもいいが――

俺は上半身裸の格好のままで、その辺に落ちている松の枯れ葉を手の平一杯に握りこんだ。

「 着火(イグニッション) 」

指を鳴らして火を着ける。手の平でめらめらと燃え始めた松の枯葉をポイっと捨て『再現性はある』と告げると、ドルとプリマ先輩は目を見開いた。

「……アレンお前、自分が何をしてるのか理解してるのか……?」

俺は尻についたごみをパンパンと払い、木に干してあったシャツを着た。

「なに、別に理論的には大した話じゃない。だが不正だ何だと決めつけて糾弾してくる奴らに優しく説明する気にはならないな。あ、ドル、その火種に水掛けておいて。火事が恐いから」

ドルは『お前がそれを言うか……?』などと呟いて、白目を剥いて絶句した。

さて、面倒な事になっているようだし、ドルがフリーズしている隙にさり気なく立ち去り、また迷子にでもなるとするか。

後の面倒事は大人に丸投げだ!

などと心の中で勝手に決めて俺が森の奥へと目を向けほくそ笑むと、腰に手を当てた格好で静かに話を聞いていたプリマ先輩が、手を『パリッ』と雷光で光らせた。

「……すでに順位がどうという次元ではないので、別にいまさら失格になったところで何の問題もないです。ところで! ……どこへ行くつもりですか?」

「え……? えーっと……そうだ! 俺はこれから北に行かなくてはなりません……。どうしてもこの目で確認しておかなくてはいけないものが……」

「なるほど、これから帝国深部の北に。単独で。何をしに?」

「た、単独もクソも、そもそも俺はこの国に観光で来ていてですね。最近オーロラが頻繁に観測されると評判の――」

プリマ先輩は、俺の右腕をがっしりと抱え込んだ。

「もっと! 自分を! 大切にしてくださいっ! 何度言えばわかってくれるんですか、監督っ! ブルーハグッ!」

「アベベべべべべッ! い、いやオーロラ観測はっ! 死ぬまでに絶対やると決めてるリストの上位にっ!」

プリマ先輩のブルーハグは、流石に威力は手加減されていた。

「その為にそんな危険を冒していたら、本末転倒ですっ!」

だが、右腕にコアラのようにがっちりとしがみつかれ、俺は逃げ出すタイミングを逸した。

「い、いや人間いつ死ぬかなんて誰にも分からな――アベベべべべべッ!」

「死ぬだなんて、縁起でもないことを言わないでください! 絶対に行かせませんからねっ!」

「アベベべべべべッ! ま、魔力が切れそうなんですって! わ、分かりました! 逃げませんからーーーっ!」

頬を膨らませて睨み上げてくるプリマ先輩を見て、俺は泣く泣く妥協した。